江戸時代の丁銀・なまこ銀って秤で計らないといけないお金でしたっけ?

A 回答 (2件)

江戸次第の金銀貨は、江戸は金つかい、上方は銀つかいといわれ、東西で主につかわむる貨幣が違っていました。


銀はもともと重さによる秤量貨幣で、丁銀、豆板銀、なまこ銀、小粒銀などはすべて重量を軽量して使いましたが、のちには一分銀、一朱銀などの銀の定位貨幣も発行されるようになりました。
もともとは丁銀を端数はつかったりしていましたが、それでは不便というので豆板銀が作られました。
なまこ銀や小粒銀は西日本の一部で使われていた秤量貨幣です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

西日本の一部ですか、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/09/11 19:29

訂正です。


なまこ銀とは丁銀の、小粒銀とは豆板銀の一部地方での呼び方です。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q高温雰囲気でのボルト(ナット)の焼付けについて

大変困っております。
焼付け防止剤を使用したのですが、メンテ取り外し時、ボルト側が焼きついてしまいました。(高温雰囲気温度約600℃)
検討案として、ボルト・ナットの異材質の最適な組み合わせ、銀メッキ処理での注意点をご教授お願いいたします。
その他の方法もあればよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

ちわ
確かに一般的なのは耐熱400℃ぐらいですね
こはどうでしょう?
ネバシーズレギュラーグレード(焼き付け防止グリス) ~980℃
http://www.jtdtky.co.jp/catalog/products/d_never-seez.htm
取り扱い会社
http://www.jtdtky.co.jp/catalog/catalog.html

Q江戸時代の丁銀の不思議

江戸時代の貨幣で、丁銀なるものがあります。
時代劇で見て、その不思議なる形を不審におもい調べたのですが、形や重さが一定しない貨幣のようです。
http://homepage3.nifty.com/harupii/cyomame.htm

どうしてこんな不思議な貨幣が流通したのでしょうか?
大きさ、形、価値が一定であってはじめて貨幣の意味があると思うのですが。
またなまこ形のものはいびつで、非常に重そうですね。
どうしてこんなへんな形に鋳造したのでしょうか?
中世以降の海外でもこんな特殊な貨幣がありますか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

丁銀、豆板銀というのはいまのお金のように1個いくら、1枚いくらというのではなく、秤量貨幣で何匁でいくらというように重量で価値が決まりました。
もともと江戸時代以前は金銀は重量で計って取引していましたが小判などが出るにつれて金については1枚いくらというようになりましたが、銀はそのまま重量での取引だったので1枚いくらという銀貨幣は幕末近くまで出ませんでした。
丁銀はそのままの形でも流通しましたが、場合によっては切断して使うこともできました。また端数が足りないときのために小粒の銀貨の豆板銀もあり、これらを組み合わせて必要な価値にあわせました。

Qナノ粒子、マイクロ粒子について

ナノ粒子、マイクロ粒子について質問があります。
写真等で、ナノサイズの粒子等を見かけますが、あれは肉眼では絶対に見えない大きさですよね。でも実際にナノ粒子、マイクロ粒子等を見てみますと、肉眼でもわかるくらい粒々してます。これはいったいどういうことなのでしょう?同じ内容で、溶液中で均一になる等の特性があると思うのですが、これもよく目を凝らすと、粒が見えるような気がします。
例えば、肉眼で見える粒子は、ナノ粒子等が凝集したものだとすれば、結局それが実際に振る舞える大きさということですか?
回答の程、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

肉眼で見えるのは凝集体です.
まあ,分子は見えなくても液体の水は見えますね.そういう感じでしょう.
溶液中で粒が見えるような気がするのは,気のせいか,ちゃんと分散していない分が見えているのでしょう.

>結局それが実際に振る舞える大きさということですか?

それとこれとは別の話ですね.
液体の水が,分子個々の性質を示せないわけではないのと同じで.
まあ,「振る舞い」としてどのようなものを考えているかにもよるのでしょうけど.

Qどうして室町時代や江戸時代の芸人は幕府・大名・寺院などの保護を得ねばならないですか?教えてくれません

どうして室町時代や江戸時代の芸人は幕府・大名・寺院などの保護を得ねばならないですか?教えてくれませんか(´・_・`)

Aベストアンサー

それぞれテリトリーがありますので、
むやみに入り込むことは出来ません。
親分を通す必要があります。

当時、芸人は河原乞食と言われ、
底辺の存在でした。
だから、虐められたり、迫害されたり
しました。

収入も不安定でした。

権力者の庇護が必要だったのです。

Qロービームの照射について(リフレクターとプロジェクター)

30セルシオ前期型なのですが、この純正ロービームは「リフレクタータイプ」で、後期型から「プロジェクター」タイプに変わりました。

リフレクターからプロジェクターに変わるメリットは何なのでしょうか?意匠的なもの以外で、機能・効率的に差があるのでしょうか?

リフレクターと比べてプロジェクターのメリット・デメリットを教えてください。

Aベストアンサー

まず、ヘッドライトの構造として、プロジェクターは、配光特性がよいので、照らす部分と、照らさない部分が明確に分けれます。

リフレクタータイプは、発光する部分から出た光を、リフレクターの「上」に当て、下向きに反射させる事でロービームとしていますが、リフレクター内の反射で、どうしてもリフレクターの「下」にも光があたり、上方向の光が漏れてしまいます。

プロジェクターにもリフレクターがあるのですが、そのリフレクターが反射した光を、前にあるレンズで集光して(光の屈折を利用して)、全て下向きの光として前に照射しますので、スパッと切れた配光が可能です。

特に、最近の標準装備されるHIDはかなり明るいですので、光が上に漏れるとまぶしいですからプロジェクターが良いと思います。

また、プロジェクタータイプは、リフレクターとレンズの組み合わせで照射しますので、ヘッドライトを小型化できます。
(リフレクタータイプはある程度の大きさがないと、照射範囲を確保できません)
昔は、この小型化は、軽量化という意味合いもありましたが、ほとんどフロント部分の見た目で使用されていましたが、今は、もっと大きな理由があります。

それは。。。
AFA(ヘッドライトコントロールシステム)です。

セルシオにも装備されていますが、ハンドルの切る量、向きにあわせて、ヘッドライトの照射も変える機能です。
http://toyota.jp/celsior/safety/active/index.html

これをするためには、ヘッドライトの中で、ヘッドライトを動かさなければならないため、小型化出来るプロジェークタータイプのヘッドライトにして、プロジェクター自体を動かしています。
ヘッドライトの中に、ヘッドライトがあるでしょ。


プロジェクターのデメリットは。。。
まずは、コストです。
リフレクタータイプに比べると、部品も多くなり、コストが高くなりますので、高級車などでないと使われていません。

もう一つは、小型化による発熱です。
プロジェクターは、小型化により放熱性が悪くなります。結果、プロジェクターのリフレクターの焼けやハロゲンの切れなどが発生していました。
しかし、最近主流のHIDは、このデメリットが発生しません。
HIDは明るさはハロゲンの1.5倍くらいありますが、消費電力は35w程度ですので、あまり発熱しないからです。
(リフレクタータイプのHIDでもヘッドライトを触ってみれば熱くないのが分かります。)

若干、プロジェクタータイプは、配光がスポット的になるのですが、それも、光源がハロゲンからHIDに変わった事により、光源の発光も、「線」から「点」にかわり、かなり改善されています。


ですから、HIDでプロジェクタータイプにするデメリットはコストの問題だけですので、「セルシオ」で考えると、全くデメリットはありません。(プロジェクターのコストをどうのこうの言う車ではないでしょ

まず、ヘッドライトの構造として、プロジェクターは、配光特性がよいので、照らす部分と、照らさない部分が明確に分けれます。

リフレクタータイプは、発光する部分から出た光を、リフレクターの「上」に当て、下向きに反射させる事でロービームとしていますが、リフレクター内の反射で、どうしてもリフレクターの「下」にも光があたり、上方向の光が漏れてしまいます。

プロジェクターにもリフレクターがあるのですが、そのリフレクターが反射した光を、前にあるレンズで集光して(光の屈折を利用して)、...続きを読む

Q【江戸時代の話】「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」は「江戸は火事が多かったから」、「銀行が無かったか

【江戸時代の話】「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」は「江戸は火事が多かったから」、「銀行が無かったから」、「そもそも江戸っ子は貧乏だった」という3大理由がインターネット上に挙げられていますが多分間違っていますよね?

江戸時代、江戸は火事が多かったので頼母子講(たのもしこう)という相互会があった。

少額を毎月12人から集めて12人分を1人に渡す。これを1年間繰り返して12人が1年のうち1ヶ月だけ大金を得ることが出来る銀行のような仕組みがあった。

この事実で仮説1の火事が多かったから宵越しの銭は持たなかったとうう説は間違いとわかる。

大金が回ってくる仕組みを火事が多いので大金を持たなかったという江戸っ子の説は矛盾に気付く。

2つ目の仮説。銀行はなかった。けれども頼母子講という少額を積み立てて大金を引き出す銀行みたいな仕組みがあったのでこれも嘘の仮説だと分かる。

最後の仮説の江戸っ子は貧乏だったという説。

江戸時代に流通していた通貨は金貨、銀貨、銭貨の3種類。

銭貨の価値は現在の価値で50円程度。

江戸時代の江戸っ子の日当が50円程度だった?

金貨の価値が20万円程度だった。

江戸時代の大工に月収は2万円。2万円/30日で日当で666円。

1日銭貨を13枚。

当時の大工は高給取りだったとすると一般庶民のブルーワーカーは大工がホワイトカラー職で現代の月収50万円職に値すると一般庶民のブルーワーカーの月収は25万円として6枚。

で、1日6枚で飯が3食で銭貨3枚が余る。で、相互会に毎日銭貨3枚を預けると月で99枚。1枚50円で5000円。

金貨が20万円なので月5000円で12人で相互会を組んでいるので年1回月収が6万円のときがある。

年1回大金を掴んでも6万円なら江戸っ子は20万円の価値がある金貨を一生見ることがなかったのかも知れない。

ということは、江戸っ子は宵越しの銭は持たないの話には続きがあって、(けど江戸っ子は銭貨を大金の銀貨に変えて貯金していた)。要するに1番価値がない銭貨を持たないで銀行(相互会)に預けて大金にするという仕組みが江戸にはあったので当時の人は江戸の仕組みを珍しく思い、「江戸には銀行という仕組みがある」ということを「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」と表現したのが真相ですかね。

【江戸時代の話】「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」は「江戸は火事が多かったから」、「銀行が無かったから」、「そもそも江戸っ子は貧乏だった」という3大理由がインターネット上に挙げられていますが多分間違っていますよね?

江戸時代、江戸は火事が多かったので頼母子講(たのもしこう)という相互会があった。

少額を毎月12人から集めて12人分を1人に渡す。これを1年間繰り返して12人が1年のうち1ヶ月だけ大金を得ることが出来る銀行のような仕組みがあった。

この事実で仮説1の火事が多かったから宵越し...続きを読む

Aベストアンサー

すごいですねえ。
いろいろ計算して、ここまで考えると、おもしろいですね。

私は、ただ、単に、
物に執着して、がつがつ貯めこむのは粋じゃない。
きっぷ(気風)がいいことが美徳、という考えが江戸では一般的だったから、
(本当にもらったら、もらっただけ使ってしまう人ばかりでなくても)
そういう気質だと、おもしろがって、または、自慢気に、言っていたのではないかと思いました。
開き直ったスローガンみたいな(笑)。
で、そういう風潮ができたのは、
やはり、長屋に住んでいるような、大部分の人が、
ぎりぎりの生活で、贅沢はできない状況だったからでしょう。

ところで、たのもし講、私が小さい頃、母がやっていましたよ。近所のおばちゃんたちと。
なつかしい言葉です。

Qヨウ化銀について(単なる素人の質問)

こんばんは。カテはここで合ってるのかな…?

今晩の“ザ!世界仰天ニュース”で東京都のなんちゃらダムのそばには“人工雨降らせ機”があるということです。で、どうやって雨を降らせるのかというと“ヨウ化銀”を何かとと合わせて気化させ、雲の方に強風で送って雨を降らせる。ということでした。

何で“ヨウ化銀”で雨が降るのかというのはなんとなく分かったのですが、要するにその送り込んだ“ヨウ化銀”に水分がくっついて雨となって落ちてくるんですよね?
…ということは、“ヨウ化銀”も降ってくるんですよね?

それって(ヨウ化銀て)人体や植物に影響はないのですか?しかも、ダムに溜まって生活用水として使用されるんですよね?大丈夫なんですか?体温計に使われている“水銀”とかは体に毒ですよね…。

私は全くの素人です。知識は中学生の理科どまりです。こんな私にもわかるようにどなたか回答お願いします。

Aベストアンサー

結論から言うと、どのぐらい危ないのか不明、ということのようですね。
ヨウ化銀の毒性は参考URLにあります。
高濃度だとかなり毒性が高いですね。
しかし、幸いなことに水にはほとんど溶けないので、
食物連鎖のサイクルの中に入ってくることは少ないと思います。
どのぐらい散布するのかわかりませんが、
非常に低濃度だと思うので、
直接的には生物への影響はなさそうですね。
しかし、大量に使われるようになると、もしかしたら
毒性が問題になるかも知れません。
現状では、「そんなことわかってるけど、まず水をくれ!」
といった感じだと思います。
ところで、銀と水銀では性質がだいぶ違います。
体温計に使われているのは水銀。ヨウ化銀は銀です。
銀でも、毒性の非常に高い化合物はありますが、
水銀は銀よりも危険です。

参考URL:http://www2s.biglobe.ne.jp/~gakuyaku/yakumei/yo/yo01.html

Q戦国時代・江戸時代の世渡り上手

織田、豊臣、徳川は天下人と言われますが

この三家の下に付き続けた世渡り上手な武将、大名っているのでしょうか?

また、三家と敵対し続けた気骨のある武将、大名っているでしょうか?

Aベストアンサー

>この三家の下に付き続けた世渡り上手な武将、大名っているのでしょうか?


江戸時代まで生き抜いて大名家として存続したような家はたいてい三家の下に付き続けた世渡り上手な大名です。

代表的なところだと藤堂高虎とか山内一豊・前田利家の前田家・蜂須賀小六の蜂須賀家なんかですかね変わった所だと豊臣秀吉の義理の弟の浅野長政(個人的に家康ともとても仲がよく亡くなった後に家康が落ち込むほどだったらしいです)の浅野家なんかも世渡り上手な大名ですかね

その逆で

>三家と敵対し続けた気骨のある武将、大名

だと島津家くらいですかね
普通天下人に敵対し続けて生き残るのは難しいですから

Q吉田沙織は金メダル取れると願っていたけど銀メダルで私も悔しい気持ちになりました 英語に直してもらえ

吉田沙織は金メダル取れると願っていたけど銀メダルで私も悔しい気持ちになりました

英語に直してもらえませんか?

Aベストアンサー

I was hoping that Saori Yoshida to take the gold medal.
But was the silver medal.
So I am very frustrated.

Q日本の戦国時代~江戸時代初期・明治維新までの砲弾

戦国時代の大砲(大筒)の弾って、今で言う所の徹甲弾(攻城用弾)だと思うのですが、時代劇や大河ドラマでは、砲弾の対地着弾付近の侍・武士・兵士が吹き飛ばされて死傷する描写が多数見られます。
また、幕末の外国船の砲弾も、鉄球弾であり、榴弾ではなかったと思います。
しかし、炸薬が内蔵されていない鉄球である砲弾が近くに落ちても、大したことないと思います。
実際は、榴弾やそれに近い炸薬の内装された砲弾だったのでしょうか?

Aベストアンサー

視聴者にわかりやすくするための一種の演出効果なのでしょう。
それに、時代劇に限りませんが、日本のドラマ制作では軍事関係の考証は
軽視される傾向にあるので、そういう考証すらせずに単純に爆発させている
可能性もあります。


人気Q&Aランキング

おすすめ情報