ベルリンの壁関連のようです。

Waren Ihnen denn von Anfang an diese Folgen der Trennung bewusst ?
Es war für mich anfangs überhaupt nicht absehbar, was das auf Dauer für Folgen haben könnte und wie sehr sich die beiden Teile Berlins auseinander entwickeln würden.

分裂の連続の始まりをわかっていたの?
私にとってその始まりは全く予見できず、そのことは結局より一層両側のベルリンを離れ離れに発展させた


Haben Sie damit gerechnet, dass die Mauer mehr als ein Vierteljahrhundert steht ?
Am Anfang habe ich damit eigentlich nicht gerechnet. Wie fast alle Westberliner hoffte ich, dass die Westalliierten, also die Amerikaner, Engländer und Franzosen eingreifen und die anfangs relativ primitiven Grenzhindernisse beseitigen würden.
Außerdem ist zu bemerken, dass die später fast perfekten Grenzanlagen erst im Laufe von vielen Jahren Bautätigkeit entstanden sind.

あなたはそれと同時に壁は25年以上たっていたことを見込んでいましたか?
初めのころは私は本当は見込んでいなかった。
私はほぼすべての西ベルリン人に西の連合体(アメリカ イギリス フランス)の干渉および相対的な原始的国境の障害を取り除くことを望んだ。
その上、のちのほぼ完ぺきな国境設備が初めに多くの月日の建設活動が生じていたことに気付いた。

Fühlten Sie sich in dem Moment von den Westalliierten im Stich gelassen ?
Das ist am Anfang sehr stark der Fall gewesen, weil die Westberliner selbst völlig ohnmächtig und hilf-und ratlos waren, hofften alle auf ein Eingreifen der Westalliierten. Auch ich war fest davon überzeugt und konnte es zunächst nicht begreifen, dass sie nicht einmal einen Versuch unternahmen, die Grenzhindernisse einfach zu beseitigen.

あなたはその瞬間西の同盟国に見捨てられたと感じましたか?
西ベルリン自体では完全になすすべや助けがなく、途方にくれて西の同盟国の干渉をすべて望んでいたので初めは非常にひどい崩壊であった。
私も堅くそれにつ確信しており最初に昔、国境の障害を取り除く試みに出なかったことを把握できなかった。

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A 回答 (1件)

こんにちは。



問題のある個所に番号を振ってお話しします。

Waren Ihnen (1)denn (2)von Anfang an diese (3)Folgen der Trennung bewusst ?
Es war für mich (4)anfangs überhaupt nicht absehbar, (5)was das (6)auf Dauer für (7)Folgen haben könnte und (8)wie sehr sich die beiden Teile Berlins (9)auseinander entwickeln würden.

(1) denn: 「そもそも」という訳を入れてください。
(2) von Anfang an: 「始まり」ではなく「最初から」という意味になります。
(3) Folgen: この場合は「連続」ではなく「結果」、東西分断によって起きたいろいろな問題ということです。
(4) anfangs: 副詞なので「最初は」という意味になります。
(5) 注意が必要な個所です。Was für Folgen と考えてください。「どのような結果」という意味です。この複文の主語はdasですから、「これは、どのような結果を持ちうるか」=「これはどのような結果をもたらすか」という意味になります。
(6) auf Daue: 「長い間に」
(7) (3)と同様、「結果」です。
(8) wie sehr: 「どんなに多く~か」と、程度を強調しています。
(9) auseinander entwickeln: 「別々の方向に発展する」という意味なので、「離れ離れに発展させた」ですと、訳としては少し不明瞭です。

以上の部分を、文意がわかるように、少し意訳を入れて書きなおしてみます。

「そもそもあなたには、分断によるこのような結果が最初からわかっていましたか?」
「それが、長期的にどのような結果を招くか、また、両ベルリンがいかに違う方向へ発展するか、私には最初全く予見できませんでした。」

Haben Sie (1)damit gerechnet, dass die Mauer mehr als ein Vierteljahrhundert (2)steht ?
Am Anfang habe ich damit eigentlich nicht gerechnet. (3)Wie fast alle Westberliner hoffte ich, dass die (4)Westalliierten, also die Amerikaner, Engländer und Franzosen (5)eingreifen und die (6)anfangs (7)relativ (8)primitiven (9)Grenzhindernisse beseitigen (10)würden.
(11)Außerdem ist zu bemerken, dass die später fast perfekten Grenzanlagen (12)erst (13)im Laufe von vielen Jahren Bautätigkeit entstanden sind.

(1) damit: 複文の内容を受けます。つまり、複文に書かれているようなことを見込んでいたか、という意味なので、「同時に」という意味にはなりません。
(2) steht: この場合は、このまま現在形として訳して下さい。
(3) Wie fast alle Westberliner hoffte ich, dass: 「ほとんどすべの西ベルリン市民同様望んだ」、何を望んだかというと、dass以下の複文に書かれている内容のようなことを望んだということになります。
(4) Westalliierten: 西側同盟国の人たち(単に、「西側同盟国」という意味でも使います)
(5) eingreifen: 介入
(6) anfangs: 最初は
(7) relativ: 比較的
(8) primitiven: ここでは「簡素な」「簡略な」
(9) Grenzhindernisse: 国境封鎖
(10) würden: 接続法IIのニュアンスを少し入れてください。
(11) Außerdem ist zu bemerken: 現在形であることに注意してください。「当時気付いた」のではなく、今インタビューを受けている人が、「ほかに言っておかなければならないことは」と、話を切り出しています。
(12) erst: 「初めに」ではなく、「やっと」「その時になって初めて」という意味です。
(13) im Laufe von vielen Jahren Bautätigkeit: 直訳すると、「何年もの建設工事の経過の中で」

以上の部分の訳です。

「あなたは、壁が四半世紀以上立ち続けることを見込んでいましたか?」
「実のところ、最初はそのようなことは見込んでいませんでした。たいていの西ベルリン市民がそうであったように、私は、西側同盟国の人たち、つまりアメリカ人、イギリス人、フランス人たちが介入してきて、初めのころは比較的簡素だった国境封鎖を撤去してくれるのではないかと望んでいました。さらに言っておかなければならないのは、その後、何年もの建設工事が続けられたのちに、初めてほぼ完ぺきな国境設備ができあがったということです。」

Fühlten Sie sich in dem Moment von den Westalliierten im Stich gelassen ?
Das ist am Anfang sehr stark der (1)Fall gewesen, weil die Westberliner selbst völlig ohnmächtig und hilf-und ratlos waren, hofften alle auf ein (2)Eingreifen der Westalliierten. Auch ich war fest davon überzeugt (3)und konnte es (4)zunächst nicht begreifen, dass sie (5)nicht einmal einen Versuch unternahmen, die Grenzhindernisse einfach zu beseitigen.

(1) Fall: これは「崩壊」ではなく「状況」、つまり、その前の文章(インタビューアー)の「見捨てられたと感じたか」という状況を指します。
(2) Eingreifen: すでに出てきましたが、「介入」が適切です。
(3) und: 単に「そして」という意味の接続詞ではなく、「だから」に近いニュアンスがあります。
(4) zunächst: 「まず最初に」
(5) nicht einmal: 「~すら~でない」「~さえも~ない」

以上の部分の訳です。

「あなたはその瞬間、西側同盟国に見捨てられたと感じましたか?」
「最初は極度にそういう状況でした。なぜなら、西ベルリン市民自体は完全に無力で、頼るものもなく途方に暮れ、誰もが西側同盟国の介入を望んでいたからです。私も、介入があるものと固く信じていましたから、西側諸国が、さっさと国境封鎖を撤去する試みすらしなかったことが、とにかく理解できませんでした。」

御参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

あまりにも丁寧な添削で、素晴らしいです。

ありがとうございました!

お礼日時:2014/10/17 13:21

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Qドイツ語の前置詞 auf,zu,in+gehen (kommen)の使い分け

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ins Konzert gehen, in die Stadt gehenのようにinを使う場合はその場所に入って何かをする場合という説明がありました。それでは、zum Bahnhof fahrenなら単に駅という場所に行くということになりますか?

auf,in, zuという前置詞の使い分けが今一つわかりませんので教えてください。







s

Aベストアンサー

いつも言葉の一番微妙なところをお尋ねになりますね。文法知識や経験があっても簡単には答えられない御質問が多いです。

今回も、乱暴に言うとauf、in、zu、どれも同じように使っている現実があります。もちろん、全く同じというわけでもなく、それぞれの前置詞の本来の意味が関わってくる場合もありますが、個人によって、また地方によって傾向が異なることもありますし、慣用的に決まった言い方もあります。
私自身は、学校や大学へ通う場合も授業を受けに行く場合もinを使うことに慣れていました。ins Konzert gehen、in die Stadt gehenもそれぞれ決まった言い方として覚えていましたし、役所や駅ならzum Amt、zum Bahnhof、郵便局や銀行ならauf die Post、auf die Bankと覚えていました。周りの人がそう話しているので、単に慣用的に定着したものと考えてそのまま使っていたのですが、もう少し複雑な事情があるようです。

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私が普段使っている古い郁文堂の独和辞典のSchuleの項には3つの例文が出ていますが、これはドイツのDudenの辞書の例文に倣ったもののようです。

1. er geht in (od. auf) die höhere Schule  彼は高等学校へ行っている
2. noch in die (od. zur) Schule gehen まだ学校へ行っている(その学校の生徒だ)
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これまでにも何度か書名を挙げていると思いますが、白水社の「ドイツ語不変化詞辞典」というのがあり、aufの項にはこう書いてあります。

公共の施設,建造物,たとえばRathaus「市役所」,Post「郵便局」、Bank「銀行」,Schule「学校」,Platz「広場」などには好んでaufが用いられる.その他の用例は多く慣習的に固定したもので,またin,an,zuなどと交換できるものも少なくない.

しかし、私になじみがあるのは、auf die Post gehenとauf die Bank gehenで、ほかはzum Rathaus、zum Platzの方が普通に感じます。Amtに関してもドイツ語のQ&Aサイトのスレッドがあり、zum Amtが普通だと思うが、地方によって違うんじゃないか、とか、どちらも同じのようだがよくわからない、などの書き込みがありました。その一方、別のサイトでは、北ドイツではzum Rathaus gehenと、南ドイツではauf das Rathaus gehenと言うという情報、aufは古くさいという意見、また、お金を引き出しに銀行へ行くのならzur Bank gehenで、歩いている途中で雨が降ってきて、雨宿りに銀行の建物の中に入るのならin die Bank gehenだという人、「仕事に行く」というのはzur Arbeit gehenで、in die Arbeitという言い方は聞いたことがないというドイツ人に対して、オーストリアではin die Arbeit gehenと言うという書き込み、スイスドイツ語ではRathaus、Bahnhof、Post、Bankいずれもaufを使うという人、かと思うとaufは文法的に間違いと決めつけるひと、いろいろです。
このような回答では混乱するばかりかもしれませんが、一つ言えることは、場所の移動はzuであり、この場合は必ずしも建物の中に入ることを意味しない、と言うことです。たとえば、zur Bäckerei gehenもin die Bäckerei gehenも「パン屋へ行く」という意味で同じように使えますが、もし、「パン屋まで行ってそこを右に曲がって」と言う場合はパン屋には入らないので、zur Bäckerei gehen, dann nach rechtsとなります。駅も同様で、zum Bahnhof gehenは駅のあるところへ行くという意味でしかないので、駅の前でも横でも構わないわけです。インターネットに、Zum Lachen in den Bahnhof gehenという見出しがありました。これは、駅の構内でお笑いの催し物があって、その宣伝のようです。駅という場所へ行くのではなく、ステージのある駅の中へ行くということでin den Bahnhof gehenとなっているのでしょう。あるいは、駅と直接つながっている建物から駅構内へ入る場合もin den Bahnhof gehenになります。
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何とも回りくどい回答ですが、どちらでもよい場合、地方によって違う場合、意味によって使い分けがはっきりしている場合など、多少でもヒントになれば幸いです。

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Qドイツ語 wie aus der ....

現在、1800年代のドイツ語の文献(数学)を読んでいるのですが 、理解できずに困っています。
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以下の文は主語がないと思うのですが、どういう意味なのでしょうか。
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こんにちは。

代数的不変式論から周知(知られている)ように

コンマの前に他のものの説明があって、それを受けて述べられている文の一節です。主語にあたる言葉はこの一節の前にあるはずです。

QHaben Sie noch Zimmer frei ? について

NHKのドイツ語でHaben Sie noch Zimmer frei ? という文があったのですが、このfreiは形容詞でなく副詞ということになるのでしょうか?
(ポケット版の辞書には形容詞としか書かれていません)
形容詞であれば、次のようになると思うんですが、こんな言い方はしないということなんでしょうね。
Haben Sie noch frei Zimmer ? 
(過去ログに、副詞でも最後に来る場合があるというような記述がありましたし)

Aベストアンサー

持っている文法書で調べてみました。
ちょっと文法解説が難しいかもしれませんが、とてもクリアにわかると思います。
白水社『コレクション ドイツ語 8文法』54頁より

+*+*以下抜粋+*+*
形容詞には特定の同士の補語となり名詞を間接的に修飾する述語的用法と、名詞の前に直接つけて修飾する付加語的用法とがあります。付加語的用法では修飾する名詞の性・数・格と先行する冠詞の有無・種類により語尾が変化します。

Der Kaffee ist heiß このコーヒーは熱い(述語的用法:主語補語)
Ich trinke Kaffee heiß 私はコーヒーは熱いのを飲む(述語的用法:目的語補語)
Ich trinke heißen Kaffee 私は熱いコーヒーを飲む(付加語的用法)

+*+*+*+*

Haben Sie Zimmer frei? は、このうち上から2つ目の述語的用法:目的語補語というのに相当し、質問者様の提案の言い方は3つめのにあたります。このように付加語的に修飾する場合、性・数・格・冠詞に一致させなければいけなくなるので、Haben Sie ein freies Zimmer?となると思います。(中性・4格・不定冠詞にあわせる)

どちらでも意味は変わらないですが、ただネイティブドイツ人の慣用的な言い方がこの場合Haben Sie Zimmer frei?の方なのでこちらを使うべきだと思います。

横にそれますが、昔先生に言われたのが、
「猿も木から落ちる」ということわざで、同じく木登りの上手いかぶとむしを使った「かぶとむしも木から落ちる」のどこが間違っているか、と外国人に聞かれたとしても、意味は全く同じだけど、ネイティブがそう言わないものはそう言わないだから仕方ない。

始めに文法ありき、ではないので、実際の使用者の慣用表現が最優先だということみたいです。・・・ということで、なんとなくこの用法に違和感はあっても、意味は同じでも、実際に使うのはこの言い方みたいですね。

参考になれば幸いです。

持っている文法書で調べてみました。
ちょっと文法解説が難しいかもしれませんが、とてもクリアにわかると思います。
白水社『コレクション ドイツ語 8文法』54頁より

+*+*以下抜粋+*+*
形容詞には特定の同士の補語となり名詞を間接的に修飾する述語的用法と、名詞の前に直接つけて修飾する付加語的用法とがあります。付加語的用法では修飾する名詞の性・数・格と先行する冠詞の有無・種類により語尾が変化します。

Der Kaffee ist heiß このコーヒーは熱い(述語的用法:主語補語)...続きを読む

Qドイツ語 Als ich ein Kind war

ein/e der/die/das

この違いの質問は英語の a the
の違いと同じで、多くの方が疑問に持つと思います。
すでに質問されていらっしゃる方がいると思いますが、
他の作業をしつつ、この事がすごく気になっているのと、
自分の質問に直接回答を頂いた方が自分自身、頭がよくはたらくので、
質問させて頂きます。


ein/eine
der/die/das
の違い。
先に述べたものは不特定多数のものをさし、(例えば、どんなペンでもいいけれどペンを借りたい時、Haben Sie einen Kuli?
後者は、限定。フランクの持ってる、あの書きやすいペン借りたいな。フランクには頻繁にこのペン書きやすいよね、と言っていたので。Frank,hast du den Kuli?

ここは、理解しています。

で、

Als ich ein Kind war

ってフレーズ。

わたしの頭だと、どうしてもdas Kindと使いたくなります。
どうしてeinなのか、

なるほどっ!
と思える、具大抵な実用的な例えをまじえつつ、教えて下さい!

ein/e der/die/das

この違いの質問は英語の a the
の違いと同じで、多くの方が疑問に持つと思います。
すでに質問されていらっしゃる方がいると思いますが、
他の作業をしつつ、この事がすごく気になっているのと、
自分の質問に直接回答を頂いた方が自分自身、頭がよくはたらくので、
質問させて頂きます。


ein/eine
der/die/das
の違い。
先に述べたものは不特定多数のものをさし、(例えば、どんなペンでもいいけれどペンを借りたい時、Haben Sie einen Kuli?
後者は、限定。フランクの...続きを読む

Aベストアンサー

Frank, has du den Kuli?

これを通じさせるためには、当然、相手にとって der Kuli がどれであるか分かるという前提がいります。自分の頭の中にフランクがいつも使っている、気に入っている、よく話題に出しているペンの姿が浮かんでいてもフランクが der Kuli だけで「そのペン」を特定できるとは限りません。直前(時間的には長い間があるかもしれない)に話題にしたとか、そのペンによほど愛着があってそれ以外を使うことはありえないような状況が明らかなら Hast du den Kuli? で通じるでしょう。

Als ich das Kind war は前提として相手にも「あの子供」という具体的イメージが必要で、「私はこれこれこんな子供であって…」という話の続きで「私がそのこんな子供だったころ」という文脈なら出てくるかもしれません。しかしこのときは das はアクセントを持ち、もはや冠詞ではなく指示代名詞になります。#1さんと同様にこういうときに das Kind とあるとどうしても強意的に感じてしまいます。

「子供だった頃」とは「小さかった頃」と同じで、何か特別の子供だったという含みは普通ありません。自分の小さい頃のことなので、頭の中に具体的イメージがあるのは当然ですが、それを相手にも共有させるには具体的な内容を知らせておかないとなりません。しかし das Kind のなった時点で、単なる「小さかった頃」ではなくなり、「そんな子供」ということが重要なことになります。

特定、不特定は自分の頭の中だけでは決められません。

Frank, has du den Kuli?

これを通じさせるためには、当然、相手にとって der Kuli がどれであるか分かるという前提がいります。自分の頭の中にフランクがいつも使っている、気に入っている、よく話題に出しているペンの姿が浮かんでいてもフランクが der Kuli だけで「そのペン」を特定できるとは限りません。直前(時間的には長い間があるかもしれない)に話題にしたとか、そのペンによほど愛着があってそれ以外を使うことはありえないような状況が明らかなら Hast du den Kuli? で通じるでしょう。

Als i...続きを読む

QIch meine gehoert zu haben, dass・・・

Ich meine gehoert zu haben, dass du Saecke mit Kaffeebohnen, die dieTuerken am Ende der Schlacht in ihren Zelten hinterlassen hatten, als Belohnung fuer diese gefaehrliche Mission bekommen hast.

この文でmeine gehoehrt zu haben, dass・・・は「~のことを耳にした気がする」ということですが、この構文は辞書でも発見できませんでした。

どのような構文なのかを説明していただけませんでしょうか。宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

これは、特に構文という形としてあるのではなく、zu不定詞句と結びついて特別な意味の熟語を成す動詞がいくつかあるだけなので、熟語として個々に覚えていく以外にないものです。文法書に出ている例は、下のような動詞を使った熟語表現です。

Er pflegt morgens früh aufzustehen.
pflegen zu ~ 習慣である

Sie brauchen sich nicht zu schämen.
否定詞(nicht、keinなど)+brauchen zu ~ 必要はない

Sie brauchen nur unsere Produkte zu kaufen.
brauchen nur zu~ しさえすればよい

Sie weiß mit Kindern umzugehen.
wissen zu~ 心得ている、できる

Ich habe einen Brief zu schreiben.
haben zu~ しなければならない

ただし、上の熟語は辞書に出ていますが、meinen zu~を熟語として挙げている辞書が見当たりません。ドイツのDudenの辞書にも収録されていませんでした。ネットで調べた限り、ごく一般的に使われているようですし、19世紀初頭の書物にも使われているので、新しい口語というわけでもないようです。なぜ載っていないのかわかりません。私自身も今まで読んだり聞いたりする機会がなかった表現なのですが、それも単なる偶然のようです。

これは、特に構文という形としてあるのではなく、zu不定詞句と結びついて特別な意味の熟語を成す動詞がいくつかあるだけなので、熟語として個々に覚えていく以外にないものです。文法書に出ている例は、下のような動詞を使った熟語表現です。

Er pflegt morgens früh aufzustehen.
pflegen zu ~ 習慣である

Sie brauchen sich nicht zu schämen.
否定詞(nicht、keinなど)+brauchen zu ~ 必要はない

Sie brauchen nur unsere Produkte zu kaufen.
brauchen nur zu~ しさえすればよい

Sie weiß mit Kin...続きを読む


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