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海賊と言えば村上水軍を思いつきますが、山賊と言えば・・ちょっと思いつきません。
Wikipediaには、
盗賊とは、法規から逸脱し、武装して掠奪・強奪行為を旨とする集団を指す。その形態によって、山賊や海賊などとも呼ばれる、とあります。

少人数の集団でもよいですが、日本の中世以降で山賊はいましたか。
せいぜい2,3人くらいの追剥ぎは除きます。
よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

海賊が特別視されるのは、船を操るという特殊技能故で、


それが戦争では水軍(海軍)として雇われることになります。

山賊は、ちょっとした腕っ節があればすぐにでもなれますし、
戦争になってもせいぜい雑兵として雇われ程度でしょうから、
あまり歴史に名を残すことは少なかったのでしょう。

日本で有名なところでは、楠木正成といった悪党か、
蜂須賀小六のような野武士といったところでしょうか。
彼らも、雑兵の域に留まらない戦力と戦闘技能を
持っていたので名を残すことになりました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
私の質問が(いつものことですが)間抜けでした。
ある時期、ある所に山賊の集団がいたというような例をお聞きしたかったのですが、質問が失格でした。
「あまり歴史に名を残すことは少なかったのでしょう」とのご指摘は、そのとおりだと思います。

お礼日時:2010/10/10 20:03

大江山の酒呑童子は鬼として有名ですが山賊だと言う説があります。

平安時代です。

ほかに熊坂長範が有名です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
酒呑童子の山賊説は聞いたことがあります。
山賊を鬼と怖れたのかも知れません。
熊坂長範は知りませんでした。調べてみます。

お礼日時:2010/10/10 20:01

楠木正成は山賊に近い存在だったのではなかったかと思います。


まぁ・・・政治が腐っていた時代ですから、本当に悪い意味での山賊では無かったはずですが。
政府からみたら山賊・盗賊の類だったと思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
そうですね、権力者から見れば逆らう連中は皆「悪党」になるわけですから。
考えてみれば、下剋上の時代なら元は山賊まがいでも地域一帯を束ねるまでに成長すれば、
領主と呼ばれますからね。
山賊・盗賊と領主は紙一重かも知れません。

お礼日時:2010/10/09 21:18

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Q日本から山賊が消えた日

山賊で検索しても観光旅行関連のページしか出てきません。
詳しい方に質問です。
昔は大名ですらも軍勢を連れなければ物見遊山お一つもできなかったそうですが、今は女性ひとりでも好きな場所を旅行できます。
日本国内限定だと山賊は一体いつごろまで生存していたんでしょうか?

Aベストアンサー

何か特別な裏づけとか史料を持ってるわけではありませんが、たぶん、山越えをするような長距離の移動を、ほとんど徒歩でしなくなった頃からじゃないでしょうか?

つまり、明治の陸蒸気にはじまる鉄道の整備と、乗り合い馬車などに始まるバスや車での移動・・・

鉄道網や道路網が整備されて、乗り物で移動するようになると、ほとんどの人は徒歩で山越えをしなくなるのでは?

そうなれば、数少ない、徒歩や自転車での移動の人が通りがかるまで、山で待っていなければなりませんし、ものスゴイ山奥なら、1年に一度だって通らないかも・・・。

そうなると、乗り物を止めて金品を奪う事になりますが、そのためには、山賊もそれなりの武装しなくてはいけません。
でも、旅人が現在所持している金品略奪が目的となると、武装をガッチリしたワリには、さほどの金額を稼げるとはとうてい思えないので、ハイリスク・ローリターン=「ワリに合わない」って事なのではないでしょうか?

ドロボー系の犯罪というのは、「ワリに合わなくなる」と、自然とすたれていくものでしょう。

そう考えると、今のハイジャックやバスジャック・・・あり得ないけど電車ジャックが、もし、金品目的なら、昔の山賊にあたるのでは?と思いますが、やっぱり今なら、ちょっと電話するだけで稼げる「オレオレ詐欺」のほうがワリに合うでしょうね。

もし、金品目的でハイジャックするなら、乗客を人質にとって、多大の身代金を請求しないと・・・いや、それでも捕まるな・・・きっと。

もちろん、どなたかがおっしゃってたように、個人レベルの山賊系の犯罪は今でもあります。
スリ、ひったくり・・・山奥じゃなくても出没します。

何か特別な裏づけとか史料を持ってるわけではありませんが、たぶん、山越えをするような長距離の移動を、ほとんど徒歩でしなくなった頃からじゃないでしょうか?

つまり、明治の陸蒸気にはじまる鉄道の整備と、乗り合い馬車などに始まるバスや車での移動・・・

鉄道網や道路網が整備されて、乗り物で移動するようになると、ほとんどの人は徒歩で山越えをしなくなるのでは?

そうなれば、数少ない、徒歩や自転車での移動の人が通りがかるまで、山で待っていなければなりませんし、ものスゴイ山奥なら、1年...続きを読む

Q雑兵(野武士・盗賊)から武将になった例

雑兵として、合戦に参加
   ↓
負けて敗走
   ↓
仲間内で徒党を組み、近隣の山で野武士・山賊化
   ↓
近隣大名(本拠としている地域と敵対している大名家等)に仕官or勧誘
   ↓
徒党ごと、大名の家臣団に組み込まれ、徒党のリーダー格はその大名家の武将となる

このような例で、雑兵から武将になった例は戦国時代にあったのでしょうか?
出世の度合いは仕官先が地方の小大名や大大名下の一領主等でも、中級武士・武将格であれば何でもOKです。
国内でない場合は中世ヨーロッパ等の例でもかまいません。

また、この例があったとして、山賊・野武士時代はただの下っ端Aから
リーダーが出世した事(武将→一国の主)で、下っ端Aもそのリーダーの下で部隊を率いる
武将クラスとなった例はあるでしょうか?

Aベストアンサー

こんばんわ。

NO4.の bungetsu です。

「お礼」を読みました。

木下秀長

農民から秀吉の部下となったとはいえ、いきなり、軍隊の指揮官へなった時は驚いたでしょうね。

もともと「帝王学」を学んでいないにもかかわらず、やはり、努力もあったと思いますし才長けていたのかもしれませんね。

また、秀吉も一農民から信長の草履取り、そして、ついには、関白にまで上り詰めたのですから、

この二人は出世頭と言うべきかもしれませんね。

Q人事担当の方、その他経験のある方お願いします。。面接結果の通知について。

今日、ある会社で面接を受けてきました。

それで採用、不採用の結果は「一週間後、もしかしたら、もう一日二日、遅くなる場合もあるかもしれませんが、待っててください」と言われました。

受けた職種は、その会社のHP作成/企画/運営といったものです。
未経験可と書かれており、もちろん私は未経験です。

まぁそれはいいとして、、、
一週間後、って長いな、、、って思いました。

その会社にはどうしても入りたかったんです。

一週間、不安な気持ちで過ごすのがついらです。
どうせなら、忘れたい。

このサイトで他の人の質問やその質問に対するアドバイスをばぁっと見たら、
『採用通知が遅いほど、合格の可能性は低くなる』、
『採用する方だけ早く連絡し、不採用は後回し』といった内容をいくつか見ることができました。

今、とても自信がないです。。

面接の時点で「通知は一週間後」と言われたその時点で、
「採用」の可能性は低いのかな。。

そう言えば、友達は「面接を受けたその日の夕方に採用の電話があった』とか『次の日に速達で送られてきた』などと言っていました。

それとも(この人採用にしたいな)とたとえ人事担当の方が思っていても面接受けに来た人皆に『採用は××日後』と言っているのでしょうか。

それとも(この人は不採用だなぁ)となんとなく思った人には「採用通知」の日付を遅めに設定して言っているのでしょうか。。

不安で落ち着きません。。(;;)

お願いしますm(__)m

今日、ある会社で面接を受けてきました。

それで採用、不採用の結果は「一週間後、もしかしたら、もう一日二日、遅くなる場合もあるかもしれませんが、待っててください」と言われました。

受けた職種は、その会社のHP作成/企画/運営といったものです。
未経験可と書かれており、もちろん私は未経験です。

まぁそれはいいとして、、、
一週間後、って長いな、、、って思いました。

その会社にはどうしても入りたかったんです。

一週間、不安な気持ちで過ごすのがついらです。
どうせなら、忘...続きを読む

Aベストアンサー

会社にもよるのですが、不安なら他会社の求人も考えてみて下さい。私は病気になる前まで人事に十年勤務していましたが人を選ぶと言う作業は大変です。
みんな入れてあげたいのですがね。monti55さんも万が一のことを考えて早めに手を打ってください。今の会社はパートなのですが3月の求人では7名応募があって仕事に欠かせない計算その他教養問題、面接を同時に行って交通費千円と薄謝をお渡しして向いてない方には早急にTELしました。monti55さんとことは逆ですね。それが先代からの方針です。その内3名に絞って1名採用しましたよ。
monti55さんも不安で大変でしょうけどがんばってくださいね。応援してますよ。

Q野武士はなんですか

野武士というは、盗賊とか、山賊とかという話しなら

いつも聞いてましたが、

その「野武士」とは、戦国時代で別に生活して活動しましたから

なんか、他の時代で活動した山賊や盗賊とは違うことがありませんか

Aベストアンサー

野武士とは特定の君主に仕官しない武士の集団と言う理解で良いと思います。

領地をもっている武士の場合には、なんらかしらの形で自身より強力な勢力の保護を必要としますが(保証してもらわなければ領地を奪われてしまいますから)、野武士の場合は大抵の場合領地からの年貢を経済的な基盤としていませんでした。また有力な大名の勢力が接する国境に拠点を構えていたようです。

戦時は隣接の大名の傭兵として稼ぎ、平時は国境という大名の勢力が及びにくい街道や水運の要衝において通行料を徴収したり(かわりに野武士の勢力圏での安全を保証していました)、富裕な村落を略奪したりして生活していました。ただし、「略奪」は野武士に限らず、当時の武士においては軍事演習と実益が得られる一挙両得の行動で、武士として「やましさ」を感じるような行為ではなかったようです。

交通の要衝で通行料を徴収し安全を保証する活動を通して、水運業者や馬借などの陸運業者との繋がりの深い野武士も多く、室町時代初期の「悪党」と呼ばれた武士と共通点が多いように思います(「悪党」には同族的な要素が強いのですが、「野武士」の集団では血縁関係は必ずしも重要な要素ではなかったイメージがあります)。

野武士とは特定の君主に仕官しない武士の集団と言う理解で良いと思います。

領地をもっている武士の場合には、なんらかしらの形で自身より強力な勢力の保護を必要としますが(保証してもらわなければ領地を奪われてしまいますから)、野武士の場合は大抵の場合領地からの年貢を経済的な基盤としていませんでした。また有力な大名の勢力が接する国境に拠点を構えていたようです。

戦時は隣接の大名の傭兵として稼ぎ、平時は国境という大名の勢力が及びにくい街道や水運の要衝において通行料を徴収したり(か...続きを読む


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