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何故君主の男系男子が途絶えると王朝が変わると言われるのでしょうか?
男系から女系に変わった所で国家としての在り方やそれまでの国としての歴史的価値が失われる訳ではないですよね。
日本の女系天皇が反対されてるのは、万世一系の王朝の歴史が壊れるからだそうですが、それってそもそも男系継承を世界的に暗黙の了解としているからその様な論理になるのですよね?
生物的に言えばY染色体が遺伝されるか否かですが、そんなにそれが重要な事なのでしょうか?
勿論伝統や慣習を守ることの重要性は理解してますが、元々何故継承順位で男系男子が最も重んじられたのか純粋に疑問に思いました。

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A 回答 (10件)

最初に「女系でいく」と決まっていたら 女系でよかったんだけどね。


最初が「男系」と決めたので、途中で変えちゃいけないね。
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天皇は神武天皇の子孫しかなれぬ。



父親を遡って行く先が神武天皇という条件を満たさなくてはいけない。
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もっとシンプルな回答があります。

それは「戦争で戦っているのは男だから」です。これが「男系継続が国家・民族の存続理由になる」根本的な理由です。

#1さんや#7さんの動画でも「女系の本当に意味」が出てきますが、本来「女系」というなら「母親の母親がどこまで遡っても同じ血筋」じゃないと意味がないことになります。

実は日本は「女紋」など「女系の継続を残すやり方」があるのですが、戦争や大災害などにあっても連綿と女系出続けるのはかなり難しいといえます。

なぜなら「災害復旧は男性の物理的な力が必要で、戦争は物理的な力が勝敗を決めるから」です。


人類の歴史で「男系が途絶えると民族が途絶える・王朝が途絶える」という認識になったのは、実は農耕社会になってからです。

農耕社会はそれまでと違って「農業生産人口よりも生産された食料で生きることができる人口のほうが大きい」という特徴を持つからで、農業に従事しない人々は職人になったり商人になったり、君主や貴族なったり兵隊になったりしたわけです。

だから隣国のほうがちょっとだけ土地が豊かで人口が多くなれば、兵隊の数も多くなり、攻め込まれて自分達の国や文化は滅ぶ、ということが古代には頻繁に起きたわけです。

このとき兵士は当然に男性で、勝った側の兵士(男)は負けた側の兵士(男)を皆殺しにして、その土地に住む女達を略奪します。つまりその土地に住む女達に自分達の子供を産ませるわけで、その子供たちが農業をしたり兵士になれば、勝った民族の人口は増えて行くわけです。

分かりにくければ、宗教で考えるといいでしょう。
キリスト教民族とイスラム教民族が戦って、どちらかが負けると、負けた側の男は皆殺し、女達は勝った側の男の子供を産み、勝った側の宗教で子供たちは育つようになります。

そうなると2世代目の男の子は勝った側の宗教の兵士、女の子は勝った側の宗教を伝える母親になるわけです。
 結局負けた側の宗教は跡形もなくなり、民族としての意味合いもなくなるわけです。

古代からこういう形で「民族が滅ぶ」または「民族が大きくなる」事を繰り返していたので、世界の認識は「男が負けて、男系が断絶すると民族・王朝が滅ぶ」ということになったのです。

農耕社会ができ、組織的な軍隊が民族の命運を握るようになった後、女系が力を持つことはありえなかった、のです。

ちなみに、この点について世界の殆どの国はこれを常識として認識しています。なぜなら「男が民族や社会を維持するのは当たり前」で「だから、その役を果たせない女達に権利を与える必要は無い」とされていたからです。

なので西洋社会は女性解放以前まで「女に財産権・契約権・相続権を与えない」としていましたし、イスラム教などほとんどの社会ではいまだに同様に女性の権利は男性よりも低い(または全くない)のです。

この理由も「国家や社会を次の世代に渡すのは、男の役目だから」です。
西洋の王国、たとえばイギリス国王に女性でもなれる、というのは#7の動画で説明されているので割愛しますが、エリザベス女王の王配だったフィリップ殿下は、祖父などがギリシャ王などだったし、実は400番台ではあるものの、自分自身がイギリス国王になれる資格を持った人物でした。
 だからエリザベス女王の子供たちは女系ではなく男系の継承者になるのです。

もう一つ、上記の「民族・国家を維持するのは男の役目」と言う点を考慮すると、法王が男性限定なのも理解できると思います。
それは「民族・国家を守るために指導するのも男、守るために死ぬのも男達」ということです。

だから彼らの犠牲が無駄ではなく、そのための祈りをささげるのも「男」である必要があるわけです。これも国王と同じ「自分達が死をかけて守った宗教や社会であることを示してくれるのは《自分と同じ宗教の男性》である必要があるから」です。

キリスト教が他の宗教に負けず、絶滅していないということを示すには「男の司祭が祈りを捧げる事」が何よりも重要なのです。同様に日本の天皇も日本の最高司祭ですから「日本を守るために戦った男達に祈りをささげるのは男性の天皇である必要がある」わけです。

ただし、日本では女系をある程度維持し、女性の地位を認めているので「男系の女性天皇」は日本では認められていました。
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天皇は国の最高責任者。


すべての法律・法令をすべて天皇が御名御璽して発動。
総理大臣・議員みな天皇が任命。
議会が指名審議によって決定したから異議は唱えずとも、
最後の決定は天皇が決済。

これが伝統。これは形式となるが、それを2000年、
或は数千年守り通した伝統を絶やせるかです。

これを乗っ取るつもりか。

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男系にしたのは、皇位を巡る争いを


阻止するためです。

つまり、権力欲に目がくらんだ男を
排斥するために、男系にしたのです。

西洋では男系にしなかったので
王位を巡る争いが絶えませんでした。
これを「承継戦争」といいます。


☆継承戦争の一覧
アンティオキア継承戦争(英語版)(1201年 - 1219年)
シャンパーニュ継承戦争(英語版)(1216年 - 1222年)
フランドル継承戦争(英語版)(1244年 - 1257年)
テューリンゲン継承戦争(英語版)(1247年 - 1264年)
エウボイア継承戦争(英語版)(1256年 - 1258年)
リンブルフ継承戦争(英語版)(1283年 - 1289年)
リューゲン継承戦争(英語版)(1326年 - 1328年、1342年 - 1354年)
ブルターニュ継承戦争 (1341年 - 1364年)
ブラバント継承戦争(フランス語版)(1356年 - 1357年)
第一次カスティーリャ継承戦争(1366年 - 1369年)
リューネブルク継承戦争(英語版)(1370年 - 1388年)
ゲルデルン継承戦争(英語版)(1371年 - 1379年)
シュテッティン継承戦争(英語版)(1464年 - 1472年)
第二次カスティーリャ継承戦争(1475年 - 1479年)
ブルゴーニュ継承戦争(英語版)(1477年 - 1482年)
ランツフート継承戦争(英語版)(1503年 - 1505年)
ポルトガル継承戦争(英語版)(1580年 - 1583年)
ポーランド継承戦争 (1587年 - 1588年)(英語版)
ユーリヒ=クレーフェ継承戦争(1609年 - 1614年)
モンフェッラート継承戦争(フランス語版)(1613年 - 1617年)
マントヴァ継承戦争(英語版)(1628年 - 1631年)
ネーデルラント継承戦争(1667年 - 1668年)
プファルツ継承戦争(1688年 - 1697年)、「大同盟戦争」や「アウクスブルク同盟戦争」とも
スペイン継承戦争(1701年 - 1714年)
ポーランド継承戦争(1733年 - 1738年)
オーストリア継承戦争(1740年 - 1748年)
バイエルン継承戦争(1778年 - 1779年)

下記は継承に関するが、一般的には「継承戦争」と呼ばれない戦争。
ディアドコイ戦争(紀元前323年 - 紀元前281年)
第四次内乱(英語版)(811年 - 827年)
イングランド無政府時代(1135年 - 1154年)
百年戦争(1337年 - 1453年)
ビザンティン内戦 (1341年-1347年)(英語版)
ポルトガル空位時代(英語版)(1383年 - 1385年)
オスマン空位時代(英語版)(1402年 - 1413年)
リトアニアの内戦 (1431年-1435年)
薔薇戦争(1455年 - 1487年)
インカ内戦(英語版) (1529年 - 1532年)
チュニス反乱(英語版)(1675年 - 1705年)
ポルトガル内戦(1828年 - 1834年)、「ミゲリスタ戦争」とも
カルリスタ戦争(1833年 - 1840年、1846年 - 1849年、1872年 - 1876年)



☆ 小室圭氏のおかげで、女系天皇論を葬り去る流れが出来上がった。
かつては旧皇族の男系子孫の皇籍取得に反対だった
国家議員の先生方でも
「アレが皇族になるなど、とんでもない」
との声が多数だ。

もし女系天皇が認められたら、小室圭氏は皇族となる。

眞子内親王殿下との間の子供は皇族、天皇になれる。
その暁には、「天皇の父」として上皇になる資格が生じる。

あまり知られていないが、天皇にならずに上皇になられた方は、
「不登極帝」と言って、三例ある。

女系天皇を認めると、史上初の民間人出身「圭上皇」
が誕生するところだったのだ。
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何故君主の男系男子が途絶えると王朝が変わると言われるのでしょうか?



易姓革命は中国のお話。日本の話ではありません。

男系から女系に変わった所で国家としての在り方やそれまでの国としての歴史的価値が失われる訳ではないですよね。

その通り。

日本の女系天皇が反対されてるのは、万世一系の王朝の歴史が壊れるからだそうですが、それってそもそも男系継承を世界的に暗黙の了解としているからその様な論理になるのですよね?

その通り。

生物的に言えばY染色体が遺伝されるか否かですが、そんなにそれが重要な事なのでしょうか?
勿論伝統や慣習を守ることの重要性は理解してますが、元々何故継承順位で男系男子が最も重んじられたのか純粋に疑問に思いました。

古代の伝統ですから、染色体のことは誰も知らなかったでしょう。そういう慣習は、世襲に対するもっと現実的で分かりやすい話だったと思われます。

例えば、女系の場合、子供を産めなければ直系がすぐに途絶えてしまいます。その点、男系の場合は複数の妃を持つことで直系が確保される可能性が飛躍的に高まるでしょう。それでもOUTのケースはありますが、女系天皇が子供を産めない可能性よりは、男系天皇が多数の妃を持てる環境で直系男子を誕生させられない可能性の方がはるかに低いでしょう。
男系を絶対視する慣習が生じたのは、おそらくそういう単純な話なのではないかと思います。

しかし、太平洋戦争後の天皇は、原則的に一夫一婦制となりました。実質的には大正天皇以後は一夫一婦制だったようです。そうなれば、天皇が女性であろうと男性であろうと子供ができる確率は同じです。むしろ男児が生まれないと拙い男系に固執するのは却って男系が不利になってしまいます。
その意味では、今後は男系・女系に関係なく皇位を継承していく姿が正しいと思われます。
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> 君主の男系男子が途絶えると王朝が変わると言われる



そのような言説を見かけることがないです。 ネットで「途絶えると王朝が変わる」を検索しても、ヒットがないようです。

ヨーロッパ君主国における王位継承制度と王族の範囲
―近年まで又は現在、男系継承を原則とする国の事例―
国立国会図書館調査及び立法考査局 議会官庁資料調査室主任山田敏之

近現代のヨーロッパの君主国における君主の位の継承制度は、女系及び女子への継承を認めるか否かという観点からおおよそ4 つに分類することができる。
①女系及び女子を排し男系男子に継承される男系長子継承制(サリカ法とも呼ばれる)、
②①を原則とするが君主の一族の始祖の男系子孫の男子がいなくなった場合に限り女子・女系による継承を認める男系・女系長子継承制(準サリカ法とも呼ばれる)、
③男女に継承権を認めるが、君主の第一子が女子で第二子が男子の場合には男子を優先するように、同一の親族関係では女子よりも男子を優先する男子優先長子継承制、
④性別にかかわらず長子優先で継承する絶対的長子継承制(5)である。

世襲君主制における王位継承は多くの場合現在の君主との血の近さによって明確な王位継承順位が定められており、空位となった場合は継承順位第一位の人物が新しく君主に就任する。
近現代のヨーロッパにおける王位継承は、女性の継承権の有無および優先順位によって4つのタイプに分かれる。❶女性に継承権が存在しない場合は男系長子継承制(サリカ法)となり、男系長子が王位継承の第一順位となって、以下血縁の近い男性に継承権が付与されていく。これに対し、女性に継承権が存在する場合は3つのパターンが存在する。②基本的には男系男子を優先するが、男系継承者が絶えた場合に限り女系や女子に継承権を認めるパターンは男系・女系長子継承制(準サリカ法)と呼ばれる。また、③男女に継承権を認めるが、男子が存在する場合は男子を優先するパターンを男子優先長子継承制と呼ぶ。ここまでのタイプは古くから存在する継承法であるが、④男女平等概念の浸透により、男女にかかわらず長幼の順に従って継承権を認める絶対的長子継承制が1980年代以降普及しつつある。

① 1979 年以降の制度改正で男系長子継承制を原則とする継承規則から男女にかかわらず長子に継承する絶対的長子継承制に移行したスウェーデン、ノルウェー、ベルギー、ルクセンブルクと、現在も男系長子継承制を採っているリヒテンシュタインを取り上げ、王公位継承制度及び王公族の範囲、特に既婚の王公女の地位を明らかにする。
② スウェーデンでは、1810 年王位継承法で男系長子継承制が採られたが、1979 年の王位継承法改正により絶対的長子継承制に移行した。制度改正前、女子に王位継承権がなかった時期においても、王女は結婚後、王族の地位を失うことはなかったが、外国の王公族と結婚し外国に居住していた。制度改正により王位継承権を与えられた王女は、結婚後も王族として公務に従事している。
③ ノルウェーでは、1814 年憲法で男系長子継承制が採られたが、1990 年の憲法改正で絶対的長子継承制に移行した。女子に王位継承権がなかった時期においても、王女が結婚後、王族の地位を維持し、公務に従事した例がある。
④ ベルギーでは、建国時の1831 年憲法で男系長子継承制が採られたが、1991 年の憲法改正で絶対的長子継承制に移行した。女子に王位継承権がなかった時期においても、王女は結婚後、王族の地位を維持していたが、そのほとんどは外国の王公族と結婚し、外国に居住していた。制度改正により王位継承権を与えられた王女が、帰国して公務に従事している例がある。
⑤ ルクセンブルクでは、1815 年の独立時から原則として男系長子継承制であるが、大公家一族内に男系男子がいなくなった場合に女子・女系での継承を認める制度が採られ、1912 年から1964 年まで2 人の女性君主が在位した。2010 年の制度改正で絶対的長子継承制に移行した。公女に公位継承権がなかった時期においても、公女は結婚後、公族の地位を維持していたが、外国の王公族や貴族と結婚し、外国に居住していた。制度改正により公位継承権を与えられた公女で結婚したものはまだいない。
⑥ リヒテンシュタインでは1806 年の独立以来、男系長子継承制が採られている。公女は結婚後も公族の地位を維持している。国の制度上、王族が政治的な官職等に就くことも可能であり、大使等を務めている公女もいる。

「王朝」をネット検索すると、次の説明がありました。
   ~~~~~~~~~~~~~~
王朝とは、歴史家による君主の系列の人工的な分類である。多くの場合は、血族や養子縁組による世襲君主制の君主の系列を分類するために用いられるが、奴隷王朝やマムルーク朝のように血縁とは無関係な君主の系列に用いられる場合もある。王朝名は、王朝に分類された君主の在位時から意識されている場合もあるが、ほとんどは後世の歴史家による命名である。
   ~~~~~~~~~~~~~~
この説明を当て嵌めれば、「君主の系列が変わった」と継続・交替を認識して、その交替時点で「王朝を区分する」という認識法を採用しているのでしょう。
また、王位請求するもののほとんどが男であるようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E4%BD%8D … 女が王位を請求するとか、王位を継承することが滅多にないので、「君主の系列が変わる時点で王朝を区分する」⇒「王朝の君主系列が途絶え、別の系列のものが君主になったら、王朝名を変える」⇒「前君主の君位・前王の王位を継承するのではなく、自力で君位に就く・王位を確立し覇権を握る者が成功したら、別王朝とみなす」ということでしょう。
王や君主の(子息や男孫あるいは男兄弟や従兄弟など、男系で君位・王位の継承権を期待しているもの)がいても、王朝は変わることが多いです。
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まず、順番に。


君主国の場合、君主になれる資格とは、祖先君主の遺伝子を持っていること。
これは、そう決めたのだから仕方ない。
古代ローマ帝国のように、次世代で権力最大の人 という決め方もあるけれど、それでは内乱になりやすいから、世襲というのはアリですよね?

で、世襲について。
男系の場合はY染色体に、女系の場合はミトコンドリアにつながるから、
ご先祖様をたどれる、という意味では、男系でも女系でも、どちらでもいいです。ただし、男系女系どちらかであって、混ぜてはダメ。混ぜたら最後、始祖にまで遺伝子がたどり着かないことが確定。

王朝が変わる、というのは、始祖の遺伝子が途切れる、という意味なので、男系と女系、両方切れたらアウト。そりゃそうなります。

で、男系女系どちらを選ぶか?
直系だけを考えるとします。

女系の場合。本人(=女性)が女性を生む必要アリ。
最大で10人として、昔なら半数死亡。よって、女児が1人でも成人するのは、確率97%(1-1/2^5)。未来永劫、遺伝子残すにはヤバすぎ。
傍系にならざるを得ない。

男系の場合。昔のことなので、複数妻帯アリ。
とすると、誰かが男子を生み、成人する可能性は、ほぼ100%。
本人が不能の場合を除き、世襲できる。

よって
地のつながり(=遺伝子のつながり)重視するなら、男系を選択。生物学的に必然。

>男系から女系に変わった所で国家としての在り方やそれまでの国としての歴史的価値が失われる訳ではないですよね。
男系でたどるなら、推古天皇あたりまでは確実に遡れます。傍系が入る、という条件はあるけど。
女系なら......江戸末期ですら怪しいです。(男系女系を混ぜてはダメで、あくまで女系で遡らないとダメです。)
国としての歴史的価値とは、君主の血統が過去から連綿と世襲していることを指します。傍系はどこまでOKか?という議論はあるけれど、どんな設定しても、女系のほうが世襲切れやすい、ということは変わりません。
よって、男系の一択です。少なくとも昔は。


で、男系女系ちゃんぽんにした場合。
西欧でこんな事例があります。
オーストリアのハプスブルグ。
婚姻により、本来の所領(オーストリア)のほか、スペイン/イタリア/オランダを手に入れた。
スペイン/イタリア/オランダからみれば、明らかに「王朝が変わった」。

質問者さんの質問内容は、
女系ありにした場合、ではないです。男系女系ちゃんぽんにした場合
です。
女系とは、あくまで、ずっと女系、のこと。


私個人の立場。
男系女系ちゃんぽんには静観するけど、高々1代が女系相続だからといって、それを女系相続というのには反対する。
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この回答へのお礼

分かりやすい回答ありがとうございます。
要は男系と女系を混ぜることによって始祖の遺伝子が途切れてしまい、それによって国を象徴する君主としての価値が失われてしまう故に男系が重んじられているのですね。
また、生物的にも霊長類は一夫多妻が定型であり、側室制で何人もの女性を抱え込む事で男系存続をここまで永続できたというのも非常に合理的だと思いました。

お礼日時:2021/12/11 12:39

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