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太平洋戦争中、日本軍はマレー半島で鹵獲した英軍の「ボフォース40mm機関砲」の性能の良さに着目し、戦争末期に「五式四十粍高射機関砲」として国産化を行ったそうです。
 そこで疑問なんですが、何で日本軍は太平洋戦争が始まるまでこの機関砲の良さに気づかなかったんでしょうか?ボフォースは開戦5年前の1936年には発表されていますし、原産国スウェーデンのみならず米英など各国が採用しています。日本軍も当然着目して性能を調べるくらいはしたと思うんですが、なぜ開戦前に採用しなかったんでしょうか?

「なぜ日本軍はボフォース機関砲の性能に気づ」の質問画像

A 回答 (2件)

前々から着目はしていましたが、40mmという大口径の為コストが高く「普通の航空機相手ならば25mm程度でも十分だろう」という金無し国家故の悲哀で見送られる事になりました。


しかし戦車やレーダー・サブマシンガン等安易な不要論が後の戦時中に仇になったことを考えれば、この「リスクを恐れてリターンを逃がす」病は今でも続く日本組織の命題だと思います。
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この回答へのお礼

>40mmという大口径の為コストが高く 

英ビッカース社製の40mm機関砲は普通に採用していたのに変ですね

お礼日時:2018/11/20 13:30

旧海軍の見張り員の視力は、驚異的なもので夜間ニコンの20cm双眼鏡で水平線上の船舶のマストを発見したと言われます。

この為レーダーより先に敵艦船を発見でき、レーダーは、軽視されました。しかし実際は、新鋭補給艦を昭和17年初期に米潜の雷撃で失い、生鮮食品の補給難からビタミン不足で視力はがた落ちとなり、レーダーに完敗となりました。


このように、有利性を失った際の次の手を用意しなければ、形勢は逆転します。日本海軍の艦爆は、高度3,000m程度で水平爆撃を行います。開戦当初は、この高度の航空機対策で良かったのですが、大陸国のヨーロッパでは、高高度を飛行する重爆撃機対策の必要があり、この対策が必要だったのです。そしてボフォースにMT信管の組み合わせは、艦載機対策としても優れた効果を発揮し、日本は技術力の差にも完敗したのです。

自らの力に自惚れ、其れを凌駕する敵を想定できなかった日本軍は、敗れるべくして敗れました。過度の装備は予算面で国を滅ぼしますが、自惚れることなく対策を研究する事が如何に重要かが分かります。MT信管が無ければ、この砲も宝の持ち腐れとなったでしょう。そしてB-29にはまるで役には立たなかっとと思います。敗戦前には、日本の対空砲火の反撃が殆どなく、米空軍は1,000m程度の低空で爆撃を繰り返しますが、満を持しこれを使えば、大きな戦果が有ったと思われます。
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