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 ゴッホの絵は生前、何故売れなかったんでしょうか?。そして、没後に何がきっかけで高い評価を得ることになったんでしょうか?。
 時代が違うとはいえ、これほどに評価が違うことに私は納得が出来ません。人々の価値観は、時代の風潮にいかに左右されるものかということだと思うんですが・・・。
 

A 回答 (3件)

ゴッホには、画商をしていた弟テオがいました。


この人は偉い人で、ゴッホの才能を認め、最後まで援助し続けました。
絵が売れないながらもゴッホは、浮世絵をコレクションしたり、
アルルに引っ越ししたり、けっこう気楽な暮らしをしています。
テオによるかなりの援助があったことを窺わせます。
ゴッホは、絵が売れないながらもいっぱしの画家気取りで、
企画展を開いたりもしています。
もしかすると、自分の絵を「安く売るなよ」と
言っていたので売れなかったのかもしれません。(←これは想像)

ゴッホの死後、一年程でテオも亡くなります。
ゴッホの絵と、ゴッホ-テオ間に交わされた手紙が、
テオの未亡人ヨハンナに遺されました。
ヨハンナは書簡集を出版し、遺作の展覧会を開き、
画家としてのゴッホの名を広めようとしました。
それは一般の認めるところとなり、ゴッホが天才芸術家だとの評価が得られました。

つまり、テオと、ヨハンナという理解者がいなければ、
天才芸術家としてのゴッホは存在しませんでした。
同じくらいの才能がありながら、理解者に恵まれず歴史に埋もれて消えた
「ゴッホになれたかもしれない人」は、もしかすると何十人もいるかもしれません。
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ゴッホの絵がなぜ生前には売れなかったのかは、経歴を調べればすぐにわかります。



ゴッホの代表作はすべて、パリからアルルへ移って以降、精神を病んでから自殺するまでのほんの2~3年間に描かれているのです。精神病院に入退院しながら作品を制作していたのですから、いくら弟のテオがパリで画商をしていたとはいえ、絵を売ることも個展を開くことも不可能だったのでしょう。

それでも、自殺したすぐ後にパリで回顧展が開かれていますから、当時としては異例なほど評価が高かったのではないのでしょうか。画家が個展を開くことは、まだかなり珍しかった時代ですから。

何年か前に北海道で開かれたゴッホ展に関係するHPに経歴が出ているので、ご参考に。

参考URL:http://www.twentyfirst.net/gogh/exhibition2002/g …
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生きている時は、まだまだ沢山の作品を描くことが出来るので、評価され難いことがあります。


死ぬと、存在するものだけが全てである為に、希少価値として値が上がります。
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