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生活に必要なのは、人格への信でお金だとは、思えません。

質問者からの補足コメント

  • どう思う?

    人格が無いと、本当の、食事には、ならない気も、いたします。食事は、単なる商品や物資ではなく、どういう生き方をしたかと、いう本質も、あって、成立すると、考えます。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/08/27 05:23
  • うれしい

    難しいですが、考えて見ます。回答ありがとうございました。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/08/27 05:25
  • どう思う?

    人間の本質は、体制に、拠らないのでは、

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/08/27 05:27
  • どう思う?

    いや、働いたら、お金が得られないでしょう。働く(霊性的に生きる)とは、世の中を考える事な訳ですから。

    No.4の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/08/27 06:27
  • でも、お金が魂を殺すと、云わないと、ならない訳です、

    No.5の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/08/27 09:04
  • それは、本末転倒でしょう。

    No.6の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/08/27 09:25
  • 違うでしょう。そういう人間にしか、人を養う事は、出来や為ないのです。

    No.7の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/08/27 21:44
  • 私は、逆に、お金で働いて居るなら、その人間は、そういう利己的な社会にしか為ていない様に、思えます。お金は、人間のそういう卑しさの象徴であって、其れを、根本的に、眺めない生き方は、非常に疑問を覚えます。

    No.8の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2016/08/27 22:04

A 回答 (10件)

人格と人格の信頼が社会の骨格になるべきだ、そういうことを仰っているのなら


私は可能なことだと思います。

「人生意気に感ず」のような関係は現実に存在したからです。
しかし、現状から考えると何万年か何十万年先か分からないくらい、遥か彼方の
理想郷に思えてしまいます。

他のご質問でも言いましたが、人間の魂の問題なので、宗教、哲学の分野の発展が
必要かと。
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№8で回答したものです。



>お金で働いて居るなら、その人間は、そういう利己的な社会にしか為ていない様
違います。
「お金」、貨幣というのは、客観的な物差しであって、利己的ではありません。
たとえば、自分が、「私の働きは○○万円に相当するんだ」と主張したところで、その人の働きで恩恵を受ける相手側が、それを認めなければ、それだけの報酬を得る事はできません。
報酬を目的として働く人は、厳密には、お金が目的ではなく、その報酬により、他の人の労働に正当な報酬を支払うこと、つまり相手に対し、不当な搾取をしないことを目的に働くのです。
他人に対して十分な報酬を支払えてもいないならば、そのことこそが利己的です。

現代社会に生きる人間は、直接には関わりがないように見えるところで、他の人の労働による恩恵を受けています。
分かりやすい所で言えば、警察がいてくれるから治安が維持されている、法律が制定されており、それを管轄する役所があるから世に出ている物に一定の品質が保証されている、といったところです。

質問者様が、ご自分が生活するために必要なものは、当然、正当な価格で購入なさっているのであれば、対人関係の中で搾取はしていらっしゃいませんし、所得税率で23%以上を納めていらっしゃるなら行政に対しても、サービスに対する十分な報酬を支払っていると言えるでしょう。
けれど、誰かに金銭や物質で援助を受けているのであれば、その相手が、他に使えるだけの時間や労力を搾取していらっしゃるのです。
生活保護受給であればもちろん、20%以下の税率の場合は、行政サービスについても、ご自身が受けているだけの報酬を払っているとは言い難くなります。
つまりは、もっと納めている誰かに寄生しているのです。これは、税金自体が富の再分配という性格を持つ以上、不思議ではありませんが。

人は、何をどう思うのも自由です。
ただ、何かを否定するのは、その否定する物による恩恵を受けていない人でないと、身勝手でしょう。
「お金なんて必要ない」と言う事が許されるのは、十分な報酬を自分自身で稼ぎだしており、そのお金で、自分に必要なものを正当な価格で賄い、行政に対しても高額納税と呼べるか、それに準じる程度の納税を行い、さらに寄付などで還元している人だけです。
それ以外の人は、直接ではなくても、他者が得た報酬による恩恵を受けているわけです。私自身も含めてです。
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この回答へのお礼

つらい・・・

お金が、客観的な物差しというなら、企業は、こういう事考えたり、喋る私という人格を平等に、扱いますかね、

お礼日時:2016/08/28 22:00

お金、貨幣というものは、人同士が互いに等価交換をしあうためのツールだからです。



お金を汚いモノ、価値が低い物であるかのように言う方もいらっしゃいますが、貨幣は単なる約束事に過ぎず、それ以上でも以下でもありません。
ですから、日本だとかEUだとかアメリカだとかのように、比較的、政治や経済が安定している国の貨幣は、発展途上国に比べて割高に取引されるわけです。

極論を言えば、お互いが非常に親しく知っているもの同士で融通し合う場合には、貨幣は必要ありません。
たとえば家族間での家事の助け合いだとか、家庭菜園をしている人同士が互いに収穫した物を融通し合うとか、そんな関係だけでしたら、貨幣は必要とされないでしょう。
仮に質問者様が、ご自身で何かを生産なさっていて、その対価に飲食物や衣類、電気や水道、家電製品といったものを貰っているのであれば、質問者様への信頼だけで成り立っていると言えます。

けれど、現実問題として、人は「自分が知っているごく限られた人」とだけ関わっては、生存していけません。
見ず知らずの人間、通りすがりの人間に対して、「信」だの「どういう生き方か」だの「本質」だのと言っても、何の意味もありません。そもそも、そう言えるほど、互いに相手を知らないのですから。
ですから、古代から「貨幣」に相当する物が存在しています。
通貨が作られる前には、地域によって、金銀、貝、塩などが等価交換のツールとして使われていました。
「お金なんて不要だ」と称して物を使う人は、要するに他人を自分の奴隷として扱い、無償の奉仕を強制している人、他者の犠牲の上に胡坐をかいている人なのです。

貨幣を物質や欲の代名詞として否定する事は、お金だけがすべてであると主張するのと同様に誤りです。
人間は、肉体と精神と、双方が満たされてこそ、自分も幸せになり、他人も幸せにする事ができます。
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この回答へのお礼

お金ってのは、物質的にしか、人と関わり合わない事だと、思います。だから、必然的に、穢い物でも、ある様に、思えます。

お礼日時:2016/08/28 03:01

綺麗ごとを言わず、現実をありのままに見れば、「生活に必要なのはお金ではなく、人格への信」などと言っておれないのでは? 人間の世界はドロドロと汚いものであり、それだからこそ生きた人間なんです。

仙人なんていませんし、いたら異常です。
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>でも、お金が魂を殺すと、云わないと、ならない訳です、



言いたいなら、お金を使わない方法で言ってはどうです?
人の集まる所で肉声で伝えるとか。
お金を使う方法で言ったのでは、全く説得力がありません。
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あなたのこの投稿も、お金なしにはできないはずですが。


(あなたのものではない機材を使って投稿しているにしても、その機材を買ったりネットサービスを契約するにはお金がかかります)
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お金は、人間にたとえれば”血液”です。


お金が回ることにより社会が成り立ち、日常生活ができます。
働くことによりお金を得ることができ、それを使うことによりお互いにいろいろなサービスや物を得ることができ生活できます。
そのためのツールがお金です。
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参考程度にお聞き下さい。



現在の世界情勢は資本主義で動いています。ではそれを提唱した人物

それはマルクスなのです。マルクスは共産社会的思想の前段階として
資本主義を実行している。そう私は解釈しています。元々共産主義は

働くものとサボるものがいても平等に生活基準が守られることを前提にスタートした思想で理想であり当時では実全不可能だったのです。

そこで前段階として人間的ステータスが平均を保ち社会をより優先する人格を持たねば金銭が無くなり孤立、死のテンプレートをどの位の期間を想定して実行しているのかはわかりかねますが、あえて共産社会が実行できるパーソナリティーをもった人間性を作りだすための選別の真っただ中と言った所でしょう。

現実、裏社会は金銭の周りが一部を除き悪くなりやがて消えるでしょう。
精神的について行けないものも同様にいなくなります。

ここで初めて本当の共産社会が成立する。

その一連の流れと考えれば少しは違和感を持たずに済むのではないでしょうか?

確かに人間性や自己成長を今現在望む方には耐え難い環境にあり無慈悲に
感じるかもしれませんが経済の流れを見れば残るのは、ドイツ、イギリス、中国、タイ、しかしいずれも無理が乗じるのは目に見えています。

よく誰が悪い、何がイケナイと人は申し立てますが時代の流れ、と考えれば少しは楽になるのではないでしょか。

私は受け入れて生活して生きています。
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でも人格で空腹は癒えないですよね。

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資本主義だから。

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