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2000年以降にロシア語を学んでる方にうかがいます。
ビクトル・ツオイや肋骨レコードのことを何年前から知っていましたか?
私は、ウクライナ戦争前に放送されたロシアゴスキーで初めて知りました。
あなたもそうだとしたら、ロシアゴスキーで放送されるまで、ロシアの外にその情報が出ていなかったということなのではないかと思うんですが、そうだとするとどうして出ていなかったんですかね?

質問者からの補足コメント

  • 別に2000年以降でなくてもよかったですよね、その前からでも。
    なんとなく2000年以降としてしまいました。

      補足日時:2023/01/12 10:41
  • ベストアンサーは、なんせ手間暇かけていただきましたんで、wellowさんに差し上げます。
    mota_mihoさん、ten-temariさんすみません。
    みなさん、ほんまにありがとうございました。

      補足日時:2023/01/25 09:32

A 回答 (13件中11~13件)

ヴィクトル・ツォイについては、遅くとも2003年には知っていました。

その年にモスクワ・ペテルブルクへ旅行した際、アルバート通りまで「ツォイの壁」を見に行ったぐらいです。
また、その当時には、ロシアのロックやポップスのCDを輸入販売する業者が日本国内にもありました(ごく少数の個人営業の店でしたが)。私はネットの通信販売で、キノーに限らず80年代のロシアの有名ロックバンドのCDを、ちょくちょく買ってましたよ。
だから、ロシア国外に情報が出なかったわけではありません。

ただ、ロシアの音楽業界も取り立てて国外に売り出そうとはしてなかったので(ロシアが本気で国外向けのプロモーションをしたのは t.A.T.u. が初)、日本にいる人がマスメディアから得られるような情報ではなかったです。
それなりの興味と熱意を持っている人が自分からアンテナを張って拾う、というタイプの情報だったことは確かです。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
ロシアの外に情報が出ていなかったわけではない、勉強になります、教えてくださいましてありがとうございます。

ロシアとしては別に、ロシアンロックの情報を海外に出さないようにするつもりはなかったが、特に海外に売り込みもしなかったので、ロシアンロックに特別興味を持ち、それを知る努力をした外国人くらいしかそれを知る者はなかった、ということですね。ありがとうございます、よくわかりました、勉強になります。
私は実は、ロシア語を学んでいません。(笑)
ただ、ロシアに興味はあったので、NHKテレビのロシア語会話を結構見てきました。
金子美香さん、さとう珠緒さん、長田佳世さん、小林恵美さん、小林麻耶さん、見ました。でもロシアゴスキーまでこれらのことは出てこなかったはずです。NHK職員はロシアンロックに興味がなかったようですね。
ロシアンロックもすばらしいものがありそうですね。どの国にも才能のある人はおりますし、ロックというのは別に、メッセージを詞にしなければならないわけではなくインストゥルメンタルがよければいいと思いますんで。日本の、実は反戦歌であった童謡みたいな、意味が隠れてる詞もあったりしそうで興味深いですね。(例えば、シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ、のシャボン玉は戦争で亡くなった我が子という話ありますよね。)
ロシアが残念な国になってしまって残念ですね。善良な、明るく楽しい美しい国になってほしいですね。
貴重な旅行体験など、教えてくださいましてくださいましてありがとうございます。

お礼日時:2023/01/12 10:32

余談ですが、ロシアの元大統領のドミートリー・メドヴェージェフは学生のころから、ディープ・パ-プルなどのロック音楽が大好きだったというのはけっこう有名な話です。



当時のソ連で西側のロックのレコードやカセットテープを手に入れることは、公には認められていなかった時代だったかもしれませんがいろいろなルートがあったのだろうと推測します。また、同様にソ連の音楽事情も西側に伝わっていったのだろうと思います(これも推測)。
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この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
1980年代後半から1990年くらいに中古レコード屋に行ったとき、レッドツェッペリンのロシア版が一枚ありました。それはロバートプラントがロシア語で歌ってるというわけではなく、音は普通の出まわっている音だと思うんですが、レコードジャケットがロシア語のものでした。レコードジャケットのデザイン(絵)も違っていました。珍しいものだということで5000円くらいでした。レコードジャケットはしっかりしたものでしたんで、おそらく海賊盤ではなく、正規盤やったと思います。ですんでそのレコードから察するに、ソ連でも、西のロックが正規盤で出まわった時がほんの少しくらいはあったのではないでしょうか?メドヴェージェフ氏はそのタイミングで西のロックを知ったのではないでしょうか?
“ゴルバチョフはロックが好き?”、この本はどうでしょうかね?
ゴルバチョフ氏がいろんなロックナンバーについて評論してるなら面白いですが、ロックを聴いていたのはメドヴェージェフ氏ということですからね、おそらくゴルバチョフ氏はタイトルにしか出てこないんでしょうね。(笑)
勉強になります、お返事ありがとうございます。

お礼日時:2023/01/12 09:29

邦題「ゴルバチョフはロックが好き?」という書籍があります。

著者は Артемий Троицкий で日本では翻訳本が1991年に発行されました。ソ連におけるロック関係のミュージシャンの活動についてその初期からの状況が具体的に書かれた内容のものです。

上記の本は一例ですが、他にもいろいろあるかもしれません。ソ連のロック(あるいは反体制音楽)の情報については早くから外国に伝わっていたと考えるのが自然だと思います。

蛇足:私はビクトル・ツォイや肋骨レコードのことも知っていますがその知識をどこで得たか覚えていません。
「2000年以降にロシア語を学んでる方」の回答画像1
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