スイマセン初歩的な質問なんですが…
中国と台湾というのはなぜ独立か統一でもめているのでしょうか?
歴史的な背景が見えてこないのでいまいちニュースを見ていても判らないのですが
簡単にでいいので教えてください

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A 回答 (3件)

基本的にtaneyanさんの言われることに間違いないと思いますが、もう一寸複雑だと私は思います。



その前に「台湾は、GDPも中国を遙かに上回り」ですが、あくまで「一人当たりの」と言う前提が付きます。

1)台湾自体、戦後日本に替わって国民党が台湾人を支配し、長いこと国民党一党独裁政権が続きました。元々台湾に住み、台湾語もしくは、日本語を話していた「内省人」と、蒋介石に従って台湾に渡った国民党政府や軍関係者とその家族である「外省人」とが存在するわけです。

3)「外省人」の言葉は北京官話(=マンダリン)であり、これは清朝時代の公用語でもあり、中国大陸の公用語である、「普通話」とも基本的に同じものです。

4)言葉のみならず、全て蒋介石政府の独裁的政策に対して、内省人による大規模な反乱が起き鎮圧されました。これは、李登輝政権になってようやく名誉回復されました。

5)「外省人」も世代交代が進み、以前の「大陸反攻」で大陸を取り返すという意識が薄れ、「内省人」も同様、日本語を話せず、北京官話を標準語とする世代に交代し、どちらも、米国に留学して、IT技術を学んだ者が今や世界一のパソコン基地を作るに至りました。

6)「大陸反攻」どころか、台湾資本が、広東省、福建省、上海に大規模に進出し、大陸は今や台湾メーカの生産基地になっています。どっちにとっても、「内戦」どころではないのです。かつて蒋介石・毛沢東時代は往来は御法度だったのに、今や物や人も頻繁に行き来しています。

7)大陸の中華人民共和国政府や、その国民にとっては、台湾の「回収」(=復帰)は悲願です。反政府的な立場の人も例外ではありません。彼らから見ると、「中華民国」の看板を掲げ、故宮博物院の中国文化の至宝を持ち逃げしたまま「独立」などとんでもないと思っているのです。確かに、「中原」、即ち長安を中心として黄河北側辺りを抑えていない者が「中華」を名乗るのはおかしな話です。

8)一方台湾の「内省人」や「外省人2.3世」にとって「中華人民共和国」は、安価な労働力供給基地としてなら兎も角、自分の国とは到底思えない訳です。自分達より遥かに貧乏な農業国ですし...。国民党政府と現民進党政権ですら掲げ続けている「中華民国」という国号や「晴天白日旗」も、「内省人」にとっては最早重荷になりつつあるようです。

9)では、何故、「独立」とハッキリ言えないか?現民進党陳水偏氏は「独立」を明確に掲げて大統領に当選しました。しかし、彼ですら、独立のための具体的ステップをまだ踏み出していません。国民党は、蒋介石時代の思想を引き継ぐ派と、李登輝氏に代表されるように、気持ち独立なんだけど、国民党の建前も崩せない、現状維持が一番と考えるグループに分かれています。結局、民進党から国民党の大多数、それに民衆を含めて、敢えて、「独立」と騒いで、大陸と悶着を起こすより、今のままがいいと考えているようです。

10)大陸の大多数も今悶着を起こすことは望んでいないはずです。お互い損ですから...。
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この回答へのお礼

大分事情がわかりました。
やはり国と国の(国同士ではないわけですが)間には色々あるようですね
どうもありがとうございます

お礼日時:2001/05/26 16:09

台湾はもともと中国の領土であったわけではありません。


やや古い話ですが、台湾を最初に領土化したのはオランダです。(1624年のこと)
中国人にとっては自国の埒外と認識していたのですが、明の時代に次第に中国人も台湾に住むようになり、明が滅んで清が興ってくる過程の中で、明の臣下であった鄭成功がオランダ人を追ってここを拠点に大陸への反攻を企てました、この試みは30年あまりのちに鄭氏が清に降伏して挫折し、ここから台湾は中国の領土となります。

で、歴史は繰り返すといいますか、清が辛亥革命で倒れたのち、中華民国となります(1912年)。この革命の中心にいたのが孫文で、彼の作った政党が国民党です。その後いろいろとあって国民党の指導者は蒋介石となり英米の後援を受け、また中国にもソ連の援助のもとで共産党ができますが、この両党は中国の主導権をめぐって対立したり、対日戦の必要などで協力したりしていきます。日中戦争(第二次大戦)で日本が敗れたあと、この両党は再び主導権を巡って争い、ついに国民党側が不利となって台湾に逃亡し、ここを拠点に大陸反攻を目指します。

台湾側はアメリカの支援を受け、自分たちが正統政権だという意識から「中国は一つ」と叫び、大陸側も台湾は自国領土と考えて「中国は一つ」と言っています。現実を見れば、一つの台湾と一つの中国なのですが、歴史的な経緯から共に「中国統一」を目指していたわけです。ところが、最近になって台湾では大陸からやってきた国民党系ではなく、台湾出身の本省人系が勢力を強めてきて「台湾の独立」あるいは「一つの台湾、一つの中国」と言い出してきている訳です。台湾前総統の李登輝は本省人でありながら国民党の総裁となり台湾の本省化と独立を目指していましたが昨年の台湾総選挙でさらに過激な民進党が勝ち、現在は李登輝は民間人の立場から台湾独立を目指して活動しています。

大陸側はいまだに「中国は一つ」の原則を崩そうとせず、台湾も国民党政権のうちは(意図は正反対でも)「中国は一つ」でしたが、今の台湾側は現状固定の分離独立を言い出すようになって、大陸側が神経をとがらせているのです。

ちょっと長くなってしまいましたが、大陸側が「武力解放」も辞せずとするのに対して台湾側は日米の支援によりそれを阻止しようとしているのが現状です。まあ、どんなにがんばっても台湾側が大陸を支配できるようになるとは思えませんから「(台湾の)独立か(大陸による)統一か」という話になってしまいます。
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簡単に言うと、台湾は、元々中国の領土でした。


第二次世界大戦当時、中国には、国民党と共産党が連立し、日本と闘っていたのですが、終戦後、国民党と共産党が主導権争いを行い、国民党が負け、総統以下主要メンバーが台湾へ逃れ、台湾に国民党の政権を樹立しました。

米国を中心とする西側諸国は、国民党を支援し、ソ連は共産党を支援し、国が分裂しました。朝鮮半島も同様に、西側諸国は韓国を、東側諸国は北朝鮮を支援したのと同じ図式です。

以上のような理由で、中国は、台湾は自国の領土であり、併合したいと考えているのですが、台湾は、GDPも中国を遙かに上回り、IT産業を中心に、大きく発展しています。

台湾としては、自国より劣る国に併合されるより、独立していた方が良いでしょうし、中国は、台湾の最先端技術がほしい、ということで、併合したいわけです。

政治イデオロギーや他にもいろいろありますが、簡単には上記のような理由です。
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Q中国が清王朝時代の現在の韓国って?

中国が清王朝時代に現在の韓国は清王朝の属国でしたが韓国では清王朝の属国だったとは学校の授業で教えていないと言うのは本当でしょうか?

Aベストアンサー

no.1です。お礼、有難うございました。

で、引き続いての疑問に関してなのですが・・・、教えてませんが答となります。

韓国・北朝鮮の独立に関しては他のアジア諸国た全く違った事情があり、それで余計にヤヤコシくなっています。ここでは当時の一応の経緯を述べておきますが、この辺りの事情を詳しく記すとかなり長くなるので、今回の回答で分からない点があれば、改めて個別に質問してください。

他のアジア諸国は欧州列強の植民地であった為、戦争が終わると戦勝国側となった元の宗主国が直ぐに植民地支配を再開しようとしました。しかし日本に刺激され、民族自立に目覚めた植民地の住民はそれに反対し、結局独立戦争を勝利する形で独立を勝ち得た訳です。そしてこう言う形での独立なら別に嘘で誤魔化さなくても、堂々と史実を教えても何ら問題も無いのですが、朝鮮に関してはそうでは無く、日本の敗戦をもって単に日本の植民地支配から逃れたものの、独立を勝ち得たと言える状況にならなかった訳です。

当時の朝鮮の反日勢力は国内抗争に敗れ、他国で亡命政府を名乗っていましたが、幾つかの勢力に別れ一つに纏まる事が無かった為、世界各国からも相手にされず弱小勢力のまま終戦を迎えてしまったのです。そして戦争終結の後、一時アメリカの軍事占領下に置かれるのですが、これも日本がそうだった為日本の植民地たる朝鮮も同様の扱いを受けたに過ぎません。そしてこの後、アメリカが中心となって日本の戦後処理を進めるのですが、この時も朝鮮人は蚊帳の外で結局ソ連の意向等々も踏まえる形で今の南北朝鮮に分断されてしまいました。

と、まあこう言った所が当時の歴史なのですが、要は大韓民国建国に関しては当時の韓国人は一切関わっておらず、全てはアテガワレる形で独立してしまった様なもんなんです。

しかしこうなると当の為政者は困ってしまいます。自分では何も出来ず、只細々と日本に反抗していただけだから、アメリカから急に政権をプレゼントされてもその政権の正当性は一切無く、誰が政権を担っても同じと言う事になってしまいます。だから政権の正当性を主張する為には「本来一独立国家であった朝鮮国は日本の侵略により一時その支配下に置かれたが、難を逃れて活動を続けてきた亡命政府の活躍によりここに大韓民国の建国を勝ち取った」とでもしないと、国民に対して示しが付かなかった訳です。

そう言う訳で、今韓国で教えている歴史は上の嘘っぱちを全て正当化出来る様に辻褄を合わせたものです。だから「本来一独立国家たる朝鮮国」に都合が悪ければ属国は記載しない。属国で無ければ、日清間で朝鮮国を取引するのはおかしいだろうから当然日清講和条約は教えないで、日本が直接攻め込んできて勝手に占領した事にする。と、まあこんな感じです。他にも色々ありますが、記していけば幾らでも長くなってしまうので、又何か分からなければ、個々の史実に分けて質問してください。お願いします。

no.1です。お礼、有難うございました。

で、引き続いての疑問に関してなのですが・・・、教えてませんが答となります。

韓国・北朝鮮の独立に関しては他のアジア諸国た全く違った事情があり、それで余計にヤヤコシくなっています。ここでは当時の一応の経緯を述べておきますが、この辺りの事情を詳しく記すとかなり長くなるので、今回の回答で分からない点があれば、改めて個別に質問してください。

他のアジア諸国は欧州列強の植民地であった為、戦争が終わると戦勝国側となった元の宗主国が直ぐに植民地支配...続きを読む

Q【歴史・朝鮮半島の真実】「なぜ日本に親韓国が多いのか?」 日本の歴史的背景を見ると日本に親北朝鮮が

【歴史・朝鮮半島の真実】「なぜ日本に親韓国が多いのか?」

日本の歴史的背景を見ると日本に親北朝鮮が多いのは頷けるはずです。

米ソ冷戦時代に朝鮮戦争で朝鮮半島は米ソの代理戦争を行った。

朝鮮半島の北部を金日成が北朝鮮をソ連側で樹立。

南部は北朝鮮に遅れることアメリカ側について独立樹立。

韓国は北朝鮮のあとに出来た国なので南部には北朝鮮派の人も住んでいた。

韓国が独立してから南部では北朝鮮派狩りが始まった。

南部に住む北朝鮮派の朝鮮半島人は韓国派から逃げてさらに南下して中国から逃れた人が台湾に移ったように朝鮮半島の南にある孤島である済州島に逃げ込んだ。

しかし、韓国は南部北朝鮮派が孤島の済州島に逃げても孤島まで追いかけて殺しに行った。

済州島に逃げた韓国に住む北朝鮮派は日本に逃げ込んだ。

その当時の日本は戦後でGHQに支配されており密入国が容易だった。

そのため日本には北朝鮮派の朝鮮半島人が在日として存在している。

これは朝鮮半島と日本の歴史から見て日本に北朝鮮派の在日がいるのは自然である。

しかし、日本の政治家は北朝鮮派の朝鮮半島人を嫌って、韓国派を好む。

どう考えても歴史から見て日本人が付き合うべきは南部韓国派ではなく南部北朝鮮派の人たちだと思うがなぜ日本の政治家は歴史を無視して、南部韓国派の韓国人と付き合うのだろう?

北部北朝鮮と南部韓国派は敵であり、日本人が付き合うべきは南部北朝鮮派の人たちだと思います。

在日韓国人というのは実際は南部北朝鮮派の人のことですよね?

南部韓国派の人間は済州島を襲撃して本土、国土を持ったので日本に密入国する必要はなかったはず。

もう一度、日本は朝鮮半島の歴史を見直すべきでは?

朝鮮半島には北朝鮮人と韓国人の2つの種族ではなく、実際には北朝鮮人と韓国南部韓国派と韓国南部北朝鮮派の3種類が存在していたという事実を2つの民族に分けるから在日韓国人という意味不明な意味のない曖昧な表現になって在日韓国人は味方の韓国南部北朝鮮派の人のことを指していたのに今では在日韓国人と言えば、韓国南部韓国派の本当は日本に逃げ込んでいない韓国人のことを間違って指している。

そう思いませんか?

日本人は現場の朝鮮半島の北朝鮮、韓国にとってスパイである韓国南部北朝鮮派の残党を潰そうとしている。

この在日韓国人(韓国南部北朝鮮派)は日本の味方であり、朝鮮半島の2国をスパイしてくれる日本人にとって必要な存在だと思います。

それをなぜ日本政府の自民党は朝鮮総連を潰しに掛かるのか。潰す相手を間違えている。

日本にとって情報を提供してくれる在日韓国人(韓国南部北朝鮮派)を在日韓国人として潰しにかかっているプロパカンダは誰がやっている?

あなたが潰そうとしているひとくくりにしている在日韓国人は味方かも知れない。

【歴史・朝鮮半島の真実】「なぜ日本に親韓国が多いのか?」

日本の歴史的背景を見ると日本に親北朝鮮が多いのは頷けるはずです。

米ソ冷戦時代に朝鮮戦争で朝鮮半島は米ソの代理戦争を行った。

朝鮮半島の北部を金日成が北朝鮮をソ連側で樹立。

南部は北朝鮮に遅れることアメリカ側について独立樹立。

韓国は北朝鮮のあとに出来た国なので南部には北朝鮮派の人も住んでいた。

韓国が独立してから南部では北朝鮮派狩りが始まった。

南部に住む北朝鮮派の朝鮮半島人は韓国派から逃げてさらに南下して中国か...続きを読む

Aベストアンサー

間違いがあり過ぎて、指摘しきれない。

>朝鮮半島の北部を金日成が北朝鮮をソ連側で樹立。
>南部は北朝鮮に遅れることアメリカ側について独立樹立。

建国は「大韓民国」の方が先です。



>韓国が独立してから南部では北朝鮮派狩りが始まった。

お前は朝鮮戦争の「補導連盟事件」を建国直後の事だと誤解していないか?



>これは朝鮮半島と日本の歴史から見て日本に北朝鮮派の在日がいるのは自然である。
>そのため日本には北朝鮮派の朝鮮半島人が在日として存在している。

朝鮮戦争は半島全土が戦場になっているので、韓国からの密入国者もいる。
それ以前に、戦前から日本にいる朝鮮人が全て帰国したわけではない。
その中にどちら側の在日もいるのは当たり前。

Q中国王朝の言葉

中国王朝は何度も異民族による統治が行われてきましたが、その統治下では漢民族と異民族は言葉が通じていたのでしょうか。たとえば元王朝だと漢民族がモンゴル語をしゃべっていたのでしょうか。モンゴル人が中国語をしゃべることは無いように思われます。漢民族は統治されるたびに言語を勉強していたのでしょうか。

Aベストアンサー

君主は自分自身の側の固有の言葉しか使おうとしないかもしれませんが、
国境地帯に頻繁に出向かされる『現場』の官吏や特産物を売買(貿易)する
商人は覚えてしまった方が利が多いので互いに覚えます。

元王朝の場合は、フビライ自身はモンゴル語のみで公用文字もパスパ文字
でしたが、君主に見せる書類以外に漢人用に漢字の書類も並行して作られましたし、
大衆に対してはむしろ漢字で処理した方が手っ取り早いので中国語も存続
していました。ただ、出世するためには漢人がモンゴル語を覚える必要が
ありましたし、元の時代はモンゴル語を覚えても漢人はそれなり以下の
地位に留められました。

清朝では、官僚も満漢同数制を取るなど割とバランスが取れた状態に
なっていましたし、満州族は話し言葉はともかく、書き言葉は漢字の
方が便利なので、むしろ満人が中国語を積極的に使いました。清朝の
始祖のヌルハチ(太祖)と二代目のホンタイジ(太宗)は満州語で
育ちましたが、三代目の順治帝は教育を受ける頃には既に北京に
入っていて、中国語での教育の方が圧倒的に多く、その後の北京
生まれの皇帝は言葉に関しては完全に中国語です。

君主は自分自身の側の固有の言葉しか使おうとしないかもしれませんが、
国境地帯に頻繁に出向かされる『現場』の官吏や特産物を売買(貿易)する
商人は覚えてしまった方が利が多いので互いに覚えます。

元王朝の場合は、フビライ自身はモンゴル語のみで公用文字もパスパ文字
でしたが、君主に見せる書類以外に漢人用に漢字の書類も並行して作られましたし、
大衆に対してはむしろ漢字で処理した方が手っ取り早いので中国語も存続
していました。ただ、出世するためには漢人がモンゴル語を覚える必要が
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Q台湾の独立について

私は現在台湾に行ったことがないのでわからないのですが、国民党や民進党や
台湾国民は正直言って中華人民共和国と一緒になりたいのですか。それとも独立をしたいのですか。テレビで台湾のことが話題になってもわかりません。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

去年、台湾で行われた世論調査では次のようになっています。

1.ただちに中国と統一するべき・・・・・・・・・2.4%
2.現状を維持し後に統一を目指す・・・・・・・・10.7%
3.ただちに独立宣言をする・・・・・・・・・・・4.3%
4.現状を維持し後に独立を目指す・・・・・・・・12.9%
5.現状を維持し状況を見て独立か統一を決定する・36.6%
6.永遠に現状を維持する・・・・・・・・・・・・24.3%
7.わからない。意見なし・・・・・・・・・・・・8.7%

とりあえず、今のところは現状を維持したいと思っている人が大多数のようです。

国民党は、中国の正統な国家は台湾であり、独立には反対。ただし今のところは現状を維持し、統一も独立もせず、中国を刺激しない事によって平和を保ち、経済を発展させ国民の生活を向上させる事が当面の目標だそうです。
去年、国民党の代表が次のように発言しています。
「統一、独立、現状維持の三つの選択のうち、統一が最終目標であるが、現在は現状維持がもっとも現実的な選択肢である」

民進党は「台湾共和国」を成立させ独立する事が目標でしたが、1999年に、選挙で勝つ為にそれを棚上げにし、独立の方針を凍結しています。

陳水扁総統は2000年に選挙で勝った後、「四不一没有」という対中国政策を発表します。中国が武力を使わないうちは「独立宣言をせず」「国号を変更せず」「両国論を憲法加えない」「独立か統一かの国民選挙を実施しない」「国家統一綱領と国家統一委員会の廃止つという問題はない」という内容です。
そして後に「強本西進」という政策を打ち出します。中国と経済交流を強化し、さらには台湾を承認させようというものです。しかし、中国がこれに乗らず失敗しました。
2002年には、はっきりと「中国と台湾は別々の国である」と発言しています。

結局、国民党も民進党も国民の意向を無視する事はできないので、大多数の人が望んでいる、現状維持の状況をとりあえずは、維持する方向なのでしょう。

去年、台湾で行われた世論調査では次のようになっています。

1.ただちに中国と統一するべき・・・・・・・・・2.4%
2.現状を維持し後に統一を目指す・・・・・・・・10.7%
3.ただちに独立宣言をする・・・・・・・・・・・4.3%
4.現状を維持し後に独立を目指す・・・・・・・・12.9%
5.現状を維持し状況を見て独立か統一を決定する・36.6%
6.永遠に現状を維持する・・・・・・・・・・・・24.3%
7.わからない。意見なし・・・・・・・・・・・・8.7%

とりあえず、今のところは現状を維持したいと思っ...続きを読む

Q中国の今までの王朝の民族を教えてください 

中国の今までの王朝の民族を教えてください 

Aベストアンサー

■全土統一以来漢民族による朝代は漢と明のみではないでしょうか。
 歴代王朝の民族は、以下ご参考。

■たてまえの通説。
Wikipediaに詳細がありますが、要点は以下の通り。
部分引用しました。
・漢民族以外の民族による「征服王朝」とされているのは、
遼朝  916年 - 1125年 契丹人(キタイ人)
金朝 1115年 - 1234  女真族(ツングース系民族)
元朝 1271年 - 1368年  蒙古族(モンゴル高原を中心としたモンゴル語の民族)
清朝 1644年 - 1912年 満洲族(ツングース系民族)
  注:期間については学説により異論あり。
・五胡十六国時代の諸国や北朝は「浸透王朝」・・・全土を支配していなかった
  注:五胡十六国は304年の漢(前趙)の興起から439年の北魏による華北の
    統一まで。当時中国華北に分立興亡した民族・国家の総称。
    十六国とは北魏末期の史官崔鴻が私撰した『十六国春秋』にもとづき、
    実際の国数は16国を超える。詳細は、
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%83%A1%E5%8D%81%E5%85%AD%E5%9B%BD
  この間参与した国名と始祖、民族名が頁の下部に一覧があります。
  漢族も含めて匈奴、羯、鮮卑、羌etc.多種あります。

■以上の他に他民族王朝説があるのが、
・秦朝 現青海省~新疆方面の西戎(西方にいた遊牧民族)、羌(きょう)族。
・隋・唐王朝も鮮卑拓跋部出身貴族の楊氏・李氏。
      漢人出身を主張するも紛糾した。
・宋の太祖趙匡胤は漢民族ではなく突厥(トルコ系)。

■更に、
有史以来、周の時期(秦朝以前)までは全国統一されていませんでしたので、
現在とは版図も国の概念も異なりますが、
中原を中心に、おおむね漢族が権威をもって成立した政治と見てよいでしょう。
もっとも、当時の長江沿岸以南は漢族とは言えず、文化の淵源も異なります。

■おまけです、
こうしてみると、5000年?の歴史で、
漢民族が治めたのは細部はともかく周の時代まで、
以降については、漢代、明代のみが漢族国家と私は考えています。
北方民族の蹂躙を受け続け侵入を許してきたのが実態で、
それに抗して成功したのは、漢の劉邦と明の朱元璋、一時成功しかけた
のが李自成、3人とも南方出身です。
そういうわけで「中国の英雄は南から出る」と言う中国人が
現在も結構居るのです。
好悪は措いて、毛沢東もどういうわけか南方の湖南省出身です。
更に、「代」を付すのは漢民族の漢代と明代のみ、
他は全て異民族で「朝」だと主張する中国人もいます。
このような環境で、漢民族の文化を堅持してきたということは驚嘆に
値します。おそらく、春秋時代の諸賢が築いた成果によると考えます。

参考:中国の歴史・・・丁寧にリンクを辿るといろいろ見えてきます。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%8F%B2

■全土統一以来漢民族による朝代は漢と明のみではないでしょうか。
 歴代王朝の民族は、以下ご参考。

■たてまえの通説。
Wikipediaに詳細がありますが、要点は以下の通り。
部分引用しました。
・漢民族以外の民族による「征服王朝」とされているのは、
遼朝  916年 - 1125年 契丹人(キタイ人)
金朝 1115年 - 1234  女真族(ツングース系民族)
元朝 1271年 - 1368年  蒙古族(モンゴル高原を中心としたモンゴル語の民族)
清朝 1644年 - 1912年 満洲族(ツングース系民族)
  注:期間については...続きを読む

Q中国が台湾独立に反対する理由

台湾に独立されると
中国にどんなデメリットがあるんでしょうか?

ついでに、
ロシアがコソボ自治州の独立に反対する理由も知りたいです。

Aベストアンサー

以前、中国人の留学生に聞いた話です。

中国は一つの国に見えて、中はいろんな民族が集合した多民族国家です。(例えばシンチャンウィグル自治区とか、内モンゴル自治区とか、チベット自治区とか)

上記自治区には中国からの分離独立運動があり、台湾の独立を認めてしまうと、これらの自治区を押さえきれなくなってしまいます。だから、台湾に独立されては困るのだそうです。

Q中国の王朝名について

こんばんは。
社会で「中国の王朝名を答えよ。」とか
よくあるのですが、たくさん王朝名が変わるので覚えることができません。
どうやって覚えたらいいでしょうか。
宜しくお願いいたします

Aベストアンサー

かなり大雑把な覚え方ですが、
「浦島太郎」の節に乗せて(むっかしーむっかしーうーらしーまがー♪のアレです)

「殷、周、秦、漢、三国、晋、
 南北朝、隋、唐、五代、
 宋、元、明、清、中華民国、
 中華人民共和国♪」
(実際には周(春秋時代)→戦国時代→秦、漢は前漢→新→後漢、晋(五胡十六国)→南北朝、宋(北宋)→金と南宋など細かい別れ方をするのを端折っていますので注意

と歌って覚えましたね。

Q台湾が中国から独立したがるわけ。

 台湾が独立したがっても中国が許さないという図式が続いていますが、そもそも台湾はそこまでしてどうして独立したいのでしょうか?。

 小さな国だから中国の経済特別区のリーダーとして、国家参加すれば、今伸びている中国に拍車が掛かりよりよい国益になるとも言えると思うのですが、どうして台湾は独立したがっているのでしょうか?。

Aベストアンサー

 いわゆる台湾独立の場合、「中華民国」として独立するのでなく、「台湾」として独立するという考えもあります。
 つまり台湾は、大陸とは異なる文化圏であり、もともと台湾として独立していたが、国民党によって占領されたという考えです。言論の自由なども、李登輝前総統(台湾系)になってから認められたことで、それ以前の国民党時代(大陸系)では認められていませんでした。

『金美齢事務所』HPから「金美齢の提言」より
「ロジックから台湾独立を考える」
http://www.kin-birei.jp/suggest/rondan/200412.html
<私(注:金美齢)も長年使ってきた「独立」という言葉も不適切な含意を人に伝える。台湾はいまだかつて、1日たりとも中華人民共和国の一部であったことはなく、台湾人はかの国に対して1円の税金たりとも納めたことはない。台湾とかの国はそもそも最初から別の国なのだ。「分裂」の事実もないので、「統一」などまったくのナンセンス。
 戦後50数年間にわたって恐怖政治による植民地支配体制を続けてきた中華民国政府は、30年前に「中国正統政府」の虚構を国際的に否定され、21世紀に入ってからは、2度に渡る全民直接投票によって、台湾における政権をも失ってしまった。
 李登輝氏が言うように、中華民国はすでに存在しないのであるが、その虚構体制の残滓はいまなお台湾人を苦しめている。台湾人が「独立」と言うのは、端的にいってこの残滓の清算を指している。げに台湾問題とは「中国の内政問題」などではなく、台湾自体の内政問題なのだ>

 いわゆる台湾独立の場合、「中華民国」として独立するのでなく、「台湾」として独立するという考えもあります。
 つまり台湾は、大陸とは異なる文化圏であり、もともと台湾として独立していたが、国民党によって占領されたという考えです。言論の自由なども、李登輝前総統(台湾系)になってから認められたことで、それ以前の国民党時代(大陸系)では認められていませんでした。

『金美齢事務所』HPから「金美齢の提言」より
「ロジックから台湾独立を考える」
http://www.kin-birei.jp/suggest/ronda...続きを読む

Qなんで殷・周は他の中国の王朝と比べてやたら長いのか?

なんで殷・周は他の中国の王朝と比べてやたら長いのでしょうか?

Aベストアンサー

殷は統一王朝ではありません。黄河流域の華北一帯を支配しただけです。
しかも殷の歴史資料は間接的なものしかないので、
具体的にどういう経緯で成立して衰退したのかもよくわかってません。
細かく歴史がわかっていれば、また違ったでしょうが、
400年ぐらいですから、漢や唐と同じくらいです。

周の場合、王朝として存在したのは、西周までです。
東周時代は、支配機構が崩壊しているので、
周王は、日本の中世の天皇家みたいな感じです。君臨すれども統治せず。
現実的には諸侯は独立した国家で、周は有名無実です。
しかしもし秦王が滅ぼさなかったら、
華北文明の軸として残ったかもしれないので、その点は興味深いが、
ま、後々に異民族がどんどん入ってくるので無理か。
秦もほとんど異民族に近いわけで、東周時代というのは過渡期です。

Q台湾が独立国として西側諸国(日本を含む)と国交樹立

台湾が独立国として西側諸国(日本を含む)と国交樹立できる日はそう遠くないですか?
このまま中国が膨張していくと可能性は低いものですか。

Aベストアンサー

”台湾が独立国として西側諸国(日本を含む)と国交樹立できる日はそう遠くないですか?”
      ↑
遠いと思います。
中国の経済成長に伴い、国民党が議席を伸ばしています。
民進党はじり貧です。
このまま行けば、大陸に吸収されてしまうでしょう。
頼みは、大陸の没落ですが、これは難しい問題です。
ソ連崩壊レベルの事態にならなければ、無理でしょう。
中途半端に没落すれば、台湾に武力攻撃をしかけて、
統一してしまうおそれがあります。
軍縮している米国も頼りになりません。
そういう訳で、遠いでしょう。


”このまま中国が膨張していくと可能性は低いものですか。”
    ↑
中国が没落すればともかく、膨張していけば
その可能性は限りなく低いと思います。


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