No.1ベストアンサー
- 回答日時:
奈良の大仏は庶民にとても人気があり多くの人に信仰されていたようです。
当時は日本最大の大仏で圧倒的な存在感があったのもあって
庶民の信仰の人気を集めたのではないでしょうか。
大仏は災害や疫病から人々を守って幸せを与えてくれると考えられていたようです。
参考にしてくださいませ☆
早速のご回答ありがとうございました。
<当時は日本最大の大仏で圧倒的な存在感があった>ためもあり
<庶民の信仰の人気を集めた>のですね。
現在は高層建築があり「大きい」「高い」の価値が薄まってきていますが。
当時の大仏は、有無を言わせぬ圧倒的な存在感があった、のでしょうね、
No.9
- 回答日時:
(´・ω・`) これってさ、チョイと逆の展開になっちゃったんだよね。
たしかに五穀豊穣・無病息災・万民豊楽・国家安寧を願って建立されたものです。
そのために全国から職人が呼び寄せられ、多くの人が建立に携わりました。
人が集まる。仕事がある。
良いことなんだけどね。
しかし、金メッキが災いした。
金箔を貼り付けているんじゃないんだ。溶かした金を貼り付けているんだよ。そのため大量の「水銀」が使われた。
「金」を「水銀」に溶かして塗るんだ。
でもってそれを熱して「水銀」を蒸発させて「金」だけを残す。
そんな金メッキなんです。
……「水銀」だよ。マジで「水銀」。
それが大量に蒸発して奈良盆地に広がった。
奈良盆地だけでなく周辺地域にも影響が出たと考えられています。(地層の調査から明らかになっています)
ちなみに素体の銅も要因になっている。
銅は人体にも環境にも悪影響を及ぼす。
銅を精錬するときに原石に含まれていた砒素による中毒者も数多く出たらしい。
作ってる時からいろいろと問題が発生して、その後に都を平城京から京都へ遷都する直接の原因になったとも言われている。
皮肉なことに実は諸悪の根源になっちゃったんだね。
No.8
- 回答日時:
微妙ですね。
当時、地方の庶民が京都に行って大仏を見る機会ってまずほとんど無いですからね。
どちらかというと、郡司などの地方豪族向けじゃないですか?郡司になるには、都に来て面接試験受けないといけませんし、当時は郡司が責任を持って朝廷に直接集めた税を納める義務がありましたから、郡司層は見る機会はあったはずです。
地方の庶民向けには国分寺が作られましたから、そちらで仏教に触れたのではないですかね。
No.6
- 回答日時:
仏教を理解できる知識階級が、庶民なのかという問題はおいておいて
当時は、仏法上の時代区分では像法時代
お経に書かれていることをちゃんとやっていれば
成仏できるから
近い将来起こるであろう、仏教を信じても幸せになれない
地獄のような末法時代に備えよう
という考え方の時代です
No.5
- 回答日時:
#2に賛成です。
ただし、ただしですが「権力者は別に信じていなかった」です。
これは古今東西いつの時代でも同じです。
たとえば、古代ローマでは、戦争の前に戦勝占いを必ずしましたが、有能な指導者はお抱えの占い師に「勝つというお告げを出せ」と指示していましたし、カエサルなんかは自分を信頼する部下に向かって「私の母は実は軍神ウェヌス(ビーナス)だ!。父が浮気して生まれたのが私で、だから私についてくれば必ず勝利する!」とまで言っています。
みんなカエサルの母を知っていて(しかも生きている)のに、そんなことを言ってもみんなそれなりに《信じる》のが近代科学文明以前の庶民なのです。
だから「庶民が盲目的に信じる」というよりは「これによって救われるはずと思い込みたいから信じる」わけで、社会を動かす責任者である指導者層は「信じていないとは言わないが、それ以上に《利用すること》を念頭に置いていた」のです。
いまでもフェイクニュースなどがたくさんあって「民衆は信じたいものを信じる」とよく言われます。当時も今もよほど無学で無知蒙昧な庶民は《言われたことを信じる》ものですが、多少でも知識がある人なら《神仏が本当に助けてくれるか分からない》と経験的に知っているはずで、でも「信じる以外、自分にできることはない」から一生懸命信じるのです。
それは現代でも、別に信仰が篤くない母親でも、子供のためにお守りをもらってきたりするのと同じ「それしか私にはできることがないから」です。
現代よりは、心から信じている人が多かったでしょうが、本質的な意味で「信じている」人ばかりだったわけではないです。
早速のご回答ありがとうございました。
「庶民が盲目的に信じる」というよりは「これによって救われるはずと思い込みたいから信じる」ですね。ということは、庶民は信じている、のですね。と
No.4
- 回答日時:
大仏建立には、藤原四兄弟が相次いで死んだことで有名な天然痘の大流行に加えて大規模な飢饉も度々発生し、畿内や地方での反乱も相次いだ社会の大混乱が背景としてある。
聖武天皇も、主として反乱のために都を転々と移動せざるを得ないような状況にあった。
そこで思いついたのが大仏の建立だ。各地に国分寺・国分尼寺を造って平穏無事を祈願するとともに救済の拠点とし、その集大成として奈良に巨大な大仏を光り輝く銅で造ることだ。
その詔には「日本の富を権力を持つ私が造るのは簡単だが、皆に強制して作るのでは意味がない。国民の皆とともに仏の恩徳をこうむり、ともに悟りの境地に達したい。だからそう願うものは自分が大仏を作るつもりで僅かな浄財でも構わないから協力してくれ」と書いてある。
当時の朝廷に大仏建立の資金があったかどうかは大いに疑問だが、結果としてほとんどの村から浄財が集まったことは間違いない。
現代風に言えばかなり強い「同調圧力」が加わったということかもしれないが、皆が皆、心の底からこの悲惨な状況を抜け出したいという思いが強かったことも間違いないだろう。
さらに聖武天皇は、仏僧の行基に大仏建立のプロデューサー兼広報担当官への就任を頼み込み、行基は快諾している。
行基は別に民間人として、国中で貧民救済事業と土木建築などインフラ整備事業を展開していた人物で、国民から広く強い支持をうけていた。一時は朝廷から反政府主義者とみなされて弾圧されていた時期もあるが、聖武天皇の時代に入って和解していた。行基としてもこの国難に朝廷とともにこの事業を成功させたいという想いが強かったのだろう。
この行基の参加もあって、大仏開眼式典はインドなど諸国から人々が参列する大成功イベントとなった。
こういう状況を踏まえると、「当時の庶民は、この大仏は、病気や不幸から救ってくれ頼りになるものだ」と思っていたとしても不思議はない。
平和の祭典であるオリンピックが、どれほど平和に寄与しているのかは分からないが、現代日本人がオリンピック日本代表に熱狂するよりも、真面目に大仏の霊験を信じ、海外諸国まで祝ってくれたこの大イベントに熱狂していたことは間違いないと思う。
早速のご回答ありがとうございます。
<「当時の庶民は、この大仏は、病気や不幸から救ってくれ頼りになるものだ」と思っていたとしても不思議はない。>ですね。
聖武天皇の善政になりますね。
No.2
- 回答日時:
もちろんそうでしょう。
ほとんどの民が信じていたでしょう。
科学が未発達な時代は、宗教や占いやまじないを本気で信じています。
なぜかというと、人は「分からないこと」に不安を感じるからです。
なんとか答えを見つけて安心したい。
安心しないと落ち着かず、生きているのが辛くなる。
それは現代の人も同じです。
当時の人は、大仏に祈ればうまくいく!と信じることで安心できたのです。
現代の科学や医学の代わりです。
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