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幕末の萩藩士、小幡高政をご存知でしょうか?明治維新後、生活に困窮する士族を見かねて、武家屋敷の土地を利用し夏みかんの栽培を始めた人です。そこで質問ですが、なぜ士族は困窮していたのですか?明治維新が起こる前までは武士は最も力を持つ支配者階級だったじゃないですか?

A 回答 (3件)

No1さんのおっしゃるとおりです。



武士階級は戦闘に参加する義務を負う一方、主君より世襲の俸禄(家禄)を受けていたのです。
主君は、当然藩主や将軍です。

ところが、明治維新になって、藩も幕府もなくなり「士族」という身分で、明治政府に雇われる形になります。
しかし、人数が多いために、明治政府は一部を除いて、大多数の士族に一時金をわたしてクビにしたのですよ。
いわば大リストラですね。

武士はなれない商売などをはじめますが成功するひとは一握り
ほとんどの人は生活に困窮します。
それで明治初期には旧武士の反乱が相次ぐのですよ。
それの最大、最後の反乱が西南戦争です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。よく分かりました。

お礼日時:2019/11/15 09:57

それまでは威張っていたのですが、戦がなくなり役目がなくなったのです



茶道、生花などは、それまでの教養を活かしたいわば副業みたいなものですね
これなどは成功したほうです
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この回答へのお礼

ありがとうございます。よく分かりました。

お礼日時:2019/11/15 09:57

明治政府は5%の士族に対し国家予算の4割に当たる給与を与えていたため財政が困窮した。



このため士族の給与を大幅に削減したため、士族は経済的困窮に陥ったもの。

よって生活のため商売などをしたものです。
夏みかんの栽培も同じです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます・。よく分かりました。

お礼日時:2019/11/15 09:57

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