友人に「ご馳走するよ」と言われたんですが、なんだか違和感があって、正しい敬語なのか疑問です。謙譲語で「ご馳走になる」というの言いますが、人に奢るときはわたしは「ご馳走する」とは言わないのですが…
そもそも「ご馳走」というのは、「立派な料理」という意味だと思っていたので(「ご馳走様でした」などというように)、奢る側の人が「ご馳走する」というのは「立派な料理を食べさせてあげる」という感じを受けてしまいします。
「ご馳走する」というのは謙譲語として正しい用法なのですか?

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A 回答 (7件)

へりくだっていないので謙譲語ではありません。


古くは、「客人に料理を“馳走する”」という使い方でしたが、「ご」を付けた受身に用いることが多いので違和感を覚えるのでしょう。
文法的にはおかしいはずですが、現代語としては「ご馳走する」という使い方も普通になりましたね。言葉は生き物ですからあまり拘る必要はないかもしれません。
謙譲語では「馳走いたす」になると思いますが、これでは時代劇みたいですね。
現代的なら「ご馳走させていただく」になるでしょう。「~させていただく」には“許可を得る・同意を得る”の、へりくだった意味合いがあるので、謙遜を表す謙譲表現になります。
ただ、この「~させていただく」は、あまり好ましい表現ではないとされています。

って、とこです!
それではゴキゲンヨウ!!! (^^)/~~~
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#1さんの回答にあるように、客をもてなすために“走り回った”ことに対して、客の側が「御馳走にあずかった」と感謝するのが本来の用法です。


ただし転じて「立派な料理」の意味になり、また「おごってあげる (相手の分も支払う)」の意味に使うこともありますね。
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#2さんに同意します。


友人に対してなら,ユーモアとして「ご馳走」が使われると思いますが,格式ばった案内状には「粗餐」と書くことがありますね。

慶弔などのときにしか目にしませんが。

参考URL:http://www.edinet.ne.jp/~gakuchi/bunrei/shotai/s …
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「自分の料理を誇って恥ずかしくないほどの立派なものを


おごってあげますよ」
という意味です。
本来の謙譲が相手の側に立って用いられる例。自分のこと
だからといって「ご」を取ってしまって「馳走しますよ」
などとは言わないことは、日本人であればその違和感が
わかりますよね。「ご報告します」と似たような感じです。
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本来は「馳走する」が正しい。

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> そもそも「ご馳走」というのは、「立派な料理」という意味だと


おっしゃる通りです。
受ける側が謙って料理の内容を誇張し
「ご馳走」と使うのが正しいでしょう。
ただ、謙譲語でも上下関係によって使い方が異なるとは思います。

> 友人に「ご馳走するよ」と言われたんですが、なんだか違和感があって
友人ということを考えると、
「ご馳走するよ」という使い方は大きく間違っていないと思いますし、
ポピュラーによく使うと思います。
これがkureopatraさんより対等未満であると失礼にあたります。

逆にkureopatraさんの友人が
「ここは私がお持ちします」・・・と言ったら、
それはそれで他人行儀なのではないでしょうか。
「ご馳走するよ」というのは、仲の良い証拠です。
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本来、ご馳走とは立派な料理のことではありません。

(その意味もあるけど)
客人をもてなすため、食事の用意に奔走したことに由来します。
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Q「ご馳走になりました」と「ご馳走さまでした」の違い

日本語を勉強中の中国人です。「ご馳走になりました」と「ご馳走さまでした」の違いがよくわからないのですが、どなたか教えていただけませんか。日本の方はこの二つの表現をどのように使い分けていらっしゃいますか。

また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

食卓で食事を終えて箸を置き、「ご馳走様でした」という。
これは無事食事を終え、命をつなぐことができたことへの感謝を口に出したものです。
だから、一人で食事をした場合でも、「ご馳走様でした」ということはあります。
自宅で、家族で食事をしていた場合は、その食事を用意(調理など)した人と、その食事を用意するために必要だったお金を稼いできた人に対する感謝も含みます。

飲食店で、食事を終えて店を出るときに、「緒馳走様(でした)」と、料理人(姿が見えていれば)や店員に声をかけることもあります。
合理的に考えると、自分はお金を払っている客だからそんなことを言う必要はない、ということになりますが、料理を作り、もてなしをしてくれたことに対して、自分は満足しましたよ、ありがとう、という気持ちを言葉に出します。
もちろん、料理がおいしくなかったり、店員の態度が悪かったりしたら、そんなことは言いません。

職場で上司が、「今日は私がご馳走する(=支払いをする)から、一緒に食事に行こう。」と誘ってきたら、「ご馳走になります。」と答えます。これは、「一緒に行きます。支払いはお任せします。」という意味です。
食事を終えて、会計を済ませた(その上司が支払った)後で、「ご馳走になりました。」とお礼をいいます。

上司や伯父など、目上の人の家に招かれて食事をしたとき、食卓では「ご馳走様でした。」といいます。
ホスト・ホステスに対して、感謝の意もありますが、自分は食事を終えました、と伝える意味合いが強いと思います。
食卓上を片付けて、デザートを出すとか、お茶を出すとかしてもいいですよ、ということになります。
その家を辞するときに「今日は、ご馳走になりました。」といいます。ここで改めてもてなしに対して感謝の意を示すのです。
食事を終えて食卓で、「ご馳走になりました。」ということもありますが、「それでは(=食事は終えたので)、これで帰ります。」というようなニュアンスが漂ってしまうような気がします。
食事をした場所(食堂)から他の部屋に移動するならそれでもいいでしょう。

帰宅後に、家人に「食事(夕食)はどうしますか?(=食べますか?)」あるいは「食事はどうしましたか?」と尋ねたれたら、「○○さんに、ご馳走になりました。」と答えます。
これは、家人が○○さんを知っており、そのことを知っておいてもらう必要がある場合です。
そうではない、自分で支払った食事や、家人に内緒の相手との食事だったら、ただ「(外で)済ませてきました。」と答えます。

翌日、その上司にあったら、「昨日(昨夜)は、ご馳走様でした。」と再度、礼をいいます。
ここで「昨日は、ご馳走になりました。」というのも間違いではありませんが、私は違和感があります。
明確にどのように誤りなのかは指摘できないのですが、「ご馳走様でした。」のほうが自然だと感じます。

自分と相手との関係によってではなく、場面や時によって使い分けられていると思います。
ほとんどの場合は、「ご馳走様でした。」でよいと思います。
「ご馳走になりました。」でなければならないのは、上記の例のように、相手にではなく相手以外の第三者に答える場合だけであると思います。
他の例では、「ご馳走になりました」を「ご馳走様でした」に置き換えても違和感はありません。

強いて言えば、「ご馳走様でした」は食事の終了、「ご馳走になりました」は食事を含めたもてなし全体の完了を意味するように思います。
訪問先を辞去するときに、「ご馳走になりました」といえば、「私は帰ります。」の意を含むし、食事会を終えて店を出て、上司に「ご馳走になりました」といえば、「ここで一旦解散。」の意を含んで、帰宅する人あり、別の店に行く人あり、ということになります。

「ご馳走様でした」はそれだけで充分に丁寧な表現だと思います。

食卓で食事を終えて箸を置き、「ご馳走様でした」という。
これは無事食事を終え、命をつなぐことができたことへの感謝を口に出したものです。
だから、一人で食事をした場合でも、「ご馳走様でした」ということはあります。
自宅で、家族で食事をしていた場合は、その食事を用意(調理など)した人と、その食事を用意するために必要だったお金を稼いできた人に対する感謝も含みます。

飲食店で、食事を終えて店を出るときに、「緒馳走様(でした)」と、料理人(姿が見えていれば)や店員に声をかけることもあり...続きを読む

Q丁寧の「ご」と謙譲の「ご」の見分け方

丁寧の「ご」と謙譲の「ご」の見分け方があれば教えてください!

Aベストアンサー

自分方の行為、物事に関する場合は謙譲語です。美化語の場合は厳密な意味の敬語ではなく、自分の言い方を丁寧する言い方です。よって間接的に聞き手に対する敬意を表すこともあれば、独り言に使われることもあります。「敬語の指針」(平成19年2月2日 文化審議会答申 下記URL)による新分類法では、丁寧語の「お/ご」は挙げられていません。専門家は著作(「敬語」菊地康人 講談社学術文庫)の中で「お暑い」など、ごく一部の言い方を「お/ご」を用いた丁寧語に分類しています。

「お/ご~する(申し上げる・いたす・いただく、など)」という形はすべて謙譲語です。「~」には、動詞の連用形や動作性の名詞が入ります。それらは、動作の向かう先=敬う(立てる)相手を持つものに限られます。ちろんその主語は話し手です。

自分方の物事に関しての「お/ご~」は、すべて美化語です(もちろん正しく使われている場合に限ります)。

(1)「私がお客様をお迎えします。」・・・「お~する」という形であること、また、主語が話し手であることから、「お迎えし」は謙譲語であると判断できます。
(2)「毎日、幼稚園にお迎えに行く。」・・・自分方の行為を美化した言い方で、もちろん「お迎え」は美化語です。
(3)「明日はお釈迦様のお(ご)誕生日です。」・・・お釈迦様を敬った言い方なので、「お(ご)誕生日」は尊敬語です。
(4)「明日は私のお誕生日です。」・・・いうまでもなく「お誕生日」は美化語です。
(5)「私のご発言をお聞きください。」・・・「発言」は自分方の行為である。「発言する先」を立てるということではないので、謙譲語ではない。また、「発言」を美化語にすることは慣用としてあり得ない。よってこの「ご発言」は、自分の行為に尊敬語を使ったものであり、誤用である。

最後に、下記URLから、ご質問に関連した内容をコピーしておきます。参考になさってください。

>>
【16】自分のことに「お」や「御」を付けてはいけないと習ったような気がする
が,「お待ちしています」や「御説明をしたいのですが」などと言うときに,
自分の動作なのに,「お」や「御」を付けるのは,おかしくないのだろうか。
これは,どう考えれば良いのだろうか。

【解説】自分側の動作やものごとなどにも,「お」や「御」を付けることはある。自分の
動作やものごとでも,それが<向かう先>を立てる場合であれば,謙譲語Iとして,
「(先生を)お待ちする。」「(山田さんに)御説明をしたい。」など,「お」や「御」を
付けることには全く問題がない。また「私のお菓子」など,美化語として用いる場合
もある。
「お」や「御」を自分のことに付けてはいけないのは,例えば,「私のお考え」「私
の御旅行」など,自分側の動作やものごとを立ててしまう場合である。この場合は,
結果として,自分側に尊敬語を用いてしまう誤用となる。

参考URL:http://www.bunka.go.jp/1kokugo/pdf/keigo_tousin.pdf

自分方の行為、物事に関する場合は謙譲語です。美化語の場合は厳密な意味の敬語ではなく、自分の言い方を丁寧する言い方です。よって間接的に聞き手に対する敬意を表すこともあれば、独り言に使われることもあります。「敬語の指針」(平成19年2月2日 文化審議会答申 下記URL)による新分類法では、丁寧語の「お/ご」は挙げられていません。専門家は著作(「敬語」菊地康人 講談社学術文庫)の中で「お暑い」など、ごく一部の言い方を「お/ご」を用いた丁寧語に分類しています。

「お/ご~する(申し上げ...続きを読む

Q「ご」が正しいでしょうか「お」が正しいでしょうか?

お忙しいところ、たいへん恐れ入ります。
見ていただきまして、誠にありがとうございます。

「査定」という単語の頭につける文字は
「ご査定」と「お査定」、どちらが正しいでしょうか?


「お時間」と言いますが「ご時間」とは言いません。
「ご家族」と言いますが「お家族」とは言いません。
ちなみに私は「ご査定」が正しいと思っておりますが
ほかの社員で「お査定」と言うものがいます。
とても違和感を感じておりますが
どちらが正しいかの根拠がわかりません。

何卒、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「ご査定」の方だと思います。

2つをすべて平仮名にすると、
「ごさてい」、「おさてい」

「ごさてい」と「おさてい」では左の方が言いやすいです。

例を挙げてくれたのでは、
・「ご時間」より「お時間」の方が言いやすい。
・「お家族」より「ご家族」の方が言いやすい。

なので、言いやすさで「お」または「ご」を判断するんだと思います。

Q「ご・・・する」「お・・・する」は謙譲語ですか?

1)「ご・・・する」「お・・・する」は謙譲語ですか?
2)「ご請求致します」は日本語として正しいですか?
請求するのは自分でその動作に「ご」をつけるのはおかしいと思います。尊敬語は動作の為し手を敬い。謙譲語は動作の対象を敬う。と聞きました。

特に外国の方に日本語を教える時どのように尊敬語と謙譲語の違いを教えればいいですか?
私自身謙譲語と尊敬語の違いが良くわかりません。教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「お・・・する」は謙譲語ですよ。

例:「おいとまします」
  「お察しします」

尊敬語と謙譲語を概念だけで説明するなら、階段がよいですよ。
国語の教科書にもありますが。

自分が主語のときは自分が一段下がって、それが謙譲語。
相手が主語のときは相手を一段上にやって、それが尊敬語。
ちなみにどちらも同じ段にいるのが丁寧語です。

いかがでしょう??

特に古文では動詞だけで主語が分かる、という話をするとおもしろいですよ。
例えば「奏す」と言えば天皇や殿様など最高位限定ですから。

源氏物語などは、「主語が全くないのに読者には誰が主語か分かる」ということに感動していた外国人の学者さんがいました。
日本語ってすごいですね。

Q「ご教授」と「ご教示」どちらが正しいですか?

こんにちは。
「ご教授ください」と「ご教示ください」
どちらの表現が正しいですか?

このコミュニティを閲覧中、質問者「ご教授賜りますよう宜しくお願い致します。」
に対して回答文の最後に、
「ご教授は大学の教授になり、この場合はご教示になる。」
と書かれてました。

「教授」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/56368/m0u/%E6%95%99%E6%8E%88/
「教示」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/56309/m0u/%E6%95%99%E7%A4%BA/

「教授」は大学の教授に対する限定表現に思えず、使い分けできそうかなと。

ついでにですが「!?」と「?!」の使い分けもご存知でしたら教えていただきたいです。
こちらは、"おまけ" の質問ということで。

宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

 念のために補足しておきますが、大学の教授同士などの場合、教授は「他の教授を教育・指導する立場」にはありませんから、「教わる側の教授」に対する「教える側の教授」の立場は単なる同格の立場に居る人物であって、「教育・指導する立場にいる人物」にはなりません。
 ですから、大学の教授同士等の場合においても「ご教授」という表現を使うのは間違いで、「ご教授」ではなく「ご教示」を使うのが正しい事になります。
 又、例えば、大学病院で治療を受けている患者は、大学病院の教授に「教えや技術・技能の類を身に着ける事を目的として教育や指導を受けている立場」ではありませんから、大学病院で治療を受けている患者が、大学病院の教授に対して「ご教授」という表現を使うのはおかしい事になります。

 尚、教師や教授、塾の講師、師匠、習い事の先生やインストラクターといった立場の人間に対して、その指導や教育を受けている立場の学生や生徒、弟子といった立場の人間が、「指導や教育を受けている事に関連する事柄に関して」教えを乞う場合には、「学問や技芸を教え授けてもらう事」を乞うている訳ですから、「ご教授」としなければなりません。
 要するに、生徒の立場に居る人間が、その先生の立場に居る人間に対して教えを乞う場合には「ご教授」、それ以外の場合には「ご教示」となる訳です。
 但し、例えば茶道教室において生徒が先生に対して、次回の茶会が開かれる日時を尋ねる場合には、「次回の茶会が開かれる日時」は「生徒が身に付けなければならない知識や技術・技能」の類ではありませんから、「ご教授」を使う事は出来ません。
 この様に、先生と生徒の関係にある間柄であっても、「生徒が身に付けなければならない知識や技術・技能として、先生から教育・指導を受けている事柄」であるのか否かによって、「ご教授」とすべきなのか「ご教示」とすべきなのかは変わって来ます。
 又、例えば、釣り仲間同士の様な元々は同格である筈の間柄であっても、魚が良く釣れる秘密の穴場を教えてもらうといった場合等には、「その海域で釣りをする事に関する経験が浅い人間」が「その海域で釣りをする際に有用な知識」を「その海域で釣りをする事に関するベテランの人間」に教わる訳ですから、「その海域で釣りをする事に関するベテランの人間」の事を「”その海域で釣りをする事に関して”は先生(別の海域で釣りをする場合にはその限りではない)」と見做す事も出来ない訳でありませんので、(仲間内のおどけた表現として)「ご教授」という事も出来ない訳ではないと思います。

 念のために補足しておきますが、大学の教授同士などの場合、教授は「他の教授を教育・指導する立場」にはありませんから、「教わる側の教授」に対する「教える側の教授」の立場は単なる同格の立場に居る人物であって、「教育・指導する立場にいる人物」にはなりません。
 ですから、大学の教授同士等の場合においても「ご教授」という表現を使うのは間違いで、「ご教授」ではなく「ご教示」を使うのが正しい事になります。
 又、例えば、大学病院で治療を受けている患者は、大学病院の教授に「教えや技術・技...続きを読む


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