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世代論で団塊の世代やらバブル世代やら耳にしますが
これはどれくらいの昔まで遡れるものなのでしょうか?
明治時代や江戸時代にもこういう世代論はあったのでしょうか?

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A 回答 (2件)

有名な話で、人類最古とされるメソポタミア文明のくさび形文字を解読すると「最近の若い者はなっておらん」という記述があるそうです。

「世代論は、文明が発生した時からあった」と言えるかもしれません。

ただ、「団塊の世代」とか「バブル世代」のような概念は、文明がかなり発達して、「言論の自由」のような概念が出てきて、「マスコミ」といえるものが成立しないと出てこないと思われます。「団塊の世代」「バブル世代」、昭和の末頃に言われた「新人類」とか「マークシート世代」などというのは、自然発生的に言われ出したのではなく、マスコミが言い出して、それが定着したものです。こういう考え方は、日本では戦後に始まったように思います。

時代を遡るほど
「権力を持つ人は若い時から権力を持ち、持たない人は死ぬまで持たない(持つ可能性がない)」
という性格が強くなります。

現在放映されている大河ドラマ「八重の桜」を見ると分かりますが、会津藩の政策を左右する人たちは、基本敵には「高い身分に生まれた藩士たち」であり、20代くらいで家老クラスの職に就いて会津藩を運営しています。江戸時代には、どこでもこの要領ですから、「世代」という考え方が生じにくいです。
「世代」より「身分」の方が社会のグループ分けとして適切だった訳です。

現代ですと、北朝鮮がその顕著な例で、いわゆる「金王朝」が権力と富を独占し、現在は、金正日の息子である20代の若造が「偉大なる指導者」として君臨しています。北朝鮮には言論の自由はなく、マスコミというものも政府の宣伝機関だけしか存在しませんが、こういう体制ですと「支配層」と「それ以外」を区別するだけで済みますね。

欧米でも日本でも、「身分」より「能力」を重視して社会を運営するようになると、社会で指導的立場に立つのは、「早くて40歳以上、普通は50歳以上」となります。同じ「早くて40歳以上、普通は50歳以上」の年齢層の人が言論界でも指導的立場に立ち、「世代論」を繰り広げるのでしょう。

「団塊の世代」とか「バブル世代」とか「ゆとり世代」とかいうのは、そういった世代が大学生になったり新社会人になったりして、社会の指導的な立場の年齢層から「社会の新参者」として評価された時に、マスコミからそのように命名され、それが継続しているのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
世代論が成立するには、身分制が打破されて
全国である程度均一な国民教育が行われることが条件のようですね。

また、冷戦後はマルクス主義が崩壊して、資本家と労働者の階級闘争ということが
あまり言われなくなったのが、昨今の団塊やゆとりなどの世代論につながっている気もします。
世代論は経団連などの資本家サイドに都合の良い議論の組み立て方なのかもしれません。

お礼日時:2013/06/23 08:25

「世代論」をどのように定義するかにもよりますが、現在の「世代論」に近い意味では少なくとも明治時代まで遡ると思います。



その草分け的なものが、22歳の徳富蘇峰(猪一郎)が明治18年(1885年)初夏に熊本で著した「第十九世紀日本の青年及其教育」で、これは明治20年(1887年)4月に「新日本之青年」と改題して東京で出版されました。

この「新日本之青年」の初めの方には「我が明治の青年は、却って天保の老翁よりも先進と言わざる可からず。故に明治の青年は天保の老人より導かるるものにあらずして、天保の老人を導くものなり。豈唯彼の老人のみならんや、我が明治の社会も亦た其の指麾(しき)中に存するものなり。」などとあります。また終わりの方には「諸君が尤も大敵たる可きものは諸君が恒に敬愛する所の彼の老人輩にあり。(彼の老人にして今日文明の空気を呼吸するものは、是れ再生したるもの也。精神的よりすれば即ち青年なり。)とも書かれています。

「世代」という言葉こそ使ってはいませんが、現代で言えば大学を卒業するかしないかの年齢の若者が「時代遅れの今の年配者(天保の老人)には日本の社会は任せられない。若い者(明治の青年)に任せろ」と主張している一種の「世代論」であることは確かです。「年寄りが若い者はダメだ」という世代論ではなく、正反対の世代論であるこの書が公刊されると評判になり、蘇峰がオピニオンリーダーとなっていったという点に明治前半の日本の社会の「若さ」を感じますが、「蓋し維新の大改革の大波瀾は、実に我が青年と老人との距離をして数千万里の外に隔絶せしめたり」とあるように、明治維新の変革そのものの大きさと、これを現場で成し遂げた人たちがみな若かった(少なくとも老人ではなかった)ことが当時の日本社会に残した影響の大きさも痛感します。
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この回答へのお礼

明治の青年と天保の老人の対比は面白いですね。
現代のIT革命でPCやスマホを自在に扱える若者とまったくダメな老人のような差が
明治では西洋文明の流入とともにもっと大規模に発生したのでしょうね。
かなり新鮮な視点でした。

お礼日時:2013/06/23 08:30

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