プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

子供の時分の記憶しかないですが、真っ暗闇で何も見えず相当深く感じられました。
地獄を想像し恐怖さえ感じました。

実際の大きさはどのくらいなんでしょう?
どんな形、構造なんでしょう?
家によって大きさは違いますか?
大人なら這い上がれますか?

A 回答 (11件中1~10件)

蓋があるかどうか質問がありましたので、追記させていただきます。



蓋はありませんでした。
臭いはトイレいっぱいに広がります。風の強い日は汲み取り用の入口からのすき間風か、奥深くからゴーゴーという音も広がります(笑)

先日祖母がしゃがむのがキツくなったので、置くだけで洋式便座になるアイテムをホームセンターで購入したらしく、カポッと置いて座って使用してるそうです。なので現在は蓋があります!

ぜひ、ご参考になれば(笑)
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溜まってくれば取り出さねばならない。

そのためのくぐり戸がついていて、
例えはまったとしてもそこから出ればいい。

泥棒はそこから入るらしい。そのくぐり戸は外から開閉自由なんだから。

直径が1mを越す大甕が土の中に埋め込んであったり、コンクリートでこしらえたり
種類はいろいろあった。

畑に撒く大切な肥料だったから農家は大事にしていた。

江戸時代は近郊のお百姓さんが野菜を持って取りに来た。野菜は大家さんの権利。
あの時代では売り物だったのです。


質問者様の回答にはなりませんがテーマに即した話題として。

50数年前、旭川に住んでいました。当時ですからボットン便所です。
初めての冬、もうすぐ正月という頃、便所にタケノコが生えてきた。

言わずと知れた○○○の積み重ね。

上から熱湯掛けても駄目、金槌で叩いても駄目、結局便器の向きを180度変えてしのいだ。
それで春まで2本目が伸びてくる途中で危うくOKだった。

今だってボットンの家はあると思うのだけど寒冷地ではどうしているのでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2011/09/20 19:00

こんにちは。


何を隠そう、うちの実家は今だポットン便所です。ちなみに「ボットン」と呼ばれてるんですね、うちは生まれた時から「ポットン」と教わってました(笑)

サイズは普通の和式サイズです。深さはうちは2メートルはあるっぽいです。大人ははまらないでしょうけど、はまったら出れないと思います。
子供の頃はたくさんの品々を落としました…。お気に入りのスカート、靴、好きな先輩の写真入り生徒手帳…。結婚してたまに帰る今、うちのチビたちを落とさぬよう気をつけます。

はっ!ちなみに、うちは業者の汲み取りですが、糞尿の重たさで代金が違うそうです。
以上、お昼時に失礼いたしました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
今思い出しましたが、便器に白い蓋がしてありましたよね。
ご実家にはあるんでしょうかね。

お礼日時:2011/09/20 19:00

いや~嫌~な記憶ですね~。


深くて、暗くて、臭くて・・・・蛆がいて

残念ながら、田舎のいわゆる「別荘」にはまだあります。

子供の頃は地中に埋めた大樽。
その後は、コンクリート作りの地下槽。
その後は、樹脂強化FRP製のタンク。
現在は、ほぼ絶滅。

記憶と記録ですが、

大樽の大きさは、地上に置いたら古い酒蔵に有る背丈を超すような物かと思います。
当時(100年以上前の築)は便壺用の大桶でも有ったのでしょうか。
落ちたら上がれないだろうなと恐怖でした。

コンクリート槽は中に人が入って仕上げ作業ができる大きさ。矩形です。
便座が上に来る矩形の穴、汲み取り穴(径30cm程)、臭気抜き穴が付いています。
容量は、6年前の汲み取り記録を見たら、800Lで9,500円でした。
汲み取り前は8分目でしたから、前の回答に有る1000L前後が妥当と思います。
空になった便槽を見ていたら、建築時に小柄な左官屋さんが入って作業していたのを
思い出しました。人が入れるぎりぎりの大きさです(風呂水200Lとすると、5杯分)。
梯子が有れば出れるでしょうが、何も無かったら御陀仏です。
ちなみに築50年で、その頃の平均的な住まいです。

FRPタンクの便壺は経験有りません(「別荘-2」はこのタイプですが中は見えません)。

今の住まいが浄化槽から下水道に変わった時に、FRP製の浄化槽をみました。
田舎のホームセンターで売っている(今でも)FRP便壺より遙かに小柄でした。
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この回答へのお礼

参考になりました。ありがとうございます。

お礼日時:2011/09/20 18:56

いや~懐かしいですね。

昔は怖くて夜にはトイレに行けず、朝まで我慢
していた記憶があります。僕らはヒューストンと呼んでました。

全ての地域や家屋で同じとは思えませんが、ほとんどの家庭が母屋から
離れた場所にあり、確か風呂も別棟だったと記憶しています。
我家の場合は母屋の一部に作られていましたが、出入り口は母屋からは
入れず、外に出ないと入れませんでした。
入口の右か左に小便器があり、直径40~50cm高さ50cm程度の壺が
埋められていただけの物でした。
大便器に入るには段差(50~100cm位)があり、上がるための踏石
がありました。
扉を開けて中に入ると、全て板張りで広さは畳半分より気持ちだけ広い
空間です。その真中に30X40程度の穴が開けられていて、尿が前に
飛び散らないように板が斜めに取り付けてありました。今で言う金隠し
の役目をしていたようです。
穴から下を見ると巨大な壺が埋めてあるのが見え、壺の回りは土で固め
られているだけです。直径が150cm以上はあったと思います。深さは
200cmはあったはずですが、実際の深さは分かりません。
板から坪までの高さは100~120cm位だったと思います。
溜まった糞尿は肥杓子ですくい、肥桶に入れて運び肥溜めで自然発酵を
させて堆肥にしていました。この糞尿をすくうため、外側に糞尿取り出
し口があり、ココから若干の光が差し込むだけで、室内からは薄暗くて
内部までは良く見えませんでした。

用を足す場所の穴が30X40程度ですから、大人が落ちる事がありま
せん。運が悪く落ちたとしても、糞尿を取り出す口があるので、這い上
がらなくても取り出し口から出れますから問題ありません。
ただ穴が子供より大きいですから、僕らは落ちないかが心配でしたね。
最初の頃は電気が付いていませんでしたから、夜間は扉を開放したまま
で用を足してしました。暫くして20wの電球が付きました。

お尻を拭く紙は、新聞紙から落とし紙になり、新築してからは現在のよ
うにトイレットペーパーです。新聞紙は肛門が痛かったですね。

汚くてすみません。大便をする時のコツは、最初に尻拭き用の新聞紙を
広がるように下に落とし、その上に大便をします。これで跳ね返りがあ
りませんから、尻が汚れなくてすみます。これを防ぐために、尿が多く
なったら尿だけを取ります。完全に尿だけを取ってしまうと、糞を回収
する時に肥杓子ですくえなくなります。これが難しいんですね。
今でもバッキュームカーで汲み取りに来られる時も、糞が多くて固い時
は水道水を先に入れてから汲み取られる方も居られます。

今は完全水洗トイレです。あの頃を思い出させて頂き、感謝します。
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この回答へのお礼

参考になりました。ありがとうございます。

お礼日時:2011/09/20 18:54

昔、農家を営んでいるかなり郊外にある友人宅に遊びにいったら、母屋の別棟に新しく作った(外側だけ新しくしただけかも)トイレがまさにポットン便所で、それもかなりシンプルな作りでした。

便器という陶器などでできたもの自体がなく、土間のような堅い土に穴が空いていて、その両側に足を載せる板が置かれていただけで、建物が綺麗だただけに余計カルチャーショックを受けました。いわゆる野ツボに壁と屋根がついている状態ですね。表面には膜ができていて、発酵しているような泡が浮かんでいました。恐らく、畑の肥料として使うのでしょう。大きさとしては深さはわかりませんが穴は30センチくらいかもう少し大きかった記憶がありますね。運悪くハマるとすっぽりいってしまうと思います。恐らく大きな甕のようなものが埋められているのでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2011/09/20 18:53

昔は肥甕でしたが、近年はセメントではなかったかと。


大人ははまらないでしょうね。小学校低学年までならはまるかもしれません。
家の外の外便所は確かにちょっと薄暗かったですね。電球はありましたが。
あと便所出たところの手洗い用の水タンクをぶらさげていてチョンチョンやって水を出すやつも懐かしいです。
汲み取りが来ると大変だったなあ。
おっちゃんに水を入れるようにいわれてバケツに水を汲んで一所懸命いれてたなあ。

はまると言えば、ぽっとん便所より、冬場の雪に埋まった田んぼのすみの肥溜めの方がはまりやすかったですね。
冬場、はまった友人がいました。(中は暖かかったそうです)

余計な話になってしまいました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2011/09/20 18:52

かなり前ですが、ホームセンターで見かけたことあります。

黒くてプラスチック製だったと思います。
大きさは水タンクで言う1トンタンクくらいの大きさでした。子供なら自力で這い上がるのは難しいでしょう。

以前私が住んでいた家はボットンでしたが、小さいけど重大な欠陥がありました。
それは、トイレの照明が穴の真上にあったのです。夜にトイレに入ると中のものが丸見えで、白いティッシュと、お食事の夢の後が・・・。それはそれはうずたかく積み上げられているのが丸見えで、来客があった際はかなり恥ずかしい思いをした記憶がよみがえりました・・・。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2011/09/20 18:52

あまり思い出したくないですね?!


サイズは現況(和式)と同じですよ。深さはいろいろあり古式ゆかしい陶器製のカメ、セメントの防火用水桶を流用したもの、最新(?)式はFRPのものもあった気がします。
終戦直後、外地で混乱の最中、若い女性が襲われないよう中に隠れたという話も帰ってきた人から聞いたことがあります。かなり大きく深かったのでしょうね。
最後に使ったのは
日本の自宅では多分30年ぐらい前までですね。
15年ぐらい前、東のほうの国に出張したときポットンの上に2枚の板がありそれ乗ってしゃがんだことがありました。怖かったです。
2年前に旅行でいったアメリカ、グランドキャニオンのいくつかの公衆便所はポットンでした。
もちろん洋式で、非常に清潔で違和感はありませんでしたが中は見えませんでした。ただ足の短い私では、座ると足が地につかずぶらぶらしてふんばれず困りました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2011/09/20 18:51

和式の便器をご存知でしょうか?あれの表に出ていない部分はすべて(下の部分)肥溜め部分です。

まあ横30cm,縦60cm位の長方形の穴に便器を乗せたものが一般的です。
さて、そこから肥溜めに落ちたとき這い上がれるかといえば、便器と肥溜めの底までの距離です。
肥溜めに落ちて立ち上がった時に便器に手が届く距離なら這い上がれます。
しかし肥溜めに落ちた時立てない状態で窒息すればヤバイです。
子供には万が一落ちたら大変です。
昔は便所に電気もないところもあり、便器の大きさからすればとても怖い所であったのは
自分の経験からもそうでした。
家の大きさで穴の大きさは変わりませが、肥溜めまでの深さは色々でした。
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この回答へのお礼

参考になりました。ありがとうございます。

お礼日時:2011/09/20 18:50

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