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今までの歴史の中で、日本のように一時期もの凄い勢いで栄えた後(天然資源などではなく、経済のパワーで)、何かのきっかけを境に衰えていった国は今までの歴史の中であるんでしょうか。

また、もしそのような国があったとするとその国は衰えた後にどのような末路になったのでしょうか。
また、今はどのような状態になっているのでしょうか。

よろしくお願いします。

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A 回答 (3件)

No1の方が述べているオランダ、No2の方が述べているイギリスを例に説明します。


他にもローマやベネチア、トルコなど上げれば限がないのですが、オランダとイギリスが一番日本をイメージしやすいでしょうから、両者を例に説明します。

オランダは16世紀にスペインから独立して大航海時代初期に絶頂を極めました。
オランダのビジネススタイルは交易、つまり商業です。
しかし、その後イギリスやフランスの猛追を受け衰退しました。
何故でしょうか?
それは植民地時代に適応出来なかったからです。
大航海時代初期では他所から買ったものを別のところに売るというビジネススタイルが主流でした。
しかし、その後自分で作ったり作らせたモノを別の所で作って売るというビジネススタイルが拡大します。
つまり、今あるものを売り買いする商業から、物を作り出して売る産業にビジネスが変化したのです。
何故オランダ商業主義の交易から、産業主義の植民地支配に変革出来なかったといえば理由は二つあります。
一つ目は、単純に人口の問題です。植民地支配は交易よりも遥かに人手が必要となります。またイギリスのように国内で大量のものを生産するにも多くの人手が必要となります。
二つ目は、人件費の問題です。先進国は人件費が高くなります。これはローマの時代から変わらぬ法則です。そしてオランダの高い人件費では人手を沢山費やさなければいけない植民地支配では元が取れないのです。これは日本の製造業が中国に苦戦しているのとだいたい同じ構造です。
まあ一つ目と二つ目は割りとつながっているんですけどね。だけど微妙に違うところもあるので別に分けて説明しました。


次にイギリスですが産業革命と植民地支配により世界の帝国になりました。その栄光はビクトリア時代に絶頂に達したと言われています。しかしその後凋落を辿りWW1WW2で更に没落し、サッチャー革命で回復するまで一人あたりのGDPが極東の島国であったはずの日本の半分近くまで堕ちました。
何故でしょうか?
それはイギリスは動力機械の導入という産業革命には成功しましたが、大量生産方式の導入に大幅に出遅れたからです。
大量生産方式とは、フォード生産方式に代表される生産方式です。
商品を規格化し、その部品を規格化し、製造方法をマニュアル化し、巨大な生産設備を使い大量の商品を一度に作るという方式です。そしてそうやって作られた商品を大量に消費する社会です。
これは現代社会の重要な基盤になっており、この方式の導入が高度経済成長期と呼ばれるもので、現代の中国が今まさに謳歌しているものです。
この大量生産方式を導入している国を先進国と呼び、導入中の国を新興国と呼び、導入されていない国を途上国とか貧困国とか呼んでいます。

それではイギリスは何故大量生産モデルを導入出来なかったかといえば、以下の3点です。
英国の慣習やシステムがそれらを阻んだというのが1点、アメリカが開発した大量生産方式の変化が早すぎたというのが2点目、大英帝国という独自の経済圏があったので変化の必要性に気づくのが遅くなったというのが3点目です。


結局この世は諸行無常なのです。
つまり絶え間なく変化するのです。
そしてその変化についていけなくなれば、環境の要求、社会の要求に適応すれば繁栄し、適応できなければ衰退するのです。
ローマもベネチアもトルコもオランダもイギリスもアメリカも同じように栄え、同じように衰退していったのです。
オランダが栄えたのは少数だけれど賢く合理的な集団を形成できたからです。衰退したのは量を確保出来なかったからです。
イギリスが栄えたのは合理性を持ちつつもそれなりの量を確保できたからです。衰退したのは経済構造の再編が出来なかったらかです。
日本が栄えたのはそれなりの量でまとまりアメリカが開発した技術の改良に勤めたからです。衰退したのは全世界ボーダレスで最良の知識、最良の労働力、最良の資本を使ってものを作り最良の市場で販売するというグローバルな時代に適応できていないからです。

このように、国が盛衰は時代の要求に適応できるか否かで定まるのです。
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 回答致します


貴方のご質問にぴったりの国は
それは正しく イギリスです
イギリスは19世紀の産業革命で世界の工場といわれ 栄華をほしいままにしましたが
その後の産業構造の変革に対応できずに衰退して
20世紀にその座を米国に明け渡す事となりましたが
現在は御存知の様に欧州とは一線を画する先進国です
ご質問の様な国家は何処にでもあります
それは歴史が明らかにしています
私たちは歴史から学ばなければなりません
繁栄し続ける国家等は何処にもありません
驕れるものは久しからず
の平家物語の謡のとおりに存在は不可能なのです
一度衰退した国家の方が その後の発展には好影響をもたらすものですが
その過程において国家としての変革を遂げるという一大手術を施す事が非常に重要です
現在の日本は 正しくこの生みの苦しみに喘いでいます
この時期をどの様に克服するかが 今後の日本の発展には不可欠です

新しい発展の構造
新しい発展の機会
新しい発展の息吹
そして新しく発展できる国家構造の構築こそが
今の私たちの手で築き上げるべき最も価値ある挑戦なのです
貴方はそうは思いませんか
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そういう国は数多あります。


日本と縁がある国ですとオランダ。
17世紀から18世紀にかけては世界一とも言われる海上貿易の大国で、日本の長崎にも商館を開いて豊かな貿易立国でしたが、イギリスとの植民地戦争に後れを取り、フランス革命に巻き込まれ、ナポレオン時代にはフランスの属国に成り下がり、世界でオランダ国旗を堂々と掲げることが出来るのは日本だけという有様に衰退してしまいました。
第二次大戦後は貿易立国としてそこそこの国力を回復したのは言うまでもない話です。

ベニスの商人で有名なイタリアの都市国家「ヴェネツィア」もそうですね。
13世紀には地中海最大の海上貿易国家になり、中国へもマルコポーロが交易に出かけたり、ヨーロッパで一番栄えた貿易立国の1つになっています。
15世紀にオスマントルコに海上交易路を浸食され、大航海時代に新しい航路が発見されて、海上貿易の航路が大西洋、太平洋に移ったために衰退に向かい、ナポレオン時代には完全に滅亡してしまいます。
現在はイタリアの都市として、観光や工芸品で有名な場所になっています。

こういった貿易立国はおおむね新しい産業の勃興や輸送手段の変化、周辺諸国との戦争で衰えていく例が多いと思います。
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Q日本は社会主義国家なのになぜ発展できたのでしょう?

かつてソ連のゴルバチョフ大統領が‘日本は世界で一番成功した社会主義国だ‘と発言したそうですが、確かに日本は表向きは資本主義国家ですが社会主義的要素が強いように思います。税金の累進性は欧米より強く高額所得者は税金をたくさんとられます。貧困層は福祉や公的補助、医療制度など優遇され高額所得者から巻き上げた税金が還元されます。サラリーマンは年功序列で能力で関係なく昇給しました。(以前は)
経済格差は‘悪‘と公言する政治家までいます。ソ連、旧東ドイツ、北朝鮮など社会主義国家はどこも貧困に喘ぎ崩壊しました。日本だけなぜこんなに発展できたのでしょう?またこれからも発展できますか?自分は経済学、政治学には疎いのでどなたかお教えください。

Aベストアンサー

戦後復興政策 ヨーロッパ西も東も社会主義
 「資本主義経済では、政府はなるべく経済に介入せず、市場のメカニズムに委ねるべきだ。それなのに日本では政府がマネーゲームのプレーヤーになっている。これでは社会主義のようだ」との見方もあるでしょう。
 でも同時代の欧州先進国、フランス、イギリス、ドイツと比べると日本は「市場原理主義」とも言えるほど、政府の介入の少ない自由経済であった。
 フランス──戦後のフランスはジャン・モネの考えによる「フランスは未だ十分に市場が成熟していないので、市場に任せず、政府が責任をもって経済を運営すべきだ」との、社会主義と資本主義の折衷政策「混合経済」政策をとった。このため多くの企業が国有化された。フランス石炭公社、フランス電力会社、フランスガス会社、鉄道部門、エール・フランス、フランス銀行 と四大預金銀行 クレディ・リヨネ、ソシエテ・ジェネラル、全国割引銀行+全国商工銀行⇒パリ国立銀行、保険会社、ルノー公社、航空機エンジン開発製造公社が国有企業として活動し始めた。
 石炭・鉄鋼に関してはドイツとの国境周辺地域に「欧州石炭鉄鋼共同体」を設立し、ドイツなど欧州6ヶ国で、アメリカ政府の援助資金であるマーシャル資金によって運営された。これは一国社会主義ではなくインターナショナル社会主義であった。1983年、フランス企業の売り上げ上位20社の内13社が国有企業であった。
 政治を見れば、ドゴール派の保守政権と社会党とが政権交代を繰り返した。日本に置き換えてみれば、石炭・鉄鋼がアメリカ政府資金による韓国との合弁、トヨタ自動車が国有、自民党と社会党が政権交代を繰り返す、といった状況だ。フランスから見れば日本は「市場原理主義」「自由放任主義」であった。
 イギリス──労働党の「ベヴァリッジ報告」による「ゆりかごから墓場まで」の社会主義政策を戦後の経済方針としていた。鉄鋼は、国有⇒民営⇒国有⇒民営と政権交代毎に弄ばれた。石炭はアーサー・スカーギルが率いる全国鉱山労組が仕切っていた。つまりアナルコ・サンディカリズムをやっていた。戦前アメリカに次ぐ自動車産業国であったが、中小企業が多く、このため国有企業に集約したが成果が上がらずホンダの支援を受けたがダメだった。政権は保守党と労働党が競い合い、その勢力は均衡していた。イギリスから見れば日本は「自由奔放経済」で「保守党独裁の反社会主義国家」であった。
 西ドイツ──アメリカ政府のマーシャル・プランによる援助資金をもとに戦後復興政策を進めた。戦後復興の基幹産業である石炭・鉄鋼は「欧州石炭鉄鋼共同体」という多国家管理による非民間企業に頼った。エアハルトは社会主義と資本主義の良いところをとった「社会的市場経済」を目指した。フォルクスワーゲンは戦後再出発にあたり、その株式20%を連邦政府が、さらに20%を地方政府が保有した。こうした石炭・鉄鋼・自動車産業を日本に当てはめるとどうなるか?それに比べれば日本経済は民間主導の自由経済であった。
 仏・英・独とも戦後何度も左翼政党が政権を担当した。現在英・独が保守政党を破っている。それに比べいかに日本の左翼・社会主義が信頼されていないか、よくわかる。

 日本では行政指導という政府の関与が話題になる。しかしそれ以上に「官に逆らった経営者」がいた。
 (1)天皇とまで言われた日銀一万田総裁に「川崎製鉄が千葉工場建設を強行するならば、ペンペン草を生やしてみせる」とまで言われた、西山弥太郎の大胆な設備投資、それに刺激され他社も追従した。戦争で古い設備が使えなくなったのは仏・英・独も同じ。しかし欧州の官僚にはあれほど大胆な発想は出来なかった。
 (2)「井深さんはトランジスタを使って補聴器を作るのですか?」と皮肉られ、特許導入を1年間遅らされた東京通信工業(後のソニー)。その1年の間に世界初のトランジスタ・ラジオはアメリカにやられた。大宅壮一に「ソニー・モルモット論」と皮肉られたが、今日の電子産業、官に逆らってトランジスタ特許を導入したソニーに始まると言って良い。
 (3)政府が成長産業を育成しようとした特定産業振興法、それに逆らって通産省で大型政務次官と言われた佐橋滋と喧嘩した、本田宗一郎は1983年のテレビインタビューで、佐橋滋と会った時を振り返り、次のように語っている。 「どうにも納得できないということで、僕は暴れたわけで、特振法とは何事だ。おれはやる(自動車を作る)権利がある。既存のメーカーだけが自動車を作って、われわれがやってはいけないという法律をつくるとは何事だ。自由である。大きな物を、永久に大きいとだれが断言できる。歴史を見なさい。新興勢力が伸びるにに決まっている。そんなに合同(合併)させたかったら、通産省が株主になって、株主総会でものを言え!と怒ったのです。うちは株式会社であり、政府の命令で、おれは動かない」(1995年2月5日、NHKテレビ「戦後経済を築いた男たち」から)
 (4)「官と闘った経営者」ヤマト運輸社長・小倉昌男が始めた「宅急便」、この普及は日本の流通業を大きく変えた。郵政民営化が問題になるのも宅急便の普及があったからだ。
 日本が「官民一体」ならば、仏・英・独は「民なしの、官のみ」だ。官に逆らった経営者たちのハイリスクな事業計画、前例を尊ぶ官僚にはとてもできない。戦後の荒廃はどの国も同じ、日本は度胸のある経営者が力を発揮できる自由な経済体制だった。進化論に例えれば、突然変異が出やすく、育ちやすい環境だったと言える。
 はしょって書きました。「官に逆らった経営者たち」「戦後復興政策 ヨーロッパ西も東も社会主義」をキーワードに検索してください。詳しく書かれたサイトがあります。

戦後復興政策 ヨーロッパ西も東も社会主義
 「資本主義経済では、政府はなるべく経済に介入せず、市場のメカニズムに委ねるべきだ。それなのに日本では政府がマネーゲームのプレーヤーになっている。これでは社会主義のようだ」との見方もあるでしょう。
 でも同時代の欧州先進国、フランス、イギリス、ドイツと比べると日本は「市場原理主義」とも言えるほど、政府の介入の少ない自由経済であった。
 フランス──戦後のフランスはジャン・モネの考えによる「フランスは未だ十分に市場が成熟していないの...続きを読む

Qなぜ中国は人口が多いのですか?

数千年前に急激に増えたのでしょうか?
SEXの好きな民族だったのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇させました。そのため、古代、二千年とか辺りからすでに人口問題があり、周期的な大戦争や天災で、死んだり、餓死したりで、人口調整がなされていたとも云えます。つまり、昔から、中国は人口が多かったのです。人口密度も高かったのです。
 
  2)上の周期的な人口減少があるということは、それを回復するための努力や、また自然に回復する理由があったとも云えます。その理由の一つは、中国の社会が、農業文明であって、農業文明では、人口調整は自分たちでは行わないのです。つまり、生まれる数だけの子どもを育成しようという文化慣習があります。この結果、戦争・天災などで、減った人口はすぐに回復するということが繰り返され、また、このような経験を蓄積した文化として、「子どもはできるだけ多数造る」というのが、歴史を越えて、文化の基底習慣にもなってしまいました。
 
  3)もう一つの理由として、中国の社会の構造があります。中国は、大家族制社会で、もう一つ大結社的社会でもあるのですが、中国の歴史上の争い、戦争や政争などは、大家族・大結社の規模や、どれだけ、それらを糾合できるかで決まりました。従って、大家族は、人数が多いほどよいというので、農業文化の基本である、子どもは造れるだけ造るという原理以外にも、社会的競争の結果、大家族集団では、育てることのできない子どもは、力ある、大家族の別の家族が引き取り養うという形で、単に、農民家族が多くの子どもを育てるというだけではなく(これだと、個人家族の限界が出てきます)、大家族共同体が、そのなかで、多数の子どもを再生産するという、大共同体レベルで、多産多育成を可能とする社会機構があったので、そういう機構がない農業社会に較べ、多数の子どもが、成長し得たということで、人口増大がすぐ起こったのです。
 
  4)あまり説明が長くなるのも困りますから、もう少し簡単にしますが、次に、社会の「近代化」という問題があります。農業生産を基盤とする社会は、可能な上限まで人口を増やします。国連が食料を援助すると、その援助分だけ、人口が増えて行ったりします。しかし、先進近代国家は、人口減少へと現実的に向かっています。この理由は、高度文化社会となると、餓死の心配などはなくなり、国家の国民支援も、制度的に保証され、子どもをたくさん造って、家族や自分たちの「保険=保証」にしようという必要がなくなることがあります。また、高度文化においえ、義務教育他高等教育も普通となり、生活費用も高くなり、一人の子ども成人させるのにかかる費用が大きくなって行き、多くの子ども育てるということが、合理的でなくなってきます。不可能になるとも云えます。国民全体が、餓死などない、相応に豊かな生活水準になり、義務教育の普及が90%を越えて来ると、こういうことになり、人口増加は逆転して人口減少になります。これが先進国の実状です。
 
  5)現在の先進国も、1世紀前には、実は、人口増大していました。先進国はどこもかも、産業化の時点から較べて、数倍から十倍ぐらいの人口に増え、その後、増加は停止し、減少へと転じます。このパターンからすると、現在世界の後発国は、産業化をすすめ、教育の普及などを進めていますが、この結果としての人口増大があります。衛生思想や技術の普及で乳児死亡率が低下し、人口増大へと転化した国も多数あります。中国もそうであり、1世紀前に較べ、第二次世界大戦などを経過したにも拘わらず、産業化・先進化の歩みの途上の人口増加を経験していると云えます。
 
  インドやバングラデシュや、アフリカなどの人口増加はどうなるのかは、主に第五の理由が共通しています。その他には、インドには、また固有の事情があります。とまれ、中国は、先進国化してしまえば、人口増加は停止するはずですが、「先進国化」というのは、文明の展開で、最初に突破した少数の国々・地域だけに可能で、後発諸国は、そういう可能性はないのではないかという可能性もあります。つまり、中国が近代化・先進化する見込みはないという可能性が高いです。先進化への開始から、実現までのあいだに、日本・欧米で、数倍から十倍ぐらいの人口増加と言いましたが、その数字からすると、中国が近代化を進めて行く過程で、いまから、農業国であった理由での人口増大とは別の要因の人口増大が加わって、まだまだ、増えて行くと考えられます。
 

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇さ...続きを読む

Q首都一極集中。外国はどうなの?

日本の東京一極集中はすさまじいものがあります。
大昔、大阪も東京と肩を並べる大都市でしたが、明治維新後すさまじい東京一極集中が進んでしまいました。
その一極集中は今も加速を続けているのを社会人になって、いっそう感じるようになりました。

さて、外国はどうなんでしょうか??
韓国は日本以上にソウル一極集中と聞きますがどれくらいですか?
イギリス、中国、インド、ひろーーいロシアetc...などなどはどうなんでしょう?

P.S
アメリカは首都はワシントン、オーストラリアはキャンベラですが、実際第一の都市はそれぞれ、NYとシドニーなので、
質問は「首都 対 他の地方都市」というより、「第一の都市 対 他の地方都市」とします。

Aベストアンサー

 国土が広く、連邦制またはそれに準じる制度を持つ国では、あまり顕著な一極集中は起こりません。アメリカやロシアに比べると遥かに狭いドイツも、多極的な都市システムをとっています。これに対し、政治・経済体制が中央集権的なイギリス、フランス、日本などは、集積の利益を求めて企業が立地するために、首位都市への集中が顕著です。日本の場合、戦前までは政治は東京、経済は大阪という2極構造でしたが、重化学工業への産業構造の転換、戦時中の統制経済以降の官の優越、さらに金融や情報の分野での世界都市化の進展などのために、東京の独走体制が確立しました。
 もちろん、過度の集積はいわゆる過密の弊害をもたらすだけでなく、地域格差の拡大が進行します。このため、イギリス、フランス、日本では首都圏への集中を抑制する政策が長年にわたって行われてきました。
 しかし、「国土の均衡ある発展という政策がもたらしたヒト、モノ、カネの非効率な分散の弊害」を是正すると銘打った最近の規制緩和によって、こうした施策は見直され、都心地域には高層のオフィスビルやマンションが林立しています。ヨーロッパでは歴史的環境やコミュニティに配慮して高層化を規制していますが、災害多発国日本では非効率なものを追放するという大義名分のもと、ヒューマンスケールを無視した再開発が進められています。
 不思議なことに、最近実施された各種の世論調査によると、団塊の世代だけでなく、若い世代でも「豊かな自然に囲まれた生活」を希望する割合が高率を占めています。問題は、働く場所が限られていることでしょう。ITの発達により、田舎に居ても仕事ができる時代になるかどうかが一極集中の今後を占う鍵だと思われます。

 国土が広く、連邦制またはそれに準じる制度を持つ国では、あまり顕著な一極集中は起こりません。アメリカやロシアに比べると遥かに狭いドイツも、多極的な都市システムをとっています。これに対し、政治・経済体制が中央集権的なイギリス、フランス、日本などは、集積の利益を求めて企業が立地するために、首位都市への集中が顕著です。日本の場合、戦前までは政治は東京、経済は大阪という2極構造でしたが、重化学工業への産業構造の転換、戦時中の統制経済以降の官の優越、さらに金融や情報の分野での世界都...続きを読む

Q30代で年収300万円!!!

転職活動しておりますが、34才であるにも関わらず、年収が300万円や350万円 月収にして25万円から27万円(税込・残業手当込)で苦戦しております。この状況下では、結婚やマイホームも無理です。

去年の年末に収入難(300万円)で転職して、早期に1月に転職して判断をあやまり、3ヶ月で離職しました。
その後、再就職活動しておりますが、なかなか年収400万円以上の条件を提示してもらえません。

昨今は、年収400万円 月収30万円(残業込み)の条件すらなかなかもらえません。
皆さんは、収入の状況はどうなのでしょうか?
高収入を得るには、営業などの職種に従事するしかないのでしょうか。

Aベストアンサー

やはり勤続年数を重ねていく事で給料は基本的に上がっていくものと思われます。しかし転職で年収アップを狙うには前職の経験を活かした同業種の仕事で、スキルや実績をアピールして年収交渉をするしかないと思います。
あとは年収だけに的を絞るならインセンティブがある営業でしょう。
実力社会で毎日ノルマとの戦いですが、成果をあげれば年収の上限はありません。

Q日本の大手メーカーはなぜ衰退?(ソニーシャープ

こんにちは。
最近のシャープのニュース、台湾企業に投資を受ける見返りに条件つけられているのを見てびっくりしました。日本有数の企業がピンチで、台湾の企業などにお金を恵んでもらうなど日本人として恥です。
気になってソニーも調べました。なんとソニーもやばいらしいのです。株価は数年前6000円だったのに今はどんどん下がりたったの900円。損失もすくなくとも数年前から悪化し4000億円クラス。大企業としても巨大な額で、さらに社内ではリストラの嵐だそうです。もはや就職した企業no1の姿はどこにもありません。劇的に悪くなりました。
necやルネサスとかもそうです。
家電製品がことごとく中国製、でなければほかのアジアになっておりmade in japanはほとんど姿を消しました。それはなぜなのか。
なぜこれらの日本企業はこんなに急速に経営が悪化したのでしょうか?
もしそれぞれ異なるようでしたら、ソニーの話だけでもかまいません。特にチャイナリスクとの絡みが知りたいです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

家電製品や携帯電話を購入する消費者は世界的に低価格を求めているので、生産コストを下げなければ勝負になりません。その点、日本発祥の家電メーカーは、国内工場の地代、税金、電気料金、人件費などが高すぎで価格競争で負けるのです。

大量生産の消費者向け家電製品しかつくれない企業は、日本国内の高コスト事業を縮小し、地代、税金、電力料金、人件費が安い国に工場を移転させるなど、経営努力をしてきましたが、低賃金国でも高品質の製品を作ることにこだわったあまり、経営スタイルの面で、品質よりもスピードを重視する中国人、韓国人経営の工場に負けているのが実態でしょう。

消費者向けの低価格・大量生産の家電製品などでは、日本企業の一人勝ちが出来る時代ではなくなりました。

しかし、日本の製造業は、B2Cの量産商品から、B2Bの高性能装置・機器に比重を移してきた企業も多く、人工衛星や、航空機の機体、高速鉄道システム、半導体の製造装置、各種加工機械の中でも超精密なレーザー加工機などでは、依然として日本の製造業が世界のトップを走っています。

これからの時代は、日本の製造業が、高品質・高価格の生産設備で世界を席巻し、中国や韓国の企業が、日本製の生産設備を購入の上、安価な労働力で安価な製品を大量生産してくれる時代になったと言ってよいと思います。

この大きな時代の流れを読み違えて、液晶テレビなど消費者向け大量生産品にこだわった一部の家電メーカーが窮地に立たされているわけです。

家電製品や携帯電話を購入する消費者は世界的に低価格を求めているので、生産コストを下げなければ勝負になりません。その点、日本発祥の家電メーカーは、国内工場の地代、税金、電気料金、人件費などが高すぎで価格競争で負けるのです。

大量生産の消費者向け家電製品しかつくれない企業は、日本国内の高コスト事業を縮小し、地代、税金、電力料金、人件費が安い国に工場を移転させるなど、経営努力をしてきましたが、低賃金国でも高品質の製品を作ることにこだわったあまり、経営スタイルの面で、品質よりもス...続きを読む

Qかつてのロシア貴族は、何故フランス語を公用語としていたのか

 先日、図書館から借りてきた小悦の中に、

『さすがはロシア貴族だけあって、貴族の中で公用語となっているフランス語の発音は完璧だった』

 という記述を見つけました。

 ロシア貴族がフランス語を半ば公用語としていたのは前から知っていましたから、普通に読み飛ばしかけたのですが、ふと何故フランス語名のだろう、という疑問が湧いてきました。
 自分の稚拙な知識の中では、ロシアとフランスの関係など、ナポレオンが攻め入ったぐらいしかなく、その理由がまったくわかりません。
 きちんと自国の言葉もあり、負けてその国の属国となったわけでもないのに、攻め入ってきた国の言葉など使いたがるものなのでしょうか(もっとも、その前からなのかもしれませんが)。

 一応調べてみましたが、そのことについて書いてある本でも、ただフランス語を使用していたという事実のみの記述で、どういった経緯で、いつ頃から、ということについて書いた資料はありませんでした。

 そこで質問です。なぜ、ロシア貴族はいつ頃から、いかなる理由でフランス語を使うようになったのか?
 素朴な疑問なので急いではいませんが、詳しい人がいたら教えてください。
 

 先日、図書館から借りてきた小悦の中に、

『さすがはロシア貴族だけあって、貴族の中で公用語となっているフランス語の発音は完璧だった』

 という記述を見つけました。

 ロシア貴族がフランス語を半ば公用語としていたのは前から知っていましたから、普通に読み飛ばしかけたのですが、ふと何故フランス語名のだろう、という疑問が湧いてきました。
 自分の稚拙な知識の中では、ロシアとフランスの関係など、ナポレオンが攻め入ったぐらいしかなく、その理由がまったくわかりません。
 きちんと...続きを読む

Aベストアンサー

帝政ロシアでフランス語が宮廷語とされたのは、ピュートル大帝(1689即位)の西欧化政策以来のことです。
当時のロシアは「文明から外れた野蛮な国」であり、たかだか「新興国」に過ぎません。それに対しフランスは「ヨーロッパ文明の中心」であり、「ヨーロッパ最強国」だったのです。
いわば、日本の文明開化に相当する行為として、「ヨーロッパ」の文物を取り入れていたのです。

ところで、18世紀はちょうどターニングポイントです。
18世紀までのフランスは先述のようにヨーロッパ最強国であり、ヨーロッパ外交の公用語はフランス語でしたし、ロシアに限らずヨーロッパ各国の貴族にとってフランス語はひとつの教養でした。それがこの世紀の、第二次英仏百年戦争の敗北、フランス革命による疲弊と、19世紀にはイギリスにその地位を奪われていくのです。
一方のロシアは、18世紀初頭の北方戦争で当時の大国スウェーデンに勝利し、ようやく北方の覇者として名乗りをあげたばかりです。そして18世紀のヨーロッパの勢力均衡をめぐる戦争に介入することにより、この世紀にようやく列強としての地位を固めるのです。

なお、19世紀初頭のナポレオン戦争もこの関連で重要です。
というのも「国民国家」「国語」といったナショナリズムを定着させたのがナポレオン戦争だからです。それまでの伝統的なヨーロッパ貴族にとっては「フランス」とか「ロシア」という国家より「ハプスブルク」とか「ホーエンツォレルン」とかの一族のほうが重要だったのです。したがって、他国の言語を受け入れることにはそれほど抵抗はなかったのです。
トルストイの「戦争と平和」でも、ナポレオン戦争の中、実際よくフランス語で話しているロシア貴族たちが、国家というものを意識するようになるさまが描かれています。

帝政ロシアでフランス語が宮廷語とされたのは、ピュートル大帝(1689即位)の西欧化政策以来のことです。
当時のロシアは「文明から外れた野蛮な国」であり、たかだか「新興国」に過ぎません。それに対しフランスは「ヨーロッパ文明の中心」であり、「ヨーロッパ最強国」だったのです。
いわば、日本の文明開化に相当する行為として、「ヨーロッパ」の文物を取り入れていたのです。

ところで、18世紀はちょうどターニングポイントです。
18世紀までのフランスは先述のようにヨーロッパ最強国であり、ヨーロッ...続きを読む

QGDPの計算方法

 GDPを求める際に出てくる数値ってたくさんありますよね。民間では最終消費支出や住宅投資、企業設備投資、在庫品増加などとありますし。他にも、政府最終消費支出や、公的固定資本形成、公的在庫品増加。さらに、財・サービスの輸出入。GDPを計算する際に、これらの数値のどれをどうすれば良いのか混乱してしまい、わからなくなってしまいました。
 それから、例えば企業が在庫から商品を売ったり、海外に工場を拡張することや、道路公団が道路を補修することはGDPのどの項目に影響を与えるのでしょうか?
 加えて、GNPや国民純生産(NNP)の求め方も教えていただけると助かります。
 よろしくお願いします。  

Aベストアンサー

GDPとは、簡単にいえば「期間内に作られた財・サービスの価値の総和」です。

例として次のようなものを考えましょう。
 製粉所とパン屋がある経済を考えます。製粉所では小麦を買って小麦粉を作り、パン屋では小麦粉を買ってパンを作っています。機械屋では製粉所とパン屋に製造機械を作っています。
 この場合の「作り出された価値」は、製粉所で(小麦粉-小麦)、パン屋で(パン-小麦粉)ですので、トータルでみれば(パン-小麦)になります。ところでパンは誰かが買って食べているわけですから、最終消費支出になります。一般家庭が普通に買う分は民間最終消費支出、互助会のようなものを考えて、働けない人にパンを与える、などを考えれば、政府最終消費支出になるでしょう。この場合、政府か民間かは問題ではありません。この事情は投資(住宅投資、設備投資、公的固定資本形成)にも言えることです。
 さらにパンの一部が輸出されていたとしましょう。すると(パン=民間最終消費支出+政府最終消費支出+輸出)になることが分かります。また、小麦は輸入していたとしましょう。すると「作り出された価値」は(パン-小麦)でしたので、輸入分は引かなければなりません。
 次に生産設備を作る機械屋がいると考えましょう。話を簡単にするために、この生産設備は壊れないものとします。すると、パン屋や製粉所がこの生産設備を買うとその分新たな価値が増えます。これが設備投資です。生産設備が壊れないので、パンから引く必要もありません。
 最後に、製粉所で手違いがあり、小麦粉を作りすぎてパン屋に売り切れなかったとしましょう。そうすると在庫として計上されます。つまり、在庫品が増えた分も「作り出された価値」になります。
 以上をまとめると、次のようになります。
GDP=最終消費支出+投資+在庫増加+輸出-輸入

> 企業が在庫から商品を売った
上の例でいえば作りすぎた小麦粉が売れたので、在庫が減って消費が増えます。
> 海外に工場を拡張する
設備を日本から輸出する場合、輸出が増える、などありますが、基本的に影響ないです。
> 道路公団が道路を補修する
道路公団が政府かどうかが微妙ですね。今はどっちになっているんだか知りませんが、政府だとして、小さなものを別にすれば、補修費も設備投資に入ります。したがって公的固定資本形成になります。

GNPとGDPは、上の例では全く同じものです。なにが違うかといえば、外国人の扱いです。GNPは例えば日本人なら日本人が作り出した価値なのですが、GDPは日本内部で作り出された価値です。ですので、例えば国内にアメリカ人が働いていたとすれば、GDPから彼らの給料を引いた分がGNPになります。一般には、GDPから海外からの要素所得を加え海外への要素所得を引いたものがGNPになります。

NNPは、上の例では生産設備は壊れませんでしたが、年に5%が壊れるとしましょう。するとその分だけパンの製造に使われたのだと考えれば、パンから引かなければなりません。この考え方にたったのがNNPです。したがって、GNPから固定資産減耗を引いたものになります。

GDPとは、簡単にいえば「期間内に作られた財・サービスの価値の総和」です。

例として次のようなものを考えましょう。
 製粉所とパン屋がある経済を考えます。製粉所では小麦を買って小麦粉を作り、パン屋では小麦粉を買ってパンを作っています。機械屋では製粉所とパン屋に製造機械を作っています。
 この場合の「作り出された価値」は、製粉所で(小麦粉-小麦)、パン屋で(パン-小麦粉)ですので、トータルでみれば(パン-小麦)になります。ところでパンは誰かが買って食べているわけですから、...続きを読む

Qアフリカが発達しなかったのは何故ですか?

かつてアフリカは暗黒大陸と呼ばれていたそうです。
現在でも経済発達している国家少ないです。
これはどうしてなんでしょうか?

古代エジプトの時代には既にあれだけの文明が発達していたのに、その後西洋諸国に遅れをとってしまったのは何故でしょうか?
ヨーロッパの近くで人や文化などは流入していたはずです。
現代になっても部族対立が激しく、農業や工業が発達しないのはどうしてでしょうか?
経済大国がその気になって本格的に援助したら発達するものなのでしょうか?
資源などはあるはずです。
それとも部族問題が解決しない限りムダなのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

暗黒大陸というのはヨーロッパ人が自分たちの価値観からそう呼んだだけで、特に根拠のある言説ではありません。

古代エジプトは位置的には北アフリカですが、文化/文明/人種の点で「アフリカ」とは言えないと思います。文化ではメソポタミアと並ぶ古代東方文化ですし、アフリカ大陸の他の文化よりもこちらとの関係が一貫して深いです。人種もネグロイドではありません。
また、アフリカというのはローマ人がつけた名前で、大体いまのチュニジアあたりのことです。そこから南は特に認識されていません。南方ではまた独自の文化/文明が発展していました。
これについては
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061493663/249-0155644-0220379
が大変よい参考書になると思います。
西ローマ崩壊後も北アフリカについてはイスラムによる征服後もむしろヨーロッパに対する先進文化地域でした。ヨーロッパから文化の流入?とんでもない。たしかにローマやギリシアの影響はうけていますが、むしろ中世ヨーロッパこそイスラム文化の影響をうけていました。
この関係がひっくり返ったのは近代になってからです。近世ヨーロッパがひたすら武力に偏った発展を遂げ、その武力によってまずは「新大陸」を、ついでその富を背景にアフリカ(とりわけ中部/南部)や、アジアを征服し始めるまで、ヨーロッパは世界の後進地域でした。しかし、これらの征服後、その富と資源を以て近代の技術文明が発展するにつれ、経済力などが逆転し、現在に至ります。
先進諸国というものは、これらのアフリカ/アジアに対する既得権(そんなものを勝手に主張するのがヨーロッパ)を守るため各種の征服戦争、反乱鎮圧、さらには裏工作を行い、また行い続けているわけです。現在はこれらのやりくちを新植民地主義と呼んでいますが、たとえば「イラク戦争」もこういった観点を抜きに考えることはできません。

アフリカ諸国の側に問題がないわけではありませんが、こういう問題を解決させない努力をしている国がある、という琴も忘れてはならないと思います。

暗黒大陸というのはヨーロッパ人が自分たちの価値観からそう呼んだだけで、特に根拠のある言説ではありません。

古代エジプトは位置的には北アフリカですが、文化/文明/人種の点で「アフリカ」とは言えないと思います。文化ではメソポタミアと並ぶ古代東方文化ですし、アフリカ大陸の他の文化よりもこちらとの関係が一貫して深いです。人種もネグロイドではありません。
また、アフリカというのはローマ人がつけた名前で、大体いまのチュニジアあたりのことです。そこから南は特に認識されていません。南方...続きを読む

Q在日韓国人などの人はなぜ祖国へ帰らないのですか?

よく在日韓国人の人は日本人と交わりたがらないくせに権利ばかり主張しているように思います、そんな彼らをみて「そんなにいやだったらさっさと国へ帰れよ!!文句いいながら日本にいすわるな!!ただ日本の経済力目当てだけにいるだけではないのか??」と正直思ってしまいます、帰化などもするようなきもないようですし。 戦後すぐには朝鮮半島が荒れていてかえれなかったという話なら十分わかるんですが最近は韓国も成長してきていっぱい職などもみつかりそうな気がするんですが・・・・。

ちなみに私は韓国や中国に対する戦前の行いはいくら建前を日本がつくろうが侵略だったことにはかわりないと思っています、が、戦後50年日本は謝り続けたにもかかわらず今現在も謝罪謝罪謝罪、日本は鬼だといいつづける彼らが正直好きではないです(中国の勝手な軍事行動や韓国の竹島の占拠などの態度もかんがみて)

荒れそうな質問ですがなるべく荒れないような真摯なご解答があると嬉しいです。

Aベストアンサー

質問:在日韓国・朝鮮人はなぜ帰化したくないの?
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=996194

質問:在日朝鮮人を帰国させるように政府の方針を変えることは出来ないのでしょうか?
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=397244

Qユダヤ人はどうして嫌われているのでしょうか?

映画「ホテル・ニュー・ハンプシャー」で、
「このホテルにユダヤ人がいるんじゃあるまいな」という
発言がありました。
シェイクスピアの「ベニスの商人」もユダヤ人です。
チャップリンの初期の映画にもユダヤ人をばかにする人種差別的ギャグがあるそうです。
ヒットラーにも嫌われました。
どうしてユダヤ人は嫌われるのでしょうか?
イエス・キリストがユダヤ人なのですが、白人はそう思ってないのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様です。気をつけたいものです)。

さらには独自コミュニティを形成してそれを崩そうとせず、あくまで頑なにユダヤであるということを固持してきました。
これは、キリスト教という緩やかなつながりでつながっていた西ヨーロッパ圏では、ユダヤという存在は異端という点がその場に存在しているようなものです。
日本でもそうですが・・・自身たちとは違う風貌、習慣を持つ人は少なからず煙たがられる傾向があります。
さらには、銀行業などの当時「卑しい」とされていた職業で設けていました。余所者に自身たちの金を吸い上げられるのですから、決して面白いわけはありません。

もう一つが、政治的要因。
政治で、国民の不満をそらす方法に、悪役をつくる、というのがあります。
簡単に言えば、こじつけでも「~が悪い」というのをつくれば、そこに国民の不満がいきますから、政府とかそういったお上に攻撃がこなくなります。
で、ユダヤはキリストを十字架送りにしたというのがありますから、非常に悪役に仕立てやすいのです。上に書いた民族的な特徴も仕立てやすい理由です。

大体、嫌われる、あるいは嫌われている人、民族には共通項があります。
1.お金にうるさい(理由はともあれお金をためる人全般)
2.異文化的である。または異文化の性質を強く持っている
3.異郷の地でがっぽり稼ぐ人
4.郷に入らば郷に従えを実践しない人
5.自分たちのほうが偉いと少なからず思っている人
などなど・・・
ただ、こうやって見るとわかるように、どこぞの民族も似たようなことをやっています(車をアメリカで売りまくって、ご当地の車会社から白い目で見られたりする国です。まあ、いまはあまりやらないのかな・・・?)。
結局、嫌われる民族か、そうでないかというのは、ある意味紙一重なところがあります。
ユダヤが嫌われているのは、これらを満たしてしまっているせいと、国を持たなかったという地政学的悲劇のためと考えています。

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様で...続きを読む


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