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お尋ねします。
 「続筑前風土記」や「続○○風土記」などを読み方として「しょく○○風土記」、「ぞく○○風土記」のどちらが正しいのでしょうか? もし「しょく……」と読むのならなぜそんな読み方をするのかまでお教えいただけるなら非常に勉強になりますが……。

A 回答 (7件)

ご質問の「続筑前風土記」に相当するものは、存在せず、下記の「筑前国続風土記」が存在します。


 筑前国続風土記は、貝原益軒が元禄元年(1688年)から編纂を始め、宝永6年(1709年・益軒80才の時)に完成したものです。
この時代ですから、「続」を「しょく」と読んだかどうかも不明です。
 なお、これとは別に「続日本紀」(しょくにほんぎ)、およびこれに倣って書かれた書物は確かに存在するようです。
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下記書物の内、〇印のものを「しょく」と読みました。

中でもっとも古いもの「続日本紀」(しょくにほんぎ)を「しょく」と「呉音」で読んだのが一つの基準になり、
新続古今集(1439)になっても「しょく」と読み続けたようです。参考までに随唐の時代には「遣隋使」「遣唐使」が送られました。その時代には中国では、「漢音」が一般的でした。漢音では「ぞく」です。
 「日本書記」が書かれた目的のひとつに、日本の歴史を中国に伝えたいという思いがあったと思われますが、それが成立した720頃は日本ではまだ「呉音」の影響が強く、「日本書記」と書けば、「ニッポン」と読んでもらえると考えました。しかし、当時既に変化していた漢音では「ジッポン」と読まれた可能性が強く、(日=ニチ→ジツ)その発音を聞いた「東方見聞録」の筆者が「ジッポン→ジパング」と伝え、それが「ジャパン・ジャポン・ヤーポン」などの「国名」を生み出したという説もあります。

『六国史』
日本書紀(720?) 〇続日本紀(797?) 日本後紀 〇続日本後紀  日本文徳天皇実録 日本三代実録

『二十一集』
(内)八代集
古今和歌集 後撰和歌集 拾遺和歌集 後拾遺和歌集 金葉集 詞花集 千載集 新古今集
 九代集以後
新勅撰和歌集 〇続後撰集(1251) - 11. 〇続古今集(1265) - 12. 〇続拾遺集(1278) - 13. 新後撰集 - 14. 玉葉集 - 15. 〇続千載集(1320) - 16. 〇続後拾遺集(1326) - 17. 風雅集 - 18. 新千載集 - 19. 新拾遺集 - 20. 新後拾遺集 - 21. 〇新続古今集(1439)

 参考 唐(618~907)
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続(しょく)で、辞書に出てくる項目


続歌仙落書
続古今和歌集
続後撰和歌集
続拾遺和歌集
続千載和歌集
続日本紀
続日本後紀
続万葉集
続命
続門葉和歌集
続世継
続労
続紀(続日本紀の略称)
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>なぜ


混乱を防ぐためと、発音し易さのためです。
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ぞく・ちくぜんふうどき


ぞく・◯◯ふうどうき

現在は、「ぞく」と読みます、大昔なら「しょく」と読みましたが、今では「ぞく」です。
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筑前国続風土記ちくぜんのくにぞくふどき、紀伊続風土記きいぞくふどき・きいしょくふどき


しょく、は呉音、ぞく、は漢音です。古式豊かに読むならば「しょく」でしょうが、これらが書かれた江戸時代はほぼ漢音で読むのが普通だったと思います。漢音は平安時代から盛んに輸入されています。
呉音は日本の大和時代、特に仏教用語の輸入に伴い導入されたものです。よい意味で抹香臭い由緒ありげな感じがしたと思います。
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続日本記は、「しょくにほんぎ」です



しょく は漢音
ぞく  は呉音
いずれも正当な読みですね
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