ちは~、ふわっぴぃです。

実は友人の某君から難題を吹っかけられました。

「全知全能の神が存在すると矛盾することを示せ」

私はこういうことはからっきしダメなので往生してます。

どなたかいい智慧を授けてください。

(蛇足)
ヒントをくれといったら、某君はこういいました。

「そうだな、ゲーデルの不完全性定理でも勉強するんだな。
でも、丸暗記とかはダメだぜ。自然数論とか形式的とか
証明とかいう専門用語を一切出さずにいわんとすることを
的確に表現した喩えで答えてくれよな。」

A 回答 (23件中21~23件)

全くのドシロートですが、...。



存在することも、存在しないことも証明できないし、それを考えること自体無意味です。

存在すると仮定することで、自然現象などが上手く説明できれば、この世に全く存在しないようなものまで「実在する」かのように扱った方が便利ですが、「神」、「全知全能の神」がいると仮定して自然現象などが上手く説明できるとは思えません。上手く説明した人もいないはずです。

以前「虚数」に関する論議が白熱してましたが、実務で虚数を扱っている人間にとっては、まさに水や空気のように身近でなくてはならない存在です。しかし私にとって「神」はそうではありません。「神」がいると信じた方が都合のよい人もいます。しかし、その人やその家族にも「神」は過酷な「試練」を与えます。
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この回答へのお礼

御回答有難う御座います。

某君は自信タップリに言っていたので、多分全知全能の神の
矛盾を見つけたんでしょう。あて推量では全知と全能の両立
の不可能性を示しているんじゃないかと思ってます。だから
神様が存在するとして、全知か全能のどっちかはご勘弁願う
ことになるんじゃないでしょうか?

お礼日時:2001/03/03 20:51

学問的なことは分からないのですが、


>自然数論とか形式的とか証明とかいう専門用語を一切出さずに
と言う事ですので回答させて頂きます。

全知全能の神がいたとするならば、この世界を創ったのも、人間を創ったのも、神の業と考えるのが、通論でしょう。

しかし、そう仮定した場合、全知全能の神(決して誤ちを犯さないはず)が創ったにしては、この世界や人間はあまりにも多くの不完全さを持っている、と思うのです。わざとそう創った、といわれても、「何のために?」という疑問が浮かんできます。

なぜ、戦争や飢餓が起きるのか?それらもすべて、神の意志によるものなのか?

また、多くの宗教的文献には、人間が神に一番近い存在として創られた(天使や悪魔を除く)というような事が書かれているようですが、
それならば、「なぜ、神はすべての人間に、創造主である神の存在を見いだすチャンスを与えていないか?」
という疑問が浮かんできます。気付く人と気付かない人がいるのは不公平だと思うのです。
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この回答へのお礼

御回答有難う御座います。

ええと、某君はあまり宗教的ではないので、単純に
論理的な説明を求めているようです。

とはいえ、論理的な説明が宗教にも影響を与える
可能性はあるでしょうね。

お礼日時:2001/03/03 20:47

不完全性定理とか、難しいことはわからないんですが・・・。


というか、全然自信ないんですが(^^;)

銀河英雄伝説というSF小説の中の登場人物に
こんな台詞がありました。

「全知全能の神がいるというなら、
 自分の言うことを全くきかない女でも出させてみろ。
 できないなら、全能じゃないし
 言うことをきかないならやっぱり全能じゃないじゃないか。」

なんか詭弁ぽいですが、なるほどなー、と思いました。

・・・・専門家の方の意見を待ちましょう(笑)
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この回答へのお礼

御回答有難う御座います。

わたしもムズカシイことはよくわかりませんが・・・
いいせんいってるような気がします。

お礼日時:2001/03/03 20:44

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Q神が全知全能ならならなぜ・・

・キリスト教系の私立大学に今年4月から進学した長男が・・

キリスト教系の私立大学なのでの「宗教」の授業が必須科目で・・全員受講・・
「宗教」の授業で・・聖書で「エデンでリンゴを食べたアダムとイフに罪を・・とあるが・・」

お父さん、おかしくないの・・神が全知全能なら・・エデンでリンゴをアダムとイフを食べることを予測できたはず・・、それなのにアダムとイフを罰するのはおかしい。」

と、長男がいっています。

教えて下さい

Aベストアンサー

ずばり、結論から答えてしまいます。「ご長男は完全に正しい。」

「全知全能」は論理的根源矛盾なのです。キリスト教の世界では、長い長い時間をかけてこの矛盾に対する解答を出すべく論争を重ね、様々な詭弁や修辞を編み出しては論争相手を攻撃してきました。その挙句、「神は死んだ」という帰結に及んだことはよく知られている事実です。

...神が全知ならば人間が罪を犯すことを知っていたはず。もちろん、知っていた。全能ならば人間が罪など犯さないように作ったはず。いや、もちろん、完全な人間を作ることなど(全能ならば)たやすいことだったが、あえてそんなことはしなかった。あえて自ら不完全な人間を作り、その人間が罪を犯すことを先刻承知の上で、想定どおり罪を犯した人間を、平気で罰する。神は慈悲深い存在であったはずなのに、ずいぶんひどいじゃないか。と問われると、いや、全知の神には、人間にははかり知ることのできないお考えがあるのだ、とか、全能の神が人間を不完全にしたのは、所詮不完全な人間にははかり知ることのできないお考えがあってのことなのだ、などと屁理屈に屁理屈を積み重ね...

さて、宗教の必須科目で優秀な成績を残すにはどうしたらよいか、というのが、もしご質問の意図であったとしたら、それは講師に訊くのが一番です。学生の疑問に答えるのが講師の務めであり、また学生が正しい場合でも低い評価をつけることがあるのが講師の裁量でもあります。

まだ何かお役に立てることがあればご質問ください。

ずばり、結論から答えてしまいます。「ご長男は完全に正しい。」

「全知全能」は論理的根源矛盾なのです。キリスト教の世界では、長い長い時間をかけてこの矛盾に対する解答を出すべく論争を重ね、様々な詭弁や修辞を編み出しては論争相手を攻撃してきました。その挙句、「神は死んだ」という帰結に及んだことはよく知られている事実です。

...神が全知ならば人間が罪を犯すことを知っていたはず。もちろん、知っていた。全能ならば人間が罪など犯さないように作ったはず。いや、もちろん、完全な人間を...続きを読む

Q神は存在しないのか?

苫米地英人の「なぜ、脳は神を創ったのか?」という本を読みました。
その中に、パトリックグリムという人が「神は存在しない」と証明
したと書いてありました。その概要は、(ゲーデルの不完全性定理などから)
完全な系は存在しないので、神という完全な系は存在し得ない、ということらしいです。
しかし、考えてみたのですが、「完全な系は存在しない」というのは、あくまでも
人間の言語から構築する系についての限界のことであり、人間の思考を超えた
完全な系が存在することは否定できないのではないでしょうか?
つまり、全知全能の神は存在しえないのではなく、仮に全知全能の神が存在したと
しても、その神の思し召しは人間(言語)には理解できない、ということではないでしょうか?
まあ、そうだとしても、今ある宗教は神の言葉ではなく、人間の言葉の積み重ねにすぎない
ことになるので、宗教における神の否定にはなるとは思いますが。
人智を超えた全知全能の神を否定することはできるのでしょうか?
私は、この世界には自分たちの思惑を超えた何者かがいるようには思いますが。
肝心のグリムやらゲーデルやら全く無知なので、そういうとっかかりでも
教えていただけたら幸いです。よろしくお願いします。

苫米地英人の「なぜ、脳は神を創ったのか?」という本を読みました。
その中に、パトリックグリムという人が「神は存在しない」と証明
したと書いてありました。その概要は、(ゲーデルの不完全性定理などから)
完全な系は存在しないので、神という完全な系は存在し得ない、ということらしいです。
しかし、考えてみたのですが、「完全な系は存在しない」というのは、あくまでも
人間の言語から構築する系についての限界のことであり、人間の思考を超えた
完全な系が存在することは否定できないのではないでしょ...続きを読む

Aベストアンサー

ゲーデルは、不完全性定理の前に、完全性定理も証明しています。
限定された“正しさ”が与えられれば、その展開において完全な
論理的世界像は成立する、というものである。

不確定性原理は、そうした構成の元となる“正しさ(ある言明が
Aと非Aを同時に導かない)”について、それ自身の公理系の内
においては証明不能である、という証明をしたものです。

つまり、単に「公理系は無矛盾ではあり得ない」という話ではなく、
「公理系では証明できない公理(たとえばユークリッド幾何学の
平行線定理、確定性を記述する物理学における不確定性原理)
が入り込む事で、その公理系は無矛盾たり得る」というものです。
つまり「公理系が不完全であるか、その言明が無矛盾たり得ない
かのどちらか」という事で。

つまりある意味、神という公理系外の外挿要因によって、有限な
世界は誕生した、という話につなごうとすればできます。
ただ、そうして「誕生」した世界自身に不確定性原理によって、
絶対的確定化において無限不確定性=無に還元するという、
自己完結的第一原因が存在する、という奇妙な事になります。

もし、神が創ったにしては、自分の存在が完全に不要であり、
信じるに値する痕跡を全く残しておらず、そうした本質的認識
のできない低認識において、安易に第一原因(世界の起源や
生きる意味)を求める怠惰において、神は生まれるように見える。

ゲーデルは、不完全性定理の前に、完全性定理も証明しています。
限定された“正しさ”が与えられれば、その展開において完全な
論理的世界像は成立する、というものである。

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Aと非Aを同時に導かない)”について、それ自身の公理系の内
においては証明不能である、という証明をしたものです。

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