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古代日本は、倭国と自称していた、ことはあったのですか?

質問者からの補足コメント

  • No.1 のfgxtg様のご回答によると、書簡に倭国と書かれていたそうですが、
    その書簡名などを紹介してください。

      補足日時:2021/10/17 14:07

A 回答 (5件)

もともと中国、朝鮮あたりから倭国とよばれていたことがあって古代日本の人が書簡などで自分の国を指すときに自分の国を倭国と指したことはあります。

しかしそれ以降は日本国に改称したので僅かな期間だけだと思います。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<古代日本の人が書簡などで自分の国を指すときに自分の国を倭国と指したことはあります。>ですね。

お礼日時:2021/10/17 13:31

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC(wiki)では確かに「『古事記』や『日本書紀』では「倭」「日本」として表記されている。」とあります。
しかし、古代日本を倭と称していたというのはやや怪しいと思います。
邪馬台国とか、ヤマトなどの時代は、そもそも日本の地域に統一国家があったとか考えられず、複数の豪族による小国が乱立していたと考えられます。邪馬台国がどこにあったのかも論争中ですが、どこにあったとしても、乱立している小国の一つにすぎず、広域を束ねる(現在の日本全土に匹敵しないとしても)ものとしては、大和王権以降と思われますが、このころはもう「ヤマト」または「日本」が自国の名称として使われていたと思われます。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<『古事記』や『日本書紀』では「倭」「日本」として表記されている。」>のですね。調べてみます。

お礼日時:2021/10/17 17:32

倭国については、


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%9B%BD
に詳しく記述がありますが、書簡については見当たりません。専門家ではないので。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございます。
残念ですが<書簡については見当たりません>なのですね。

お礼日時:2021/10/17 18:14

ないです。

魏の国の命名です。倭とは背の小さな、と言う意味です。背の小さいものたちの国という意味です
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
倭は劣った意味で、自称はしていない、ということですね。

お礼日時:2021/10/18 09:44

日本側には自分たちが中国から「倭国」と呼ばれているという認識はあったんでしょうね。


また、中国に「隋」と名乗る国があるという、国に名があることも理解していたんじゃ無いですか。

とすると、聖徳太子が隋に出した有名なのお手紙の冒頭部分
「日出ずる処の天子 書を日没する処の天子に致す」

国名を意識するなら
「○○国の天子 書を隋の天子に致す」
と、言うのが自然ですね。

聖徳太子の意図を勝手に考えると、
・中国から「倭国」と呼ばれていることは知ってるけど、勝手につけられた国名は気に入らない
・しかし、大和朝廷が支配するエリアを一つに表現する国の名は決めてない
・ということで、日本と中国を地理的な関係で表わして、日本→日出ずる処、それとバランスを取って、隋→日没する処という表現にしたのでは無いですか。

実は、私も質問者さんと同じ疑問を感じたことがあるんです。
趣味で小説を書いているんですが、様々な理由で来日した外国人たちが、1400年前の大阪にタイムスリップ。そこで聖徳太子やユダヤの失われた支族と遭遇する物語。聖徳太子が彼らに国の名を聞かれて何と答えるか迷ったんですが、資料を調べても不明。そこで勝手に中国の呼び名の「倭国」に、日本に都合の良い漢字を当てて「和の国(ワの国)」と自称している設定にしました。
良かったら無料で公開しているので読んでみてくださいね
「瓢箪から駒 ~約束の土地~」
https://puboo.jp/book/106992
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
軽蔑に近い国名、
<勝手につけられた国名は気に入らない>ですね。
質問の動機は、それでもしぶしぶ使っていたのか、という疑問でした。

お礼日時:2021/10/18 14:43

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