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口頭で「そうですよね」という言葉の中で”よ”を入れるのは言語学的に間違えであり「そうですね」である指摘されました。「そうよね」が丁寧になり「そうですよね」になったと考えられますが人に強く同意をする時には「そうね」より「そうよね」となると思いますが専門的には如何なものでしょうか?恐れ入りますがどなかた理論的な解説をお願いします。

A 回答 (7件)

そうですね


そうですよね

文法的にも違うものです。

「よ」は判断・主張・感情などを強めて、周囲への告知の意味を含んでいます。
「ね」は、相手の同意・返答などを期待する、自分の考え・気持ちを主張するとき、念を押すかたちで使われます。

「~よね」とは、単純に「~よ」+「~ね」であり、
ゆえに、「そうですよね」は言語的に間違いではありません。

意見の自己完結、あるいは、自己の主張を他者に強要する「そうですね」に対し、
それに加え、周りの人間をより巻き込むことを期待して、発するのが
「そうですよね」
ということになります。
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この回答へのお礼

言語学的に間違えではないと知りうれしいです。ありがとうござました。

お礼日時:2006/01/18 20:47

フランス=ドルヌ、小林康夫『日本語の森を歩いて』講談社現代新書、2005年


は、フランス生まれで現在東京の大学に勤めている筆者(日仏対照言語学が専門)が、非母語話者の視点から日本語の様々な相を切り出したおもしろい本ですが、その中で「よね」などの終助詞についても興味深い言及がありました。ご参照ください。
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「言語学的に間違いか」という質問に関しては、No.4さんのご意見


「現代口語を言語学が否定したりする資格はない」に同調しますし、
実際問題ないと思います。

さて、語のニュアンスについて考えて見ますと、

「です」は丁寧な断言です。
「よ」は主張の意味を持ちます。
「ね」は色々な意味がありますが、その土台になっているのは
相手との密なコミュニケーションの確立・確認です。

ですから日常会話における受け手側の発言としては、
「そうです」よりも「そうですね」のほうが親しみやすく、
「そうですね」「そうね」よりも「自分の主張でもある」という
意味を加えた「そうですよね」「そうよね」のほうが強い同意に
なります。

題意とは離れてしまうのですが、
仕事の場では受け手であるより自分も報告・発表をする送り手側で
あることが求められるからか、「ね」「よね」は逆に
文意を弱めるものとして好まれていません。
相手との関係に依存あるいは配慮したようなニュアンスが嫌われる
のでしょうか。


参考urlは終助詞について説明しているサイトです。
既出の回答の中で出てきた「よ」、「よね」、性別の違いによる
表現差、などにも言及していて興味深かったので参考になさって
ください。

参考URL:http://www.geocities.jp/niwasaburoo/19shuujosi.h …
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これまでの回答を読みましたが


私の主観を書いてみますね。
「そうですよ」というのは、以前の回答者が書かれているように、断定の意を表しています。
また「そうですね」は相手の同意を得る表現です。

このように、
断定しておいて、すぐに相手の意を確かめるような表現は、女性であっては奥ゆかしいかも知れませんが、男性ならば、こうしたころころと意見の変わるような人間を私は信じません。
極めて、主観的に回答してみました。
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どこの国でもそうですが、「文法」とは既にある言語を理解しやすくするために、単語や文の構造、慣用的な言い回しなどから共通項を導きだし整理したものです。

後付け理論である学会の文法が現代口語を規制したり、研究対象である現代口語を言語学が否定したりする資格はないでしょう。

言語自体は口語として使用される間に常に変化していきます。特に良い意味の言葉は使用頻度の希少性が前提となりますので、使い古されると代替えの語が取り入れられます(例えば「貴様」はとうとう相手を罵倒する言葉にまで地位を下げ「貴方」が地位を得ています)。

「そうですよね」は、発言者自身の考えの下に同意しているというよりも、既に確認された前提の下に同意していると言うニュアンスになります。発現責任があいまいになった表現ですが、またより新しい口語的表現を使うことにより、相手との親近感の表明ともなりえます。

結局、口語の場合には「ニュアンス」の微妙な違いが大切になってきますので、日本語としての構造の制約を受けますが、厳密に今の「文法」に則って適用される訳ではありませんし、むしろ新しい口語表現を日本語の歴史的な構造の中で捉え直し、その発生のメカニズムに注意した方が有意義な学術研究になるでしょうね。

口語には世代間の相違があるために、年配の方々からすると口語としての日本語が乱れている、と感じられますが、当の年代の方々も若い頃には同じようなことを上の世代から言われています(それこそ何百年も前から ^-^;)。
「そうですよね」も口語日本語として定着しつつある表現の一つでしょう。
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「そうですよね」という言葉は、「そうですよ」と「そうですね」が複合したもので、文法的に何の意味もなく、相手に同意を促す表現と思われるのですが、私は同意できません。

もともと存在しなかった言葉遣いで、ちかごろの文法無知な若者の間で間違ったまま蔓延しているようです。
「そうよね」の方は女言葉で、「そうよ」+「ねっ!」でしょう。昔から存在していた用法なので違和感は感じません。むしろ男が「…ですよね」という言葉遣いをするのはいかがと思います。キモチワルイ!
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この回答へのお礼

ありがとうございました。参考にさせて頂きます。 

お礼日時:2006/01/18 20:42

間投助詞


文節末尾について語調を整えたり感動などの意味を付け加えるもの。の中に「よ」「ね」が含まれます。

この間投助詞を2つ繋げることが間違えといわれる点です。
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この回答へのお礼

間投助詞とは
学校文法では終助詞にふくめる場合が多く,間投助詞として学習することはないが,終助詞は文の最後に用いるのがふつうで,その点,間投助詞とは異なる。文語には「や・よ・を・ゑ」などの間投助詞がある。「あはれ,いと寒しや」などと使われる。
とありました。終助詞と捉えた場合でも二つ繋げることは間違えなのでしょうか? ありがとうございました。 

お礼日時:2006/01/18 20:54

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