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戦国時代の足軽は、主に農民だったと聞いたのですが、彼らは何故戦に参加したのですか?

現代と価値観が違うにしても、防衛本能があるでしょうし、死に対する恐怖があったと思います。にも関わらず参加した(せざるおえなかった?)理由はなんでしょうか?

村社会で、一人でも参加しない人がいたら気づく人が必ずいるからでしょうか?

gooドクター

A 回答 (5件)

戦わないと死が待っていたからです。



日本の武士はそもそも「土地は個人財産」という永年墾田私財法が関わっています。この法律は現代でも深くかかわっていて、日本は世界的に公共への土地収用がものすごく難しい国のひとつです。

武士と言うのは、個人所有になった荘園などを守るために貴族たちが「傭兵を雇って土地を守る」ことからスタートしたわけですが、武士たちは集団を作るにしたがって、自分たちも土地の開墾を始め、開墾領主となって実力者になる人もでてきたわけです。つまり武力と土地持ち、という二つの後ろ盾があるから武士の勢力は強くなった、といえます。

しかし、平安時代までは法律は朝廷が作りました。貴族が工作して武士に不利な法律を作り、傭兵やほかの武士を雇って、撃退すれば自分たちで開墾した土地でも明け渡すしかなかったわけです。

こういうのがあまりにも頻繁に起こるので、鎌倉幕府ができて、武士たちは「自分たちの土地は自分で守る(一所懸命)になったのです」

この鎌倉幕府、というのは簡単に言えば「みんなでみんなの土地を守る集団安全保障」でありました。
幕府は棟梁として、朝廷と対峙できるようにして、御家人と言われた実力者たちは各地の領地を守りつつ、幕府が呼び出せば戦争に駆け付けたわけです。

各地の領地のなかも御家人を棟梁として、末端の村まで組織されていました。昨年の大河の真田家は元は武田家に仕えた国衆で小県という地域を支配し、その下にも家来が居て、家来は自分たちの土地をもち、小作人など土地を耕す農民たちを保護していたわけです。

鎌倉時代から戦国時代までは彼らの身分は不安定であり、自分たちの土地を守るために半農半兵であるのが普通でした。

このような安全保障体制ですから、鎌倉幕府は「通常は君たちの土地を守れるように政府として目を光らせるから、政府に敵対する勢力が来たら、全力で戦え」と言う約束をしていたわけです。

これが、足軽も参戦する大きな理由で、国衆や土豪と言われるレベルの人たちだと「戦争参加時には馬を○頭、共周りを○人、雑兵相当を○人」と割り当てられていました。ですから真田家の家来ぐらいの人たちは自分の領地の人たちに「お前たちの村が安全なのは真田様のおかげで、真田様は鎌倉様に従っているから、鎌倉様のお呼び出しがあれば、お前たちも戦に参加するんだぞ」ということなっていたわけです。

これが兵役としての税であり、この税を納める前提だからこそ、幕府は成り立ち、各地の領地人や、その下の農民は安心して暮らせたわけです。

逆をいえば、この呼集に応じないと、土地が奪われてしまうわけです。小さな村で「いや誰も戦争には行かねえ」といえば、今度は山賊などから守ってもらえなくなります。隣村との水争いなんかでも「お前んところは足軽も出さないんだから、水をやる必要はないだろう」ということになるわけです。

直接的に脅したりしなくても、権力者が「分たちの土地を維持するために必要な協力」をしてくれなければ、自分たちの土地を守ることができない、と言う仕組みになっていました。

だから「戦わないと死が待っていた」といえます。誰か足軽でもなんでも出して従軍すれば、領主はちゃんと土地や残された家族を守ってくれます。うまく手柄を立てれば、土地が広がったり士分に取り立ててくれるかもしれません。でも、足軽すら出さないなら「お前の土地を守る必要はない」ということになり、警察がきちんと機能しなかった時代では、土地争いで負ければ家族全員が路頭に迷って死ぬしかなかったのです。

つまり「戦争で死ぬのは足軽として参戦した自分だけ、でもそれを拒否すれば、土地も奪われて家族全員野垂れ死に」だったから、戦争に参加したといえます。もちろん足軽で参戦した家の年貢は免除されたり割引されたりしたでしょう。

でもそれは結果であって、何で参戦したか、というと土地と家族を守るためだった、ということです。
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農閑期のバイトですね。


要領よくやれば、ケガしないですむし。
運良く手柄をたてれば、正規の武士に取り立てられるし。
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強制的に参加させられた場合もありましたが、


ほとんどは傭兵です。

つまりお金で雇われた兵隊さんです。

当時の農民は、それこそ食うだけで人生の
大部分を費やすような人達です。

現金収入は魅力的なのです。

上手く行けば出世も可能です。


米国は戦争大好き国家ですが、実際に戦地に
行っているのは、
プアホワイト、黒人などの有色人種、そして
不法移民です。
不法移民は、従軍すれば市民権を得られるので、命を掛けて
戦争に行っているのです。

昔も今も同じです。
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傭兵(専門の戦闘員)を常駐・常備し出したのは信長が最初。



それまでは、傭兵を召し抱えていた訳では無く、戦の時だけ集めて参加させた。年貢免除とか労賃を支払って。

農作業と、年貢免除とか労賃+兵役を天秤にかけ、後者を選んだ農民が多かった。

それ位に、農作業をして年貢を納めるのが大変だった。

領主と農民と言うスッキリした構造にしたのは、秀吉。
これまでは地頭、小領主、庄屋、農民という複雑な構造で有って、農民は虐げられるだけだった。
少しでもそこから逃れたい気持ちも解る。
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食うため。


また統治者から強制的に出兵させられたからじゃないですか。
そのため、参加せざるを得なかったというのが実際でしょう。
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