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否定語(not / never 等)の位置についての質問です。

(1)日本語では「彼はバカではないと思う」でも英語では
   そのまま「I think he is not foolish」 とはせず、
   「I don't think he is foolish」 としますよね?

  でも hope の場合には
  「I hope he is not foolish」と後節で否定すると
   思います。

  では、think / hope 以外の言葉の場合にはどうなんでしょう?
  一定のルールがあるのでしょうか?

  eg : believe / know / wish / recognise / judge / imagine etc

(2)次いで、never の位置ですが、
   Have you ever been to America ? に対し
   「No, I have never been to America」と回答しますが
   これを省略すると「No, I never have」とnever の位置が
   変わると思います。

   一方 never を強調するときは辞書では
   I never have been to America とすることがあると記載
   されています。
   これを見たアメリカ人がそれは間違いだと指摘されました。
   実際の会話ではそんな事は言わないそうです。
   飽くまで、I have never been to America だそうです。
   ただ省略して言う場合には上記の「No,I never have 」
   となるそうです。

  教養あるアメリカ人(大学講師)の言う事だけに、
  戸惑っています。

  以上、皆さんのご意見をお待ちしています。

A 回答 (3件)

(1)について:



hope の場合に否定文にしない理由は、単語の意味のうえで、hope や wish の意味が、「なんらかの可能性を願う」という行動のことなので、「なんらか」の部分に that 節か to 不定詞の句を持ってくるわけで、その内容が肯定か否定かは目的語となる節(句)の中で表現するためです。だから don’t で否定文にはしません。

このため、that 以下を省略すると、
I hope not.
とは言いますが、
I don’t hope so.
とは言いません。

think や believe を文章でつかう状況は、話し手が想定(言及)してる内容の真偽によって、自身の行動自体を肯定も否定もできる場合ですが、hope や wish では、想定(言及)する内容そのものが常に真である前提があるわけです。ロジカルでしょう?

もちろん、「願う行動自体をとらない」という否定形はありますから、その場合は、
I never hoped (wished) that.
Don’t ever hope (wish) that.
Don’t be hopeful.
Don’t make a wish.
という言い方はありますけど、これらの文章の意味は、「なんらかのこと(that 節)」に言及して「そうならないことを願う(= I hope not.)」という意味ではないです。

ちなみに、口語で
I don’t think (believe) so. という代わりに
I think (believe/guess) not.
ということがありますが、これは標準の英語とは考えてません。目的語となる(想定・言及する)内容が常に真であると断言することは、ひとの思考では無理なことなのだから、フォーマルな場でこういう言い方はわたしたちはしません。そう言いきってもとくにあたりさわりのない場面だけです。もちろん、むかしのひとがそう言ってたかもしれません(むかしのひとは神さまと直接対話できるくらい純粋に正しい価値判断ができたのかもしれない)が、いまのひとたちはリスクマネジメントの考え方がちがいます。

(2)について:

副詞の位置が、副詞が修飾する語の「直前」に置く、という原則があるので、理解しやすいと思います。頻度をあらわす副詞、always / never / ever / seldom などの場合は、それがかかる動詞の直前に置けばいいので、

I have never been to America.
では主動詞の be (been) の直前にあります。
この文では have は助動詞の働きをします。

I never have.
では、have そのものを実動詞で主動詞として使いますから、その直前に副詞を置きます。
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この回答へのお礼

詳しい回答ありがとうございます。

お礼日時:2019/08/01 22:10

日本人がどんなに勉強しても、ネイティヴと同じように話すことは不可能です。


なぜなら、日本語を覚えた時のように「耳から、実際にその中で子供の時から暮らして、習得したもの」でないからです。
なので、私自身は、「外国語は、一般的なルールは覚える必要があるが、もっと大切なことは伝えようとする意思、そして相手に分かってもらえること」と自分のスタンスを決めています。
ご質問の NeverやNotの位置に関しても、話し言葉では強調される部分によって異なることはありえます。主人(教養のあるアメリカ人:笑)に「なぜ?」突っ込んで聞いても、Because it doesn't sound right. という答えが返ってくることもしばしばです。

日本語でも同じようなことがありませんか。
「アメリカに行ったことがありますか」
「一度もないです」「行ったことは一度もないです」「一度も行ったことはないです」どれもありえますよね?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに仰る通り、私がかって接したアメリカ人は
どちらが正しいかと聞くと、口の中で何回かそれを
つぶやいて、こちらが良いと教えてくれる人ばかり
でした。
その人たちに論理的・文法的説明を求めても、言語学者
でないかぎり、無理ですね。

でも、日本人としての悲しき習性?でしょうね。
日本人の私は、常に英語のルールにどうしてもこだわって
しまいます(W)。

でも、日本語と英語では構文上の違いが多く、文法的な
基礎的知識はやはり必要だとも感じます。

お礼日時:2019/08/01 08:52

① "I don't think ~" と "I think ~ not ~" の比較についてついは、それを説明する日本人向け英会話サイトがワンサカあります 。

サイトを開設する以上それなりの理屈をつけ、例えば think のイメージがどうのこうのとか、最初にnotという重要な情報をアメリカ人は伝えたいのだ、というような「ホントかよ」とツッコミたくなるようなサイトまで色々です。 さらに、ざっと見ただけでも三つのアメリカの語学系サイトでも外国人がこの think についての質問をし、アメリカ人が答えているのがありました。

それらを読んだ私の結論は、日常の一般的な会話であれば "don't think ~" というのが自然に響き普通である、それだけの理由です。 しかし論評や専門的内容の文章であれば "think ~ not ~" でもも変でも、なんでもありません。

なお think のように使われるのは believe ぐらいですが、これもルールという訳でなく、そういう習慣、ということです。


② ネイティブスピーカーである教養のあるアメリカ人が言っていることに、ネイティブスピーカーでもない日本人が意見を述べることに意味があるとは思えません。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。
語法に関し、きちんとしたルールがあれば良いのですが、
また仮にルールがあったとしても、実際には会話などでは
ルール通りでない習慣的な例外も多く、困惑しますね。

私も、その後調べていましたら、文法書のForest に詳しい
記述がありましたので、よく勉強してみます。

お礼日時:2019/07/31 22:17

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