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第一次世界大戦後、世界で新たな国際秩序が形成された。 これがどのような内容であったかを明確にしたうえで、大戦後のヨーロッパ諸国の内政にどう影響したか。教えてください!

A 回答 (5件)

国際連盟が設立され、国際秩序を第一次世界大戦の日本を含む戦勝国が、常任理事国となり、世界の安全を保障しようとしたが、米国が参加しなかったこともあり、ほとんど機能していない。

欧州諸国の内政にもほとんど影響していない。

しかし、国内連盟の成立で女性の人権問題と平和を主張する女性団体が欧州で勢いを増し、後に現在のEU(欧州連合)に繋がる汎欧州連合の運動も始まっている。

女性問題もEU問題も、国際連盟や欧州諸国からは無視され続けたが、第二次世界大戦後に結実し始めたのは御存じの通り。
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高校の教科書に記載のことを読んではいかがでしょう。


ヨーロッパの新国際秩序のこと、軍縮のこと、経済的こと、国際紛争の続発、イタリアやドイツの政治で起きたことも、教科書に載っていると思います。
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以下、世界史の窓から、コピペ




旧帝国の消滅
第一次世界大戦の結果として、ドイツ帝国(ホーエンツォレルン家)、オーストリア=ハンガリー帝国(ハプスブルク家)、ロシア帝国(ロマノフ家)という専制君主制国家が崩壊した。また、オスマン帝国でも大戦後にトルコ革命が始まり崩壊した。そのため、オーストリア=ハンガリー帝国、ロシア帝国、オスマン帝国に支配されていた東ヨーロッパやバルカン半島の諸民族は独立を達成し、それぞれ国民国家としての主権を持つに至る。ただし、オスマン帝国の支配地ではトルコ共和国以外はただちに独立することはできなかった。



イギリスの没落
第一次世界大戦の結果、イギリスは戦勝国ではあったが、戦争のために疲弊し、また植民地でも反英独立運動が活発になってその統制は弱まり、19世紀中ごろからの「大英帝国」の繁栄、第二帝国またはパックス=ブリタニカといわれた状況は終わりを告げることとなった。


社会主義国の出現
第一次世界大戦の末期に、ロシア革命が勃発し、世界最初の社会主義国家としてロシア(ソヴィエト=ロシア。ソ連の成立は1922年)が出現した。一方で資本主義を繁栄させたアメリカ合衆国を中心とした陣営は、「自由主義」を掲げて、社会主義勢力の拡大や革命の伝染を警戒するようになった。


アメリカの繁栄
途中から第一次世界大戦に参加したアメリカ合衆国は、戦後に債務国から債権国に転換し、世界の強国にのし上がった。戦後の1920年代は「永遠の繁栄」と言われる最盛期を迎える。アメリカ大統領ウィルソンはパリ講和会議で主導的立場につき、国際連盟の結成に尽力したが、国民のなかには世界大戦への参戦を疑問視した人々も多く、また伝統的な孤立主義に固執する共和党が議会で反対したため、アメリカ自身は国際連盟に加盟することはなかった。 → アメリカ合衆国の戦間期


東ヨーロッパ諸国の独立
東ヨーロッパの大国に従属していた諸民族が、アメリカ大統領ウィルソンの「民族自決」の理念に沿って、戦後に独立を達成した。オーストリア=ハンガリー帝国の崩壊に伴い、ハンガリーとチェコスロヴァキアが独立、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロは新たにユーゴスラビアを建国した。またポーランド、バルト三国(エストニア・ラトヴィア・リトアニア)、フィンランドがロシア帝国から独立した。


植民地の民族主義運動の激化
帝国主義国家間の矛盾が世界戦争に行き着いたことから、それまで植民地として支配されてきたアジア・アフリカの諸民族の中から、民族の独立を求める運動が本格化した。特にイギリスの支配を受けていたインドでのガンディーらによる独立運動の展開、西アジアのアラブ人の自立の動き、中国の五・四運動や朝鮮での三・一独立運動に見られる動きなどが重要である。また大戦後の民族独立運動は、ロシア革命によって登場した社会主義運動とも結びついていく。


新たな武器と総力戦の始まり
第一次世界大戦は戦争の規模がかつて無かっただけでなく、その質を大きく変化させ、戦争の犠牲が非戦闘員にも直接及ぶという現代の戦争形態の始まりとなった。特に、航空機、毒ガス、戦車、潜水艦といった新しい武器の出現は大量殺戮と非戦闘員を巻き込む現代の戦争の特色を見ることができる。また、戦争が一部の職業的な軍隊によっておこなわれるのではなく、国家の経済や国内体制、世論の結束なども求められる総力戦となったことも、現代の戦争の特質であった。


勢力均衡論から集団安全保障へ
今、第一次世界大戦から学ばなければならないのは、列強がそれぞれ軍事同盟を結んで、利害の対立する陣営との勢力均衡をはかる国際政治のあり方が破綻した、ということである。ヨーロッパのイギリス・フランス・ドイツ・イタリア・ロシア・オーストリアという大国がその帝国主義的な利害の対立の中から、バルカン問題という先鋭的な対立点が表面化した。そのとき各国が戦争回避のために採ったのがビスマルク時代に典型的に見られる勢力均衡論であった。しかも二国間の軍事同盟や領土・植民地分割協定は多くは秘密条約とされた。このような勢力均衡論、秘密外交が、サライェヴォの銃声によって破綻したのが第一次世界大戦であった。
 そして大戦後の新しい国際秩序は、ヨーロッパ列強以外のアメリカ合衆国が主導権を握った。ウィルソンの理念は、国際連盟という国家間の協議の場を作り、秘密外交を排して国家間の紛争を解決していこうという集団安全保障にあったが、その理念が現実のものとなった。これが、千数百万という犠牲を出した世界戦争という悲劇から人類が学んだことだ。ただ不幸にしてウィルソンの理念は、当のアメリカが議会が承認しなかったために加わらなかったこと、一方で新たに登場した社会主義国ソヴィエト=ロシアをその集団に加えなかったこと、また敗戦国ドイツも加盟させず、過酷な賠償金を主とする講和条件を押しつけたこと、などによって十分な効力を発揮できなかった。そのような欠点から、この戦争には「第一次」という名称が後につけられてしまうことになったが、集団安全保障の理念で世界平和を維持しようと試みたことは軽視すべきではない。そしてその後「第二次世界大戦」を防げなかったという失敗があったからこそ、現在、「第三次」の勃発を曲がりなりにも抑止することができている。間違えてはならないことは、「集団的自衛権」ではなく「集団安全保障」ということだ。
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民族自決で、多民族帝国が崩壊し、小国乱立

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YouTubeで勉強してください。



(1) ゆっくり歴史解説「国際連盟とは何か」満州事変と国際連盟 PART1 - YouTube
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