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金閣寺は正式には鹿苑寺と言い、鹿苑寺という名称の由来は、
足利義満が死後に与えられた法名の「鹿苑院天山道義」から来ている、
と聞きました。

ということは、金閣寺が鹿苑寺と呼ばれ始めたのは、
足利義満が死んでから後ですよね?
しかし、下記のURLを見たところ、

http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&p …
>相国寺を創建した足利義満は、その塔頭(たっちゅう)鹿苑院の院主を
>全国の禅宗寺院全体の統率者(僧録)とし、夢窓の弟子春屋妙葩
>(しゅんおくみょうは)をその初代としました。以後鹿苑院の院主は
>夢窓派がほぼ独占しています。

と書いてあり、足利義満が生きていた時にすでに鹿苑院というものがあったようです。

鹿苑院と鹿苑寺(=金閣寺)は、別のものなのでしょうか?

A 回答 (1件)

別のものです。


ただ鹿苑院も足利義満が建てたものです。
臨済宗の禅に傾倒していた足利義満は、1382年に禅寺として相国寺を創建しますが、その時、相国寺の敷地内に鹿苑院を建てています。
鹿苑院の「鹿苑」は、お釈迦様が初めて説法をした土地の名前の「鹿野苑」に因んだものです。
ですから「鹿苑」という言葉が使われた順番で言えば、まず相国寺に鹿苑院が建てられ、後に足利義満の法名として使われ、義満の使った「北山殿(金閣寺)」が禅寺となって、義満に因み鹿苑寺と名付けられたという事になります。
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この回答へのお礼

詳細に説明していただき、ありがとうございます!
危うく間違って覚えてしまうところでした。
なぜ「鹿苑」と言うのかも疑問に思っていたので、
これも解決して、大変助かりました。

お礼日時:2007/06/14 19:43

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