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今、歴史の勉強をしています。
そこでアメリカの占領政策の変更について疑問を持ちました。

アメリカは最初(1945年頃)、日本の非武装化を徹底していました。
これは日本がアメリカを攻撃しないようにするためですよね?
このときは日本vsアメリカですよね。

それなのに、どうして中国で社会主義革命が起こった(1949年)後、
アメリカは日本に対して、経済的な援助を行ったのでしょうか?

アメリカの心境(?)の変化が気になりました。

授業で詳しくやらなかったため、気になりました。
ご存知の方がいれば教えてください。

お願いします。

A 回答 (5件)

日本語では、在日アメリカ軍と現在言われていますが、戦後は進駐軍と言われていました。

実態が全く変わっていないにもかかわらず、日本語の曖昧な政治用語で、なんとなく、アメリカと対等に成ったように思っているかもしれませんが、現在でもアメリカ側からすれば進駐軍です。国連(United Nation)も戦前は連合国(United Nation)です。現在でも、在日米軍の司令官は、日本の政治や自衛隊の行動の中で、反米的な動きがないかを逐次報告する義務を負っています。
アメリカの心境に全く変化はありません。日本はアメリカにとって占領国であり、アメリカ軍隊最大の軍隊の補給基地です。中国、ロシアに対峙するための戦略の要所であり、ロシア、中国海軍を太平洋に出さないために重要な地域です。
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このコーナーの質問に多く見られる傾向として、国を擬人化して論じてその政策の意図を問うといったパターンがありますが、集団の構成員は夫々異なった思考・意思を持ち、全体のせめぎあい中で夫々の事項に落とし所があって、それがその時点の政策になります。

同じ意見の集まりである政党でもそういった傾向がある中、意見の一致が前提でない国という集団の意思というものは、あまり擬人化に馴染むとは思えません。
米国の占領政策については様々な歴史的記述(占領側の回顧録等)がありますが、その変更は登用人物が替わって言った事で発生しています。
各部門の人事権は民意を反映したものではありませんが、勿論米国本土の世論を考慮して行なわれています。
当初の占領政策については、経済基盤の壊滅した資源小国の飢餓に対する無償援助、しかも直前までルール違反常習の戦闘を行なっていた敵に対する援助を、米国本土に正当化するために行なわれたものでした。
従って登用されたメンバーは所謂リベラル派で、神国軍事独裁の元で洗脳されていた「精神年齢12才」の国民を、正しい政体である民主主義国家に相応しい民度に引き上げる事を本心から考えていた連中でした。現在でも米国の政策は、愚かしい程「正しい事を行なっているから受け入れられない筈が無い」といった側面があり、相手の事情を考えない「援助」が各国で軋轢を生んでいる点が見られます。尤も勿論世界国家としての強かな戦略を立案する部分を米国は持っており、両者に極端な落差があるのがその特徴と言えます(英国には差が無い)。
敗戦に因り属国満州を合わせた場合の国土の2/3(平地面積では12/13)を失い、疲弊が農村にまで及び生存に必要な食糧生産まで覚束ない資源小国が、再び米国を脅かすような力を持つと考えた人は、日本にも米国にも当時は存在しませんでした。従ってその占領政策に関して、理想主義に基づいた政策を行なおうとしても、冷徹な戦略立案を行なう側は単なる「遊び」と見てあまり干渉しませんでした。
その後経済援助の理由は、人道(国民生存の為)から米国側勢力圏内の政権維持に転じていき、それに伴って理想主義者からマキャべリストに各担当者が入れ替えられて行った訳です。
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>アメリカは最初(1945年頃)、日本の非武装化を徹底していました。


>これは日本がアメリカを攻撃しないようにするためですよね?
この認識が間違っています。
アメリカの対日政策は、「日本をアメリカの奴隷にすること」です。
そのため、徹底した検閲による情報統制と、教育改革の美名の下に、過去の歴史の否定と贖罪を植えつけたのです。
つまり「日本vsアメリカ」ですらなく、日本という国をアメリカの僕とする壮大な実験と理解すべきでしょう。

>どうして中国で社会主義革命が起こった(1949年)後、アメリカは日本に対して、経済的な援助を行ったのでしょうか?

見方を変えれば良く解かるでしょう。
ちなみにアメリカの援助は終戦直後から始まっています。
理由は「餌付け」です。
空腹のときに食べ物をくれる相手を憎み続けられるものではありませんからね。
一種の「ストックホルム症候群」ですね。
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一口で言えば東西冷戦の重要な位置に日本がいたからということでしょうか。



終戦後日本は早く独立をしたいのですが、アジア諸国で共産主義の嵐が吹きまわっていたため、米軍は日本から出て行くことができず、日本を独立させることが難しくなりました。

武力を持っていない日本も米軍に守ってもらう必要があり、お互いの利害関係が一致し、経済援助も受けれたのだと思います。

しかし、いつまでも米軍にいてもらっては日本は独立ができず、米軍に出て行けと言っても出て行かず、だからといって本当に出て行かれたら日本を守ってくれる軍隊がいなくなり、そこで考え出されたのが、米軍は日本にいても良いから、少しでも条件が良いように日本を独立させろ。というものです。
(サンフランシスコ講和条約および日米安全保障条約)
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簡単にいえば、ソ連が原爆を開発したことでアメリカの優位性が薄れたためです。



そもそもアメリカが日本に原爆を投下したのも、戦後体制を作るなかで自国を優位に立たせ、交渉を有利にするためだったとも言われています。
実際、ソ連はドイツとの戦争が終わったことで、日ソ中立条約(1941年)を破って、日本に侵攻しようとしていた形跡があります。
またアメリカに限らず西欧諸国は第2次大戦後は、共産主義勢力が勢いを増すという予想をしていました。

そのためアメリカは原爆を作り、軍事力で圧倒的に有利に絶つことで共産主義とのイデオロギー対決を優勢に進めるつもりだったのです。
この状況であれば、日本を非武装化してしまえば、戦前から続く脅威は極端に減るため、最初はほとんど武装しない国にする予定だったのだと思います。

しかし1949年、ソ連が原爆の開発に成功します。
これにより状況が一変しました。地球儀を見てもらえば分かるのですが、ソ連とアメリカはシベリアをはさんで向き合い、大西洋側はヨーロッパ諸国(NATO)があるものの、太平洋側は海が広いだけでさえぎるものがありません。
ただひとつソ連の邪魔をしているのが、日本列島だったのです。ソ連は冬の間使用できる軍港が太平洋では日本海側、つまり日本のまん前しかないのです。

そのため、アメリカは占領政策を変更し、日本を同盟国としてソ連との盾につかうことにしたのです。
もちろん日本としても大歓迎です。日本の敗戦後、日本が統治を放棄した朝鮮半島の領有について、すでに共産勢力(ソ連・中国)と連合国(資本主義)がつばぜり合いをはじめていたからです。
このまま朝鮮半島が共産勢力の手落ちれば、日本はのど元にナイフを突きつけらたのと同じことになります。歴史的に見ても、朝鮮半島が侵略者の手に落ちると、日本は侵攻されるのです(元寇など)

1949年6月には早くも朝鮮戦争が始まります。
そして1950年には、自衛隊の前身である警察予備隊が創設され、同時に日本でもレッドパージ(共産党員の排除)がはじまります。こうして資本主義を守るために政策が変更されたのです。

現代では日本は世界第2位の経済大国です。アメリカの政策変更があったために、ドイツのベルリンや朝鮮半島のように分割されることもなく、日本列島全体で歴史を共有することが出来ているともいえるのです。
もちろんアメリカが日本の国益を考えて政策変更したわけではありません。それが証拠に、今でも日本には多くの米軍基地があり、制空権も米軍が握っています。
その反面、日本自体は共産主義と戦うための軍事コストをほとんど負担しなかったため、高度成長をとげて経済大国になったともいえるのです。
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