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武士は変装してても歩き方でわかったと言うのは本当ですか?武道をやったせいで蟹股になってたせいですか?それとも意識してする特異な歩き方があったのですか?

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A 回答 (8件)

>>引用


ナンバ歩きを誤解されているようですが…。 基本的には手を振らないんです。普通に立って体を前に倒し、その倒れる寸前にどちらかの足を出すんです。その繰り返しで歩くんです。

なんばとは馬で言う側対歩(右側の前後、左側の前後の脚)らくだやキリンと同じ歩様をいうのではありません。この誤解はさる有名な古武術研究家の持論が大きく取り上げられたということのようです。
剣道は例にはなりません。古い剣道は歩み足も多く使われました。現代剣道はより様式的になり規制が厳しくなった結果です。フェンシングは剣道よりも更に半身を前にだしますがフェンサーが日常「ナンバ」で歩くことはないでしょう。
私は西洋大型剣、西洋レピアを学んでいますが、基本は剣道と同じ右手右足が同時です。しかし状況に応じ足の動きは使い分けます。むしろ自由自在に変化します。武士の剣術も環境を考えるならば同様であったはずです。また、「ナンバ」を農耕民族のクワ打ちに起源を求めている人もいますが、そうなると百姓も武士も同じになりおかしくなります。また、全ての農耕民族は「ナンバ」であるかなくてはなりません。絵画などでみられる「手を上げて逃げる様」は様式のひとつであり古代エジプト人が体をねじって描かれているのと同様です。
あえて違う点をしてきするならば、着地のときに踵から接地するか、つま先から接地するか、すり足で全体を接地するかです。これは地面の状況にもよりますが、履物の構造が大きいと思います。踵のある靴は歩くように踵から接地しますが、ぞうりなどは違うと思います。
ここで指摘したいのは明治になり洋式軍隊が導入されるとそれまでのわらじから靴になったわけで歩けないのも当然かと思います。

では、武士の実際の歩き方はどうだったのか。幸い私には多くの古武術を幼少から学んでいる友人が何人かおります。総合すると、腰を動かさず、すり足で能のような歩みで動きます。角をまがるときなどは死角を注意して大きく回ります。右手は常に自由にしておきます。振り向く時は首や体をねじるのではなく体ごと向きます。相手と正対するときは正面ではなく30度ほどの位地にたちます。
アメリカではプロの賞金稼ぎや探偵などがいますが、危険と隣り合わせの彼らはやはり無意識のうちにそのような動きをするということです。
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この回答へのお礼

いろいろあって足はすり足で、また身体全体の動かし方に特徴が出るということですね、専門的な回答ありがとうございます。

お礼日時:2005/11/26 14:05

実際に刀を腰にさして見ると判るのですが両刀を挿すと、かなりの重量でこの為、左肩が自然に上がりすこし右に傾きます。


このような姿勢が永年の習慣となってしまったと思います。

そのほか他のご回答にあるような事もあったとおもいます。
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この回答へのお礼

肩の位置・傾きにも特徴が出ると言うことですね、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/11/26 14:10

元々「ナンバ歩き」とは,足下の危機を回避するための歩法であり,その歩き方は基本的にすり足です。

手を振らないのは振り出した手を攻撃されるのを防ぐためです。(補足:大東流における歩法では,上半身は常に不動で,縦横に振れることはありません。)
このような歩き方は帯刀する武士の特徴であり,普段から意識せずこの歩き方をしているため,変装していても歩き方でバレてしまうのかもしれません。
あと私の武道の経験から,武道では内股での立ち方が多いため,蟹股にはならないと思います。
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この回答へのお礼

手を振らないのは守備面での都合からですか、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/11/26 14:08

NO.4です。

追伸。

昔の人が歩くとき、職業によってそれぞれ、手の位置が違っていたそうです。武士は、腰に手を当てて、商人は、体の前で手を組んでという風にして、見る人が見れば一目瞭然だったのだと思います。又、火事などで逃げるときは、手が邪魔なので、万歳して走る様子が、浮世絵などからも読み取れます。
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この回答へのお礼

やはり見た目で判別可能ですか、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/11/26 13:58

明治になる前の人達は、基本的に走るということをしませんでした。

走るのは、火事か事件の時だけですから、師走といってお坊さんさんが走るのは、大変なことだったのです。また、歩き方もなんばといって手を振らない、振るときは、手と足が同時に動く歩き方をしていました。明治維新で、近代の軍隊を作るにあたり、教育に当たった外人さんは、まず手と足が反対に動く行進の仕方から教えたそうです。学校教育をとおして日本人は、現在のような歩き方と走り方を身に付けたのだそうです。今でも一年生の行進が、ギクシャクしているのは、その名残です。

昔の人は、散歩というのもしませんから、歩くというのは、何か用事があるということで大概何か荷物を運んでいました。その時、職業によってそれぞれ特徴のある歩き方をしました。職人であれば、道具箱を肩に担ぐという風に、商人であれば、風呂敷で荷を背負うか、前掛けの中に手をしまうかするのが普通でした。武士は、腰に刀をさしているので、これを今風に歩くと刀がぶんぶん振れてとても歩けません。刀をゆすらないように、すっすっとすり足で歩くのが普通ですので当然癖になっていると思います。

剣道は、柔道と違い、足をがっちり開いて構える、ということはしません。ですから、蟹股になっているということではないと思います。
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この回答へのお礼

どちらかと言うとすり足ですか、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/11/26 13:56

2の方の補足です。


武士がなんば歩き(右手右足が同時に前に出る)をするのは、刀を使う必要があるからです。
現在の一般的な歩法(右手左足が同時に前に出る)で刀を振るった場合、野球のピッチャーのようなモーションとなり、勢い余った切っ先で左足を切ってしまうのです。

江戸時代は庶民もなんば歩きだったとどこかで読んだ記憶があるので、なんば歩きだけが根拠ではないと思うのですが・・・
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この回答へのお礼

庶民もなんば歩きと言うのですね、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/11/26 13:53

変装した時にまさかその歩き方のまま、というのもないような気がしますが、当時の武士はなんば歩き(踏み出す時に手足同じ側が一緒に出る)だったので、足を床にするように歩いていました。

つまり「武士歩き」というのは蟹股ではないのだと思います。
庶民のようにドスドス歩かないから目立つ、というのはあるのかもしれません。
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この回答へのお礼

なんば歩きですか、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/11/26 13:51

身分を隠して、となると、歩き方より身体的特徴でしょうか。


刀を常に差していたため、左側が発達していた、と聞いたことが
あります。足の太さ等大分違っていたようです。
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この回答へのお礼

身体的特徴ですか、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/11/26 13:49

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江戸時代までの人たちは、右手と右足を同時に前に出す、いわゆる 「なんば歩き」 をしていたと聞きました。

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ラクダ以外にキリンもそうです。(時折、犬もいます)これらの歩き方は乗馬で則対歩といいます。則対歩の馬は早足のときに上下の反動がないので楽です。弓を射るときなどは便利ですがこれは時折生まれる天然のものです。人工的に作る場合は左前足、後ろ足、右前足、後ろ足を紐でつないで調教するようですが失敗する場合も多いようです。モンゴルでこの話をしましたが、やはり数は少ないとのことでまた長距離の移動には向いていないと聞かされました。ナーダムでは則対歩の馬だけのレースもあるようです。
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気持ちとしてわかりやすいのは長ばかまをはいて歩く感じです。
腰に手を当てて(ベルトに親指を引っ掛け)肩と足を同時に動かさないとあるけないとおもいます。

人間がもともと斜対歩であったのは確実です。赤ちゃんのハイハイを見ればわかります。武道などでは「自然体」という言葉をよく使いますが
なんばは100%「自然体」ではありません

武士の歩き方が独特であればそれは彼らが職業的に無意識にそのようになったといえます。腰を落とした動きは西洋でも同じであり、もフェンシングも腰の位置は上下せず一定ですし、同じ側の腕と足を踏み込むというのであればプロのフフェンサーこそそうあるべきです。しかし、現実にはほとんどそのような歩き方をするフェンサーはいないでしょう。

わたしは表題の「江戸時代の人たち」は「なんば歩きをして」「走れなかった」はいくつかの疑問がまとまってしまったものだと思います。

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2、武道をする場合の独特な歩き。
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 衣装の制限は大きいと思います。農耕民族の畑を耕す動きという点で は西洋も農耕民族でした。これは牧畜主体のモンゴル人などの歩き方と比較をしなくては結論がでません。彼らは歩くよりも馬に乗る時間がながいですから彼ら特有の歩き方というのがあってもおかしくないです
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Q江戸時代の歩き方? 本当?

先日テレビのクイズ番組で 「江戸時代までの人は着物が乱れないように、今と違って同じ側の手と足を前に出す歩き方をしていた。  現代人のように反対側の手と足を連動する歩き方は 『ねじり歩き』 と言って、洋服が一般化する明治に入ってから」 という解説がありました。

ズボンを履いた現代人のような歩き方をすると着物の前がはだけるから、自然にこのような歩き方になったというものでした。

よく冗談で同じ側の手足を同時に前に出して歩く事がありますが、江戸時代までの人々はこれが普通の歩き方だったというわけです。

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 幼い子供を見ればわかりますが、人間は自然な状態で歩くと手をほとんど動かしません。あくまでも手は上半身のバランスをとるために存在しているだけです。江戸時代の絵画を見ると、火災で逃げまどうときなどみんな両手を前に突き出して走っていますが、これは速く逃げなければと思ってもどうすればいいかわからないため、気持ちばかりが焦って両手が前に出るからです。もし「ねじり歩き」ができれば、その延長として手と足を交互に動かす走りもできるはずですから、昔の日本人は「ねじり歩き」ができなかったと思います。

 では手と足を交互に動かす「ねじり歩き」は存在しなかったのかというと、飛脚など一部の職業では「技術」として存在していました。「ねじり歩き」の利点は早く歩けることですが、一般の人は日常において長い距離をラクに歩く「なんば歩き」は必要であっても、速く歩く必要はほとんどありませんでした。意外かもしれませんが、現代に生きる私たちもスポーツや電車に乗り遅れるといった状況以外では早足になったり走ることがないのと同じです。つまり手と足を交互に動かす「ねじり歩き」というのは長い間「特殊技能」で、明治以降の近大教育によって一般化した歩き方です。

 また、着物がなかった古墳時代でも「ねじり歩き」はなかったと思います。狩りをするから走るんじゃないかと思うかもしれませんが、いくら速く走っても動物には勝てませんから、それよりも獲物を探して長い距離を走る「なんば歩き」を自然に使っていたと思われます。

 なおヨーロッパなどでは古代から「ねじり歩き」が使われていますが、狩猟民族だからということではなく、古代オリンピアの例を挙げるまでもなく「歩く」ことや「走る」ことが早くから競技として発達し一般化したからだと思います。これはアフリカなどに現存する狩猟部族が「ねじり歩き」の技術を使用していないことからも推測できます。

 幼い子供を見ればわかりますが、人間は自然な状態で歩くと手をほとんど動かしません。あくまでも手は上半身のバランスをとるために存在しているだけです。江戸時代の絵画を見ると、火災で逃げまどうときなどみんな両手を前に突き出して走っていますが、これは速く逃げなければと思ってもどうすればいいかわからないため、気持ちばかりが焦って両手が前に出るからです。もし「ねじり歩き」ができれば、その延長として手と足を交互に動かす走りもできるはずですから、昔の日本人は「ねじり歩き」ができなかったと...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

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QWould you like~?とWould you~?の違いは

相手に何かをお願いするときに、
Would you like~?
Would you~?
と両方の言い方があると思うのですが、likeをつけるかつけないかはどのように判断するのでしょうか?
また意味はどう変わるのでしょうか?

Aベストアンサー

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧めたら)~をお気に召すでしょうか?」という丁寧で控え目な調子の出る勧誘表現なのです。I would like to~「~したい」(~することをできればしたい)という表現もこの用法からきているのです。

Would you like~のlikeは「~を好きである」という他動詞でlikeの後に名詞を目的語として持って来ることができます。例:
Would you like another cup of tea?「もう一杯紅茶如何ですか?」
Would you like going on a picnic?「ピクニックに出かけるというのは如何でしょう?」
Would you like to go on a picnic?「同上」(このto不定詞は名詞的用法)

ご参考になりましたでしょうか。

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧め...続きを読む

Q振り込んでもらうために口座番号って教えてもいいの?

知り合いから「振り込むから口座番号教えて!」って言われました。
けど…口座番号から何らかの悪用をされる可能性はないですか?
ちょっと心配です。
どなたかお分かりの方ご回答お願いします!

Aベストアンサー

信用金庫に勤めております。

振込して頂くのであれば 銀行名、支店名 お口座名を言わなくては
振り込めません。
番号を知ったからと言って、預金残高を知ることも出来ませんし、
出金、引落しすることもできません。(印鑑がいるから。)
だから大丈夫。

Q夢の中にだけ存在する町があり、度々夢でその町に行くのは何かあるのでしょうか?

夢の話で申し訳ないのですが、どうしても腑に落ちないのです。

夢の中だけに存在する町や店が5個あり、夢でその町へ行くと道も覚えてるのです。ですが、不思議なことに行きはスイスイと行っても帰りは絶対に思い出せず、必ず迷うのです。
上げてみますと

1、普通の住宅地。普通の町並みです。
2、寂れた団地。感じはグレーです。
3、雰囲気の悪い、全体的に空も海もグレーの荒れ狂った波が防波堤をたたき付ける状態の危険な道路を渡る。
4、ショッピングモール。普通に明るく綺麗でワクワクとする。
5、ビジネスホテル。可もなく不可もなく。

この五箇所、どう考えても実際には存在しませんし、似た場所も現実には無いのです。

なぜこの夢でしか存在しない町、店などか出てくるのでしょうか?
詳しい方がいらっしゃいましたらコメントお願いします。

かれこれもう10年以上は不思議でたまらないのです。

Aベストアンサー

おもしろいですね。わたしにもあります。
何十年もずっと、謎の町が夢に時々出てきます。
町全体は存在しないのですが、町を構成しているパーツでみるといくつかは実在しているようです。
(駅前は京都府の国鉄の駅の風景なのに、後ろの川は静岡県の天竜川になっていたり)

どうやら小さいときに行ったことある場所の空間認識が歪んだような、
かつ、その後行ったほかの町と一部合体したような風景なのですが
結果的によくわからないものになっています。

おもしろいのが、その町を夢にみるときは、
“決まって気分が同じ”なんですよね。
何となく不安で、明らかに追われてる気がして、
行きたくもないのにいつも同じルートを歩いていってしまう。

ですので、重要なのは町の構造ではなく気分のほうじゃないかと思うのです。
睡眠中で夢を見そうな条件にあるとき、その気分に心が傾きかけると、
“生まれて初めてその気分になったときの風景”が自動的に呼び出され
付随して展開される町の構成物は、他に記憶の強いところから適当に取ってきているのではないかと。

わたしはこのように推測しているのですが、他の人に聞いたことがないのでよくわかりません。
補足にでも質問者様のコメントもいただけたらうれしいですね。
答えになっておらず申し訳ありません・・

おもしろいですね。わたしにもあります。
何十年もずっと、謎の町が夢に時々出てきます。
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(駅前は京都府の国鉄の駅の風景なのに、後ろの川は静岡県の天竜川になっていたり)

どうやら小さいときに行ったことある場所の空間認識が歪んだような、
かつ、その後行ったほかの町と一部合体したような風景なのですが
結果的によくわからないものになっています。

おもしろいのが、その町を夢にみるときは、
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