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歴史得意な人教えてください。左右の社会党、共産党、総評などの革新勢力は吉田茂内閣の動きに対して積極的な反対運動を組織した。とあり、これについて革新勢力は、こうした内閣の動きをどのように捉えて反対運動を
展開したんですか?

A 回答 (2件)

サンフランシスコ講和条約、造船疑獄、自衛隊発足のどれかな。

どれも反対だったのだろうけど。日本共産党第六回全国協議会において軍事革命路線を放棄するまで国会に議席がないので、そもそも反対運動以前の過激な暴力テロを繰り広げていた。革新勢力がまとまっていたわけでなく反吉田勢力がまとまっていたのだ。吉田茂政権の長期化による独裁的体質・腐敗体質が批判されたのであって、必ずしも政策そのものが反対されたとはいえない
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そもそも反対運動は「組織」されるものではないので、何か記述が間違っているのでは?



あと、吉田内閣時代の反対勢力の最大勢力は社会党ではなく鳩山一郎率いる日本民主党で、吉田茂の率いていたのは「自由党」です。

社会党が最大野党になるのは、自由党と日本民主党が合流してできた「自由民主党(自民党)」が出来たあとの、鳩山内閣の時代の話です。

まず「左右の社会党」が合流したのは同じ時代。

この体制は通称で「55年体制(1955年に始まったから)」です。
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