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質問させてください。

戦国時代、武将が他の武将に挨拶に訪れた際に口上があると思うのですが(例えば誰かの使いであるなど)、それの例をあげておられるようなサイトはないでしょうか。探したのですがさっぱりみつかりませんでした…
もしないようなら、そういうシーンのある小説などをご教授願えればと思います。

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A 回答 (2件)

新田次郎の「武田信玄」とか、津本陽の「下天は夢」などにはふんだんにそうした場面が出てきますが。

いずれにせよ、戦国時代の「会話」が記録されている信頼できる史料というのは存在しない筈ですので、作家が想像したものになります。

昨年のNHK大河ドラマ「風林火山」で、武田晴信の家老の甘利虎泰が村上義清と秘密裏に会うシーンがありました。私が見て、妥当な時代考証と思われましたので記しておきます。(多少アレンジしました)

村上「村上周防守である」
甘利「それがし、武田大膳大夫が家来、甘利備前守でござる。村上様に拝顔を賜り恐悦至極に存じまする」

ポイントは

1. 「村上義清」「武田晴信」「甘利虎泰」などという「本名」は使わず、「官途名」を名乗ります。

2.村上義清の官途名「周防守」は朝廷・幕府から許可を得た正式のものか分りませんが、武田晴信は朝廷と幕府に献金して「大膳大夫」の官途名を正式に得ています。

3. 甘利虎泰は、武田家の重臣として、主君の武田信虎(晴信の父)から「備前守」という官途名を名乗ることを許されていましたので、武田家の中でも、対外的にも、「甘利備前守」と名乗り、呼ばれます。

戦国時代の武士の場合、例えば「馬場美濃守」という「苗字と官途名(通称)」だけが伝わり、本名は不明、あるいは複数伝わっている例が珍しくありません。

武田信玄・勝頼に仕えて「名臣」とうたわれ、長篠の合戦で壮絶な討ち死にを遂げた馬場美濃守は、本名は「信春」「信房」の二つが伝わっています。当時の史料には「馬場美濃守」としか書いてありませんので、本名はどっちが正しいのか良く分からないのです。

これを
「村上義清さまにお目にかかり恐悦至極でございます。それがし、武田晴信の家臣、甘利虎泰にござる」
などとやってしまいますと、一気にウソ臭い会話になってしまいますので気をつけてください。

映画やドラマなどでは、上記の「ウソ臭いパターン」の会話が行われて興醒めなことが多いのですが、去年の大河ドラマ「風林火山」ではきちんと時代考証されていました。
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この回答へのお礼

すごく参考になりました!
風林火山はきちんとしていたのですね。それも見てみることにします。
ありがとうございました!

お礼日時:2008/01/28 13:15

>戦国時代の挨拶の口上



戦国時代の挨拶の口上も、礼法に則って行われたはずなので、小笠原流、伊勢流、今川流の武家礼法書の中に書かれていると思います。また、能、狂言、歌舞伎などの中にも残っていると思います。能の謡本などの台本を見るのも良いのではないでしょうか。

以上参考までに。

参考URL:http://www.bekkoame.ne.jp/ha/a_r/kinseireihousyo …
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この回答へのお礼

礼法書!図書館にありますでしょうか。
探して参考にしたいと思います。
ありがとうございました!

お礼日時:2008/01/28 13:16

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Q戦国武将が戦いの前にする「名乗り?」文句について

時代劇などで「やあやあ我こそは~」という名乗りのような文句をいう場面がありますが、あれをなんと言うのか、どのような内容のことをいうのか知りたいのです。詳しい方よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「名乗り」でよいと思います。
楠木正成や足利尊氏の活躍した、太平記の時代までは行われ、自分の姓名や家系などを大音声で敵味方に知らしめてから戦に入ります。
名乗りを上げている間は矢を打ってはいけないしきたりでしたが、元寇はそんなことは知りませんから、名乗りの間に日本の武士はばたばたと討ち取られ、戦国時代に集団戦に移行すると廃れてしまいました。

Q戦国時代の使者の挨拶のことば

 戦国時代、使者の武士が先方の殿様(XXさん)に会ったときの挨拶の文言の一部分ですが、次の三つのうちで良いと思われるのはどれでヘンなのはどれでしょうか。
 また、もっといい言い方があれば教えてください。

1.「XX様に拝顔を賜り恐悦至極に存じまする」

2.「XX様のご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じまする」

3.「XX様の拝顔の栄に浴し恐悦至極に存じまする」

Aベストアンサー

こんにちは。

むむぅ・・これまた随分と難しい問題ですね。
やはり時代劇などで耳慣れているものが自然に響きますが、実際のところはさてどのようなものであったのやら。
時代劇を作る際には脚本家や時代考証の方々が頭を捻って色々と考えているのでしょうし、可能な限りは残されているものに準じるように努めているのでしょうから結局は耳慣れた感じのものが妥当ということにもなりそうです。
しかし以前質問者さんも仰っていたように「話し言葉」の史料などというものはまあ限られているでしょうし、時代考証を長くやられている方のご苦労が綴られたものを読んだことがありますが、「ドラマ」ということが前提としてある以上通らない意見が沢山あって悩みの種でもあるそうです。
それに一口に「戦国時代の殿様への使者」と申しましても様々なシチュエーションがあるでしょうし、特に戦国時代の殿様は由緒ある家柄から成り上がりものまで多種ある訳ですから色々と事情も違ってきたのではないでしょうか。
無論例え成り上がりもの相手だったとしてもあからさまに変えるようなこともないかもしれませんが、使者やそれを遣わす側にしてみましたらやはり長く守護を務めてきたような家柄のところへ赴く場合などは、それなりにきちんとしないといけないような気持ちが働いていたのではないかなどとも想像致します。
結局答えのようなものは導き出せませんが、「戦国の大名クラスへの使者」ということで個人的には3は少々硬過ぎる(?)ように思えなくもありません。
締まらない意見ですみません。

先日はちょうど同じようなタイミングでということになったようで、思わず「おっと」とパソコンの前で言ってしまいました(笑)
質問者さんのご意見が「なるほど」と納得のいくものでしたのにそのことに触れるのを忘れていたことに気が付き、もう一度と思いましたが締め切りに間に合いませんでした。
最近はまたそんなことも多く、以前の「自称○○」に関するご質問にも及ばずながら参加しようと試みたものの見事間に合いませんでした(私があれをお見かけしたのがタイミング的にかなり遅かったというだけなのですが・・(笑))。
それはともかく先日の件での貴重なお話色々と勉強になりました。

こんにちは。

むむぅ・・これまた随分と難しい問題ですね。
やはり時代劇などで耳慣れているものが自然に響きますが、実際のところはさてどのようなものであったのやら。
時代劇を作る際には脚本家や時代考証の方々が頭を捻って色々と考えているのでしょうし、可能な限りは残されているものに準じるように努めているのでしょうから結局は耳慣れた感じのものが妥当ということにもなりそうです。
しかし以前質問者さんも仰っていたように「話し言葉」の史料などというものはまあ限られているでしょうし、時代...続きを読む

Q決戦の時の掛け声

戦国時代の映画などをみていると、大抵”ウオ~!”と叫んで決戦などしますよね?

あれ自体は本当だと思うのですが、あれってなんて言うんでしょ?

”ウオ~!”って言う奴です。

よく時代物の映画の話をしてても、あの・・その・・・ほら声が、臨場感が・・・。となってしまうので、ぜひ教えてください。

他、戦国時代の戦争の話なども教えてください。(これからの参考のために)

Aベストアンサー

 
  おおまかに雰囲気を表すためなら、「鬨の声」でよいのですが、「鬨の声」というのは、戦闘の開始に当たって、志気を鼓舞するため、儀式的にあげる戦闘開始の合図の叫びで、大将が、「えい、えい」と二回叫ぶと、部下が「おう」と三回大声で応えて、意気軒昂を示す声のことで、普通「えいえい、おうおう」という風に音を表現します。
 
  これは儀式的な叫びで、開戦の合図だとも云えます。実際、使用する場面は、「あちこちで鬨の声が上がった」とか「敵陣で鬨の声があがるや、こなたでも鬨の声があがり」という風に、戦闘開始の合図の叫びが起こったという意味で使われます。
 
  実際に戦闘が始まり、闘いで上げる叫び声の「うぉー」とかいうのは、「鬨の声」ではありません。何というのか、どうも思いつかないのですが、「咆吼」ではないでしょうか。「戦(いくさ)の咆吼を上げつつ、敵は肉薄してきた」とは言います。志気を高めるため、兵士が突入する過程で、「鬨の声」ではなく、「うぉー」という意気軒昂な叫びを上げさせるのに、大将が、「吼えよ」と言っていた例が時代小説であります。この場合、確かに「鬨の声をあげよ」ではないのです。
 
  敵に向かい、現に突入しつつある時に、「鬨の声」は上げないのです。しかし、兵士も武将も「うおー」とか叫んでいたでしょう。これは、何かもっといい表現があれば、そうですが、「戦の咆吼」とでも呼ぶしかないのではないでしょうか。「鯨波(げいは)を上げる」というのもありますが、「鯨波」は「鬨の声」のことだとも説明されています。元々「鬨」は「闘い」のことですから、「鬨の声」とは「闘いの声」の意味です。
 
  しかし、慣用的な言い方である「鬨の声」は、儀式的な叫びであるので、「戦の咆吼」とは違うということになります。
 
  「喊声(かんせい)」というのがあります。これは「鬨の声・鯨波」と同じだと辞書で出ていますが、突撃の時に出すわめき声で、儀式的な鬨の声とは少し違います。これは、多分「一斉に上げる叫び声」ということで、戦場で、一斉に、鬨の声とは別に咆吼することでしょう。突撃(吶喊)の時の叫びだとも云えます。「吶喊(とっかん)」は、「鬨の声を上げる」でもあるし、「大声を上げる」ともなります。(「鬨の声」より、「喊声」が広く、それより、「戦の咆吼」はもっと広いということでしょう)。
  
  戦国時代の戦争の「やりかた」というか、「戦闘のやりかた」は、戦略や戦術がある訳で、戦術には、戦列の構成や、戦闘手順などがありました。無闇に突撃していたのではありません。歩兵は、槍組や長槍組、弓組や、また後には鉄砲組も加わり、士官に当たる兵が騎乗で、これらの戦列の組の指揮を取り、これはという時に、一斉攻撃命令を出し、騎乗の兵が率先して前に出て相手の歩兵(足軽)を蹴散らし、敵の戦列を崩すと、また陣形を立て直し、守りを固めて、相手を追いつめるという戦術です。

  (歩兵は槍や長槍、弓を持っていた訳で、刀は、実戦向きではなく、折れにくく、刃のあまりない、棍棒のような刀で、突いたり、殴ったりするのに使ったのです。武将の場合、刀の予備をたくさん持っていて、切れなくなったり折れると棄てて、予備の刀を使ったのです。または槍を主に使い、刀はいざという時の武器ということになります。騎乗から長い槍で、歩兵や敵の騎馬武者を刺し殺したのであり、歩兵は、馬の脚を切って騎馬武者を落馬させたと云えます)。
 
  別の質問の回答で応えたのですが、乱戦に持ち込むというのは、敗北しかけているか、戦術の失敗の時です。
 
  以下のURLのわたしの回答参照:
  >No.227493 質問:西洋や中国の兵士は、どうやって敵を見分けていた?
  >http://oshiete1.goo.ne.jp/search.php3
  

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/search.php3

 
  おおまかに雰囲気を表すためなら、「鬨の声」でよいのですが、「鬨の声」というのは、戦闘の開始に当たって、志気を鼓舞するため、儀式的にあげる戦闘開始の合図の叫びで、大将が、「えい、えい」と二回叫ぶと、部下が「おう」と三回大声で応えて、意気軒昂を示す声のことで、普通「えいえい、おうおう」という風に音を表現します。
 
  これは儀式的な叫びで、開戦の合図だとも云えます。実際、使用する場面は、「あちこちで鬨の声が上がった」とか「敵陣で鬨の声があがるや、こなたでも鬨の声があ...続きを読む

Q小学校の運動会の騎馬戦のBGM

 小学校の運動会で騎馬戦を行います。紅白に分かれて団体戦(崩れないで、帽子を取られないで残った騎馬の数で勝敗を決める)と個人戦(一騎打ちで勝ち抜き戦で勝敗を決める)があります。そこで、騎馬戦にふさわしいBGMがあれば教えてください。同僚からは、和太鼓や三味線などがいいのではと聞きましたが、今ひとつぱっとしないというか、マッチしたものが探せなくて困っています。さらに、騎馬戦らしい入退場曲(入場は、騎馬が走る様子を表現するために騎馬を組んで駆け足です。退場は、騎馬を組んで、敵大将の兜を差し上げて堂々と歩いて退場です)にも困っています。
  (1)団体戦のBGM
  (2)個人戦のBGM
  (3)駆け足で入場時の曲
  (4)並足で退場時の曲
 4つの内1曲でいいので、何かいい曲をご存知の方は、教えてください。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

こんばんは。NO1の方の意見に賛成です。
記憶に新しい限りでは大河ドラマ「風林火山」のオープニング曲がいいのでは。歴史では戦国物であり武田騎馬軍団の勇壮な馬の走る姿が映像として使われているので、それを覚えている方もまだ多いでしょう。
曲自体カッコいいので一度聞いてみてください。サントラ盤などがあれば、中に特に入場にもってこいの曲があるはずです(武田騎馬軍団が行進するときに使われているがタイトルは不明)。

Q騎馬戦の組み方って、どうやるの??

仲間内で「騎馬戦をやろう!」ということになったのですが、20年以上前にやったきりなので、騎馬の組み方をよく覚えておりません。。。
以下の組み方で良かったのでしょうか?
3人の騎馬の、先頭の人をa、右の人をb、左をcとしてみます。(文字だとややこしいですが。。)

1.aの右手とbの右手を繋ぐ。aの左手とcの左手を繋ぐ。(全員、正面を向いている。)
2.bの左手をaの右肩に置く。cの右手をaの左肩に置く。

こういう感じだったと思うのですが、この他にもっと強固な組み方があった気がします。二の腕あたりを掴む感じだったような気がするのですが。。
ご存知の方、どうか教えてください。宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

こんばんは。騎馬戦懐かしいですね。私も小学生のころ運動会でやりました。
さて、ご質問の件ですが、
>1.aの右手とbの右手を繋ぐ。aの左手とcの左手を繋ぐ。(全員、正面を向いている。)
>2.bの左手をaの右肩に置く。cの右手をaの左肩に置く。
でほぼよいと思います。
但し、この形だとbとcが離れ易く騎馬が崩れ易いため、
2.bの左手をaの左肩に置く。cの右手を右の左肩に置く。
とした方がbの左手とcの右手が交差して組まれることになり騎馬が崩れにくくなります。
又、蛇足ですが、bとcは肩の位置の高さが同じ人を選び、2人はなるべく寄り添い、上に騎乗する人は通常はbとcの肩に座るようにし、戦闘時のみ立ち上がるようにすると騎馬の疲労が少なく、より崩れにくくなります。
少し分かりにくいかもしれませんが下記URLをご参考までにどうぞ。

参考URL:http://www.tamagawa.jp/2001athletic/7/

Q戦国時代の人々の名前について

司馬遼太郎の国盗り物語を読んだのですが、すこし感覚が掴めなかったので質問させてください。

戦国時代の人々の一般的な名前はどういったものなのでしょうか。
たとえば武将でいえば武田信玄、織田信長、明智光秀の呼び名は有名ですが、これらの名前って現代の人たちが理解しやすいように略した名前ですよね。
武田信玄は徳栄軒信玄
織田信長は織田上総介信長
明智光秀は明智十兵衛光秀
といった感じで、苗字+名前の形式ではなく、ミドルネーム?みたいなものはどういう規則であるのですか?
ある人は御屋形、ある人は信玄公、ある人は信玄様とさまざまな呼び名で統一されなかったのには意味があったのでしょうか。

ある身分の人ならば織田様と呼び、ある身分の人は、弾正忠様と呼び、ある身分の人は信長様と呼んで良いなんていう規則もあったのでしょうか?

また農民とかならば、個人を特定するような名前自体存在しなかったのでしょうか。
小説で読んだ中では志乃とかお清とか名前はみかけたので、名前がないということはあるでしょうが、人々の命名規則等は存在したのでしょうか。
(苗字は名乗ってはいけないとか、こういう名前を使ってはいけないとか言う規則はあると考えています)
(また、将軍の姓を使った織田とかは名乗れなかったと思います)

苗字を名乗れるのは、どういう身分の人たちなのでしょうか。
小説の中で山崎屋とか商人の人々には名前があったと思うのですが、村里の人々での苗字はみかけませんでしたし。

質問がわかりづらいかも知れませんが、
1.身分によって相手を呼ぶときの名前に対し厳しい制約は存在していたのか。
2.庶民(農民、商人等)の人々の名前についてどういう命名規則があったのか。
(農民は名前のみ、商人は苗字(店の名前)のみ、武士は苗字+名前を名乗ることができたなど。)
3.また、命名規則があればどのような名前が多かったのでしょうか。
(農家の男なら五平、六平。女なら志乃、清など)
の3つ教えてください。
よろしくお願いします。

司馬遼太郎の国盗り物語を読んだのですが、すこし感覚が掴めなかったので質問させてください。

戦国時代の人々の一般的な名前はどういったものなのでしょうか。
たとえば武将でいえば武田信玄、織田信長、明智光秀の呼び名は有名ですが、これらの名前って現代の人たちが理解しやすいように略した名前ですよね。
武田信玄は徳栄軒信玄
織田信長は織田上総介信長
明智光秀は明智十兵衛光秀
といった感じで、苗字+名前の形式ではなく、ミドルネーム?みたいなものはどういう規則であるのですか?
ある人は...続きを読む

Aベストアンサー

質問1については、先の回答者さんが答えておられるので、2と3について・・・

時代は少し古くなるのですが、建武の新政が行われた1334年に、若狭の国・太良荘(たらのそう)で、地頭の交代を請求した一揆の起請文には、惣村に属する農民・59名の署名が書かれています。

それを例にあげますと・・・
この一揆のリーダーだったと思われる僧実円・僧禅勝といった僧の名の付く人が6名、大山貞重・中原吉安・物部宗弘といった姓と実名のある人が6名、この内3名は花押も持っていて、グループの中では上層の身分の人たち、名主クラスです。

次に中大夫・平大夫・五郎大夫など大夫が付く人が10名・・・中介・江介・三郎介など介の付く人が6名、「大夫」や「介」は古代の令制の官位の呼び方ですが、すでにこの時代には農民が、一定の年齢に達した時、幼名から改名する際に使用していたようです。

新検校・惣別当・安寿など名の付く人が3名・・・「検校」や「別当」「安寿」などは、ご存知のように本来、寺院や荘園・官庁の役職名ですが、やはりこの時代ではすでに農民のレベルでも名乗っています。

次に、かい丸・牛丸と「丸」の付く人が2名・・・「丸」は本来、幼名に使用する文字ですが、牛飼いなどの運搬業に携わる人は、成人しても使用していたそうです。

平細工・孫太郎細工と「細工」と付く人が2名・・・彼らは手工業の職人だったと思われます。

残り24名は、この時代の農民の一般的な名前と言える物・・・藤内・源内・中江・孫太郎・孫二郎・彦二郎・平二郎・藤二郎・弥二郎・中三郎・惣四郎・孫五郎など、この中の「彦」や「孫」や「弥」は全国的に使用されている最も一般的な文字です。
「平」「源」「藤」「中」は貴族の姓を名前に取り入れています。
その後につく二郎や三郎というのは、お察しの通り、大抵は出生順の「○郎」と付けたようです。
彼らは、小百姓層の人たちです。

以上、先にも書かせていただいたように、これらの名前はすべて、中世の惣村の農民の名前・・・一揆の起請文の署名です。
女性の名がないのは、一揆の場合の署名は、一家の家長が代表して行う事が多かったためだと思われます。

長々と書いてしまいましたが、少しは参考になりますでしょうか?

質問1については、先の回答者さんが答えておられるので、2と3について・・・

時代は少し古くなるのですが、建武の新政が行われた1334年に、若狭の国・太良荘(たらのそう)で、地頭の交代を請求した一揆の起請文には、惣村に属する農民・59名の署名が書かれています。

それを例にあげますと・・・
この一揆のリーダーだったと思われる僧実円・僧禅勝といった僧の名の付く人が6名、大山貞重・中原吉安・物部宗弘といった姓と実名のある人が6名、この内3名は花押も持っていて、グループの中では上層の身分...続きを読む

Q『NO MUSIC, NO LIFE』の意味合いはどう?

某音楽販売店のキャッチフレーズでこんなの見かけました。
『NO MUSIC,NO LIFE』とありますが、変に思えるのは私だけでしょうか?
日本語英語で"音楽無しでは生きられない!"と言いたいのでしょうが、
直訳すると
"音楽なんて必要ない、人生にも必要ない"
"音楽禁止、生きるの禁止!"
"音楽じゃありません、生き物でもありません"

っとネイティブが見たら勘違いしそうではないでしょうか?
キャッチフレーズと言うより、デモ運動で使われそう…。

We can not live without music!! とか、
The music makes happy!! でも言い換えられそうですが…。
まぁ、キャッチフレーズなのでしかたないですが、どうなんでしょ?
皆さんは『NO MUSIC, NO LIFE』を初め見た瞬間、
どんなイメージを受けますか?

Aベストアンサー

No ~, No ~. と言う表現があるのだと思います。

OK Web (教えて!goo)でこれらの表現(諺)は既出ですが

例、「英辞郎 on the web」より引用 (参考URL)
No pain, no growth. 痛みなくして成長なし
no pain, no gain 痛みなくして得るものなし

参考URL:http://www2.alc.co.jp/ejr/index.php?word_in=no+pain&word_in2=%82%A9%82%AB%82%AD%82%AF%82%B1&word_in3=PVawEWi72JXCKoa0Je

Q織田「上総介」信長について

「上総介」は正式に得たものですか、それとも自称ですか。
また、いつ頃から使い出したのでしょうか。
また、上野や常陸ではなく上総としたのには理由があるのでしょうか。

どの点でも結構ですからご存知のところを教えてください。

Aベストアンサー

 永禄十一年の従五位下弾正少忠、元亀元年の正四位下弾正大弼、天正二年の従三位参議は、系図纂要に記事があり、位がきちんとついているので正式の叙官です。また天正三年の権大納言以降は公卿補任で確認できますので、これも同様。
 それ以前に信長は上総介(天文十八年)、尾張守(永禄九年) を名乗っていましたがこれは両者とも自称であろうといわれています。なぜ上総なのかはよくわからない。特に近親や先祖で上総介を用いた人もいず(織田家ではだいたい当主になってからは弾正忠、ついで備後守を称する)、根拠は不明です。弾正忠、備後守までの中継ぎということ、本家筋の織田家(守護代)は大和守、伊勢守を通称していること、などから、(1)受領系統の名前が穏当(当時の風潮としても受領名のほうが人気が高かった)、(2)備後、大和、伊勢クラスの国とつりあいをとった(上総、大和、伊勢は上国で守が従五位上、介が正六位下――ただし信長は最初知らずに守を名乗っていたので宗家並みのつもりだったのかもしれない――、備後は大国で守が従五位上)、などの理由によるものではないでしょうか。ちなみに上野、常陸も上国です。

 永禄十一年の従五位下弾正少忠、元亀元年の正四位下弾正大弼、天正二年の従三位参議は、系図纂要に記事があり、位がきちんとついているので正式の叙官です。また天正三年の権大納言以降は公卿補任で確認できますので、これも同様。
 それ以前に信長は上総介(天文十八年)、尾張守(永禄九年) を名乗っていましたがこれは両者とも自称であろうといわれています。なぜ上総なのかはよくわからない。特に近親や先祖で上総介を用いた人もいず(織田家ではだいたい当主になってからは弾正忠、ついで備後守を称する...続きを読む

Q小中学生のキャンプファイヤーでのスタンツ(出し物・ダンスとか)の案

来月キャンプの引率をするのですが、キャンプファイヤーでの出し物(スタンツ)に悩み書き込みさせていただきました。
対象は小中生なのですが、自分が担当するのは中学生訳28名です。
毎年あるキャンプなのですが、去年は【YOSAKOIソーラン】の簡易verでも盛り上がっていたのでそれ以上の何かをと考えているのですが、あまりいい案が出ず困っています、なにかいい案はないでしょうか!?


ちなみに形としては
参加者は小中合わせて160前後、4つの大きなグループに分かれますが3グループは小学生のみ1グループが中学生のみ
男女比率は若干男子が多い

発表までの練習期間は約3日(しかし他の行事があるため時間があるとは言えません)
発表時間は10分から15分…盛り上がれば延長あり
気持ちとしては中学生だけのグループというのもあり小学生を『アッ』っととか『おぉ~』と言わしたい。

寸劇とかではなくその出し物をした後に見ていた全員と出来るもの(ダンス系)などでいい案はありませんか!?
去年はそのサイト(YOSAKOIを披露した)の凄さのみが表に出ていて周りが少し引き気味だったので、今回は『スゴイ!!でもみんなでやったらもっと楽しいじゃん!!つうか最後はみんなで盛り上がろう』的な感じにできたらという気持ちがありまして。

注文ばかりな感じですがよろしくお願いします

来月キャンプの引率をするのですが、キャンプファイヤーでの出し物(スタンツ)に悩み書き込みさせていただきました。
対象は小中生なのですが、自分が担当するのは中学生訳28名です。
毎年あるキャンプなのですが、去年は【YOSAKOIソーラン】の簡易verでも盛り上がっていたのでそれ以上の何かをと考えているのですが、あまりいい案が出ず困っています、なにかいい案はないでしょうか!?


ちなみに形としては
参加者は小中合わせて160前後、4つの大きなグループに分かれますが3グループは小学生の...続きを読む

Aベストアンサー

わたしもキャンプの引率(リーダー)をしますのでお気持ちはよくわかります。
しかし、何のためにスタンツを行なうのでしょうか。
私は最近余り口出しすることを止めました。
それはキャンプの間にグループでスタンツと言う共通の課題に取り組むことで
グループワークを図ることが目的だからです。発表までにいろいろと意見を交わすことが大事かなと。
もちろん若干のアドバイスや条件は出しますけども...

中学生であれば余計に羽目を外さないように注意し彼らの思うように
していくのが参加する彼らのためになるのではないでしょうか。

参考までに条件とは
・グループの出し物なので全員が出ること
・殴ったり、いじめたり、ましてや殺したりなどは禁止。笑いをそれで取るのもダメ
といっています。
それに今回は中学生なんだからみんなで一緒にできて盛り上がれるといいなぁと伝えてみたらどうですか。

偉そうですみません。私の考えを押し付けてしまいました。見当違いでしたら申し訳ございません。
キャンプとスタンツが楽しいものになるといいですね。

Q「今日も今日とて」の意味を教えて下さい

「今日も今日とて」の意味を教えて下さい。
前後の文章から、単純に「今日も」という事かなと思ったのですが、「今日とて」がひっかかります。
「今日」は「キョウ」でいいんですよね?

宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

同じ意味の重ね合わせで、強調してるのです。

「今日も」、今まで通りなんだ、
「今日とて」明日になれば変わるかも希望をもっていたとしても、「今日とて」変わらない。という事ですね。

音を踏んで、何も変わらない事を強調表現しているのです。


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