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こんにちはIupan344
先日はしっかりとした返信 お礼ができなくて申し訳ありませんでした。
改めて質問なのですが 量子脳理論による死後の意識が証明できなくともその意識が時間を超えることができないと証明することはできるのでしょうか?
また重複した質問になってしまいますが この世界とは違う 霊界のような世界が存在しないというのは絶対に証明できないのでしょうか?

A 回答 (40件中1~10件)

お礼ありがとうございます。


全てがわかる万物の理論は、今の科学では作れません。(多分、将来も無理です)
また、この宇宙の法則がわかっても、何故そのような法則になるのかはわからないですよ。
ですから、全てがわかる理論と言うのは、少なくとも、人間には無理です。
量子力学的世界像では、最終的に確率的な存在しか予測不能ですから、未来は不確定のままです。(仮に、量子力学が不確定性を持たなくても、マクロな状態も、物理的対象の数が大きい場合は、統計力学的な状態になりますから、完全に確定した状態を予測するのは、不可能です)
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この回答へのお礼

以前に万物の理論ができたとしても存在しないことは証明できないとおっしゃっていましたがどうなのでしょうか?

お礼日時:2017/12/31 10:38

お礼ありがとうございます。


すでに、生まれているものが、生まれないとは言えないです。
つまり、未来に何が起きるか、起きないかは、証明できないです。
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この回答へのお礼

万物の理論は宇宙がどのように生まれそしてどのように終わるかもすべてわかると言います
だとしたらそれが完成すれば 未来もわかるのではないでしょうか?
仮にわからないとしたら万物の理論はどこまでのことを解明できるのでしょうか?

お礼日時:2017/12/28 14:28

お礼ありがとうございます。


これは、考え方だと思います。
文字通り、無限であれば、繰り返しもありうるでしょう。
でも、無限の組み合わせであれば、それが再現される確率は、限りなく少なくなるのでは無いでしょうか?
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この回答へのお礼

例えば宇宙が無限に生まれるとしても人間が二度と同じように生まれないと証明することはできないのでしょうか?

お礼日時:2017/12/27 14:48

お礼ありがとうございます。


臨死体験に関しては、あくまで臨死であって、死んでいません。(死んだ人は証言できません)
したがって、臨死体験が、本当の死の体験だと言う事は証明不可能です。(死の直前まで近づいたのかもわかりません)
なお、全身麻酔で、心臓が停止した状態でも、別に死んでいるわけでは無いです。(以前もお話したと思いますが、私は除細動でそれを体験しています)
通常は、全身麻酔の状態では、感覚は全て遮断されなければいけないので、通常は一切の意識も記憶も、麻酔中については残りません。(少なくとも、私の場合はそうでした)
問題なのは、臨死体験者が、その間も意識や記憶があったと証言している事です。(一部は、幻覚や記憶の錯綜などで、十分説明可能ですが、そうとも言い切れない事象があります)
これは、あくまで証言なので、実際の経験なのか、幻覚なのか、はたまた、物理現象として認識されている現象で無いのかは、わかりません。
少なくとも、現在の科学では説明不可能だと言う事です。
将来、何らかの科学的説明が可能になるかもしれませんが、その際でも、形而上的な考えを排除しきれる保証があるとは、言えないでしょう。
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この回答へのお礼

すいません 全く変わって以前の質問と重複してしまうのですが
現在 多元宇宙論という仮説がありますが この仮説によると無限に宇宙は生まれ続けるのでしょうか? そして無限に生まれるのであれば人間が生まれる地球も無限に何度でも生まれるのでしょうか?

お礼日時:2017/12/26 22:42

お礼ありがとうございます。


まず、霊魂と言う物が、物理的な相互作用を行えないかどうかは、その存在が観測出来ない以上、わからないと言う事です。
ですから、霊魂があるか無いかもわからない以上、その存在がどのような機能を持っているかどうかもわからないと言う事です。
何故、わからないものが、何かの機能を持たないと証明できると思いますか?(霊魂が非物質であっても、物理的な相互作用が出来ないとは言えないし、霊魂が現在観測出来ていないから、無いとも言えません)
科学が、何かを証明した事があったでしょうか?(説明はしていますが、その根源的な理由の証明はしていないと思いますよ)
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この回答へのお礼

つまり 少し変わりますが 臨死体験を覚えているからと言ってその体験が物理現象 科学的現象であるとは限らないということでしょうか?

お礼日時:2017/12/24 16:07

お礼ありがとうございます。


科学は、観測されるものや、測定可能な物しか言及できません。(間接的な測定によって、物理概念として認められる物はあります)
科学は、定義するのではありません。(そのような事をしたら、科学は単なる形式科学になってしまいます)
観測した事から、推論して、法則を導き出すだけです。
また、その根拠を素朴実在論又は科学的実在論に置いている以上、厳密な存在論ではありません。(存在論は、科学の範囲ではありません)
このような事から、観測出来ない事に対しては、有るとも、無いとも言えないわけです。(どちらにしろ、人間の認識能力が完全で無い以上、全ての物の有る、無しは証明不可能です)
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この回答へのお礼

例えば霊魂が非物質的な存在だとした場合 物質である脳の機能 記憶などには関与できないのですよね
その前提からして 非物質で記憶に関与する霊魂は存在しないと証明できているのではないでしょうか?

お礼日時:2017/12/23 13:23

お礼ありがとうございます。


当然ながら、人間以外の視点は、人間にはわかりませんから、人間の想定しうると言う意味でしょう。
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この回答へのお礼

申し訳ございません 最後に
物理的に存在しなかったとしても存在しない証明はできないとおっしゃいましたが 科学的に定義をすれば 存在しえないと証明できませんか?

お礼日時:2017/12/21 16:04

お礼ありがとうございます。


オムニバースは、その定義から、想定される宇宙全てを含む、全体を意味します。
想定が有限か無限かで判断は変わりますが、人間が想定できる宇宙の全てと言う意味で、オムニバースは人間が想定できる「無限の終わり」と言う事が出来ると言う事でしょう。
イメージとしては、数学の「実無限」(集合として、無限を想定する事)に近いのでは無いでしょうか?
これは、あくまで数学概念としての「実無限」です、この言葉を別の意味で使う場合もありますから、集合としての「実無限」と表現するのが適当でしょう。
「無限」自体は、計量する事は不可能ですから、本来は集合としては扱えません。
ただ、それでは、不便なので、概念としての「無限」を数学では想定します。
「無限」を数学的な形式として、一つの集合として表現したものが「実無限」です。
数学では、この「実無限」の集合は、その要素の数では比較不能ですから、「濃度」と言う概念で評価します。
現在は、濃度数として、ℵ0:加算無限(自然数の集合と一対一対応する濃度)、ℵ1:連続体仮説では実数の集合の濃度が想定されています。
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この回答へのお礼

オムニバースは想定しうる全て宇宙ということのようなのですが それが有限であるということは回答者様が以前 おっしゃっていました 観測できない世界も有限ということではないでしょうか? それともこれは人間が想定 つまり想像できる世界が有限ということですか?

お礼日時:2017/12/16 15:09

お礼ありがとうございます。


霊魂が、物理的に観測される、もしくは物理的概念として、観測された現象に付随するものとして、理論的に必要な概念となれば、それは発見であり、いわゆる証明とは違いますが、物理的対象として認知されるでしょう。
誤解があるようですが、脳で意識が現象として観測されるとか、意識現象と脳が密接に関係していると言う概念が、一般的な脳科学や精神医学で認識されていますが、脳が意識であると言う概念はありません。(意識は現象であり、物理的存在としての意識そのものは観測されていません)
元々、科学は現象自体を対象としているので、根本原因自体を問う事はしません。
科学自体は、「何故(Why?)」を対象としているように見えますが、実際は「どのように(How?)」を扱っているのが事実です。
意識活動に対して、脳の機能だけでは説明できない場合は、それ以外の存在を探すと言う事を行うわけですが、現在は脳の機能の全てがわかっているわけでは無いですから、まずは脳の機能を調べていると言う事だと思います。
したがって、まずは、脳が意識を生み出す機能を調べていると言う事であり、脳が意識であると言っているわけでは無いですよ。(他のものが見つからないので、とりあえず脳に意識が存在していると仮定しているだけです)
科学は、観測されたものは、言及しますが、観測されないものには言及しません。
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この回答へのお礼

なるほど また 変わってしまって本当に申し訳ないのですが マルチバースを調べていて オムニバースというものを見つけました そしてそれについてウィキでは無限の終わりという項目がありました
ある観点では、オムニバースの部分集合の可能性の数は有限である。オムニバースは人により概念化される最も大きい集合である。そのような観点はときおり"無限の終わり" (end of infinity) と呼ばれる。この観点は、多元宇宙、多世界解釈、M理論、パラレルワールド、可能世界などオムニバースをユニバースに分割する理論において基礎付けされている。
とあったのですがこれはどういう意味なのでしょうか?

お礼日時:2017/12/16 11:47

お礼ありがとうございます。


まず、物理現象を情報化出来る事と、情報が物理現象を生み出すと言う事は、解釈の次元がまったく違います。
ホログラムは、3次元の工学情報を、平面のフィルムに、光の干渉情報として記録でき、特定の光を照射する事で、その情報を3次元の可視情報として再現できます。
これは、3次元の情報を平面(2次元)情報に変換していると言う事ができます。
ホログラフィック宇宙もしくは、ホログラフィック理論とは、事象の地平線に物理情報がホログラフと似たような方法で、保存されていると言う考えを発展させ、全宇宙の事象の地平線のようなものが存在可能なのでは考えたわけです。
これは、情報の次元圧縮となるわけですが、これを逆に考えれば、事象の地平線が3次元に空間展開したのが、現在の宇宙なのでは無いかとも考えられると言う事です。
ここで語られている情報とは何かと言えば、3次元が単純に2次元になんらかの方法で圧縮された形式と言うだけですから、2次元の物理実体と考えるべきでしょう。(ただし、この2次元の物理実体は、3次元の物理法則とは異なるであろう事は想定されます)
情報と言うと、何か実体では無いような気がしますが、3次元の宇宙も情報を持った実体です。
ですから、幻影と言うのは、あまりにも極端な表現です。
正確には、2次元から3次元への対応(一般には、これを投影[プロジェクション]と呼びますが、これは数学的な対応関係を意味しているので、映像を投影していると言う事ではありません)と言う事です。
ホログラフィック脳理論とは、脳の記憶もしくは、意識が、ホログラムのようになんらかの波の干渉を利用してなされているのでは無いかと言う理論です。
この理論では、脳の記憶と意識は、脳内の神経信号の波の干渉として、全体として保持されると考えているようです。
ただし、この理論には、大きな問題があります。
全体として、保持されている場合は、部分欠損でも、全体は失われず、保持される可能性が留保されるのですが、記憶喪失など、実際にはそのような事を想定できない現象があるので、一般的には、脳は全体として機能すると言うより、局所的な機能部分が、何らかの統合で成り立っていると考える方が自然です。
そのような理由から、ホログラフィック脳理論は、脳科学では主流とはなっていません。
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この回答へのお礼

戻ってしまって申し訳ないのですが 仮に霊魂が何らかの物質であった場合 それはいずれ科学で証明されるのでしょうか?
また 現在では意識は脳と別個のものではないという意見が主流だそうですが 臨死体験などの話を聞くと脳と意識が同じであるならば説明がつかないことが多い気がします なぜ 現在でも意識は脳と同じという考えが主流なのですか?

お礼日時:2017/12/16 06:37
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