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古代~江戸時代の知的障害や発達障害(昔は変わり者扱いだったようですが)はどうやって過ごしてたのでしょうか?

A 回答 (4件)

端的には、現在と同じように過ごしていましたよ。


昔は、障害者でなくとも、社会に身の置き場の無い人が沢山いたのです。例えば、旗本三男坊とかね。産まれながらに一生冷や飯食いの居候です。だから障害者が目立たなかったし、それ程社会の重荷でもなかった。また、身分制度がはっきりしている社会では、その人の障害が障害になりません。知的障害者であろうと発達障害者であろと、将軍は将軍だし、浪人は浪人、商人は商人です。
古代でも同じです。ある種の「片輪」は、忌み嫌われながらも、神聖不可触なものでした。つまり、社会が役割りを授けています。これも、身分制に帰属します。その人の障害よりも、その人の身分から外れる事のほうが社会性の破綻を招くのです。

この回答への補足

再び質問で申し訳ないのですが…。
昔の居候でも、どこかでバイトして家計を助けるとか(軽い知的障害者なら彼らでもできる雑用など)、農民なら田んぼを手伝うとか、そういったことはできなかったのでしょうか?

〉その人の障害よりも、その人の身分から外れる事のほうが社会性の破綻を招くのです。
生まれながらの身分を固定する必要性(社会を保つ)はどういうことなんでしょうか?

補足日時:2014/10/12 18:24
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犬神家の一族のスケキヨのように、周囲への面目を保つために、敷地から出すことなく、一生屋敷で過ごさせるというのが裕福な家庭での一般的な扱いでした。

座敷牢というやつへの軟禁です。

それができないような階級では、家業を手伝えるならそれでいいけど、集落に迷惑をかけたりしたら村八分。行方がわからなくなったとしても勝手に行方不明として消息も確認せずに無縁仏になっているだろう、という扱いです。それか、引き取られているとすれば、見世物小屋の見世物として動物と同列です。

ここらへんは、昔の欧米と同じ、メンツのために臭いものに蓋をして過ごしてきた、エレファントマンなどと同じ歴史が20世紀になるまで続いたのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
経済的に余裕がなければ、仕事の戦力にならないものは追い出されて餓死するか、見せ物として扱われていたんですね。
経済的に余裕がない時代でしたでしょうし、そうでなくても障害者が嫌われるのはいつの時代も同じようですね。

お礼日時:2014/10/13 15:53

補足について。


発達障害や知的障害にスポットを当てて考えることに、意味が無いように思います。身分制度が行き着いた江戸時代では、農民なら、知的障害者であろと発達障害者であろうと農民として需要な人手です。当たり前に働いていたでしょうね。商人工人であっても同じです。武士であっても同じ。知的障害者、発達障害者が役立たずであろうと、その身分からは逃れられません。その身分に従い生きるのみです。その人の特性が、その人の人生を左右しないのです。
嫁を貰う事や婿を取る事もに差し障りません。家族制度が充実していましたから、主婦がひとりで家事を切り盛りする事も無いし、労働も家族単位でなされます。障害者ひとりが家族や家庭を破綻させる事も少なかったと思います。結婚出来ない人は、知的障害者や発達障害者によらず、家督を継げない長男長女以下の人が多かった。その家が金持ちなら持参金を積んで嫁に行くなり、婿養子に行くなりしますけど、兄弟の順番が下位になる程、実家の居候として生涯を終えるか、口減らしで奉公に出されるしか無い。現在では、労働や結婚は、個人対社会や個人同士の繋がりに傾きつつあるので、自由競争や自由選択に参入することや、破綻の回避が難しいでしょうけれどね。
この身分制の必要性は、その時代により事情が変わります。ですが普遍的には、限定された資源の分配の為に、人は争って来た歴史があるから、争いの為に資源が枯渇する無駄を省くのには、有効な手立てだったと思います。
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この回答へのお礼

本当に理解力なくて申し訳ありません
争いを避けるためには身分制度の固定が必要だったんですね。
時代背景、あとはお話聞いてると、労働環境も今ほど複雑ではなく、昔の方が障害者には適応しやすい形だった感じですね。
再び回答くださってありがとうございます。

お礼日時:2014/10/13 16:56

pg8mwさんとは違った観点での回答です。


⇒ 知的障害や発達障害はどうやって過ごしてたのでしょうか? (現在、過去)
知的障害にはある程度の社会的取扱の歴史がありますが、発達障害はごく最近になって社会的取扱がされるようになったものです。福利厚生、厚生経済などの発想もすごい社会になっているので、障害者支援政策や通所、入所施設もあるようになって来たのは最近です。
したがって、30年以上前になると、通所施設、入所施設で過ごすことは出来ません。 学校教育で障害者教育をしていたところでは、知的障害となればそうしたところで時間を過ごせた可能性が1891年以降はあったかもしれませんが、そうした施設を利用できた人の数は少数です。
現状の判断基準で、知的障害や発達障害とみなせるヒトは、1960年以前でも多くいたでしょうが、ほとんどのヒトは、障害者支援政策や通所、入所施設を利用できずに暮らします。 自宅などで過ごす、普通学校や普通の職場で働くようにしていたヒトも多いと思います。 
しかし、もともと、どの社会でも、人口の過半数は平均所得に達しない経済状況で生活しますので、社会生活をする上で障害を抱えているようなヒトは、生活と経済面、仕事の獲得面で困窮しやすいのです。 さらに、知的障害や発達障害の場合(その当時の社会で障害とは思われていないことが多いと思いますが)併存障害(合併している他の精神障害)を多彩に持つので、キツネ憑きとか、そうしたことにシフトしたり、不従順から続く受動攻撃的な反抗で家出したり、不良集団や浮浪人、乞食、渡世人、博徒、盗人になったり、やみの性の商売(売春)で生きたりという生活になることも多かったと思います。 もちろん、下働きの下層労働に終始できて、それで誠実に一生をおくることが出来たヒトも多いと思います。(経度の知的障害は人口の5%くらい、発達障害は考え方次第ですが人口の20%くらいはいそうです) そうした多数の人間を考えた場合、渡世や犯罪、賭博、売春に進むよりは、普通に生活しているひとがほとんどと考えてイイでしょう。
なお中には、神がかりになって、あるいはあることに没頭邁進して、民間宗教、芸能、技芸、武道、学問など、そうした面で世に知られる活躍するヒトもあったでしょうが、少数例(人口の1%に満たない・発達障害の5%に満たない)だと思います。
古代でも、中世、近世でも、近代でも同じでしょう。
現代も、ごく最近の10年くらいが、大きく状況変化してきているのだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
居候、ホームレス、ばくちうち、犯罪者。
大半はまともに働くも、単純労働で賃金も安く、厳しい生活だった。
自力で人並みの生活は難しいですね。

お礼日時:2014/10/13 17:18

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