日本が韓国を植民地化している間は韓国語が禁止され、日本語と日本風の名前を強制されて同化政策が図られた・・・というのが通説となっております。
日本がハングルを広めたなどと言おうものならネット右翼のレッテルを貼られてしまうのが今現在の状況です。

ですが、そこで疑問があります。日韓併合が行われていた時代は1910年から1945年の35年になります。ですが、35年って結構長いですよね?併合開始時に産まれた人でも30代のいい大人です。終戦間際になると社会進出を果たしていた併合時生まれの大人が大勢いる事になります。
もし併合時に韓国語や韓国名が禁止されているとすると、併合時に産まれた人は韓国語を知ることもできずに日本語ばかりを喋り続け、韓国風の名前はつける事ができなくなります。
まあ、名前ぐらいなら終戦後に韓国風の名前をつければいいでしょう。しかし、韓国名も結局は韓国語に基づくものです。終戦時に独立を果たしたところで新しい世代の大勢の若者たちは韓国語を全く知らないのです。
そういった状態でどうやって独立時に韓国語を習得する事が出来たのでしょうか?民地支配されている間に生まれた世代は支配される前の言葉を知らないのですから、折角独立しても元の韓国語を喋れない人が殆どでしょう。そういった人たちが今まで覚えてきた日本語を捨てて未知の言語である韓国語をどうやって取り戻したのでしょうか?民族の誇り、だけで片付く程簡単じゃないですよね?
だからこそ、かつてイギリスに支配された国々は独立後も英語を引きずり続けることとなり、英語を公用語とする国が世界でもっとも多くなっているのですから。

まあ、これは日本と韓国だけの問題じゃないですよね。植民地支配される事でその国の言語を禁じられた国はどのようにして独立するまでの間に言語を残したのでしょうか?

PS:私は他の質問でネット右翼である事を自称していますが、この質問は日韓併合時に韓国語が禁止されたのは嘘だと決めつけるものじゃないですよ?
ただ単に、日本語が禁止されたのならどうやって独立した後に韓国語を取り戻したのか気になるだけですので、韓国語弾圧肯定説の人も韓国語弾圧否定説の人も自分なりの意見で回答してください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (21件中1~10件)

 日本の歴史学には2つの系統があります。

唯物史観・皇国史観と実証主義です。
 前二者は左翼・右翼系列の学者が自己の思想を正当化するために歴史を利用するという歴史研究学です。この二者は歴史を思想的に語るので読み物としては面白く、表に出やすいのです。簡単に言えば、
   唯物史観
日本による朝鮮統治は過酷を極めた。その代表例に創氏改名と朝鮮語教育廃止がある。
   皇国史観
日本による朝鮮統治で、創氏改名と朝鮮語教育廃止は彼らの希望により行なわれた。

 言っている事は同じです。『創氏改名と朝鮮語教育廃止』は事実であるという点です。これに強制だったのか。希望だったのかという著者の考え方が加わることで真逆の回答が出ます。

 一方の実証主義は、文書や関係者調書を基に事実はどうだったのかのみを探求します。研究論文は堅苦しく、一般人には読みづらいもので、読み物としてはつまらないものです。

 実証主義で上では『創始改名』はどう見られているのでしょうか?
   創氏は強制であるが、改名は自由である
 これは氏の創設です。氏とは源・平・藤原・豊臣など本姓の設定です。日本ではこの制度は完全に廃止されましたが、韓国では未だ生きています。10年前までは本姓が同じカップルは結婚できませんでした。近親結婚と見做されたのです。尚、氏と苗字は別物です。氏は全羅南道・金、姓は高木とするが出来ました。無論、金のままでも構いません。

ただそれだけです。氏と苗字を混同させてはいけません。

 私の私見ですが、日本国政府は韓国人・朝鮮人に対して創氏改名は誤った政策であったと標榜すべきだと思っています。同時に彼らが日本で用いている通名(創始改名の改名の部分)は大日本帝国政府の負の遺産であるので使用禁止とすると発表すべきです。
    • good
    • 4
この回答へのお礼

歴史の認識という言い方からすれば唯物史観も皇国史観も正しいのかもしれません。
しかし、私たちに必要なのは歴史の認識ではなく歴史の真実なのでしょう。真実さえ理解できてないのに認識もへったくれもあったもんじゃありません。ましてや本当の歴史を知らないのに正当化も美化も捏造もありません。
そのためにも歴史の実証は大切なのですが、意外と軽んじられる傾向にありますよね。歴史の実証がなければ唯物史観も皇国史観も戯言にすぎないと思います。

お礼日時:2009/06/06 18:40

#10です。



韓国語が弾圧されていたということを声高に言う人は、現在日本語も英語に(事実上)弾圧されていることをよく考える必要があるでしょう。韓国語が日本語に弾圧されたのは悪だが、日本語が英語に弾圧されているのは善だと考えるのは明らかにダブルスタンダード(二重基準)です。

それと、民族固有の言語というのは、その民族のアイデンティティをもろに示すものなので、そう簡単に消滅するものではありません。その証拠に、アンデスのインディオは未だにケチュア語を使っています。スペインに占領されてから500年(!)も経っているのにもかかわらずです。
個人的に凄いと思うのは、ヘブライ語が死語となって1000年以上後に近代イスラエルが建国されてから、ヘブライ語がユダヤ人の公用語として復活したことです。

この回答への補足

スペインがアンデスを支配している間、ケチュア語は禁止されていたんでしょうか?その辺はよくわかりませんが。

それにしても、日本語が英語に弾圧されているというのはある意味面白い解釈だと思われます。日本語によるハングルの弾圧と同列かどうかはわかりませんが。

補足日時:2009/06/06 18:48
    • good
    • 1

#8です。


>朝鮮総督府が日本語を教えたというのは事実なんですよね。そこまでは他の国の植民地と変わらないと思います。

朝鮮総督府がハングルを朝鮮半島での小学校教育ではじめて教え始めたというのは事実なんですね。そのことは他の国の植民地と全然変変わっていましたね。

また、井上角五郎が、日本で鋳造したハングル活字を使って1886年に朝鮮半島で一番最初に漢字混じりハングル新聞「漢城旬報」を印刷したのも事実ですね。以下のURLのなかのフルテキストの部分をクリックすると,この新聞発行にまつわる詳細な学者による分析が書かれております。特に、井上角五郎がハングルを使った新聞を発行しようとしていた時の、朝鮮の人達による反対に付いて興味深い分析をしています。

参考URL:https://www.tulips.tsukuba.ac.jp/dspace/handle/2 …
    • good
    • 2
この回答へのお礼

ハングルを教えたのは日本人だと言っても韓国人や左派の人は信用しないでしょう。
ですから、ハングルが公に使用されたのはいつか、しっかりと調べるべきだと思います。
少なくとも、韓国で使われる言葉がハングルだけになったのはそんなに古い事じゃないですからね。
しかし、その実証を公に行おうとする人がいないのが残念でなりません。

韓国の古い文献はみんな漢字ばかりでハングルがないから、現代韓国人は解読が難しいと聞いた事がありますが、本当でしょうかね?

お礼日時:2009/06/06 18:46

>宮田節子先生



昭和13年を境にすると言う説は正しいと思います。
なぜならば、
朝鮮教育令の第二条は法とは認め難い条文を付加しており、
極めて違法性が高い物になっていたからです。

http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rs13-103.htm
    • good
    • 0
この回答へのお礼

日韓併合における歴史の認識は確かな実証を経て正すべきだと思います。

ですが、日本が朝鮮に対して行った事全てが正しいなどというつもりはありません。
日本が韓国を強制的に支配した、というのはその過程が良かれ悪かれ事実ですからね。
国としての誇りを奪われた、というのはどう転んでも事実でしょうからね。

お礼日時:2009/06/06 18:43

>植民地支配される事でその国の言語を禁じられた国はどのようにして独立するまでの間に言語を残したのでしょうか?



 日本敗戦時の韓国は「韓国語を喋れない人が殆ど」という状態はなかったと思いますし、そのほかの植民地も、公用語が宗主国の言葉でも、現地住民の日常会話は現地語だったと思います。現在も宗主国の言語が公用語の国は、国内に複数言語あるから共通語として使っている場合もあります。
 というわけで、ご質問の実例はないのではないでしょうか。ただほとんど使われていなかった言語の回復ならば、ユダヤ民族のヘブライ語が公用語として復活した例があります。おそらく世界唯一の例です。
 残っていた文語をもとに、現代の話し言葉として再構築、その後普及していったようです。

この回答への補足

朝鮮総督府が日本語を教えたというのは事実なんですよね。そこまでは他の国の植民地と変わらないと思います。
韓国人が言ってるのは文化の剥奪ですから、肝心なのは現地語を禁止したという事実の有無です。

結局、私自身何が何やらさっぱりわけがわからなくなっています。
初期の朝鮮では二重言語で朝鮮語も同時に教えていたというのは確実なのですが・・・。

補足日時:2009/05/17 05:12
    • good
    • 2

情報ソースは平凡社の『朝鮮を知る事典』の『皇民化政策』の項です。


この回答への補足

少し気になったのですが、その本は一体どのようなものなのでしょうか?
人から聞いただけの二次資料が記されているだけのものでしょうか?
それとも、当時使われた教科書や総督府からの指示書など、そういった一次資料が記録されていたりするのでしょうか?
できたら後半のような資料が欲しいですね。

とりあえず図書館に行って探すことにします。ありがとうございました。

補足日時:2009/05/17 05:07
    • good
    • 0

ここの年表を見れば分かります。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE% …

日中戦争が勃発すると
「日本の国民(日本臣民)である事を強力に前に押し出します。」

第一次に千名の志願兵を募り、
「たったの一回で千人の志願者です。募ればいつか数万の志願者が出る時が来ると信じて疑いません。」などと言う広報映画を流します。

次に、
朝鮮語教育を必須項目から除外し朝鮮語教育を廃止します。

ので、
朝鮮語教育が禁止されたのは
太平洋戦争突入寸前の1941年3月から敗戦までです。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

まあ、韓国語を禁止した理由、もとい学校の授業で韓国語を廃止した理由としてはそれが正しいのでしょうね。

お礼日時:2009/05/17 05:06

当時、朝鮮の学校で使われていた朝鮮総督府発行の朝鮮語の教科書が残っています。



参考URL:http://photo.jijisama.org/hg.html

この回答への補足

うーん・・・、そこのページは私も見ましたが、他の質問を見る限りは韓国語が禁止されたのは日中戦争以降だそうです。その教科書は日中戦争以前のものですよね?

補足日時:2009/05/17 05:04
    • good
    • 0

「韓国語の弾圧が行われていないという証拠にはならない」



「韓国語の弾圧が行われていない」と証明するのは「悪魔の証明」で一般に不可能ですね。

「韓国・北朝鮮の嘘を見破る―近現代史の争点30 (文春新書)」
http://www.amazon.co.jp/dp/4166605208/
では
「『日帝は朝鮮語を抹殺した』と言われたら」
という項目で、
「日本政府、朝鮮総督府は朝鮮語を弾圧したのか」について考察しています。
韓国朝鮮側の「朝鮮語抹殺政策を合法化したのは、朝鮮語を随意科目とした、1938年の第三次朝鮮教育令である」という主張に対し、
「1938年以降も、『朝鮮語の弾圧』が行われたとは判断できない」と、いくつかの証拠を引いて反論しています。この本には参考文献も明記してありますので、読まれると良いでしょう。

「日中戦争以降に行われた創氏改名は創氏が強制で改名が義務であるという話はよく聞きます」

「強制」と「義務」は同じことだと思いますが?質問者さんが良く聞かれるという「話」は事実として不正確である上に、論理上もおかしいようですね。
また「創氏改名」と「韓国語の弾圧」は別な事柄ですよね。なぜこの二つをリンクさせるのですか?

『創氏改名』についてはその内容についていくらでも調べられますから、「話を聞いて」納得しないで、ご自分でしっかりした本でお調べ下さい。

先述の
「韓国・北朝鮮の嘘を見破る―近現代史の争点30 (文春新書)」
にも、
「『創氏改名で民族名を奪われた』と言われたら」
という項で具体的な証拠を示しての反論がなされていますが、より直接の情報として、

「別冊正論 第2号 反日に打ち勝つ! 決定版 日韓・日朝歴史の真実 扶桑社ムック」
http://www.amazon.co.jp/dp/4594604439/
に、
「元朝鮮総督府幹部が語る 『創氏改名』の真相」
として、2名の元朝鮮総督府の当時の若手官僚による、詳細具体的な証言が掲載されております。こちらをお読み頂ければ
「創氏改名は創氏が強制で改名が義務であるという話はよく聞きます」
などというのが「ヨタ話」のレベルに過ぎないことをご確認頂けるでしょう。

なお、ご紹介したいずれの本も新刊で入手できます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

まあ、確かに日中戦争以前に二重言語だという証拠は存在しますが、日中戦争以降に韓国語が弾圧された証拠は見たことないんですよね。
朝鮮総督府が発行した日本語以外の教科書で日本語が使われていれば確実なんですけどね。

とりあえず、その本は参考文献として読んでみます。

>「強制」と「義務」は同じことだと思いますが?
すみません、創氏が強制で改名が任意の言い間違いでした。気にしないでください。

お礼日時:2009/05/16 18:26

日韓併合後の朝鮮において


「朝鮮語の使用と教授・学習が禁じられた事実」
「朝鮮人が日本風の名前への改名を強制された事実」
いずれも存在しなかった、というのが史実です。

例えば、日韓併合の期間に、朝鮮人によって多くの私立学校が設立または存続しています。これらの学校は朝鮮人を対象にした学校ですが、日本人による日本語での授業が行われていたとは聞きません。

現在の
高麗大学校:前身校は1905年に設立
梨花女子大学校:前身校は19世紀にアメリカ人宣教師によって設立。1925年に朝鮮総督府によって「梨花女子専門学校」として認可を受ける。

また、日韓併合期間に朝鮮人によって新聞が発行されていました。「朝鮮新報」や「東亜日報」は共に1920年に創刊されています。これらの新聞は朝鮮語で刊行されていたはずです。

当時の朝鮮の教育制度ですが、在留日本人の学校と朝鮮人の学校は分かれており、朝鮮人の学校では朝鮮語での教育が行われていたようです。
そもそも、日韓併合以前の大韓帝国にはまともな教育制度が存在しなかったわけですが…

「創氏改名」が「朝鮮人に日本風の名前を名乗ることを強制する」ものでなかったことは、既に「常識」となっておりますので説明を省略します。

なお、「創氏改名」以前においても、朝鮮人が日本風の名前を名乗ることは、朝鮮人自らの意思により、『私的に』行われていたようです。
これは、現在の在日朝鮮韓国人が、日本政府が認める日本風の「通名」を名乗っていることが多いのと同じ動機によるもののようです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

うーん・・・私も最初は回答者様と同じ意見だったのですが、こうやって質問をすることで最初は二重言語、日中戦争以降は日本語のみと聞かされた以上、1920年に朝鮮語による新聞が発行されたところで韓国語の弾圧が行われていないという証拠にはならないんですよね。

まあ、同じく日中戦争以降に行われた創氏改名は創氏が強制で改名が義務であるという話はよく聞きます。

お礼日時:2009/05/16 14:36

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q日韓併合時代について韓国はなぜ「日本は韓国の富を略奪した」と言うのですか?

日本が併合時代どのようなことをしたか列挙します。

1.朝鮮にそれまで存在しなかった大学を作った。京城帝国大学です。
2.ハングルを普及させた。漢字という一部の特権階級しか理解できなかった文字から庶民の一部が理解していた文字を普及させた。その普及のために当時50しかなかった学校を全土に建設した。
3.経済を飛躍的に向上させ、併合時代に人口が増大した。
4.植林事業
 併合時、禿山まみれだった半島に36年10億本の植林を行いました。残念なことにその大半が朝鮮戦争とその後の乱開発で伐採されたそうです。
5.清津製鉄所、兼二浦製鉄所を建設した。
6.水豊水力発電所を建設した。
7.京義線(京城・新義州間)を建設した。釜山駅~新義州駅を急行電車が運行開始。ソウル市内の路面電車なども建設した。

これだけのことを日本がやりました。当時遅れていた半島に近代国家としての基盤を作ったのです。持ち出しでした。しかし、韓国人の評価は「日韓併合時代、日本は韓国の富を略奪しただけだった」というものです。
10年ほど前でしょうか。大臣が「併合時代、日本はいいこともした」と言っただけで韓国から轟々たる非難が来て大臣の首が飛んだんです。何かおかしくないですか? このような捻じ曲げられた事実だけを韓国の国民が信じているのでは日韓関係に将来性はありますか? 韓国が繰り返し言う歴史認識は大切ですが、それはむしろ韓国側ではありませんか?

日本が併合時代どのようなことをしたか列挙します。

1.朝鮮にそれまで存在しなかった大学を作った。京城帝国大学です。
2.ハングルを普及させた。漢字という一部の特権階級しか理解できなかった文字から庶民の一部が理解していた文字を普及させた。その普及のために当時50しかなかった学校を全土に建設した。
3.経済を飛躍的に向上させ、併合時代に人口が増大した。
4.植林事業
 併合時、禿山まみれだった半島に36年10億本の植林を行いました。残念なことにその大半が朝鮮戦争とその後の乱...続きを読む

Aベストアンサー

質問者さんは今回の質問をする前に、併合時代に日本が作ったインフラを具体的に知るための質問をされています。 それが、質問中の1.-7.の事例です。 これらが事実なのは間違いありませんが、一つ問題なのは、製鉄所や水力発電所などはすべて今の北朝鮮のものになったことです。 実際工業インフラはほとんど韓国のものにはなっていません。 かといって、仮に韓国に工業インフラが残っていたとしても、やはり韓国は「日韓併合時代、日本は韓国の富を略奪しただけだった」と言うでしょうね。 しかし、世の中見てる人はちゃんと物事を見ています。 韓国併合とは一体何だったのか、併合時代に日本は一体何をしたのか、世界中の正常な人たちは事実を知っています。 一方むちゃくちゃな自説を主張したり、それにわずかでも日本が反論しようとすると、騒いだりわめいたり、国旗を燃やしたり自分の体を切り刻んだり、何とみっともないことをやる連中だと、世界中の心ある人たちは眉をひそめて見ています。 それがわからないで、同じことを続けているのを見るとかわいそうにすらなります。 おかげで、日本が大人の対応ができる、まともに成熟した国家であることを誇りに思うことができます。 

質問者さんは今回の質問をする前に、併合時代に日本が作ったインフラを具体的に知るための質問をされています。 それが、質問中の1.-7.の事例です。 これらが事実なのは間違いありませんが、一つ問題なのは、製鉄所や水力発電所などはすべて今の北朝鮮のものになったことです。 実際工業インフラはほとんど韓国のものにはなっていません。 かといって、仮に韓国に工業インフラが残っていたとしても、やはり韓国は「日韓併合時代、日本は韓国の富を略奪しただけだった」と言うでしょうね。 しかし、世の...続きを読む

Q韓国は日本の植民地だったという表現は正しい or 誤り?

ネット検索をしていて疑問に思いましたので教えてください。

「韓国は合法的に併合されたのだから植民地ではない」という人がいるかと思えば、ニュースなどでは植民地という言葉を使っているので混乱しています。

どちらが正解なのでしょうか?

Aベストアンサー

こんばんは
#2さんご指摘のように「植民地」の定義は大切でしょう。

ところで私としては、別の視点で書いてみたいと思います。
「植民地でない」ということは「内地=本土」と同じ、と解していいかと思います。また「同化」ということであれば、日本国民(臣民)と同等、というのが論理的帰結でしょう。
ところで、日韓併合後の朝鮮では、日本人と朝鮮人との間には法的な区別がありました。日本国籍は認められますが、官吏(公務員)への道や、居住・移転については制限が多かったこと。特に参政権については(朝鮮における就学率、識字率の低さにも原因があるとはいえ)終戦直前まで認められませんでした。
このような法的不平等と寺内正毅総督に始まる軍・警察を主体とした統治方法は、「植民地支配」といわざるを得ません。

しかし「結果」だけですべてが割り切れるか、現在の基準から過去を「断罪」できるか?という疑問もあります。(一方では、「歴史は結果がすべて」というのも正しいでしょう。)
私としては「植民地」であったか否かとともに、「日本の統治のどこに、将来(=現在)に禍根を残すような欠陥があったのか」を問う視点も必要ではないかと思います。「もっとうまくやればよかったのに」ということではありません。当時の日本のアジア観や政治手法、外交感覚など様々な点で現在を考える教訓になると思います。(ある意味、現在の日本の中韓外交は、当時の日本の政治外交の「検証なしの裏返し」ではないかと個人的には思っていますから)

こんばんは
#2さんご指摘のように「植民地」の定義は大切でしょう。

ところで私としては、別の視点で書いてみたいと思います。
「植民地でない」ということは「内地=本土」と同じ、と解していいかと思います。また「同化」ということであれば、日本国民(臣民)と同等、というのが論理的帰結でしょう。
ところで、日韓併合後の朝鮮では、日本人と朝鮮人との間には法的な区別がありました。日本国籍は認められますが、官吏(公務員)への道や、居住・移転については制限が多かったこと。特に参政権につい...続きを読む

Q日本はどうして統治領に教育を施したりインフラを整えたのか?

日本はどうして統治領に教育を施したりインフラを整えたのか?
台湾や韓国など、日本はどうして欧米のように植民地的な経営をせず、同化政策の下、農作業を指導したり学校教育を施したりしたのでしょうか?その先に策略があったのでしょうか?
それとも、その同化政策自体、植民地的な経営同様、人々には屈辱的な支配的な方法であったのでしょうか?

Aベストアンサー

欧米の植民地政策は、本国から遠く離れた未開地の、自分達から見れば本質的に劣等な異民族に対し行なわれたものです。
また、圧倒的な武力で相手から主権を奪い取った結果で、多少の抵抗があっても軍事力で圧殺できる自信の元に、本国に経済価値を収奪して行く目的に絞られたものです。
最初の南米に於けるスペイン等の植民地政策は、のどかに暮らしていたインディオ達を奴隷化し、あまりに過酷な労働を強いたため大量死を来たし、頑強なアフリカ黒人奴隷を輸入する様な結果を招きました。
多少の学習を経た後の典型的なアジア植民地においては、本来狩猟生活的に喰って寝て過ごしていた未開人を、その国に何等富をもたらす事の無いゴム園等での強制労働に駆り立てて、文明化を施したと思っていました。

日本の得た台湾や朝鮮は、ある時期は日本が文明を受け取った相手であり、統治政策に無理を通すだけの戦力も持ち合わせていませんでした。

従って、欧州内で行なわれたアルザス地方やバスク地方等の統治の様に、融合的政策を採らざるを得なかった側面もあります。

植民地政策とは、それまでの生き方を変えさせて新しくするので、日本が敗戦後経験した様に「明らかに昔より良い」と言う結果が定着するまでは、肯定的反応を得る事は難しいでしょう。

欧米の植民地政策は、本国から遠く離れた未開地の、自分達から見れば本質的に劣等な異民族に対し行なわれたものです。
また、圧倒的な武力で相手から主権を奪い取った結果で、多少の抵抗があっても軍事力で圧殺できる自信の元に、本国に経済価値を収奪して行く目的に絞られたものです。
最初の南米に於けるスペイン等の植民地政策は、のどかに暮らしていたインディオ達を奴隷化し、あまりに過酷な労働を強いたため大量死を来たし、頑強なアフリカ黒人奴隷を輸入する様な結果を招きました。
多少の学習を経た後の典...続きを読む

Qよく戦後の謝罪はドイツを見習えというが本当?

よく「第二次世界大戦後のドイツの隣国への謝罪を見習え」という論調が
国内にとどまらず、中国や韓国からも出ますが(今回の韓国の竹島問題でも
少し話題に出ましたが)、

 ・本当にナチスドイツの謝罪はうまくいっているのでしょうか?
 ・もしそうでしたら、何がうまくいっていると言われているのでしょうか?
 ・また、日本以上に問題がこじれているものはないのでしょうか?

詳しくないので、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 「謝罪」という行為にはそれ自体に倫理的価値がありますが、外交においては「和解」に資する道具立てとして重要です。そのため、いくら「謝罪」しても「和解」にいたらないのなら意味はありません。
 日本の場合はこれが「うまくいっていない」ので問題視されます。

 なぜそうなのか。理由はいろいろありますが、まず相手方の事情から。
 中国と韓国は日本の支配に抵抗し、独立解放を勝ち取ったことを一種の建国神話としています。実際には朝鮮半島は連合軍が日本帝国を打ち破ったからであり、中華人民共和国は戦後の国民党との内戦の結果生まれたものです。しかし、彼らは祖国をそのようなものとして認識し、誇っております。もちろん、根拠がないわけではありません。
 それに対して、ヨーロッパ諸国はナチスドイツの侵略をこうむった時点ですでに近代的な国民国家を築いておりました。ナチスからの解放によって再出発したことには違いがありませんが、「建国」の重要度はまったく異なります。
 中韓の場合は、日本の支配・侵略から脱したことがはるかに重要な意味を持っているのです。それだけに日本がそれに見合った行動をとらないと、彼らには「納得できない」となりがちです。

 次に、アメリカが戦後の東アジア戦略を構想する過程で、日本と近隣諸国が緊密な関係を築くことを望まなかったという事情があります。ソ連に対しては敵対し、韓国とはアメリカを抜きにした友好関係を望まず、中国には最初は敵視で途中から敵対はしないが友好的でもない関係にあることを期待し、そのために行動してきました。
 東アジア諸国はまんまと(とあえて言います)これに乗り、「和解」の努力を中途半端にしてきました。この事情を国内政治に利用したのです。韓国では日本の支配を非難すれば失政をごまかすことができ、日本では国内の軋轢を呼ぶしかない「謝罪」の問題を適当に処理して済ませても許されました。
 ドイツの「謝罪」に対する不充分さはほかの方も指摘しているとおりですが、いっぽうで「和解」を獲得するための努力は真剣なものでした。一例としてドイツが放棄した歴史的領土は日本の比ではありません。ドイツは全体としてアメリカの世界戦略にしたがいながらも、この一点では独自の外交路線をつらぬいたのです。EUは伊達や酔狂で成立したわけではありません。
 条件の相違はあるものの、日本にこの姿勢が足りなかったことは事実でしょう。

 また、日本の「謝罪」が不充分だったのもたしかだと思います。
 ドイツの場合はその罪を当初ヒトラーとナチスにかぶせることができたので、罪過を認めることもより容易でした。しかしそのいっぽうで、あれらはナチスを支持したドイツの罪である、という論調も世間に根づくようになりました。だから、ブラントの東方外交も支持されたし、ヴァイツゼッカーの演説も受け入れたのです。
 文言や事実だけなら中途半端という評価も正当ですが、これらの言動が生み出された土壌は日本にないものです。だから、周辺諸国も高く評価したのです。
 もっとも、近年は歴史修正主義と称して「ドイツの罪と言われるものには誤りがある」とか「言われるほどではなかった」という論調もありますが、いつもそういった主張は批判を浴びてきましたし、いまでも文学者のギュンター・グラスのようにナチスであった過去は批判の対象となります。表だって公言することがはばかられる言説なのです。

 それに対して、わが国では大日本帝国と日本国を切り分けることが終戦時の条件の相違から難しかったし、あえてあいまいにもしてきたので、戦前の罪を認めることにもあいまいさが付きまといました。
 おかげで今になって、植民地支配や侵略の過程でなされた行為の数々がなかったことにされています。あるいは、あったかなかったかわからないことになってます。しかし、その多くは学術的研究の成果として否定されるのではなく、そのほうが国内の納得を得られるから唱えられているにすぎません。
 こういうことを書くのは多くの反発を喰らうのでかなり勇気が要ります。そのこと自体がドイツと日本の差です。村山談話、河野談話の文言がどうあろうと、また過去公式にどれだけの「謝罪」が積み重ねられていようと、それを認めたくない世論が多数をしめているかぎり、説得力は生まれません。

 皆さんの賛同を得られない「回答」であることは承知しておりますが、わたしが理解しているかぎりではご質問に対する答えはこうです。
 本文でお尋ねになっていることに答えていない部分もありますが、そこは他の方に譲ります。

 長文回答失礼しました。

 「謝罪」という行為にはそれ自体に倫理的価値がありますが、外交においては「和解」に資する道具立てとして重要です。そのため、いくら「謝罪」しても「和解」にいたらないのなら意味はありません。
 日本の場合はこれが「うまくいっていない」ので問題視されます。

 なぜそうなのか。理由はいろいろありますが、まず相手方の事情から。
 中国と韓国は日本の支配に抵抗し、独立解放を勝ち取ったことを一種の建国神話としています。実際には朝鮮半島は連合軍が日本帝国を打ち破ったからであり、中華人民共和...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q韓国併合前の識字率が10%だった客観的資料について

オーストラリア人と韓国の識字率について議論になりました。

彼は韓国に1年間住んだことがあり、韓国の歴史について興味があり彼なりに勉強したようですが、彼は韓国の言う歴史をそのまま受け入れている様子なので間違いを指摘したところ、韓国人が思うのと同じように、ハングルは日本が韓国を併合する前から高い識字率で普及しており、日本はただそれを教育に取り入れただけで日本の功績ではないと言われました。彼は根拠に付いてハングルはものすごく簡単な文字で覚えるのは簡単ということを上げ、私が韓国の古い書物にハングルで書かれたものが無いと言っても「ある!」と信じて疑いません。

しかし日本では麻生さんが外相だった時に韓国でハングルは日本人が広めたと公言したように韓国の識字率は併合前には10%ほどしかなく、日本が広めたというのが当然の見方ですよね?

これについての客観的な証拠資料を探しています。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

http://www.encyclopedia.com/topic/South_Korea.aspx

In the late 1930s the adult literacy rate stood at less than 30 percent, in spite of the Confucian respect for learning and the easy to learn Korean writing system,

Even in the 1960s, the nation's illiteracy rate was only 27.9 percent and primary school enrollment measured 59 percent.

以上引用
元ネタは アメリカの コロンビア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%93%E3%82%A2%E7%99%BE%E7%A7%91%E4%BA%8B%E5%85%B8

原文をまとめているのは 文末にある —Young-Key Kim-Renaud

http://home.gwu.edu/~kimrenau/
アメリカにおける韓国等の専門家

http://www.encyclopedia.com/topic/South_Korea.aspx

In the late 1930s the adult literacy rate stood at less than 30 percent, in spite of the Confucian respect for learning and the easy to learn Korean writing system,

Even in the 1960s, the nation's illiteracy rate was only 27.9 percent and primary school enrollment measured 59 percent.

以上引用
元ネタは アメリカの コロンビア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%93%E3%82%A2%E7%99%BE%E7%A7%91%...続きを読む

Q日本がハングルを普及させた?どういう意味?

今の韓国には漢字が閉止され、文字はすべてハングルと英文しか使わないんですね。

さて、「日本が韓国にハングルを普及させた」と言うの一体どういう意味ですか。
まさか、現在の朝鮮語のような「ハングル専用」を普及したという意味ではないでしょ?
ハングルの普及とはもしかして「仮名混じり」のような漢字併用文を意味するのですか。

「日本がハングルを普及させた」という事はどんな意味で理解するのがいいですか。

Aベストアンサー

額面通りにハングルそのものを教えたと受け取って頂いて結構です。
今の韓国の新聞でもハングルと漢字の両方が使われますし、
地名や人名は全て漢字表記です。元々ハングルと漢字は併用されていました。
したがって、当時のハングルは当然、漢字と混成です。

そもそも日本語の授業の中に漢字が使われているのですから、
ハングルの中にも漢字が入っていくのは寧ろ自然といえるでしょう。

求めている回答は上記だと思いますが、もう少し詳しく述べると、
古来より儒教文化の大陸方面は序列による搾取の傾向があり、
中国王朝>朝鮮半島貴族階級>朝鮮民衆という関係にありました。

中国の歴代王朝に屈する形で朝鮮半島は搾取され続けるわけですが、
その朝鮮族も国内に産業を興す気概もなく、ただただ民衆を搾取するだけでした。
朝鮮の貴族階級は労働は奴隷階級がするものだという認識すらありました。
日本が韓国を併合したとき、朝鮮の文明は千年遅れていて、日本の平安時代相当だったという人もいます。

そんな調子ですから民衆階級で文字を知っている人はほとんどいません。
併合後は授業は日本語で行われましたが、同時にハングルの普及にも力を入れたのです。

以下はこちらに詳しい回答があるようなので紹介しておきます。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1431463809

額面通りにハングルそのものを教えたと受け取って頂いて結構です。
今の韓国の新聞でもハングルと漢字の両方が使われますし、
地名や人名は全て漢字表記です。元々ハングルと漢字は併用されていました。
したがって、当時のハングルは当然、漢字と混成です。

そもそも日本語の授業の中に漢字が使われているのですから、
ハングルの中にも漢字が入っていくのは寧ろ自然といえるでしょう。

求めている回答は上記だと思いますが、もう少し詳しく述べると、
古来より儒教文化の大陸方面は序列による搾取の...続きを読む

Qなぜ?日本の従軍慰安婦だけが、問題になるの?

 最近日本の周りが騒がしいですが、いつも思うのですが、従軍慰安婦問題、韓国が騒いでいますが

 過去の歴史、どの戦争、どの軍隊にもそう言う、男の欲求を処理する施設は、あったと聞いています

 もちろん朝鮮戦争時、韓国軍も例外ではありません、また施設どころか現地住民の

 レイプも報告されています。

 戦争を体験していないので、想像ですが、前線で男ばかりで1ヶ月も2ヶ月も一緒にいたら

 そりゃ女欲しくなると思う、これは自然の原理です、人間の自然の欲求です

 それを日韓基本条約で全て解決し、賠償金を払い慰安婦に保証しなかつたのは、あちらの

 勝手です、最高裁まで開いて韓国政府の無策ぶりを指摘されています

 そりゃ賠償金、韓ガンの軌跡に使ったのだからあちらの責任。

 なぜ日本の慰安婦だけが、問題視されるのか不思議でなりません。

 誰かお教えください。

Aベストアンサー

>どの軍隊にもそう言う、男の欲求を処理する施設は、あったと聞いています

他国では、慰安所というものはありません。
多くは、街で売春婦を買うか、素人を暴行しています。

質問文と回答への返信から、質問者様は、
「日本が慰安婦を強制連行したのは事実であるが、他国でも兵士による暴行事件は起っているのだから、日本だけが責められるのはおかしい」と考えているように思います。
しかし、それは間違いです。


>なぜ日本の慰安婦だけが、問題視されるのか不思議でなりません。

従軍慰安婦は、↑のような兵士の個人的な犯罪ではなく、軍(日本政府)が組織的に、女性を拉致・誘拐(強制連行)して、慰安所で働かせたということで、これは国家が犯罪行為を行ったということになり、他の事件とは性格が違うものです。

しかし、↑の強制連行は事実ではなく、全くの捏造です。
現在、強制連行の証拠は発見されておらず、自称従軍慰安婦だったという人の証言しか根拠がありません。

しかし、自称被害者=本当の被害者 とは限りません。
本当の被害者だとしても、その人が正直者であることや証言が全て事実だという理由にはなりません。
以上から、検証されていない証言をいくら集めても、証拠能力はありません。
これらのことは、議論や裁判では常識です。
いままで、強制連行肯定派は、否定派からの証言の検証の要求(反対質問)を受け入れたことはありません。
(実は、自称慰安婦の証言とやらも、発言するたびに内容(年齢・待遇・場所等)が変わりっているので、整合制がありません。)

慰安婦とは軍が民間に要請して経営させた慰安所で働く売春婦のことです。
その目的は、兵士のストレスの発散とそれによる治安の維持、性病の防止、女性関係による機密の漏洩防止等が目的でした。
である以上、慰安所の経営状態(衛生管理、賃金・休暇等の待遇、雇用契約の合法性)を軍は把握・管理する必要があり、その方面での関与はしていました。
そして、その待遇は他の民間の娼館と比較しても、良いものでありました。

募集・求人活動については、各慰安所が行っていたので、騙して連れてくるような事を、朝鮮人の斡旋業者が行った事件はあったようです。
このときも、政府は、犯人を処罰して、関係者には職業・待遇・仕事の内容を偽って契約しないように通達し指導をしています。

以上から、自分の意思で慰安婦という、自分の意思(都合)でその職業に就いた女性はいますが、
軍の犯罪の被害者である、軍属(軍の管理下にある)である「従軍」慰安婦は存在しません。


実は、最初に、慰安婦問題をでっちあげたのはサヨク系の日本人です。
それを、韓国政府の国策による、捏造された反日歴史教育を受けていた韓国人が信じて騒いでいます。

そもそも、戦時中から1980年代まで韓国にも日本にも、従軍慰安婦問題は存在していませんでした。

外交的には、日韓間の諸問題は1965年の日韓基本条約で「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」という合意が両国間で為されています。
その為に、交渉段階で、双方がそれ以前の過去の問題を提示し、それらについて協議しています。
ところが、その重要な条約の交渉過程において、韓国は慰安婦問題を全く取り上げていません。
(日本政府は、韓国にたいして、正当な要求には応じるので、証拠と資料を出すように求めていたのですが。)

肯定派が言うような、大規模な強制連行(20万人)が事実であるなら、当時から朝鮮人の間では大問題になっているはずだと思います。
なので、それへの補償を条約で求めなかったら、国民が納得しない筈です。

この条約について誤解している人が、「日本は韓国に賠償をした」と言っていますが、
支払ったのは、今まで一つの国だったので、先延ばしにしていた貸し借りの清算です。
日本は、韓国に賠償するような酷い事はしていません。
それに、韓国は終戦まで日本の一部だったので、連合国は戦勝国としての賠償請求権も認めていません。
(この件は、質問から外れるので、詳細は説明しません)

慰安婦問題の経緯ですが、
1973年 「従軍慰安婦」発行 著者:千田千夏(この本で「従軍慰安婦」という用語が使われました)
この本で、7万人が慰安婦にさせられた と書いています。(後の調査では、証拠は発見されていません。)

1983年 「私の戦争犯罪」発行 著者:吉田清治
著者は、韓国の済州島の現地人から、日本軍の強制連行を証言を聞いたと言っています。
しかし後に行われた裏づけ調査では、証言の事実はないことが判明し、本人もそれを認めています。

ここまでは、日韓どちらでも、それ程話題にならず、大きな問題にはなっていません。
(著書は1989年に韓国でも発行されましたが、韓国の済州新聞に嘘だと否定されています。)

1989年 宋斗会(在日)と青柳敦子が「朝日ジャーナル」に、「日本は慰安婦問題を謝罪せよ」という内容の意見広告を出しました。
二人は訴訟を起こす原告を探す為に、韓国の「太平洋戦争遺族会」と組んで元「従軍慰安婦」を探します。

1990年 ハンギョレ新聞に【「挺身隊」怨念の足跡取材記】 著者:尹貞玉(後に「挺対協」(民間団体、韓国挺身隊対策協議会)のリーダーとなります。)という連載記事が載り、大反響になる。
内容は、挺身隊と慰安婦を混同し、千田千夏から教示を受け、かつ吉田清治の証言を事実として全肯定したものでした。

社民党の福島瑞穂も、この件に関わっています。
彼女が国会議員になったのは、でっちあげの慰安婦問題で注目を浴びたからです。

【慰安婦問題の「主犯」は福島瑞穂弁護士】
http://blogos.com/article/45082/

これらの事により、韓国人が従軍慰安婦と強制連行を事実と誤認してしまいました。

以上から、慰安婦問題に火をつけたのは、人権左翼と呼ばれている日本人です。
(それを信じる韓国にもかなり問題はあると思いますが。)
彼らは戦後、共産主義への賛同が得られなくなった為に、人権や日本の戦争責任を追及する事で生き残ろうとした集団です。(実は、「戦争責任」などという概念もありません。戦争自体は犯罪ではありません。)
彼らは↓のような活動で、日本人の戦争観を歪曲していきました。

【嗚呼 大和】(アメリカと左翼による情報操作)
http://www.youtube.com/watch?v=twxtQ6_qTIU


この話題では、従軍慰安婦肯定派が、「日本政府は、河野談話で強制連行を認めている」と言っていますが、
↓のような経緯と事情でだされた談話は意味がありません。

河野談話発表後の参議院予算委員会で、平林内閣外政審議室長が「政府の発見した資料の中には、強制連行を直接示す記述は見当らなかった」と答弁しています。
更に当時副官房長官であった石原信雄氏が、産経新聞のインタビューでも同様の事を語っています。

このような内容になった事については元慰安婦とその支援者(NGOなど)や韓国側から強い圧力があったと述べ、強制性の認定について「日韓両国間での妥協の産物」と明言しています。

実は、韓国は強制性を認めれば、これ以上問題を大きくはしないという事で、日本と取引をし、日本はそれに合意しました。
ところが韓国は、その取引を裏切って、日本は強制連行を認めたと宣伝し、更に騒ぎを拡大して日本を責めています。

http://www.youtube.com/watch?v=xOh7T1k10Kw

>どの軍隊にもそう言う、男の欲求を処理する施設は、あったと聞いています

他国では、慰安所というものはありません。
多くは、街で売春婦を買うか、素人を暴行しています。

質問文と回答への返信から、質問者様は、
「日本が慰安婦を強制連行したのは事実であるが、他国でも兵士による暴行事件は起っているのだから、日本だけが責められるのはおかしい」と考えているように思います。
しかし、それは間違いです。


>なぜ日本の慰安婦だけが、問題視されるのか不思議でなりません。

従軍慰安婦は、↑のような...続きを読む

Q韓国語に日本語が混じっている理由は?

韓国ドラマを よくみています。

前から 疑問に思っていたのですが 韓国語に日本語が混じっているのを

よく 耳にします。これは いつごろからの ことなのでしょうか?

第2次大戦の 日本が統治していた影響なのでしょうか?

詳しい方、お願いします。

自分でも 調べてみますが・・・・

Aベストアンサー

整理すると、古い方から、

(1) たまたま、韓国の固有語と、日本語が似ているケース(かなりレアです)
(2) 中国から、共通して入ってきた(中には半島経由のものも)漢語、発音は結構違うけど、中には似ているものもあり、
 似ているものだけでも、トータルでは、相当な数になります。
(3) 明治以降に、日本でできた、学問用の新しい漢語がとりいれられたもの、発音については(2)と同じ
 (ただし、日本で訓読みするそういう用語を、音読みで使っているものもあり、その場合は発音は全然違う)
(4) 日本のものが入っていって、韓国で名前ごと受け入れられたもの(含む・外来語)

(1)(2)は、統治時代とは無関係ですね。

(3)(4)などは、統治時代の影響がメインなのは、間違いありませんが、
(3)の場合は特に、科学技術用語や政治思想用語など、その前から、取り入れられていましたし(中国でも)、
戦後になってからのものも、そこまで少なくはありません。

(4)には、言葉が同じでも、違う形で受け止められているものも多いので、注意が要るかも。
「オデン」や「ウドン」は、韓国で通じると言えば通じますが、「ウドン」がほぼそのままなのに対し、
「オデン」は、う~ん、日本でも土地土地で名前が違うので、言いにくいのですが、
魚のすり身を油で揚げたもの、または、それを醤油味の出汁で煮た料理のことで、
「オデンウドン」というのもあります。福岡あたりでいう「丸天うどん」みたいなもので、
ローソンで売ってるアレではありません^^

外来語でいうと、韓国では、英語の発音をハングルで表記するときの原則がありますが、それから外れた奴もあり、大抵、日本経由で入ってきた奴です。
例えば、英語のfは、韓国ではパ行のように発音されますが、フェリーとファミリーマートは、日本語のファ行に近い音で発音され、そのように表記されますが、そういう奴です。
また、韓国語には、単語の最初に、ラ行の音が来ることはなく、ナ行かア行で発音されますが、ロッテ(創業者が在日韓国人で、韓国で戦後比較的早い時期から事業を展開、ホテルやロッテワールドも有名ですね)などは、その原則を突破しちゃいました^^ (実は、日本語にもラ行で始まる言葉はない、って知ってました? あれば、必ず、漢語か外来語、え、らっぱは?と思うかもしれませんが、実はこれも漢語で喇叭です)

整理すると、古い方から、

(1) たまたま、韓国の固有語と、日本語が似ているケース(かなりレアです)
(2) 中国から、共通して入ってきた(中には半島経由のものも)漢語、発音は結構違うけど、中には似ているものもあり、
 似ているものだけでも、トータルでは、相当な数になります。
(3) 明治以降に、日本でできた、学問用の新しい漢語がとりいれられたもの、発音については(2)と同じ
 (ただし、日本で訓読みするそういう用語を、音読みで使っているものもあり、その場合は発音は全然違う)
(4) 日本のものが入っ...続きを読む

Q日本がハルノートをを受け入れ戦争しなかったら?

歴史で”たら、れば”は持ち出す事は駄目なんですが、もし、太平洋戦争に突入しなかったら日本はどうなっていたでしょう? 戦争で余りにも多くの方がなくなりましたが、戦争しなかった方が日本の将来は明るくなる事が期待できたのでしょうか?

Aベストアンサー

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の失業者が
街に溢れ、あちこちで暴動が発生していました。
ルーズベルトは、ニューデールなどの政策を打ちましたが効果は
さっぱりです。
それでどうしても戦争をやる必要があったのです。
戦争は最大の公共事業ですから。その証拠に戦後、米国
経済は見事な復活を遂げています。
その現れがハルノートです。

これは私の偏見ではありません。
米国歴史学の権威チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授は
公文書を調べて、ルーズベルトが巧妙に日本を戦争に引きづり込んだ
過程を明らかにした本を出版しましたが、これは事実上の発禁処分
にされてしまいました。

31代米国大統領のフーバーが、ルーズベルトを、日本を無理矢理戦争に
引きづり込んだ狂気の男、と評した書見を残しています。
彼は、ルーズベルトは真珠湾を知っていた、とも書き残しています。


米西戦争では、 1898年 2/15 ハバナ湾で、
米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没しています。
これで米兵266名が死亡し、スペインの仕業だ、
ということになり戦争が始まっています。

ベトナム戦争では有名なトンキン湾事件が発生しています。
1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の
哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射した
とされる事件です。
これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入しましたが、
その後、ニューヨークタイムズが、米国のやらせであることを暴露し
真実が明らかにされました。

湾岸戦争 1990年 では
アメリカの駐イラク特命全権大使のエイプリル・グラスピーが
イラクのクエート攻撃に対して
「介入するつもりはない」と発言しており
これを信じたフセインがクエートを侵略しましたが、
米国軍等により撃退されています。
米国は約束の存在を否定していますが、当の大使は、それ以後、公式の場には
一切姿を見せなくなりました。

その他にも怪しいのはいくらでもあります。
以上が、日本が戦争を拒んでも、ダメだったろうと思われる理由です。

戦争をしなかった、という選択肢は
無かったと思われます。
日本が例えハルノートを呑んでも、米国は
必ずや、日本を戦争に引きずり込んだと
思われます。
あのイラク戦争のようにです。
フセインは、米国相手に戦争などしても
勝てる道理がないことぐらい、百も承知していました。
それでも米国に無実の罪を着せられて戦争に
持ち込まれ、処刑されてしまいました。
米国とはああいう国なのです。

当時の米国は、1930年に続く大不況の真っ只中でした。
GDPは1/2に、株価は1/10に落ち、1200万の...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング

おすすめ情報