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いつから日本は女が家を継げなくなったのでしょうか?
まあ本来なら絶対に男系で無ければならないのは
皇室だけで武家や公家や商家や百姓や
もちろん現代の一般家庭では跡継ぎは
女でも男でも問題は全くありませんが、
男系の維持に拘る日本人がいるという事は
やはり明治民法で定められた
家制度の影響が残存しているでしょうね。

A 回答 (1件)

昔から上流階級では男女差別があったのですよ。


明治民法はそれを庶民まで広げたにすぎません。

平安時代の貴族を考えてみましょう。
妻問婚であたかも女性側が主導権があったように見えますね。
でも女性にあったのは拒否権だけで、みずから男性に声をかけることはできませんでした。

平安時代の有名な人、紫式部も清少納言も和泉式部も小野小町も本人の名前ではありません。
たんなる「呼び名」だけだったのですよ。
本人の名前は記録にはのこっていません。
平安時代の役職で女性がついたことはありません。

武家の場合もそうですね。
斎藤道三の娘の濃姫、信長の正室だった人でさえ名前じゃないのですよ。
その濃姫も信長に嫁いだあとどうなったのか信頼できる記録はありません。
女性の死亡時がわかるのは、落城のさいに夫である城主と一緒になくなったぐらいです。

ですからくりかえしになりますが、上流階級では厳然たる男女差別があったのですよ。
それを一般庶民までひろげたのが明治政府です。
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この回答へのお礼

まあ明治民法でも
婿養子は認められていましたが、
基本的には男系ですからね。
長男が家を継ぎ次男三男は
分家ですね。
平安時代では婿入りが
当たり前でしたけどね。
女子が家を継ぎます。
嫁入りは武家社会の
習慣ですからね。
江戸時代の家父長制を
パクッたのが
明治民法の家制度です。

お礼日時:2019/11/20 07:21

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