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①元町延伸の際に、「新高島」「みなとみらい」の両駅を東急が持たなかったのはなぜでしょうか?
②過去に東横線が目黒線に入ったり、その逆はあるのでしょうか?
例:南北線の車両が菊名に来た、東横線の車両が奥沢に来たなど

A 回答 (3件)

そもそも東横線は横浜~桜木町を廃止して、横浜高速鉄道のみなとみらい線に接続したので、新高島やみなとみらいの駅とは関わっていません。



一方で東横線は東京メトロ副都心線および東武東上線、西武池袋線と接続しているので、その状況で目黒線に向かう便を入れてしまうと、その先の東京メトロ南北線、都営三田線との接続に影響がでて、まともなダイヤを組めないので無理です。
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こんにちは。



①の回答
横浜市六大事業の一つとして、横浜市営地下鉄3号線(現在のブルーラインのあざみ野⇔関内駅間)の関内駅で分岐し、海沿いに本牧地区まで建設する計画が発端です。
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「みなとみらい線」は、みなとみらい地区の開発に伴い地下新線を計画する際、東神奈川駅から当時の国鉄横浜線(現在のJR横浜線)が乗り入れる予定でした。
▪分割民営化直前の時期で、国鉄の予算など無かった。
▪同じ国鉄が経営する根岸線と並走関係になってしまう。
こういう経緯で横浜線の乗り入れが有耶無耶に。
 ⇩
冒頭に書いた通り、みなとみらい開発は横浜市六大事業の一つであり、鉄道路線が必要であったため、東急東横線の横浜⇔桜木町駅間を廃線とし、代わりにみなとみらい線に乗り入れる形になった。

こういう経緯の路線です。
従って、横浜市自ら(市営地下鉄)運営するか
、横浜市も出資した第三セクター(横浜高速鉄道/現在の経営形態)が運営する性格の路線となりました。

東急としては、
▪当時の横浜駅ホームの拡幅が困難で改善しにくかった。
▪桜木町⇔横浜駅間は空いており、横浜駅以南の輸送効率の改善をしたかった。
▪「みなとみらい線」は自社路線ではないので、建設費用を持つ必要は無く(但し、東白楽⇔横浜駅間の線形改良は自社線なので費用を持たなければなりませんが……)、上記の2つの問題を解決できる。

こういう理由となります。
もし自社路線として、「東急みなとみらい線」という形でしたら、元々埋立地で掘削に難航する事が分かっていたので、建設などしなかったでしょう。
(実際、横浜市営地下鉄ブルーラインもみなとみらい線も、建設工事は難工事であった。)

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②の回答
昭和初期、目黒⇔田園調布⇔蒲田を結んでいた当時の「目蒲線」が本線で、多摩川園駅(現在の多摩川駅)から横浜に、田園調布から渋谷にそれぞれ分岐して作った支線が東横線の原型です。

昭和初期では横浜から目黒に行く列車はありましたし、
東横線、目蒲線と分かれてからも渡り線はありましたので、回送列車などが東横線⇔目蒲線を行き来していました。
予備車両も東横線と目蒲線とで共通で融通していた時期もありました。

今でも東横線の車両が長津田車両工場に向う際は、
東横線➣田園調布駅から目黒線➣大岡山駅引上線で折り返し大井町線➣二子玉川駅から田園都市線という経路で回送しています。

東横線の車両が奥沢基地に入ることは出来ますが、それをやる用事はありませんね。
南北線車両(9000形)ですが、車両限界は東急線もみなとみらい線も走行可能ですが、TASCの車上子の位置が東横線車両を異なるので、現在は乗り入れることはありません。(手動運転などで走行することは出来る。)

最近ではありませんが、都営三田線、埼玉高速鉄道線から地下鉄南北線経由で元町・中華街駅まで、東急車を使った臨時列車の設定がありました。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BF%E3%81% …
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①そもそもの計画が東急のものではないから、でしょうか。


主体は横浜市であり、もともとは市営地下鉄を延伸させるはずだったが許可が下りずに断念し、
国鉄(JR)と接続しようとしたがこれも頓挫し、やむなく私鉄各社と競技して東急が引き受けた、という流れです。
つまり東横を延伸したのではなく、横浜市営地下鉄の新線と接続した形です。

②相鉄側からは双方に乗り入れがありますが、東急内でお互いの車両が混在することは原則ありません。
臨時で走らせた例があるかというと...少なくともぱっと調べきれる範囲だと確認出来ませんでした。
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