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小林一茶の作品に「人来たら蛙となれよ冷し瓜」という句があります。
この解釈ですが、次の(1)と(2)のいずれが近い感じなのでしょうか? また、そう解釈するのは何故でしょうか?
(1)一茶が散歩していると、冷やして食べるため水に入れられて浮いて顔を出している瓜が目に留った。その瓜に感情移入して「誰か来たら蛙に化けるのだよ、食べられてしまってはダメだよ」と話しかけている。
(2)一茶が散歩に出る前に、帰ったら食べるため瓜を冷やそうと水に入れた。そして茶目っ気を出して、その瓜に「私の留守中に誰か来たら蛙に化けるのだよ、他人に食べられてしまってはダメだよ」と話しかけている。

A 回答 (5件)

一茶は蝿や蛙等、小さきものを大切にしました。




この句では、一茶は食べられる運命にある瓜を気の毒に思い、瓜の縞模様が蛙に似ていることから、誰かが冷えた瓜を取りに来たら蛙になって食べられないようにしなさい、と言っているのだと思います。

なので、私としては①が近いと思います。
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人来たらでしょう、なぜ出かけなければならないの、


もっと素直に読み解きましょう。
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2でしょうね・・



そして瓜とは なってるが スイカの事でしょうね・・
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そりゃ2です。


瓜は人間に食べられるためにあります。
だれにも食べられず腐っていく瓜なんて悲しいじゃありませんか。
食べられるために神様が甘くおいしくしたんですから。
人間に食べられるためとはいっても自分の瓜は自分が食べなきゃ。だれかに食べられちゃ困ります。
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出掛けに井戸に放り込んだ真桑瓜に向かって、「誰か来たら蛙に化けるのだよ、決して食べられてしまってはダメだよ」と言い聞かせている



(2)のほうが近いかも ・・出掛ける前ですから
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