近代科学の登場は人類の平均寿命を延ばし、
生活圏を拡大させて参りましたので、
「従来には宗教に頼らなければ受け入れられ難かった問題群」の多くが科学的に解決されてきた事情を踏まえますと、
『死への恐怖心をも科学的な解釈によって緩和させ得る可能性が見出されてきた』
と見做す考え方もが普及している展開は、
今後にも更に普及していくだろう、と思われますが、
「無神論」へ思いを馳せている間に、此処のタイトルの通りの疑問もが浮かび上がって参りました。

答えが有るのか否かさえもが私には分かりませんので、
上手い表現で綴れずに此の質問を提出させて頂きまして、
誠に畏れ入りますが、もし可能なら、仮説でも構いませんから、
御教授を下さいませ。

そこで末筆乍ら再び質問内容を綴らせて頂きます。
『前近代にも無神論は普及し得たのでしょうか?』

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A 回答 (28件中1~10件)

> そろそろ纏まりそうになっておりますから、


> もし可能ならば締め括りの御教授を賜れますでしょうか

私がこのQ&Aの纏めをするのはおこがましい話です。締め括りはJidousyaGaisyaさんにお願いします。

私の考えの纏めだけを述べたいと思います。

本題の「前近代にも無神論は普及し得たのでしょうか?」という問いに答えるにあたり、無神論は一神教支配への反動として生まれたという経緯があります。「神なんかいるものか」というテーゼは「全能の神」のアンチテーゼです。無神論は積極的に神の存在を排します。

これ以前の考え方に「神がいるかどうかはわからない」という不可知論があるわけで、神がいたっていなくたって何もかわらないという認識が生まれ、絶対普遍の真理なんて考える必要はなく、現実の状態をよくすることにこそ価値があるというプラグマティズムが起きました。この立場では神の存在は問題にしないのです。

本題への私なりの答えは、近代的無神論以前の無神論は孔子がそれにあたると思います。孔子のスタンスは神を排すのではなく神には頼らないというものです。

まず「子、怪力乱神を語らず」とあります。孔子は超自然的存在を否定したわけではないですが、不可解な人知では推し量れないこと、理性では説明できないことがらについては語らなかったということです。さらに「鬼神を敬して之を遠ざく」とあります。孔子の目指すところは良い政治の実施ですが、このために神(=鬼神・超自然力)の威信や脅威を利用するようなことはしていません。鬼神を敬すのは儀礼としてであり、その鬼神を政治や個人の感化に用いはしません。だから私は孔子は不可知論者で、実質的無神論者だと考えているのです。

歴史的事実として古代の東洋社会では宗教は先祖崇拝・自然崇拝といった土俗的なものにすぎず、国家を動かすような力はありませんでした。『救いの「一元神」への尊崇』やら『王権神授説』は一神教に固有のテーマだと思います。「一元神」への尊崇はヘブライ教徒の信仰がジーザスとパウロによって普遍化されて欧州に広まったものであり『王権神授説』は一元神信仰の政治利用です。

孔子が理想としていた君主は堯です。その堯の治世の真骨頂は「鼓腹撃壌 」という言葉に凝縮できます。「有老人、含哺鼓腹、撃壌而歌曰、日出而作 日入而息 鑿井而飲 耕田而食帝力何有於我哉(老人がおり、食べ物を口に含み腹つづみをうち、足で地面を踏み鳴らして拍子をとりながら、このように歌っていた、日が昇れば耕作し 日が沈めば休息する 水が飲みたければ井戸を掘って飲み 食べ物を食べたければ田を耕す 帝の力が、どうして私に関わりがあろうか)」

帝は為政者としてのみ存在します。そして、その帝は老人の能天気な歌を聞いて自らの治世に満足します。ここには神はいません。たいへんプラグマティックだと思います。

この回答への補足

親切な御指導を提供して下さいまして、
誠に有り難う御座います。

存在の否定による『「相対」的な無』ではなく、
否定対象の存在の可能性さえもが認識されていない、
という『「絶対」的な無』に関わっているのですね。

非常に良く分かりました。

又何かの機会が御座いました際にも、
もし宜しければ、再度の御教授を賜れますと、幸いです。

補足日時:2011/04/23 02:45
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この回答へのお礼

http://okwave.jp/qa/q6755450.html
もし可能でしたら、此方への御教授をも賜れますと、助かります。

お礼日時:2011/05/23 01:50

#10で回答した者です。


『人間関係等の社会的な問題が残る限りに於いては、所謂「一般的な宗教」への依存から、人類は開放され得ないのでしょうか?』という内容が、次の疑問です。
人についての完全な理解が出来ていない以上、全ての人を説得させることは困難でしょうから、不確定な要素が残りそこには一般的な宗教が張り込む余地は残り続けると思います。
ただ、今の若い世代については、海外旅行などして宗教の話をしても、国内に限らず、一般的な宗教よりも、科学の考え方を信じる人が増えているように感じますので、科学への移行はますます高くなっている印象を受けます。
例えば、その国では周りの大人が怖いから言えないけど、ここなら言える「宗教なんてカンケイネー」みたいなことを平気で言う人に出会い驚いたことが何度か聞きます。
日本もそうですが、信じては居ないけど、仕方なく信じたふりをしている。という世代は確実に増えつつあると思っています。

この回答への補足

有り難う御座います。

肝心な事を思い出させて頂きまして助かりました。

非宗教的な近代科学の秩序もが、
一元的な神の秩序の賜物でしたね。

補足日時:2011/04/21 01:06
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この回答へのお礼

http://okwave.jp/qa/q6755450.html
もし可能でしたら、此方への御教授をも賜れますと、助かります。

お礼日時:2011/05/23 01:51

ANo.3です。

 震災・原発をめぐる生々しい議論を離れ、ちょっと浮世離れしたトピックスは心に余裕を取り戻してくれますね。 さて・・・・

> つまり、『孔子の教えは「政教分離」に繋がり得るのだろう』という私見です。

このアイデアは私にはちょっと無理があるように思えます。というのも孔子の時代、宗教は民衆や国家を動かすような勢力ではなく、先祖崇拝・自然崇拝といった土俗的なものにすぎなかったからです。政教分離は歴史的には宗教勢力が政治に介入し起きた弊害・混乱を経て成立した概念です。

孔子のスタンスは宗教を排すのではなく宗教には頼らないというものです。

繰り返しになりますが孔子の目指すところは良い政治の実施であり、そのために士大夫(エリート階級)に礼に乗っ取った言動をさせるというものです。このために孔子は「良い政治をする」という目標をストレートに示しただけです。神・鬼神・超自然力といったものの威信や脅威を利用するようなことはしていません。

この方向性は近代以降の思想ではプラグマティズムのほうに繋がり得るというのが私の考えです。

この回答への補足

有り難う御座います。

古代の東洋社会での信仰は森羅万象への畏敬を志向していて、
『救いの「一元神」への尊崇』やら『王権神授説』やらとは関係が無かった、という認識で宜しいのでしょうか?

そろそろ纏まりそうになっておりますから、
もし可能ならば締め括りの御教授を賜れますでしょうか?

補足日時:2011/04/20 01:56
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この回答へのお礼

別ページ(http://okwave.jp/qa/q6800988.html)へも御教授を賜れますと、幸いです。

お礼日時:2011/06/11 17:16

 孔子は宗教信仰者でもないし、astralな呪術などの信奉者でもないでしょうね。


 それとは別に、信仰者や信奉者と有神論を認めている人との区別は必要かも知れませんよね。
 また有神論とはいえなくても、信仰したり信奉している人も見かけますね。
 怪力乱神とかいう存在がいることを知っていても、信奉しない人もいますね。
 更にそういうastral存在ではない、神という存在を知るということではなく、感じていて否定できない人もいますよね。
 下村湖人の“大いなる道というもの世にありと思うこころは未だも消えず”というような存在を神とおもうこともあるだろうし、唯一なる創造の存在を神とすること、それから多なる神がきているということもあるでしょうね。
 私は孔子の言動から、天というものを尊崇し、自分の一生は自分で祈る、祈ってきている。というので、知的把握ではないものを認める人だったという見方です。
 国政の為の祭祀の趣旨、そして補充と修正をした形跡はそういう知識知見を持っていた事を示していると存じます。

この回答への補足

有り難う御座います。
未だに完全に纏まってはおりませんから、
確認への御協力を御願いします。

多くの現代人が共有していると考えられます神の概念を当て嵌めて、前近代(特に原始:古代社会)の人々が神の存在を想定していたの否かを論じる遣り方が、そもそもの利己的な誤解だったのでしょうか?

つまり、既知の対象の否定による比較に立脚した「相対無」を神の有無に当て嵌めて、現代人達は「無神論」を語れますが、
「否定され得る神」の概念を思いつく前の時代には、「絶対無」に近い状態に自然観が留まっているのでしょうから、
現代的な「無神論」を適用させる試みが不毛なのでしょうか?

補足日時:2011/04/17 11:31
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この回答へのお礼

RDMSへ入力させるIDの冒頭にNULL値を据える遣り方は、
周知の通りにルール違反でエラーになりますが、
『NULLの様な「絶対無」』は『「非」知的把握』の対象に属しているのでしょうか?

お礼日時:2011/04/17 12:24

神をどう定義するかによります。

また、教理の基本的部分に対する反論は反則技(教理の否定)とします。

古代ギリシアのデモクリトス(原子論)とかエピクロス(快楽主義)は、よほど無茶な解釈をしない限り無神論。
これが無神論でないなら、マルクスの唯物論も無神論で無くなってしまうレベル。
仏教、儒教、中国の法家なども、一般解釈では無神論です。
よって、仏教や儒教は普及した、というのは歴史的事実だから、無神論は現実に普及した、ということ。
回答としては、そうするしかありません。

神の定義に戻ります。
神の定義は大きくは2つ。
1.人智を超える存在で、かつ人間の意思決定に影響を与える。
2.上記プラス、能力は無限大(=全知全能。)

1.について。この定義だと、
悪魔や妖怪や仙人は神に含む。 ※悪魔は異教の神のことなので問題なし。
地球外生命体(エイリアン。たとえばかくや姫)は、人間の意思決定に影響を与えているかの解釈次第。
という問題はありますが、ゼウス、シバ、オーディン、天照大神などの多神教の神はここに該当。

2.について。
必然的に、唯一神となります。 多神教はあり得ません。
理由:神が2柱以上と仮定すると矛盾が生じる。
2柱の能力に優劣があった場合、劣っているほうは明らかに全知全能ではない。よって、神の定義を満たさないため神ではない。
2柱の能力が互角の場合、相手に勝てないのだから全能とは言えない。よって、神の定義を満たさない。
ゆえに、神が全知全能であるなら、唯一神である。 一神教の基本論理です。
つまり、一神教と多神教の神は、「人間とアメーバ」以上に能力に差があります。
※数学でも、無限と巨大数で、扱いがまるで異なります。

ゆえに、
・一神教から見た多神教の神: そんなものは神ではない。
・多神教から見た一神教の神:そんな、いるワケないものは神ではない。
・エホバとアラー:同一で発音が違うだけ。事実、聖書の創世記は、キリスト/イスラム/ユダヤ教の共通聖典。

よって、キリスト教から見た場合、
イスラムは、微妙な解釈が違うだけだど、多神教の神は神ではないのです。
よって、多神教の神は、「無神論」に分類されます。
イスラム教やユダヤ教からみた場合も、全くの同様。
ゆえに、「狭義の意味での無神論」が前近代の普及していたのは完全に確定しています。

広義の無神論(人智を超える存在の否定)ですが、
仏教の「仏」は、人間が仏になれる、という意味で、かつ、シャカ1人に限定されていないから、
一般には、「仏」人智を超える存在とはみなされません。
人智を超える存在を仮定しないと解釈不能となる部分が存在しないがゆえに、広義の無神論とみなしてもok
だったはず。(仏教伝播の途中で加わった付随事項はカウントしないものとして。)
孔子サマの現行録で人智を超える存在の存在前提は、あった???(後世の追随者の発言はカウントしない。)
道教(仙人などはこちら。)と混同してない?
中国の法家は、人智を超える存在は関係ないです。

あと、そもそもの疑問。
>近代科学の登場は
>『死への恐怖心をも科学的な解釈によって緩和させ得る可能性が見出されてきた』
はいはい、「可能性がある」ですね。これって、「まだ発見されていない」ということですよね?
要するに、現時点では、科学では死への恐怖心の緩和の可能性は無いということ。
私は、この手のことは科学では解決しないことには同意します。
※私は、「人智を超える存在で、人間の意思決定に影響を与える存在」を、私は否定する立場です。
それでも、「死への恐怖心は科学の範疇ではない」という側です。

この回答への補足

有り難う御座います。

最初に此処の質問文を提出させて頂きました際に、
「偏見もが含まれていないのか」という点が気になっていましたので、此の文章の分析の内容をも回答へ盛り込んで頂き、
大変に勉強になりました。

因みに、反則技を私がうっかりと使ってしまっていた、
という事情を鑑みますと、日常生活の中での様々な判断の際にも、注意が必要なのでしょうね。

補足日時:2011/04/17 00:11
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この回答へのお礼

すいません。
確認への御協力を御願いしたい点が思い浮かびましたから、
質問を追加させて下さい。

来世の存在に期待したがってMammyを拵えていた古代エジプト社会でも、唯一神の存在に依存している必要性は無い、という認識が重要なのでしょうか?

御忙しい中への御邪魔を繰り返しておりまして、
大変に畏れ入りますが、可能でしたら、御教授を御願いします。

お礼日時:2011/04/17 12:13

誤りだとも思わないけれど、合ってるとも思わない。

そう思いたければ、いいんじゃない?って範囲。でも、あなたはネアンデルタール人に無神論を広めたいの? 変なの。まぁネアンデルタール人の埋葬は有名な話だよね。ウィキペディアから念のために拾ってきた。

>生活の場と埋葬の場を分けるということをしていなかったようだが、ネアンデルタール人は、遺体を屈葬の形で埋葬していた。1951年から1965年にかけて、R・ソレッキーらはイラク北部のシャニダール洞窟で調査をしたが、ネアンデルタール人の化石とともに数種類の花粉が発見された。発見された花粉が現代当地において薬草として扱われていることから、「ネアンデルタール人には死者を悼む心があり、副葬品として花を添える習慣があった」と考える立場もある。

これ読むと、ネアンデルタール人の話は、とある仲間を貝塚のようなゴミ捨て場に、花と一緒に捨てたってことでしょ。これって宗教じゃなくて、病人へ薬草を使って治療したとか、死への哀悼の意を表したってことじゃない?(だからウィキペディアでも「宗教」って言葉は使ってない)。ネアンデルタール人の話は宗教の起源を説明するかもしれないけれど、宗教とイコールではないと思う。だってゴミ捨て場に埋葬してるんだし、人間の身体も、動物の死骸とかゴミも、同じものだと思っていた。宗教的な埋葬の様式はないし、遺体に対する特別化もない。むしろ無神論者らのすることに思える。

死を悼む気持ちは宗教や有神論と関係なく、人間に共通した感情だと思う。科学が発達した現代だって、お棺に花を入れたりするでしょ? 人を悼む気持ちは、神の有無をどう信じようと、消えると思わない。私はその証拠としてネアンデルタール人の例があると理解している。でも、これは私の意見。違うって思えば、それでいいと思う。

この回答への補足

失礼を致しまして、申し訳が御座いませんでした。

私には適切な答えが分かっていませんでしたから、
御指導を賜りたい、と願いまして、
此の質問をも提出させて頂いております。

補足日時:2011/04/16 23:52
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この回答へのお礼

有り難う御座います。

心の拠り所に据えているとは限らず、
「受け入れられざるを得ない不運・天命等の成り行き」に
自分達の身を任せる為に、古来の日本人達が、
宗教的な存在を想定していたので、
それへの便乗で「王権神授説」の様な説が拵えられて、
『「現人神」の系譜』が登場したのだろう、
という重要な視点の見落としに気付かせて頂けましたので、
非常に助かりました。

でも是では理解が乏しいでしょうか?

因みに、私は純粋に知識を広げたいと考えておりますので、御教授を賜れますと、幸いです。

お礼日時:2011/04/17 11:03

>天変地異に曝され乍ら共同体を維持していく、という過程の途上で、もし『「宗教」への依存』から開放され得たのでしたら、



#19です。日本が宗教への依存から解放された(=政教分離した)のって、科学を信じて宗教を遠ざけたからじゃなく、戦後、「神道=天皇」を遠ざけて民主化するためじゃなかったっけ。日本に限らず、民主化した国なら、科学の進歩の度合いと関係なく、政教分離しているように思う。

共同体における宗教って、究極的には、王権神授説を裏付け、王制を敷くためでしょ。別に王権を保証してくれるなら、科学を信仰するということもあり得る(実際、科学を信仰している新興宗教があり、神がいなくても宗教は成立する)。

こうやってみると、科学によって神を否定すること(無神論)と、共同体が宗教から解放されることは別の話じゃない? だから前近代でも宗教からの解放は起りえたと思う。

この回答への補足

有り難う御座います。

様々な分野への造詣が凄く深いんですね。

共同体にとっての本来的な信仰は、『「心の拠り所」の共有』を目的に据えていたのだろう、と私は勝手に考えていましたが、その認識は誤解なのでしょうか?

確かに仰る通りに、前近代の為政者達が地位を守るべく、
「王権神授説」への理解を庶民に強要していた訳ですが、
他の方が既に指摘して下さっています通りに、
ネアンデルタール人達の自然観をも鑑みますと、
『「心の拠り所」の共有』が起源なのではないでしょうか?

勉強不足が酷くてすいませんが、
もし支障が御座いませんでしたら、御指導を賜れませんでしょうか?

補足日時:2011/04/16 04:45
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この回答へのお礼

http://okwave.jp/qa/q6870895.html
此方にも話題を発展させました。

お礼日時:2011/07/12 17:52

ANo.3です。

 盛況ですね。 さて・・・・・

> 『古代中国で「天」に向けられてきた認識は、「神への信仰」に似ていないでしょうか?』

JidousyaGaisyaさんが考えている「神への信仰」がどのようなものかわからないので、何とも言えないんですが、古代中国人が「天」に何らかの意思があると考えていたという点では似ているともいえるでしょう。

> 『「近代科学」の技術からの恩恵を受けていない前近代』の東洋人達が、「心の拠り所」を求めて、『非宗教的な「タオイズム」』を作り出したのではないか…

道教・老荘思想については私は別の考え方をしています。

まず、儒教を考えます。よい政治を実施することが儒教の目的です。「政治=支配者の言動」であり、儒教は礼によりこれを縛ります。つまり儒教は形式合理主義の思想であり政治をその対象としているのです。外面的制約を整えることがよい政治の基盤であり民の安寧であるとしています。

他方、道教は個人の精神状態をストレスフリーにすることで、人心の安寧を実現するというアプローチです。道教は個人の主観のあり方に重きを置きます。個人主義なのです。非宗教的というより自分本位の思想であり、政治・社会のあり方には積極的にはかかわらないのです。

このQ&Aの主題からかなり外れた話になってしまいました。話を戻しましょう。孔子が神(超自然力)の存在を信じていた理由に、彼が祭祀を重んじたことをあげておられる方もいますが、私は、孔子はあくまで政治的儀礼として祭祀を重んじていたと思います。というのも、孔子は幾度となく困難な状況に陥っていますが、神に助けを求めたような節はまったくありません。

さきに「子、怪力乱神を語らず」と引きましたが、もう一つ引くなら「鬼神を敬して之を遠ざく」とあります。鬼神を敬すのは、あくまで社会的秩序を維持するための方策(今日でいえば国旗を敬うようなもの)であり、その鬼神の力を用いて政治を行おうとしたり、個人の心の拠り所にしようとはしません。だから私は孔子は不可知論者で、実質的無神論者だと考えているのです。

この回答への補足

有り難う御座います。

非常に分かりやすい、と思います。

因みに、拝見した文面を踏まえまして、其処から私が勝手に下記の通りの類推を致しました。

つまり、『孔子の教えは「政教分離」に繋がり得るのだろう』
という私見です。

でも、もしそれが誤っていれば、勿体無いと思われますから、
御忙しい中への御邪魔を致しますが、
矯正を御願い出来ませんでしょうか?

補足日時:2011/04/16 00:21
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この回答へのお礼

別ページ(http://okwave.jp/qa/q6800988.html)へも御教授を賜れますと、幸いです。

お礼日時:2011/06/11 17:19

 ANo.18補足をいただきました。


 【「神の存在の可能性」を探ろうとする煩悩』から拘束されていない、という状態の存在は、矢張り予想され難いのでしょうか?】という意味が理解できませんが。
 神の存在を、論理や外在客体を確知しろうとすることでしたら、それは煩悩というよりありえないというべきでしょう。
 客体的存在ではないし、そういう機能の対象ではありませんから。
 自分がどう存在していくかの当為的態度の問題の次元のことでしょうから。

この回答への補足

有り難う御座います。

集団の和平の為に参照されるべき「プロトコル」を神等の象徴的他者達が提供してくれていた、という私見は、完全な誤解に留まっているのですね。

補足日時:2011/04/15 23:52
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別ページ(http://okwave.jp/qa/q6800988.html)へも御教授を賜れますと、幸いです。

お礼日時:2011/06/11 17:19

>答えが有るのか否かさえもが私には分かりませんので



明確な答えは明らかになさそうな話題。
それより、どうしてそんなことを知りたいのかに興味がある。

この回答への補足

近代科学の恩恵に頼らせて貰えなかった時代の人々が、
天変地異に曝され乍ら共同体を維持していく、という過程の途上で、もし『「宗教」への依存』から開放され得たのでしたら、
「精神的な拠り所の見直し」にも役立ち得るのではないか、
と考えまして、多くの方々からの貴重な御教授を賜る為に、
此の質問を提出させて頂きました。

質問の表現が上手く纏まっていなかった様ですので、
御指摘を頂きまして有り難いです。

もし支障が御座いませんでしたら、
アナタからも御指導を賜れますと幸いです。

補足日時:2011/04/15 23:41
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この回答へのお礼

別ページ(http://okwave.jp/qa/q6800988.html)へも御教授を賜れますと、幸いです。

お礼日時:2011/06/11 17:19

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Q【化学】美肌効果の炭酸水美容の謎。 肌の美容に良いのは酸性水と言われている。 炭酸水は酸性である

【化学】美肌効果の炭酸水美容の謎。

肌の美容に良いのは酸性水と言われている。

炭酸水は酸性である。

炭酸水の美容効果って酸性水のこと?

炭酸水と酸性水ならどちらの方が肌に良いのでしょう?

皮脂は酸性なので、油み汗はアルカリ性で落とせると思うのですが、制汗で汗をサラサラにする制汗剤はアルカリ性だと思いますが、制汗剤は皮膚に悪いということになりますよね?

余分な油脂は酸性で肌に良いが人はあぶらとり紙とかで酸性よりアルカリ性を好みサラサラ肌を好む。

私も皮脂でテカテカの顔よりアルカリ性のサラサラ肌の方が好きですが皮膚をアルカリ性にするのは悪いことなのでしょうか?

Aベストアンサー

炭酸は、すぐに抜けてただの水になる。炭酸水のキャップ開けておくとやがて、ただの砂糖水

皮脂は酸性・・なんて意味ない。
 中学理科で学んだように、酸性アルカリ性は水溶液の性質。
  (高校では酸と塩基になって水溶液以外にも拡張される)
 皮脂--脂肪は、高級脂肪酸とグリセリンのエステル。
  もはや水に溶けないので酸性も塩基性もない。

肌がサラサラというのは、例えば石鹸で顔を洗うときゅっきゅっしますが、あれは石鹸(高級脂肪酸とナトリウムの塩)と汗や水中のカルシウムやマグネシウムが反応してできる金属石鹸らよるもの。
 特別、皮膚に悪いわけじゃないが、あまりよくないということ。いわゆる乾燥肌の人にはまずいが、油肌の人にとっては害にはならない。

Q近代科学の祖、および、宗教に関する質問

現代の視点では、科学と宗教は相対立する側面が大きいように感じるのですが、西欧において近代科学が発展して来た過程においては、宗教的思索と切っても切れない関係があったと聞きました。それで、近代科学の考え方が、どのような宗教的な考え方から育って来たのかを知りたいのですが、そのような視点で書かれた本がなかなか見つかりません。もし、ご存知の方がいらっしゃったら教えてください。

また、「近代化科学の祖」あるいは「近代科学の父」などと呼ばれる人物はいるのでしょうか?たとえば、フランシスコ・ベーコンなどは、そういう位置づけになるのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>近代科学の考え方が、どのような宗教的な考え方から育って来たのかを知りたいのですが、

えーと、確か3つあるんですよ。
神による創造という思想から、
1)最適化、理想化の原理
2)不滅、保存の原理
3)自然発生の否定・・・だったかな?

1)神はこの世を理想的に対称的に創造された
 というものです。旧約聖書の冒頭、
 創世記で、神は光を創り、闇を創り・・・
 天を造り、地を造り・・・水で大地を分かち・・・
 と何でも対称的にバランスよく創っていることが
 分かるんです。

 コペルニクスが地動説を唱えながらも、惑星の
 円軌道にこだわったのはこのためです。

 プラスの粒子が発見されればマイナスの粒子も
 あるはずだという考えは、この対称性の考え
 から来ています。いまだに実験で証明されて
 いない超対称性の理論というのを多くの学者が
 追っているのもこのためです。

2)無から何かを創る創造と、それを無に
  戻す完全な破壊は神にしかできない

  物を燃やすと少量の灰を残して殆ど
  なくなってしまいますが、人間が完全なる
  破壊などできるわけがないという思想から、
  目に見えなくなってもどこかに形を変えて
  存在しているはずだという考えが生まれ、
  質量保存、エネルギー保存の法則が生まれ
  ました。

  この保存という考えを信じていながら、
  無から突然莫大なエネルギーが生まれ
  それが元で爆発的に今の宇宙が生まれたと
  いうビックバン理論も信じているのは、
  それが神がこの世を創った、創造という
  行為そのものだからです。

3)人間と同様に自然も何かを創り出したりしない

 2)と少し重なりますが、創造できるのは神だけ
   ですから、全くの無から何かが自然に発生
   することはないはずという思想が生まれ、
   何事にも発生原因があるはずだという考えから、
   病気にはその病気を引き起こす病原菌が存在
   していることを見つけ出したわけです。


>また、「近代化科学の祖」あるいは「近代科学の父」などと呼ばれる人物はいるのでしょうか?

 見方により違いますが、自然の原理を幾何学に
 求め、観測データから客観的に惑星の楕円軌道を
 指摘した、ヨハネス・ケプラーが近代科学の父
 と言えるでしょう。ニコラウス・コペルニクスが、創世記の
 記述から惑星の円軌道の思想を捨て切れなかった
 のを、ケプラーは完全に捨てることができた
 わけですから。

>フランシスコ・ベーコンなどは、そういう位置づけになるのでしょうか?

 フランシス・ベーコンは、実験による実証という思想
を広めた人だと言われていますが、ご本人が科学の
発展に大きく貢献したわけではありません。

 ベーコンの影響を受けた一人に、アイザック・ニュートン
がいます。彼は実験で証明できないようなことを
聞かれると、「私は仮説を立てない」といって
安易に想像したりしないようでしたが、
自分の作った式から、運動には初期値が必要と
なったとき、「惑星はどうやって運動を始めた
のか?」と聞かれ、「神の一撃により惑星は
運動を始めた」と答えてしまったと言われて
います。

 神離れをしたケプラーから一歩後退して
しまったんですね。

 19世紀に、フランスでニュートンの力学を
数学的に見直そうという動きがあり、ラプラスが
「天体の力学?」とかいう本を出して、
時の皇帝ナポレオンに献上しています。
ナポレオンはラプラスに「この本は、天について
語っているのに、神の話が出てこないようだが」
と言ったといわれ、それに対してラプラスは
「そのような仮説は必要ありません」
と神の存在を否定したと言われています。

 

>近代科学の考え方が、どのような宗教的な考え方から育って来たのかを知りたいのですが、

えーと、確か3つあるんですよ。
神による創造という思想から、
1)最適化、理想化の原理
2)不滅、保存の原理
3)自然発生の否定・・・だったかな?

1)神はこの世を理想的に対称的に創造された
 というものです。旧約聖書の冒頭、
 創世記で、神は光を創り、闇を創り・・・
 天を造り、地を造り・・・水で大地を分かち・・・
 と何でも対称的にバランスよく創っていることが
 分かるんです。

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Q炭酸水(ジュースを含む)の効果

最近、夕食と一緒にストレス解消と仕事疲れを取るために
炭酸ジュース250mLを毎日飲んでいます。
健康に支障はありますか?

あと朝に糖の取りすぎにならないよう炭酸水(糖類0)を
200mL目を覚ます効果を期待して飲むつもりですが
問題あるでしょうか?

ネットでは美容、冷え性、疲れが取れるというメリットと
太る、うつになりやすいなどのデメリットの両方が記載
されています。

太るのは糖の影響だと思いますが、無糖の炭酸水では
デメリットは無いのでは?

教えて頂けると助かります。

Aベストアンサー

二酸化炭素は体から排出する気体ですね。それは脳が無意識の中でも反応します。

体に炭酸を入れると、発生した二酸化炭素を体外に追い出し、血中に溶け込んでしまった二酸化炭素を
追い出そうと体が高酸素状態になります。
酸素カプセルに入ったことありますか? 高酸素状態になると、血液や内臓が活発化して
疲労の回復を促したり、高酸素で脳が活性化して気分が良くなったりします。

ようは、二酸化炭素を追い出すおこぼれの効果です。

ただし、無糖の炭酸水でも、炭酸には酸が含まれてますので
歯のエナメルが老朽化します。知覚過敏になりやすくなるんですよ。

無糖とかカロリーゼロだって、甘味財が使われています。
甘味って麻薬と一緒ですよ。すぐ甘い快楽が来るので、それを求めすぎて鬱になり
肥満になりになるんです。

ちなみに美肌は、炭酸を飲むのではなくて、炭酸で体を洗うのです。
炭酸は皮脂を溶かす成分があります。炭酸で髪を洗ったり体を洗うと、皮脂がとれ
本来の肌がでてきます。 二酸化炭素の効果でそれを追い出そうと汗腺が開くので、その状態で
体を洗うと皮膚の中の汚れまで落ちるのです。

たっかい炭酸水なんか使わなくても 洗濯用の 重曹とクエン酸を1リットルのぬるま湯に大匙2杯ずつ
いれて体を洗ってみましょう。もちろん、重曹が塩分でできているので、最後は真水できれいにゆすぎましょう。

ただし、飲むなら食用の重曹とクエン酸にしないと、混じり物だらけで胃が可笑しくなります。
こちらのほうがクエン酸で疲労回復効果、と尿酸の分解で通風予防 重曹で消臭、腸内ガスの消去で
二酸化炭素だけを溶かし込んだ炭酸水より効果があります。

二酸化炭素は体から排出する気体ですね。それは脳が無意識の中でも反応します。

体に炭酸を入れると、発生した二酸化炭素を体外に追い出し、血中に溶け込んでしまった二酸化炭素を
追い出そうと体が高酸素状態になります。
酸素カプセルに入ったことありますか? 高酸素状態になると、血液や内臓が活発化して
疲労の回復を促したり、高酸素で脳が活性化して気分が良くなったりします。

ようは、二酸化炭素を追い出すおこぼれの効果です。

ただし、無糖の炭酸水でも、炭酸には酸が含まれてますので
歯のエナメ...続きを読む

Q【科学で神は解明出来ましたか?】我々、人類にとっての神は何なんでしょう?

【科学で神は解明出来ましたか?】我々、人類にとっての神は何なんでしょう?

Aベストアンサー

アニミズム的な宗教は、自分の理解の及ばない
「世界がどのように出来たか」や「生きる意味」
といったものを、自分の乏しい知識の延長で
説明したり、人の力の及ばない「天災」や
「死後」について、それでも何とかしたくて
祈るために、必要とされたのだ。
人は、暗闇で前が見えなければ進まないものだが、
なぜ生きているか分からないからといって、
生きない訳にはいかないから。

一方、中世になって社会性が強まり(貨幣制が生じ
たり)すると、そうした自己の生命性の社会的拡張を
把握して自律的に社会行動をとるだけの認識の
深まりを怠り、その自己チューな低認識のまま、
お金や出世といった“馬車馬の目の前のニンジン”
によって、他律的に社会行動をとらせる方法をとり、
その“アメ”と同時に、法規やモラルといた“ムチ”も
発達させ、宗教に新たな役割を与えたのだ。
キリスト教や仏教、イスラム教などのた世界宗教が、
ほぼ同時期に発生し、同じように体制側に統治の
ツールとして用いられたのも、決して偶然ではない。

Q私はダイエットをしていて、炭酸のジュースの代わりに炭酸水を飲むようにしています。 水分をとるときに炭

私はダイエットをしていて、炭酸のジュースの代わりに炭酸水を飲むようにしています。

水分をとるときに炭酸水をのんでます。

喉が渇いたら炭酸水を飲むという感じです。

そこで質問なのですが、それはダイエットに逆効果になりますか?
1日で、500のペットボトルを二、三本のんでいます。

お茶も飲んだりしますが、喉が渇いたり、何か飲みたいときに炭酸水を飲むのはやはり体に悪いですか?

ダイエット中に飲んでもいい飲み物なども兼ねて教えていただけるとありがたいです。

Aベストアンサー

たくさん飲むのはいいことです!
血行もよくなりますし、肌にもよく体内の毒素が尿とともに出る回数も多いですし。
ただ、炭酸水が普通の水よりもいいかどうかは分かりませんね...

それと、お茶はあまりおすすめしません。
体内に水を残すどころか、元から体内にあった水分も一緒に排出させちゃうので...
お茶を飲んだ後は、炭酸水ででも水分補給をするといいかと。

Q西洋近代科学なのか否かに関わらずに考えてみました。

理論的な説明の為には、例外の排除が伴ないやすいのでしょうか。

Aベストアンサー

No.3,4

>朱熹は「太極」と「無極」との同一化の必要性を諭していらっしゃいますが、それと同じ様に考えられ得る発想なのでしょうか?

 ソクラテスの存在論に東洋的なものが見出せるだろう。どちらが先かには関心がなく,複数の祖先が探求して同じところに行きついた知見を尊重したい。
 ヌースは,インド哲学の「ブラフマン」「アートマン」に相当すると考えられる。宇宙論と人間論の使い分けで二つであり,本質は一であると考えている。
 「太極」と「無極」については,朱熹がどうあれ,同一化したいのかしたくないのか,またソクラテス哲学やインド哲学と融合させたいのかどうかによる。能力原因と質料原因という構想もあり得るのだから。

 「不完全性定理」は,「「真理はない」という真理」のような,自己言及のことだと思っている。これも論理の限界からくるもので,それを補うために,超越を構想する必要があるのだと考えている。
 例外の排除は,論理の弱点だろうが,その弱点を補う方法をソクラテスの存在論に見てとって感動したことがあったので主張をしたまでだ。間違った見方をしているかもしれない。
 自論を守るための恣意的な排除を私はしたくない。あなたがより例外の排除を伴わない理論的な説明ができれば,それはそれで素晴らしいことだ。

No.3,4

>朱熹は「太極」と「無極」との同一化の必要性を諭していらっしゃいますが、それと同じ様に考えられ得る発想なのでしょうか?

 ソクラテスの存在論に東洋的なものが見出せるだろう。どちらが先かには関心がなく,複数の祖先が探求して同じところに行きついた知見を尊重したい。
 ヌースは,インド哲学の「ブラフマン」「アートマン」に相当すると考えられる。宇宙論と人間論の使い分けで二つであり,本質は一であると考えている。
 「太極」と「無極」については,朱熹がどうあれ,同一化したいのか...続きを読む

Q2.6ガスボリュームの炭酸水の作り方

クエン酸と炭酸水素ナトリウムを使って500mlの炭酸水をつくりたいのですが、クエン酸と炭酸水素ナトリウムをそれぞれ何グラム使えば2.6ガスボリュームの炭酸水が出来るのでしょうか?

出来れば計算方法も知りたいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

二酸化炭素(ガス)の密度:1.976g/l

2.6ガスボリュームの炭酸水0.5lに含まれる二酸化炭素:
 体積 = 0.5×2.6 = 1.3l
 重量 = 1.3l×1.976g/l
 モル数 = 重量 / モル質量(分子量) 

反応式(各成分の当量関係):
クエン酸 1モル+炭酸水素ナトリュウム 3モル
 → 二酸化炭素 3モル

申し訳ありませんが、あとの計算は算数ですので、ご自分でやってください。

Q聖書では地球と人類の寿命はどのようなものですか

歴史からUFOを見ています
地球の寿命(爆発、人類が住めないなど)はどのように表現されていますか。
地球上の人類の最後はあるのですか?
被爆(放射線)のことはありますか。放射能により地球を離れる運命とかの意味です。

Aベストアンサー

>地球の寿命(爆発、人類が住めないなど)はどのように表現されていますか

聖書には正確な表現はありません、しかし、艱難時代という表現で記されています、
ですから、地球の寿命と言うよりも、人間自らの環境破壊で住めなくなるので、
神が新たな地球環境を作り出す。ようです。新天新地となっています。

>地球上の人類の最後はあるのですか?

はい、あります。
艱難時代の後、神の裁きを全人類が受けると記されています。

聖書の記述は預言も含めて100%の確立です。歴史を見れば明らかです。
ただ、本当に聖書を神の言葉であるとの大前提で読む必要があります。・・・

>被爆(放射線)のことはありますか。放射能により地球を離れる運命とかの意味です。

放射線のことは記されていません。

Q炭酸水で洗顔方法

炭酸水で洗顔を始めました。
ふと思ったのですが、炭酸水はコンビニ(セブンなど)の市販で売っている奴で大丈夫ですか。
炭酸水を顔に付けるとき、炭酸水は冷やしたほうがいいですか。
些細な事ですがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

どこで売ってようとも炭酸水に違いは無いので問題無し

まぁ温めると炭酸ガスが抜けるし、冷やした方が気持ち良さそうなので冷感で

Q近代以後でも前近代でも構いません。

「二次災害への展開を一次災害発生時よりも前に予防し得る効果」が期待されている、という具体的な技術を紹介して下さい。

Aベストアンサー

こういうことを仰ってるのでしょうか?

車のフロントガラスは、
事故の時割れないようにするよりは、割れても丸く粉々に割れるように設計されており
事故後の脱出の妨げにならないことを含めた予測の元に設計がなされてます
(ただ事故後だけを見据えたわけではないかもですが…)


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