忙しい現代人の腰&肩のお悩み対策!

日本の歴史学
皇極天皇と斉明天皇は、同一人物ですがこの間に孝徳天皇が在位していますけど、何かの事柄が、あったのですか?

A 回答 (2件)

皇極天皇の時に乙巳の変がおき大化の改新となります。


この時点で皇極天皇は息子の中大兄皇子に皇位を譲りたかったのですが、皇子が固辞しました。天皇の立場よりも動きやすい立ち場を選んだわけです。
そして皇極天皇の弟、皇子の叔父となる軽皇子を立て、孝徳天皇となります。
孝徳天皇はもちろんのこと、周りもみんな中大兄皇子が実権を握り、孝徳天皇は傀儡であることを認識し、孝徳天皇はとりあえず自分の意思を表そうと、難波長柄豊碕宮を都とし、中大兄皇子らにも難波に来るようにとしましたが、誰も言うことを聞かず失意の元亡くなりました。
 ここで皇太子であった中大兄皇子が天皇になるのが常識でしたが、ここでも皇子は固辞し、結局皇極天皇が重祚し、斉明天皇となりました。この時点で斉明天皇は61歳、中大兄皇子は29歳でした。中大兄皇子が結局皇位につくのはその13年後です。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

あなたに会えてよかった

中大兄皇子には、荷が重かったですかね。孝徳天皇のように成りたくない思いですか天皇に成るのも複雑ですね。

お礼日時:2017/11/04 19:43

蘇我氏(本家)の滅亡

    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとう

蘇我氏の滅亡が要因ですか!

お礼日時:2017/11/04 19:36

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!


人気Q&Aランキング