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男子高校生です。考え事をするたびに自分の感覚を忘れていってるような気がします。ちょっと前の記憶も取り出すのが難しくもなってきました。これからは一日の思考量に気を配るようにします。認知症になってきてるのならますますヤバイですね。一応もともと周りの子が日常生活で考えられてることを当たり前のように考えれてない思考停止のような状態で、周りの子が常識のように分かっていることが自分はイマイチ理解できなかったりしてて、特に考えたりすることなく行動に移してたりしてたので自分は天然とか抜けてるとか言われてました。ですが色々と出来事があって最近では色々と考えることを意識する日々を送ってきて、今は物事を思考する事で、次につながり次につながり知の拡大に繋がっていき、最終的には脳の扉が開き、脳の成長にも直結すると考えてるのですが、自分という枠組みの中で思考するということが人間として大事ということでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • 幼少期から意思表明をあまりしてきていなくて自分という人間を人より分かってない気がします。人格形成がまだ出来てないという可能性もあります。

      補足日時:2019/01/28 23:46

A 回答 (1件)

習字でも「お手本」が必要ですよね?



字を間違って覚えているかもしれません。

それと知らずに繰り返し練習をする可能性もあります。

もし、そうであれば頑張った分だけ字が下手になります。

思考も同じでして、「お手本」がないまま頑張りますと、頭が悪くなります。

また、認知障害も酷くなるはずです。

どの様に思考するべきか?

若くして「認知症」になる人には特徴があります。

絵を描くのが苦手です。

また治療法(若い人も老人も)も同じでして絵を描いて説明させます。


東大に合格した人の親御さんが子供に何を教えていたか?

TVで紹介していたことがあります。

絵画教室に通わせて(油絵などをかく)いたとか。

良く観察する、より本物に近づける。そこに拘るという事。

実は、子供に絵を習わせると頭が良くなるというのは昔から知られていました。

音楽は運動に影響します。スポーツが得意になるでしょう。


「認知」と言うのは、

・現実を見て在るとおりに受けいれているか?

・それによる自分への影響を正しく想像しているか?

と言う二つの力から成り立ちます。

何を見てもイイカゲンに把握していると、思考しても意味がありません。

学校教育には科目が沢山ありますが、全ての教科が重要視しています。


数学では図形の問題が多いと思います。

絵を描いて、説明文を読む。

その逆に説明文から絵を書き起こしてみる。

知能の高い人は、これらが得意です。


国語では情景描写(その場の風景)が多い純文学を学ばせます。

例えば、

風景⇒認知(作家)⇒表現(作家)⇒読む(読者)⇒想像(読者)⇒風景

と伝達をしているわけです。

作家が高い精度で文章にします。

ここから後を読者がやります。

本来はどちらも出来ないといけません。


理科では「あさがお(花)」の観察から始まり、星の観察、虫の観察。

すべてに対して絵を書き起こすことを求めています。

子供にとっては辛いものですので、イイカゲンになってしまいますよね。

しかし、脳には良い負荷が掛かっています。

成長しようと苦しんでいるわけです。

ここでズルをすると一生の問題になります。

知能の高い子は面白かり、細部に拘ります。

大人になると(脳の成長が止まっているため)激しい頭痛が生じるそうです。

そういう大人は軽い認知障害になっているはずです。


社会に出ると肉体を使うか、頭脳を使うかで職業が分かれています。

エリートと呼ばれる仕事に求められるのは、絵を描いて説明することです。

絵が上手い事と文章が上手い事が必須の条件になります。

プレゼンと言います。

皆さんがTV番組など良く見る、図解。

あれは大変知能の高い人が作っているわけです。

当たり前にやって作れるものではないんですよ。


こうしたプレゼン資料の作成には良し悪しがあります。

上司ほど精度が高く、部下のほうは間違いがわかりません。

「どこが悪いのか分からないや・・・」

こうなってしまうため、出世に差がついてしまいます。

プレゼン意外にも資料は沢山あります。

特に、段取り(作業を区切って考えやすくする)や構成(必要な物品と繋がりを表現する)

を表現する仕事が沢山あります。

ここに図解(図と文章)が必要になります。

これは難しいとされていて尊ばれています。

実施面での思考であり、企画や計画と言います。


「思考」は、二つの側面に分解されます。

1.認知と言う側面

「見る」「絵と文章で書き写す」「理解する」「説明する」「表現する」「(伝達を)確認する」

2.実施と言う側面

「仮説をたてる」「アイデアを募る」「段取りを検討する」「試す」「(効果を)確認する」「リトライする」

があります。

前者を調査・検討、後者を計画・実施と言います。

思考とは、この一連の流れの中で生じます。

それぞれの段階のなかで「拘る」という作業です。

科学者、芸術家、作家(漫画家や純文学の小説家)、アニメーター、建築家、技術者、職人、頭脳労働の会社員。

全ての大人がこの作業をしており、その精度を競っています。


認知障害というのは、先ほど述べた「認知の側面」が出来ない人です。

仕事が出来る人と言うのは、「認知の側面」と「実施の側面」の双方に齟齬がない人のことです。

「思考」はある種の行動手順だと分かると思います。

この中では、他者との会話があり、コミュニケーショーンが必要になります。

つまり、本来のコミュニケーションは「思考」が前提になります。


では「思考」がないまま、コミュニケーショーンをとろうとした場合はどうなるか?

動物同士の鳴声と同じになります。

「めぇ~」「にゃ~」

に近い内容を、日本語を使ってすることになります。

「うぜ~」「ヤバイ」「チョーxx」

多用すれば脳によろしくないでしょう。



学校教育には、この国(ここでは日本国)で最も優れた学者が協力しています。

義務教育の教科書や指導は秀逸でして、知の巨人が惜しげもなくノウハウを公開しています。

つまり、勉強に見せかけて、脳を(著しく)成長させるエッセンスが詰まっています。

塾で習うものは、「攻略法」のみなので、脳の成長については検討されていません。

(民間企業に国家を代表する学者と同じことはできません)

小中学校では、授業のみに集中しているだけで脳が楽に成長していくという仕組みです。

授業を無視して、塾や自学で成績だけ取り戻そうとすると、発達障害になりやすいわけです。

成績向上ばかりを考えず、学校の指導に従いましょう。

そこで生じる疑問や悩みが、脳を成長させるように仕組まれています。



まとめますと、「思考」は幾つかのフェーズに分かれます。

大きく分けて、「認知」「実施」になるでしょう。

「認知」が間違っていると、「実施」についても思考できません。

ですので「認知」を鍛えることが基本です。

練習方法として、

適当にテーマを選び、良く観察して絵で表現する。

絵に書き込んだ「其々のモノ」に注釈(小さい説明文)を書き込みます。

そのとき、説明を聞く人にとって興味あるものだけに絞ります。


例えば、

地震速報をする場合は、日本列島の絵を用いますが、山脈や川などは不要です。

ただし、県境は書き加えた方が良いですよね。

この様に伝えた人、伝えたいことに絞って配慮する。

そのこだわりが「認知」を高めます。

「あ、わかりやすい」

と誰かが言ってくれるようになると、「思考」の達人50%です。

あとは、「実施」について学ぶことです。

この「実施」の思考は家のお手伝い、工作、旅行などで培います。

主に手や体を使う「遊び」や家の行事や仕事、イベントの手伝いなどで学んでいきます。


発達障害を招く宜しくないものとして、ゲームを挙げている人がいます。

俗に言う「ゲーム脳」ですね。

ゲームで表示されるパラメーターや図解の場面。

正に「認知」に由来する思考の結果、表現物です。

これを自分で作ったとき、どのくらい大変かわかりますか?

実際の「思考」部分はゲームクリエーターが担っています。

それなのに(思考した気分だけ味わい)自分が大きくなったように感じてしまう。

しかも「実施」の思考は全てゲームルールとなっており、

手や体を使う遊びや工作、現実世界でのお手伝いやイベントですらありません。

脳が(著しく)甘やかされていると言う事です。


「認知」の最後では「簡潔な表現」が必要になります。

表現までには、凄い量の思考(正確さへのこだわりと根性)をすることになります。

大体の場合は、単なる数値(数桁)にしてしまいます。

マゾイっていったらありません。

しかし、このストイックな割り切りが自分を鍛えます。

「大変だったよ。確かに。

 だけど、自分が鍛えられれば、早く出来るようになるはず。

 最後は無意識に出来るようになり、楽になるはずだ。

 そんな自分になれるならば、いいじゃないか。けち臭い事いわないよ。」

本当にそうなります。


一方で一番もったいないのは、「思考」を一生に一回もしていない人が多いと言う事です。

「思考? 良く考えることでしょ。頭が疲れれる?」

ではなく、

先ほど私が述べた手順を実施することです。


また認知力が低すぎますと(思考を一回もしたことがないのに)

「自分は頭がいい」

と錯覚するようです。うちの母がそうでした。最後は統合失調症になりました。


最近、別の質問を契機に連続殺人犯の特徴について調べました。

ある犯人(結構有名)が「自分が殺して食した少女」の両親にあてた手紙を読みました。

これがネットの荒らし書き込みとそっくりでした。

それらの人が表現する文章や世界への「認知」が似ています。

時代を問わず、脳の発達の問題だったということでしょう。


また、自分が特別な存在であるという「認知」が伴っているようです。

これは「特別な人間になると素敵なことがおこる」という「認知」の間違いが引き金であり、

「特別な人間に成りたい」と願っているだけなのに、「なった」と「認知」を間違えたわけです。

昨今は、そうした「特別」願望の人が増えているように思えます。

外で遊ばず、工作をせず、学校の指導を無視する傾向があるのかもしれません。

謙虚に学校の指導に従い、自分を守りましょう。


以上、ご参考になれば。
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