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アヘン戦争が起きたことで欧米列強の東アジア進出の契機となりましたが、
ところでアヘン戦争が起きないようにするには、どうしたら良かったでしょうか?

1.急激な取り締まりをせず、緩慢に制限する
→ 林則徐が行った断行がアヘン戦争の直接の引き金とされています。

2.「弛禁論」(アヘンに関税をかけて正規ルートで輸入)を採用
→ 密輸入をなくすことでアヘンの普及範囲も把握できたと思います。

3.三角貿易に替わる財政策を行う
→ 工業製品をイギリスから直輸入すればアヘンを輸入する必要がありません。

当時の道光帝の下には、優秀な官僚が沢山おり、
なぜ事前にアヘン戦争を止められなかったのか、というのが疑問です。

また、この戦争は2年間続いていますが、最初の2ヶ月で天津を攻められ
軍事力の違いを知ったかと思いますが、この時に和睦していれば
南京・黄埔のような不平等条約は回避できたでしょうか?

アヘン戦争が近代東アジア史のターニングポイントという認識でいますが、
このあたりの歴史の「IF」についてご意見を頂けたら幸いです。

A 回答 (5件)

英国は中国からのお茶の輸入で輸入超過であった。

お茶を買いに行く船で中国に持ち込むものが欲しかった。工業製品は扱いが悪く、お茶に似たようなものが良かったのです。
アヘンの輸入を認めるような処置は行政としては出来ないでしょう。危険ドラッグを政府が認められないのと同じです。中華思想の国ですから、貿易不均衡の是正と言う考えはまったくなかったのだと思います。
中国にたくさんの王国があって各々が武器輸入をしていたら、対抗武力も持ちアヘン戦争は起こらなかったかもしれません。
日本の場合には英国は日本からの銀の持ち出しと武器の提供で潤い満足していたのです。薩摩も長州も良い客で、江戸の町も商売のために戦火で燃えてほしくはなかったのです。
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歴史は、後から見ると「そうなることが必然であった」みたいな評価になりがちですが、実際には、全くそんなことはなくて、偶然の割合が相当に大きいです。


(歴史にIFを考えることに意味がないのは、まさにこのためです。IFを考えたらほぼ全てのシナリオがありになってしまう)

その上で、あえて私の考えを言えば。

「アヘン戦争を回避すること」が目的なんですか?
アヘン戦争を回避することが目的とするなら、1~3の政策で可能だった可能性は高いと思いますけど。(ようは、清国がアヘン蔓延を放っておくことにすれば、当然ながら、アヘン戦争は起きない)

1.
おそらく、それは現実的ではないでしょうね。そもそも民衆がアヘンを求めているわけで、緩慢な制限などでは対策は無理だと思います。そもそも「上に政策あれば下に対策あり」なわけで。

2.
私個人は可能だったと考えます。それが「良い政策」かどうかは別ですが

3.
中国の民衆がアヘンを欲しがっていて、工業製品はいらない、と言っているからそうなっていたんですけど。政府が「今日からアヘンの代りに工業製品を欲しがることにする」と言ったって意味ない。

>また、この戦争は2年間続いていますが、最初の2ヶ月で天津を攻められ
>軍事力の違いを知ったかと思いますが、この時に和睦していれば…

和睦というのは、相手との交渉で決まるわけです。清が和睦したいと思っても、イギリスが「いまこんな条件で和睦したら損だ」と思えば和睦は成立しません。
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1.2.のような考え方が清王朝内部にもありました。


しかし時すでに遅しで、アヘンは朝廷内部にまで広がっていました。
そもそも、現代では麻薬だから取り締まるのが当然と考えられていますが、当時は世界中にそのような考え方はありませんでした。
イギリスでも、あらゆる種類の麻薬の販売・所持・吸引などはいっさい自由でした
アヘンは痛み止め・咳止め薬として、薬局やパブで公然と市販されていました。
コナンドイルの探偵小説の主人公シャーロック・ホームズもコカイン常習者として描かれて何の疑問も持たれませんでした。
またルイス・キャロルの『アリスの不思議な世界』は麻薬酩酊状態を表現したものともいわれています。
中毒者は多数いましたが、誰も気にとめることがなかった時代です。

2.のようなことが実現できた国は過去も現在もありません。
文字通りの机上の空論です。
現に現在の日本でも、麻薬は非合法とは言え依然として流通しています。
麻薬の取り締まりに当たる専任の警察官が必至で摘発していますがおさまりません。
現在の中国でも摘発されれば即刻死刑ですが、相変わらず流通は止まっていません。
最近日本人が死刑になりました。

>工業製品をイギリスから直輸入すればアヘンを輸入する必要がありません。
イギリスが持ち込んでくる品物の需要がなかったから売れなかっただけです。
現在とは生活そのものが違います。
当時の中国では工業製品など全く必要とされていませんでした。
工業製品は麻薬とは本質的に異なります。
現在日本で工業製品が不足しているから麻薬が密売されているのだとお考えでしょうか。

そもそも清王朝を含む歴代の中国王朝の考え方は、朝貢貿易です。
皇帝に貢物を持ってきた奴には下賜してやる、それ以外の交易は全て、朝廷を畏れぬ賊による密貿易と看做しました。
日本の交易船を倭寇といい海賊扱いするのはこの為です。
江戸時代に長崎に来航していた中国商船は、中国政府に言わせれば密貿易船です。
イギリスはイギリスで中国の事情などお構いなしに貢物もせずに一方的に交易を強行していただけです。
清王朝も北京から遠く離れマカオなどでやっていたので黙認していただけです。

要は現代感覚で当時の史実を評価しますと完全に誤解してしまいますのでご注意願います。
例えIFでも当時の価値観抜きでは単なるSFになってしまいます。

>当時の道光帝の下には、優秀な官僚が沢山おり
何を基準に優秀とお考えでしょうか。
林則徐は交渉相手のイギリス人にも高く評価された有能な外交官でした。
交渉をぐちゃぐちゃにして戦争にまで事態をこじらせたのは後任の琦善です。
しかもこの琦善が合意した内容が気に入らないと一方的に破棄したのは、林則徐を首にして琦善を後任に任命した道光帝です。
後に太平天国の乱という内乱が起きると首にした林則徐を慌てて呼び戻しています。
琦善に代えたのも、イギリス艦隊が北京から遠い広州(香港、マカオ)ではなくすぐ近くの天津に現れただけで驚いて慌てて見境もなくやっただけの話です。

>この時に和睦していれば南京・黄埔のような不平等条約は回避できたでしょうか?
そんなお人好しの外交官はどこにもいません。
まして当時は軍事的に屈服させれば植民地化するのが常識の時代です。
イギリスがたまたま外洋国家で陸地にさほど興味を持っていなかったことが幸いしたというべきです。
これがスペインやポルトガルであれば、香港どころの騒ぎでは済まなかったでしょう。
大量の陸軍を送り込まれて根こそぎ植民地化されていたでしょう。
北京政府は忽ち傀儡政権と化していたでしょう。

>アヘン戦争が近代東アジア史のターニングポイントという認識でいますが
アヘン戦争を真正面から受け止めて真剣に考えたのは日本だけです。
江戸幕府も直ちに異国船打ち払い令を撤回して、開国の準備に入りました。
肝心の清王朝はせっせと言い逃れの正当化を考えていただけでした。
結局太平天国などというキリスト教思想に基いた反乱を誘発してしまいました。

江戸幕府は江戸時代を通じて国際情報は豊富に入手していました。
オランダ商館から定期的にヨーリッパ情勢の報告を受けていました。
大黒屋光太夫やジョン万次郎のような漂流民からも情報を聞き取っていました。
アヘン戦争の第一報をもたらしたのも仙台伊達藩の漂流漁民でした。
それを独占して秘匿していただけです。
坂本龍馬に世界情勢を教えたのは幕府のコッバ役人だった勝海舟です。
清王朝は中華思想の塊ですから、このようなことは一切やっていませんでした。
ヨーロッパで何が行われていてイギリスとはいかなる国かなどということを考えることができる皇帝も官僚もいませんでした。
林則徐に対してイギリス人は、惜しむらくは世界情勢を知らないが外交官としては一流の人物であると評価しています。

下記のサイトを参考までに覗いてみて下さい

中国史(第27回 アヘン戦争) - 裏辺研究所
www.uraken.net/rekishi/reki-chu27.html

例えアヘン戦争自体は回避できても、早晩イギリスやフランスと衝突していたでしょう。
ヨーロッパ諸国はクリミヤ戦争に忙殺されていましたが、終了後直ちに東南アジア諸国を植民地化していきました。
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アヘン戦争は回避できたか?



中国政府がイギリス議会対策をやっていれば、「清に対する出兵に関する予算案は賛成271票、反対262票の僅差で承認され」(引用)たのだから、この議決をひっくり返すことは出来たはず。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E7%89%87% …

http://en.wikipedia.org/wiki/United_Kingdom_gene …
なんか相当欠席しているようだし

当時の道光帝の下には、優秀な官僚が沢山おり、

あんまり関係ないんじゃないの?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%B9% …

「最良の、最も聡明なはずの人々」が、いかにして政策を過ち、アメリカ合衆国をベトナム戦争の泥沼に引きずりこんでいったのか、ホワイトハウスの内情を克明に描いたドキュメンタリーである。
以上引用


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AD% …

No1の方の回答にご不満のようですが

「当初開戦理由として相応しい開戦原因がなかったため、武力行使の準備だけは十分に整えていつでも武力行使にすぐに踏み切れる体制を整えていた。
そのような状況下で起きたのがアロー号事件であった。」

きっかけ待ちなわけで、別に陰謀だとい話ではない。
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アヘン戦争に限らず 戦争には内的事情があり 起こりました



なので 起こりうる事だったのです

内的事情が解かれば 名前が違ってても 必ず 戦争が起きなければならなかった事が判るのですが・・

この回答への補足

すいません、この際ロスチャイルドとかニューオーダーとかの話は抜きにして、テクニカルな政治論・歴史論でお願いします。

補足日時:2014/08/12 11:55
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