弓張嶺夜襲と弓張嶺夜襲等で名を馳せた松永正敏陸軍中将について教えて下さい。
弓張嶺夜襲は「世界史上不滅の大記録」として日露戦争で帝国陸軍を勝利に導いた
有名な戦いですが、wikipediaにも松永中将の経歴くらいしか載っていませんし、
遼陽会戦の部分にまとめられていて弓張嶺夜襲の項すらありません。

この夜襲に参加したのは西寛二郎大将、松永正敏中将、岡崎生三中将ですが、
戦争SLGゲームの大御所ジェネラルサポートが出した
戦略SLG『日露戦争』でも西寛二郎大将の歩兵適正が7
岡崎生三中将が6に比べて、松永正敏中将は8で
これは日露戦争に参戦した全将官中一位です。
ジェネラルサポートの評価はある程度信頼の置けるものです。
http://www.usamimi.info/~kintuba/ikenie/nitirose …

では、なぜ松永正敏中将が師団長を差し置いて歩兵適正の最高位とされているのかについては
何らかの武勇伝や発言などがあったはずです。
本などを読まれて知っているという方は、
もしよろしかったら教えて頂ければ幸いです。

また、弓張嶺夜襲で松永正敏中将や他の軍人の言動や戦闘について
ことこまかな記載がされている史実に則ったノンフィクションというか信憑性のある本があれば
ご教示頂ければうれしいです、
松永正敏中将の自伝や詳しい記載があるものも出来れば見てみたいです。
よろしくおねがいします。

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A 回答 (1件)

PHP文庫から柘植久慶氏の「日露戦争名将伝」というのがでていますが、これは中々詳しいですよ。



松永中将に関しても独立した項目で扱われていますし、第一軍の動きが重ねて詳しく載せられています。関連する人物などもわかるので良いのではないでしょうか。

あとは「坂の上の雲」も比較的史実に忠実で参考になると思いますよ。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ご回答して頂きありがとうございました。
参考にさせて頂きます。
貴重な資料をお教え頂きありがとうございました!

お礼日時:2009/09/06 22:12

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Qレーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

レーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

1905年に日露戦争はロシア帝国の敗北により終結しました。
これ以降、ロシア帝国は弱体化に拍車がかかり、ロシア革命の遠因に
なったとされています。
さて、革命の父と言えばレーニンですが、レーニンはこの日露戦争を
どのように評価しているのでしょうか?
日露戦争に対して、レーニンはどんなコメントをしていますか?

Aベストアンサー

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったことに対して、無邪気に喜ぶというものではありませんでした。同時に反政府的思想を持っていたにもかかわらず、敗北という現実の前に止めようのないナショナリズムが湧いてきた、トルストイのような複雑な感情も持ち合わせてはいませんでした。

 レーニンは日露戦争開戦直後からこの戦争の本質と推移、そして戦後の変革を冷静に見つめ、これをいかに自己の思想闘争に活かし、なおかつ利用しようかということを分析し研究していたといってもよいでしょう。

 日露戦争は当時のヨーロッパやアメリカのインテリゲンチャと同じく、弱小国対強大国の戦いといった単純な見方ではなく、帝国主義的的植民地主義者たちの闘争であって、アメリカやヨーロッパ諸国の反動的ブルジョアジーたちの間に将来起こりうるであろう、新しい形の戦争の初期段階的なものであるとみなしていました。

 日露戦争開戦直後の小規模な戦闘でロシア軍が敗北を続けたとき、ロシア社会主義民主労働党中央委員会での労働者への呼びかけの中の一節です。
「戦争が始まった。日本人はすでにロシア軍に一連の敗北をもたらし、いまやツァー政府はこれらの敗北復讐を果たすために全力を注いでいる」とし、これらの結果がロシア人労働者、農民たちに新たな苦難を招き、人民やその家族に大きな惨禍をもたらし、さらなる税の過大なる負担を強いるであろう、と続けています。

 そしてレーニンはそこにツァー政府の将来的な破滅と崩壊を予想し、革命の実現という現実的な姿を見たのです。

 レーニンは前述したように戦争中、各戦闘の経過と結果について詳細に分析・研究を行っています。そしてその結果の原因の主なものに必ずツァー政府における官僚や軍人の腐敗性と、農民大衆の無教養や無気力などを挙げて、「露日戦争の仮借ない教訓によって、惰眠をむさぼるだけの広範な農民大衆を目覚めさせる」と結んで、巧妙にアジテートしています。

 さらにレーニンは機に乗じて日本をたくみに利用しており、あるときは帝国主義者、あるときは進歩的勢力と呼び、自身のイデオローグに効果的に組み込んでいる点でもしたたかな人物でした。

 日露戦争に関してのコメントしての集大成というなら、「新しい大戦争、専制制度に立ち向かう人民の戦い、自由を求めるプロレタリアートの戦争が近づいていることを意味していることに、この戦争の全世界的・歴史的意味がある」というのが、最もふさわしいかもしれません。

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったこ...続きを読む

Q森鴎外(林太郎)と高木兼寛の脚気論争は日露戦争における陸軍と海軍の対応

森鴎外(林太郎)と高木兼寛の脚気論争は日露戦争における陸軍と海軍の対応の巧拙の差として有名ですが、栄養説を唱えていた高木兼寛は後年鈴木梅太郎がオリザニンを取り出したとき何も反応しなかったのでしょうか。

Aベストアンサー

何か勘違いしている方が多いのですが、

日清戦争戦の陸軍給与規則は石黒忠悳が発令。
日露戦争では陸軍大本営が発令しています。

この大本営野戦衛生長官は小池正直です。
森鴎外が陸軍軍医総監になったのは日露戦争の後です。

少なくとも、二度も脚気が大流行しているのですから、
おかしいと考えるのが普通です。

しかも、麦飯派の大臣を差し置いて命令が出ています。
プライドの高い華族らしいやり口です。

>何も反応しなかったのでしょうか。
らしいです。
死ぬまで脚気に対しての謝罪は一切ありませんでした。

Q結局 ざっくりいって、、 朝鮮半島の奪い合い←日清戦争 満州の奪い合い←日露戦争 日露戦争勝利→朝鮮

結局
ざっくりいって、、
朝鮮半島の奪い合い←日清戦争
満州の奪い合い←日露戦争
日露戦争勝利→朝鮮半島いただき、、

という図式でよいのでしょうか?

Aベストアンサー

朝鮮半島の奪い合い←日清戦争
 ↑
そうです。
しかし、どうして朝鮮半島を奪い合うことに
なったのか。
それは朝鮮半島は日本の安全保障の要だ
からです。
朝鮮半島に敵国の軍隊がいたら、日本の
安全は脅かされるからです。

キューバにミサイル基地が出来る、ということで
米国は第三次大戦覚悟で、海上封鎖に出ました。
隣国とは、安全保障にとってそれだけ重要なのです。



満州の奪い合い←日露戦争
   ↑
満州がロシアに取られたら、次は朝鮮です。
ひとたまりもありません。
そして朝鮮がロシアに取られたら、日清戦争と
同じになります。



日露戦争勝利→朝鮮半島いただき、、
   ↑
いただいていません。
満州から追い払い、朝鮮半島を守りました。
それもこれも、安全保障の為です。

元寇は、朝鮮半島経由で日本を侵略しています。
繰り返しますが、半島は日本防衛の要なのです。


結局ざっくりいって、、
  ↑
ロシア脅威から日本を防衛するためです。
事は、明治維新から続いているのです。
上海で、中国人が列強の奴隷になっているのを
目にした、高杉晋作らは、なんとしても列強の
植民地にはさせない、ということで明治維新を
おこし、日清日露となったわけです。

朝鮮半島の奪い合い←日清戦争
 ↑
そうです。
しかし、どうして朝鮮半島を奪い合うことに
なったのか。
それは朝鮮半島は日本の安全保障の要だ
からです。
朝鮮半島に敵国の軍隊がいたら、日本の
安全は脅かされるからです。

キューバにミサイル基地が出来る、ということで
米国は第三次大戦覚悟で、海上封鎖に出ました。
隣国とは、安全保障にとってそれだけ重要なのです。



満州の奪い合い←日露戦争
   ↑
満州がロシアに取られたら、次は朝鮮です。
ひとたまりもありません。
そして朝鮮がロシアに取られ...続きを読む

Q日露戦争後の日露関係。

1905年9月 ポーツマス条約調印。
1907年7月には、第一次日露協約。

日本は、戦死傷者約20万人、戦費17億円?を費やし、国民の不満は爆発して日比谷焼き打ち事件も起きています。
それなのになぜ、戦後2年間ほど経つと日露両国は、協約を結ぶほどの関係ができたのですか。
何が両国に協約を結ばせたのですか。
仲直りするには早ければ早いほどよいに決まっている、と思っていますがすっきりしません。
なお、1916年2月2日の読売新聞には、「露から続々と軍器の注文があって、砲兵工廠では昼夜の分かちなく大多忙を極めている…」とあります。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

主戦場が中国だったので、双方の国民に悪い感情が残らなかったのでは、と思います

Q日露戦争の意義

日露戦争はアジアの小さな小国日本が列強のロシアに勝利した戦争ですが
日本がロシアに勝利したことはどれほど他の国に影響を与えたのでしょうか?
また、日露戦争は第零次世界大戦とも呼ばれているらしいのですが、それは他国(イギリス・フランス・ドイツ)が日本やロシアに協力していたからでしょうか?

あらためて、日露戦争の重要さを調べているのですが、どれほどの存在になるのでしょうか?

Aベストアンサー

日露戦争が世界史に与えた影響は案外大きいものがあります。

まず、19世紀末から20世紀半ば(第二次大戦終了時)にかけて世界は帝国主義時代となっておりますが、ロシアが負けたことにより、ヨーロッパでの対立軸がイギリス対ロシアからイギリス対ドイツに変わります。英仏露(日)による三国協商側と独墺伊三国同盟側の対立が中心となります。

続いて、勝利した日本は軍事的な強国の一つとして認められ、朝鮮を植民地として獲得して帝国主義に進みます。この流れは第一次大戦にイギリス側として参戦することで国際連盟の常任理事国となり、五大国の一つとして認められることに繋がります。

また、植民地とされていたアジア諸国やその周辺国家にとってアジアの国が先進欧米国家に勝ったということで独立運動・民族運動に希望を与えると共に東南アジア諸国から日本への留学生などが増加します。

もし、日露戦争が無く日本が勝つことが無かったならば、世界はいまだにヨーロッパ中心でまわり、アジア・アフリカの植民地の独立も困難であって現在のように独立国が200もあるようなことにはならなかったでしょう。

なお、「第零次世界大戦」という題名の小説がありますが、日露戦争をそのような観点で見ることは一般的ではありませんし、おそらく歴史観としても納得がしがたく射程の小さなものでしかないと思います。

日露戦争が世界史に与えた影響は案外大きいものがあります。

まず、19世紀末から20世紀半ば(第二次大戦終了時)にかけて世界は帝国主義時代となっておりますが、ロシアが負けたことにより、ヨーロッパでの対立軸がイギリス対ロシアからイギリス対ドイツに変わります。英仏露(日)による三国協商側と独墺伊三国同盟側の対立が中心となります。

続いて、勝利した日本は軍事的な強国の一つとして認められ、朝鮮を植民地として獲得して帝国主義に進みます。この流れは第一次大戦にイギリス側として参戦す...続きを読む

Q台湾を救った陸軍中将・根本博の奇跡

「釣りに行く」とかかっこよすぎませんか?
しかし今の台湾があるのは彼のおかげだと誰も知らないのは悲しいです
http://www.youtube.com/watch?v=RRYOmM-TlKo

Aベストアンサー

張家口の戦いも、根元じゃなかったかな。
ポツダム宣言を受諾しても侵略を辞めなかったソ連軍4万五千から
4000の兵で4万人の民間人を保護しながら支那方面への脱出作戦。

民間人死者を出さずにこの作戦をやり遂げその後も中支にとどまって、日本軍35万を無事日本へ帰国させ
るため蒋介石と交渉などして安全を確保したんだよね。

しかし、日本軍と戦った蒋介石はきちんと約束を守って日本兵の帰国を約束したのに、日本軍と戦っていない共産党は通化事件などをおこした。

Q日露戦争で日本が不利な戦いを行った理由は何でしょうか?

日本が日清・日露戦争を行った理由が南下政策を食い止めるためだというのは理解できます。
それに対して私は、日清・日露戦争の目的はロシアから日本を守るための自衛戦争と認識していましたが、日清・日露戦争の目的は自衛戦争ではないという人が結構います。
その中には、日本が南下政策を食い止めようとした理由は大陸への侵攻を行うにあたって邪魔になるからだという人もいました。

ならば、何故日本は日露戦争を行ったのでしょうか?当時の日本にとってロシアはまともに戦っても勝ち目のない強国だったはずです。ましてやこの戦争で負けたら日本は後がなかったのでは?ほぼ勝ち目がない上に負けた場合のリスクが大き過ぎる戦いまでして大陸を侵略しようとした意味は何でしょうか?

少なくとも日露戦争にて日本は数年分もの国費を使い果たし、ポーツマス条約で賠償金がとれないために国民の不満も高まりました。その埋め合わせをしたいから中国の侵略を企んだというのならまだわかりますが、朝鮮半島を支配する事で日本の命運を賭けるほどの利益を得られるとは思えません。

もし日本が日露戦争の時点で大陸の侵略を目論んでいたとしたら、リスクが大き過ぎる戦いを挑んでまで大陸の侵略をしようとした理由は何でしょうか?

また、南下政策を食い止める事が侵略目的ならば、日英同盟を組んだイギリスも南下政策を食い止めた暁に周辺のどこぞの国を支配しようと企んでいたのですか?

日本が日清・日露戦争を行った理由が南下政策を食い止めるためだというのは理解できます。
それに対して私は、日清・日露戦争の目的はロシアから日本を守るための自衛戦争と認識していましたが、日清・日露戦争の目的は自衛戦争ではないという人が結構います。
その中には、日本が南下政策を食い止めようとした理由は大陸への侵攻を行うにあたって邪魔になるからだという人もいました。

ならば、何故日本は日露戦争を行ったのでしょうか?当時の日本にとってロシアはまともに戦っても勝ち目のない強国だった...続きを読む

Aベストアンサー

日露戦争 太平洋戦争に日本が進んで行った原因は
単に帝国主義思想による領土拡大 自国の防衛という面では
捕らえられないいろいろの考えがあったように思われます

1 明治維新により江戸から明治になり国家としての「ていさい」はで  きましたが世界からかなりリードされていた
2 急激な富国強兵政策によりその差はちじまり、その延長線上に
  日清戦争がありましたが、当時清は日本より強国でしたが清の
  内政 外交の失敗により急速に弱体していたことが原因で偶然勝っ  てしまった
3 明治時代は軍事費が増大していき日本の歴史上もっとも軍事費が
  多い時代であった、このことが帝国主義海外拡張とつながっていく
4 一方産業の発達とともに財閥は肥大したが農村との格差が広がり農  家の次男以下は軍隊に入ることが多くなり生活を軍隊に求める人々  が増え 帝国主義的拡張に反対する民衆はほとんどいなかった  
5 民衆は安い賃金で雇われていたが、権利意識の芽生えとともに明治  末期より労働争議が多発国民の不満はかなり高くなっていった
6 帝国主義 自国防衛の観点からロシアの南下を食い止め無ければ
  ならないという考えが生まれマスコミ知識人たちのキャンペーン
  により開戦派の民衆が増えていった
7 当時のロシアの軍事力 国力からは日本は戦争する状態ではなく、  反対論もあったが、古くは元寇 直近の日清戦争の勝利により
  日本は神の国で負けることはないという不敗神話がうまれつつ
  あり、いざとなれば神風が吹き勝利するという考えが軍隊の中
  にも民衆にもあり桂太郎内閣も開戦派であり明治天皇も承認した
8 当時の民衆 知識人 マスコミは開戦やむなしで一致、ロシアの
  軍事力 国力を詳細に厳密に調査することはほとんど無かった

上記のような大きな歴史の流れが大国ロシアとの開戦となりましたが、
政府 国民のも負けたらどうしようという考えはありませんでした
危なくなったら講和すればいいという考えですでに開戦前より
各国に講和の仲介打診を熱心にすすめていました

ロシア革命まじかというロシア方の事情によりかろうじて講和となりましたが賠償もなく膨大な費用と人命を費やした戦争はなにも残らず終結し
後の太平洋戦争につながる歴史上の最悪の分岐点になってしまったようです
(参考サイト)
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/nitirosennsou.htm
http://homepage1.nifty.com/SENSHI/study/5nitirosensou.htm
http://homepage1.nifty.com/SENSHI/data/zaisei.htm
http://www.tabiken.com/history/doc/I/I035C100.HTM

日露戦争 太平洋戦争に日本が進んで行った原因は
単に帝国主義思想による領土拡大 自国の防衛という面では
捕らえられないいろいろの考えがあったように思われます

1 明治維新により江戸から明治になり国家としての「ていさい」はで  きましたが世界からかなりリードされていた
2 急激な富国強兵政策によりその差はちじまり、その延長線上に
  日清戦争がありましたが、当時清は日本より強国でしたが清の
  内政 外交の失敗により急速に弱体していたことが原因で偶然勝っ  てしまった
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Q日清戦争や日露戦争は海外ではどのような評価がされているのでしょうか

最近コミックの影響もあり日清戦争や日露戦争に興味お持ち、少し調べたのですが、当然日本側からの見方が大半でした。相手側つまり現在の中国、ロシアはどのようにとらえているのか、特にその国の教科書などではどのように書かれているのか知りたいのですが、
ご存知の方がいらしたら教えてください。

Aベストアンサー

中学校の歴史の時間に聞いた話ですが,ロシア人は割と好意的にとらえているらしいですよ.悪い為政者を追い出した日本ということで.
その先生は旅行好きで,現地の人たちともよくコミュニケーションをする方でしたので,信憑性は高いのでは?
中国は分かりません.

Q【日露戦争調停の思惑】

【日露戦争調停の思惑】


セオドア・ルーズベルトのもとで、アメリカは
日露戦争の調停を行いましたが、アメリカとしては、
どういう思惑があって、これをやったのでしょうか?

アメリカが、単に「平和のために」やったとは思え
ません。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

大きく分けると 2つ

1 満州(中国)の利権に関して、私にもください、権利があります。

2 列強(ロシアと日本)の仲裁をすることで、列強入り

1はわかり安いかと思います。けんかの仲裁に出ることで、仲裁料をとるようなもの。

19世紀のアメリカ外交の基本は、モンロー主義であり、アメリカ大陸に関しては口を出すな、それ以外には口を出さない・・・言い換えれば欧州の列強クラブには入りませんというもの。
それが1890年のフロンティア喪失、1898年の米西戦争によるフィリピン領有など、列強クラブに入る必要が出てきました。
かといって、実際に列強クラブという明確なものがあるのではなく、実際に何をやったかで、お互いが「君って、僕らの仲間だよね」と認識されるのが列強クラブです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BC%9A%E8%AD%B0_(1878%E5%B9%B4)
ちょっと前の露土戦争
なんか 直接対決した国でない、あるいは、司会のドイツ以外も参加しています。
この直接関係のない参加国が列強です。
アメリカは呼ばれていないし、ドイツはここで調停を行うことで、列強としての立場を強めました。

1878年にドイツがやったことを、1905年にアメリカがやって、列強宣言を行う場。
それが ポーツマス会議です。

現代の感覚で、フィンランドが会議を主催・・・・とかではなく
両国が調停案に文句を言ったら、調停国が攻め込むぞという、脅しも含んでの調停工作が常識です。
なので、調停工作に成功することは、関係ない国に対して
「ロシアと日本がアメリカの調停を受けたということは、アメリカの力をロシアと日本が正式に認めた」ということを宣言することになります

大きく分けると 2つ

1 満州(中国)の利権に関して、私にもください、権利があります。

2 列強(ロシアと日本)の仲裁をすることで、列強入り

1はわかり安いかと思います。けんかの仲裁に出ることで、仲裁料をとるようなもの。

19世紀のアメリカ外交の基本は、モンロー主義であり、アメリカ大陸に関しては口を出すな、それ以外には口を出さない・・・言い換えれば欧州の列強クラブには入りませんというもの。
それが1890年のフロンティア喪失、1898年の米西戦争によるフィリピン領有など、列強クラブに...続きを読む

Q徴兵のない欧米の陸軍で歩兵の必要性。

徴兵制のない国で陸軍の兵の階級を目指す理由は何でしょうか。
幹部や曹なら武将にあこがれてたり、軍曹や007になりたいと思ってたとか外から見てもわかりやすいですが、兵卒になりたい理由って何ですか。
幹部と下士官は階級は上下があっても仕事の内容が違いますが、兵は階級も仕事も下士官の下に位置してますよね?なんで先進国の陸軍では兵卒を廃止して下士官以下は全員下士官にしないのでしょう。
半端な教育しか受けさせてもらえないのに戦争に出されて戦死したら人生を後悔すると思うんですが、なんでヨーロッパは兵卒が志願だけで十分足りてるんでしょうか。
強い軍人になりたいという気持ちが本物なら士官や下士官に受かるのに、下士官にならずに兵卒になるのはなぜか。
欧米人が、下士官の試験に受からなかった、でも兵卒になるくらいならサラリーマンになる、とならないのはなぜか。兵卒に志願するメリットを教えてください。

Aベストアンサー

「下士官の試験に受からなかった、でも兵卒になるくらいならサラリーマンになる」ってシステム上ほぼありえないような気がするが....

さておき, 「兵卒を廃止して下士官以下は全員下士官にし」たとしたら, 実際の戦闘の場面で銃を手に戦うのは誰?

あと, 少なくともアメリカにおいては「手に職を付ける」という点で陸軍は手軽なんだよ. まあこの点は日本の自衛隊も同じだけど, アメリカの場合さらに退役後にもいろいろ社会的にメリットがある.


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