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藤原氏の摂関政治を止めようとした天皇はいなかったんですか?

A 回答 (6件)

居ましたよ、その手段が天皇の位を生前譲与して院政を行う事でした。


宇多天皇などが院政を行いましたが、譲位した天皇が短命だった事と
外戚の藤原(北家)一族が朝廷の要職に就いており、藤原(北家)の
力を弱める事は出来ませんでした。
藤原(北家)の外戚を持たない、白河天皇が院政を行って藤原(北家)の
影響力を弱めて行きます、その後に院政を行った後白河天皇は平氏一族を
朝廷の要職に就け更に弱めました。
後白河法皇の誤算は平清盛が力を得て、藤原(北家)に取って代わった
事です。
留目を刺したのが源頼朝です、平氏嫡流一族を滅ぼした後、頼朝は
朝廷の要職を望まず、臨時職の征夷大将軍を得ました、朝廷の要職
では無いし臨時職だからの軽い考えで与えたのだと推測します。
軍事的に鎮守府将軍の上位に成るだけでなく、後方支援で受領や国司
も配下に入る権力が有ったのです。
坂東の豪族に所領を与え独立で経営する事を許可し始めたのです。
更に裁判権も剥ぎ取りましたので、公家に依る朝廷の政治が終わり武家
が取って代わったのです。
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院政もその取り組みの一つだよ

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泊めようとして菅原道真を登用したのが宇多天皇です

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自分で首をしめないでしょ

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最終的に止めたのは白河天皇ですね。


彼はその代わりに院政を始めました
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せっかんしたらパワハラになるしね。

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