大人になっても苦手な食べ物、ありますか?

人類史において、常に特権階級と呼ばれるような勢力が世界各地にそれぞれ存在していました。
そして、特権階級の地位にある者たちは常に現状維持を望むために、たとえ国家や集団全体の利益になるとしても、自分たちが特権階級を失いかねない法案などは徹底的に叩き潰してきたと、それが人の世の常であるとか。

しかし、人類史の中で唯一と語っていいほどの稀有な例が起こった、それは日本の武士たちであると。
幕末の頃には世界の有色人種たちは大半が欧米列強によって植民地にされてしまっていた。

日本も防衛力を高めなければ植民地にされてしまい、国家存亡の危機である。
けれども、これまでのように武士たちのみが戦うのでは、もはや足りない、とても防衛しきれない。
そこで他の平民たちにも徴兵制を課して、国民一丸となって防衛力にならねばならない。

その際に、それまでは武士が有事の際には率先して戦う勇気を見せることと表裏一体に、武家の階級を持っていたが、今後は国民皆が平等に戦う義務を背負うのに、武士だけ特権階級を維持するのでは釣り合わない、国民国家足りえない。

そのために、武家階級を廃止することが必要だった。
もちろん武士たちの間でも激しい賛否両論激突したけれども、全体としては日本の未来を憂いて守るために、泣く泣く髷を切り廃刀令も受け入れ刀を捨てて、一国民に成り下がることを受け入れたと。

これは人類史において、極めて稀有な例であり、もしかしたら唯一かもしれないと。
どうなんでしょう、これってホントな話なんでしょうか?
それほどまでに、日本の武士たちが国家全体のために自ら特権階級を失うことを受け入れたというのは、稀有なことなのか?
それとも、それほどめずらしいことではなくてオーバーに誇張された話に過ぎないのか・・・。

人類史に興味ある人など、皆さんからのいろんな回答を待っていますね。

「武士が自分たちの決断として特権階級を捨て」の質問画像

A 回答 (6件)

こういうのは、原因というか理由は


一つではありません。

1,列強の侵略があったので、日本全体に
 危機感が行き渡っていた。 
 武士は戦闘のプロですから、その辺りは特に
 敏感であった。

2,徳川幕府が滅び、武士の多くは失業して
 しまいました。
 だから、特権を放棄することで、社会的地位の向上や
 経済的自立を目指したと考えられます。
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この回答へのお礼

助かりました

ふむふむ、日本全体に危機感がいきわたっていた。
特権を放棄することで社会的地位の向上や経済的自立を目指したのですね、やっぱりすごいことはすごいことであるようです、それなりに。
回答ありがとです。

お礼日時:2023/03/21 03:07

別に全員が解雇されたわけではありません。


お殿様は華族として優遇されましたし、藩の事務仕事をやっていた武士は地方のお役所の公務員にそのままスライドしたり、教員・警察官・軍人として採用された人も多かったですし、田畑を持っていた自作農みたいな武士も少なくなかったですしね。

それに秩禄処分は、大久保利通が中心となって周囲の反対を押し切って断行したものでしょう。他の多くの連中は、秩禄処分が必要なことは分かっても、士族の蜂起や暗殺テロを恐れてビビりまくっていた。

実際に大久保利通は、紀尾井坂で不平士族のテロにあって殺されてしまったが、大久保と云う人物は、国家のために必要なことであれば、どんなに多くの人の恨みを買おうと、断行し切る信念と勇気を持っていた人物だったのだろう。
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この回答へのお礼

助かりました

全員が解雇されたわけではないのですね、新たな職業や華族をもらえた元武士も少なくなかったようです。
秩禄処分は大久保利通らが中心に断行した側面が強かったんですね、恨みも買っていたと。
大久保利通は偉大な人物であったようです、回答ありがとです。

お礼日時:2023/03/21 03:09

髷を結うこと、佩刀することが、「特権」なのか、


「特権」とはなんなのか、
名字を名乗ること、、、

下の画像のように、徳川幕府も、村や公儀、藩なのに貢献している町民や百姓に、名字帯刀を認めているので、武士だけが認められた特権ではなさそうです。

享和元年(1801年)には、京都近郊などの公家領主などが、幕府代官所支配の百姓らに苗字帯刀許可を与えていたことが問題化し、同年八月、幕府は「領主がその支配する自領の百姓・町人に苗字帯刀を免許するのはよいが、「他領之者」に苗字帯刀を許可することは禁止する」、と全国向けに触れを発した(御触書天保集成)
「武士が自分たちの決断として特権階級を捨て」の回答画像4
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この回答へのお礼

Thank you

なるほど、幕末の頃には一般武士も大した特権は持ってなかったんですね、誇張もあったようです。
回答ありがとです。

お礼日時:2023/03/21 03:05

特権階級と言っても江戸時代の武士は、


一部を除いて町人や商人、農民などよりずっと質素な暮らしでした。

有事の時には命を呈して藩と人民を護るのが武士…
その一点だけで武士は崇められてきました。
人民皆防衛となってそれが崩れてしまえばもうタダの人斬りなだけです。
もともと失って困るような特権ではなかったんです。
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この回答へのお礼

ありがとう

江戸時代の武士は、逆に質素な暮らしだったんですね、武士の一員という名誉はあっても。
すでに大した特権ではなかったと、回答ありがとです。

お礼日時:2023/03/21 03:04

まず、幕末、倒幕戦争なぜなかったか。


当時諸外国が植民地化を狙い、中国のアヘン戦争など
目撃の坂本龍馬など、幕末の偉人たちが、国内で内戦
すれば、これに乗じて、植民地にされると、大政奉還
などを考え、内乱を収めたから。

このため諸外国の独立戦争や、革命と言った形での
人民の血が流れず、軍国主義化して太平洋戦争に
突っ込み敗戦、ここでも、米軍に民主主義を貰い、
人民に血を流しして得た記憶がない。

結果、有難みがなく、今の若者は3割くらいしか選挙に
行かないので衆愚政治まっしぐらに見えます。
防衛費倍増、原発再稼働、累進課税は昭和61年最高70%
から今や45%、(消費税導入して補填。)
年収1億の富豪の手取りは3千万から5.5千万とほぼ倍増。
国民のレベルにあった政治しかありえない。
「武士が自分たちの決断として特権階級を捨て」の回答画像2
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この回答へのお礼

つらい・・・

衆愚政治は避けるべきなんですね、回答ありがとです

お礼日時:2023/03/21 03:04

個人的な感想だと剥奪されなかっただけで、海外の例に漏れず、結局はそうするしかなかったらからそうした点で共通してると思いむす

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この回答へのお礼

解決しました

そうするしかなかったからそうしたって一面も大きいんですね、回答ありがとです。

お礼日時:2023/03/21 03:03

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