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織田信長は比叡山延暦寺を焼き討ちにしたのは一体何故でしょうか。

A 回答 (4件)

宗教と言う麻薬に冒された人間は


生かしておくと「やっかい」だからです。

甘くしていると、9・11みたいになり
善良な民衆も巻き込まれたでしょうね。
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信長は経済を発展させるために、楽市楽座を


やりましたが、楽市は寺の既得権益を奪う
ものでした。

それで寺院が猛反発したのですが、その
中心となったのが比叡山です。

信長としてみれば、坊主のくせに、聖職者
のくせに、経済的利益の為に、戦闘を
するのかよ、ということでしょう。

信長は、外国の技術を取り入れるため、
イエズス会などと親しくしていました。

彼等は、信じる神の下、命を掛けて波頭千里を渡って
来日したのです。

それに比して、経済利益を追求する
日本の坊主が堕落したようにも
思えたのでしょう。

だから根切りと称した殲滅作戦を敢行したのだと
思います。

比叡山には、いないはずの若い女性が沢山おった、
床下からは多くの嬰児の死骸も出て来た、
と伝えられています。
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一罰百戒、見せしめです。

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政治に介入したからです。



「女、子どもを殺した」と言う事だけがクローズアップされ、信長の残虐さを強調する事件となりますが、これは現代で言う政教分離の原則を、当時の時点から実行していたとも言えます。

焼き討ちにした理由は、それしか手がないからです。宗教問題は妥協点がありません。延暦寺側の政治に介入する理由も、それが正しいと信じているからです。対話で政治の介入を止めるように話し合いで解決するなど、宗教問題では不可能です。今で例えるならば、イスラム原理主義者に対話で政治に介入するように止めてくださいと説得するようなものです。一向一揆は、現在で言うテロ活動のようなものです。このような集団は殺すしかありません。現在でも、空爆などで殺すしか対策はありません。イスラエルが実際にしている事ですが、テロリストとその協力者など全ての者を根絶やしにし、それを数年続けるとテロがなくなったそうです。

当時は、現在ほど、「ピンポイントの殲滅」の技術はありませんので、事件に関係ない「女、子どもを殺した」という事件も発生したでしょうが、これは当時の技術的な問題でやっている事は現在の「政治に介入してくる危険な原理主義者のテロの撲滅」とあまり変わりません。




因みに、本願寺も同じ理由で弾圧しました。日蓮宗は他の宗教を攻撃したために弾圧しました。
また、信長はあらゆる宗教を弾圧しているわけではなく、宗教活動に留まる限りは寛大でした。
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この回答へのお礼

皆さん、詳しいお返事どうもありがとうございます。

お礼日時:2018/12/02 10:58

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