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武装中立同盟について簡単にわかりやすく教えてください。

イギリスを孤立化させようとして、ロシアのエカチェリーナ2世が提唱したのは分かるのですが、
同盟の内容がいまいちわかりません…

よろしくお願いします<m(__)m>

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A 回答 (1件)

武装中立同盟は、二回(1780~1783、1800~1802)ありましたが、


この同盟の意義は、イギリスによって行われていた中立国の船舶に対する、
乱暴な海上臨検や船体と積荷の差し押さえ、通商の妨害に対抗するものです。

本質的には、イギリスを孤立させる目的ではないです。
逆に、イギリスが一回目のアメリカや二回目のフランスを、
孤立させる海上封鎖政策をしていたのです。
これらの国とも貿易していたヨーロッパの中立国にしてみれば、横暴きわまったわけで、
そういった経済的損失を被らないように、中立国が団結して、
外交的圧力をイギリスにかけて思いとどまらせるのが目的です。
それが結果的に、イギリスの外交上の孤立化ということになっただけ。

だから武装中立。動機は、同盟諸国の国益の保護で、イギリスと直接対決するわけでもない、間接的なものです。
(ただし1800年の場合はイギリスはデンマークのコペンハーゲンを強襲し、
ハンブルクとデンマークに武装中立同盟からの離脱を強要した)

当時、国際紛争を解決するような機構が存在せず、
国家間紛争が二国間協議に依存していたため、
中小国は不利益を被っていました。
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この回答へのお礼

イギリスを孤立化させるために同盟を組んだわけではなかったんですね!
ありがとうございました<m(_ _)m>

お礼日時:2011/03/06 17:24

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Q★「封建制度」を簡単に説明してください!

★「封建制度」を簡単に説明してください!

世界史の時間によく「封建制度」なる言葉が出てきます。

いろいろと調べてみたのですが、いまいちよくわかりません。

理解力を深めたいので、封建制度を簡単に説明できる方よろしくお願いします!

Aベストアンサー

封建制度とは「封」(封土=土地)を与えて家来を「建てる」と言って、つまりは
「土地をなかだちとしてむすばれた主従関係(しゅじゅうかんけい)にもとづく社会のしくみ。」
のことを言います。
御恩と奉公ですね。
もちろん日本・中国(周)・中世欧で指す封建制度とはそれぞれ少し意味が異なったりしますが、基本的には上記の意味です。

ちなみに対義する言葉は絶対王政や絶対君主制です。

Q神聖同盟でイギリス、ローマの教皇が参加しないのはなぜ?

1815年の神聖同盟にイギリス、ローマ教皇、トルコが参加しませんでした。トルコはイスラムなので参加しないのはわかりますが、後の二つはどうして参加しなかったのですか?

Aベストアンサー

神聖同盟に参加しなかった理由は、
イギリスが立憲君主主義政体だったからで、
ローマ教皇は新教徒国とのいかなる協力も拒否したからです。

この同盟は、キリスト教の正義・友愛の精神により
各国君主が個人的に提携するという
君主間盟約のような抽象的なものでした。

イギリスは憲法的制約だけでなく、
現実的にも、将来の国益の障害になりそうな内容だったので
これには参加せず、
もっと実際的な四国(後に五国)同盟の方に加わります。

ローマ教皇の場合は、先代の教皇ヨハネパウロ2世の代に
ようやくプロテスンタトと和解しましたが、
現在でもギリシャ正教会とは対立しているくらいなので、
到底、キリスト教的友愛精神など持ち合わせていなかったわけです。
皮肉ですね。

Q七年戦争とフレンチ=インディアン戦争は同じものですか?

こんばんは、よろしくお願いします。

教科書を読んでいたら、あちこちが、飛び飛びで、分らなくなってしまいました。

七年戦争とフレンチ=インディアン戦争は同じものですか?

それとも、七年戦争という枠の中にフレンチ=インディアン戦争が有るのでしょうか?

よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

一応別物とお考えください。

七年戦争(1756~1763)
舞台:欧州
参戦国:英・普VS仏・墺・スウェーデン・西・露・ドイツ諸侯
講和条約:英・仏…パリ条約(1763)
     普・墺・ザクセン…フベルトゥスブルク条約(1763)
(講和条約に含まれていない国は途中で脱落、個別に講和)

フレンチ=インディアン戦争(1755~1763)
舞台:北米
参戦国:英VS仏+インディアン
講和条約:パリ条約(1763)

第三次カーナティック戦争(1756~1763)
舞台:インド
参戦国:英VS仏
講和条約:パリ条約(1763)
1757年のプラッシーの戦いはこの戦争中に起きたもの。

一応まとめてみました。ご覧の通り時期はほぼ同時であるものの、参戦国・舞台がそれぞれ違います。ただ注意するのは、すべて英VS仏の構図があること、講和条約がパリ条約であることです。このため、英仏の対立を中心とした文脈の場合(英国史や仏国史などや#1さんがあげてくださった“第二次英仏百年線戦争(1689~1815)"の場合)、「七年戦争」と言えば、フレンチ=インディアンやカーナティック(プラッシーの戦い)も含めて考えることがあります(講和条約がすべて同じもののため)。
ただし、世界史などの通史的な場合、「七年戦争」と言えば、欧州内での戦争を指し、北米やインドは含みません。なので分けて考えるのがよいでしょう。

一応別物とお考えください。

七年戦争(1756~1763)
舞台:欧州
参戦国:英・普VS仏・墺・スウェーデン・西・露・ドイツ諸侯
講和条約:英・仏…パリ条約(1763)
     普・墺・ザクセン…フベルトゥスブルク条約(1763)
(講和条約に含まれていない国は途中で脱落、個別に講和)

フレンチ=インディアン戦争(1755~1763)
舞台:北米
参戦国:英VS仏+インディアン
講和条約:パリ条約(1763)

第三次カーナティック戦争(1756~1763)
舞台:...続きを読む

Q元素と原子の違いを教えてください

元素と原子の違いをわかりやすく教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

難しい話は、抜きにして説明します。“原子”とは、構造上の説明に使われ、例えば原子番号、性質、原子質量などを説明する際に使われます。それに対して“元素”というのは、説明した“原子”が単純で明確にどう表記出来るのか??とした時に、考えるのです。ですから、“元素”というのは、単に名前と記号なのです。もう一つ+αで説明すると、“分子”とは、“原子”が結合したもので、これには、化学的な性質を伴います。ですから、分子は、何から出来ている??と問うた時に、“原子”から出来ていると説明出来るのです。長くなりましたが、化学的or物理的な性質が絡むものを“原子”、“分子”とし、“元素”とは、単純に記号や名前で表記する際に使われます。

Qナポレオンのイタリア遠征と第一回対仏大同盟について

ナポレオンがイタリア遠征をしオーストリア軍を撃破した結果、第一回対仏大同盟は崩壊したそうですが、
オーストリア軍の撃退と大同盟の崩壊はどんな関係があるんでしょうか?
大同盟をの中心はイギリスなのでは?

あと、ナポレオンがイタリア遠征をした理由も教えてください。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

大同盟が崩壊というのは、
あくまでも大同盟が大同盟でなくなったというだけで、
特に第一次の場合、対仏同盟がなくなったわけではありません。
つまりはイギリスは講和してませんが、
ロシアを除く他の国が抜けたというだけです。
ただしロシアはこの時点で軍隊を派遣しておらず
イギリスも大陸から軍隊をほとんど引き上げていたので
戦争は小休止となり、ここに後世の歴史家が
第一次対仏同盟の終わりをここにおいているわけです。
この大同盟の時期の分け方は、いろいろな方法があって
必ずしも絶対的なものではありません。
便宜上わけただけでであるということは理解する必要があります。

第一次の場合、1792年から革命フランスが一方的に
各国に順次、宣戦布告をしていって
1793年の国王処刑を機に、イギリスのピットが提唱して
宣戦布告を受けた国々が集まって大同盟を結成するわけですが
1794年になるとフランス軍が窮地を脱して優勢となるので、
スペインが攻め込まれてまず単独講和、
オランダは占領されて共和国になり、イギリスは地上軍を引き上げます。
1795年にはポーランド分割に関連してプロシアが単独講和で離脱し、
オーストリアと神聖ローマ帝国諸邦が戦い、イギリスが金を出すという
状況に戦争はなるのですが、ウィーンにナポレオンが近づいたことで
1797年に停戦が成立して、カンポ=フォルミオとなるわけです。
「オーストリア軍を撃退した」というのは、1796年前後の状況を反映してませんね。
ハプスブルク家領内深くに侵攻していたのはフランス軍ですから。
基本的に革命戦争に防衛的性格があったのは本の短い期間で
おおむね侵略的性格のものです。

あと大同盟の中心がどこかというのは、あまり意味が無いです。
中心的国家はもちろんイギリスですが、主に金を出していることが多く、
戦争を実際に行ったのはオーストリアが主です。
イギリスとフランスというのも伝統的なライバル国ですが、
フランスとオーストリアというのも地理的な敵対関係にあり
何百年も戦い続けてきた中ですからね。
フランス、あるいはナポレオンの戦略として、
イギリスを直接攻撃できないので、オーストリアを集中攻撃して
大同盟を崩壊させるという手と何度か使っています。
これは逆に言えば、オーストリアが同盟の鍵だったということを
意味してます。

1796年の段階で、要するにオーストリアとその他の帝国諸邦との
戦いとなったわけですから、国境を接した部分から侵攻するのは
明らかでしょう。
そこがライン地方とイタリアだったというだけです。
基本的に、フランスとオーストリアの伝統的な戦い方では
ライン方面が主戦場で、イタリア方面は常にそのサブグランドだったのですが、
これは自然国境の確保というのがフランス側の戦略目標であり
イタリアは常に交渉材料(占領した土地を交換する)でしかなかったからです。

ナポレオンは1795年に地理局(フランスの参謀局にあたる)に勤務して
戦争計画の一部原案にも関与したのですが、彼の持論は
イタリアで攻勢をとって、まずピエモンテ(サルディニア)を脱落させ、
ロンバルディア(ハプスブルク家領)を占領し、北イタリアを支配して
そこからチロルを通ってライン地方で対峙する敵軍の背後を脅かし、
決戦を強いるか、講和にもちこむかで、戦争を終結させるというものでした。
ナポレオンは学生時代からイタリアの研究をしていて、
その地形、過去の戦争の戦略の歴史に精通しており、
アルプスに囲まれ、ポー川が流れる入り組んだ地形が、
中規模の軍隊の活動に適していることを知っていたわけです。
イタリアを”柔らかい下腹”と表現したのはチャーチルですが、
彼はマールバラ公爵の子孫でナポレオン戦争にも精通していたからでたセリフであって、
まさに大同盟の弱点だったわけです。

大同盟が崩壊というのは、
あくまでも大同盟が大同盟でなくなったというだけで、
特に第一次の場合、対仏同盟がなくなったわけではありません。
つまりはイギリスは講和してませんが、
ロシアを除く他の国が抜けたというだけです。
ただしロシアはこの時点で軍隊を派遣しておらず
イギリスも大陸から軍隊をほとんど引き上げていたので
戦争は小休止となり、ここに後世の歴史家が
第一次対仏同盟の終わりをここにおいているわけです。
この大同盟の時期の分け方は、いろいろな方法があって
必ずしも絶対...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q分子結晶と共有結合の結晶の違いは?

分子結晶と共有結合の結晶の違いはなんでしょうか?
参考書を見たところ、共有結合の結晶は原子で出来ている
と書いてあったのですが、二酸化ケイ素も共有結合の
結晶ではないのですか?

Aベストアンサー

●分子結晶
分子からなる物質の結晶。
●共有結合の結晶
結晶をつくっている原子が共有結合で結びつき、
立体的に規則正しく配列した固体。
結晶全体を1つの大きな分子(巨大分子)とみることもできる。

堅苦しい説明で言うと、こうなりますね(^^;
確かにこの2つの違いは文章で説明されても分かりにくいと思います。

>共有結合の結晶は原子で出来ている
先ほども書いたように「原子で出来ている」わけではなく、
「原子が共有結合で結びついて配列」しているのです。
ですから二酸化ケイ素SiO2の場合も
Si原子とO原子が共有結合し、この結合が立体的に繰り返されて
共有結合の物質というものをつくっているのです。
参考書の表現が少しまずかったのですね。
tomasinoさんの言うとおり、二酸化ケイ素も共有結合の結晶の1つです。

下に共有結合の結晶として有名なものを挙げておきます。

●ダイヤモンドC
C原子の4個の価電子が次々に4個の他のC原子と共有結合して
正四面体状に次々と結合した立体構造を持つのです。
●黒鉛C
C原子の4個の価電子のうち3個が次々に他のC原子と共有結合して
正六角形の網目状平面構造をつくり、それが重なり合っています。
共有結合に使われていない残りの価電子は結晶内を動くことが可能なため、
黒鉛は電気伝導性があります。
(多分この2つは教科書にも載っているでしょう。)
●ケイ素Si
●炭化ケイ素SiC
●二酸化ケイ素SiO2

私の先生曰く、これだけ覚えていればいいそうです。
共有結合の結晶は特徴と例を覚えておけば大丈夫ですよ。
頑張って下さいね♪

●分子結晶
分子からなる物質の結晶。
●共有結合の結晶
結晶をつくっている原子が共有結合で結びつき、
立体的に規則正しく配列した固体。
結晶全体を1つの大きな分子(巨大分子)とみることもできる。

堅苦しい説明で言うと、こうなりますね(^^;
確かにこの2つの違いは文章で説明されても分かりにくいと思います。

>共有結合の結晶は原子で出来ている
先ほども書いたように「原子で出来ている」わけではなく、
「原子が共有結合で結びついて配列」しているのです。
ですから二酸化ケイ素Si...続きを読む

Qどうして西インド諸島と言うのでしょうか?

インドの西でもないのにどうして「キューバ」あたりを西インド諸島というのでしょうか?
以前、ヨーロッパの船乗りが西を目指しました。インドに着いたつもりが「アメリカ大陸」だったので「西に行ったらインド諸島」が「西インド諸島」と成った、という人がいますが本当でしょうか?

Aベストアンサー

 No.3です。では、一つ一つ疑問にお答えしましょう。

>「西」ではなく「東」ではないでしょうか?
>アメリカをインドだと考えたのであればインド(アメ
>リカ)の東の島だから、本来は「東インド諸島」とな
>るのが正解では?と考えますがどうしてなのでしょうか?

 地図をご覧ください。ヨーロッパからすると、西インド諸島は西側にあるでしょ?

>インドだと勘違いしたのであれば「インド諸島」?では?

 最初はインドだと思っていたんです。ところが、インドではないことが分かり、後になってインドと区別するために「インド諸島」と名付けただけです。

Q「王」と「皇帝」の違い

 「王」と「皇帝」の違いについて、疑問をもちました。
 取り敢えず、国語辞典で調べてみたのですが、

王 → 国王
国王 → 国の君主
王国 → 王が治める国

皇帝 → 帝国の君主
帝国 → 皇帝が治める国

 というふうに、たらい回しにされてしまいました。
 歴史的に見ると、ヨーロッパにおける封建時代には「王」が多かったと思います。でも、ローマ帝国は「帝国」ですから、代々「皇帝」です。中国では、今までいくつもの国が生まれては消えていきましたが、殆ど「皇帝」だったと思います。
 いったいどうゆう基準で王と皇帝、王国と帝国は分けられるのでしょうか?

Aベストアンサー

参考URLがわかりやすい説明をしていると思います。

参考URL:http://blog.goo.ne.jp/yappi27/e/c56dbc94a16040b9a40093bb96cf099f

Q民主政と共和政の違いがよく分かりません。

 タイトルのとおりです。民主政と共和政の違いがよく分かりません。教えてください。

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民主政
政治の決定が、選挙か選挙を通じた議会によるもの。

共和政
元首が君主でない。
選挙で元首が選ばれても独裁制を敷いてしまえば、民主政でない共和政ができあがる。


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