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終戦後数年の頃の、戦火を免れた東京下町の工場群(小さな?)の外観について。
もしかして、(軍需)工場とわからなく見せるためにか、外観を迷彩色にしていたりしたのでしょうか。
終戦後数年の頃にはそれも汚く剥げていた時期があったのでしょうか。
そういうことを教えてもらえる高齢のお知り合いもいなくなり、もしご存知の方がおられましたら、どうぞ教えてください。

質問者からの補足コメント

  • どう思う?

    早速のご回答ありがとうございました。
    昭和25年ころに書かれた東京の下町を描写したものの中に
    「迷彩の剥げた工場群が見えた」というものがあったのです。
    高いところからの着目かどうかまではわからず、たぶんですが、平地からの少し遠いところの景色だと思うので、工場群の壁が迷彩になっていたという認識でした。
    東京大空襲の被害からは免れたところです。
    空襲は関係ないのかもしれません。
    筆者もなくなっていますので、
    私が知りたかったのは「迷彩の剥げた工場群」について何かご存知の方がいらっしゃらないか「軍需産業の廃工場などを迷彩にしたのか」など、とにかく「迷彩」について知りたかった次第です。申し訳ありません、もう一度、何か心当たりがありましたら、どうぞよろしくお願いします。

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2022/05/19 09:32

A 回答 (2件)

屋根に迷彩があったとしてもほとんど意味をなしません。



東京を焼け野原にしたのはB29による焼夷弾の絨毯爆撃です。米軍の空襲は軍事目標をピンポイントで狙ったものではありません。あたり一面を焼夷弾(今でいえばナパーム弾)で焼き払ったのです。

ですので工場群が焼け残ったのは「たまたま」なんですよ。
この回答への補足あり
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軍需工場や交通施設に対しては、爆撃の他に戦闘機や攻撃機による機銃掃射が行われていましたから、軍施設や軍需工場に迷彩を施した例はあります。



また、爆撃も、ドゥーリトルによる最初の本土空襲は、コックピットの与圧の無いB-25を空母から発進させて軍事施設を爆撃したもので、B29のような高高度の絨毯爆撃では無く、このレベルなら迷彩の効果があったかもしれません。

こんな記事がありました、工場を小さな家に見せかける迷彩だったようですね。もうご覧になっているかもしれませんが
https://hnnh3.exblog.jp/27684088/
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この回答へのお礼

ありがとうございます。貼り付けてくださったアドレスからの映像も、助かりました。
<爆撃の他に戦闘機や攻撃機による機銃掃射が行われていたから、軍施設や軍需工場に迷彩を施した例はある>や<空母から発進したB-25なら、迷彩の効果があったかもしれない>や<工場を小さな家に見せかける迷彩>との書き込みは、心強い限りです。締め切りはもう少し先にさせてください。

お礼日時:2022/05/19 16:03

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