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食料安全保障を理由にコメの値段は高くても良いと言うなら、コメの生産は自衛隊にやらせるべきですよね?

何故なら、安全保障は自衛隊の担当だからです。砂鉢、自衛隊に「生産大隊」を作り、コメの生産を専門的にやらせるのです。

実際、中国軍には「生産大隊」が有ります。これはコメの生産が安全保障だと認識しているからです。

自衛隊にコメの生産を任せれば、コメの生産と流通を、完全に政府のコントロールの下に置く事が出来、コメの価格も政府が自由に決める事が出来ます。

何故なら、「生産大隊」は「防衛予算」で運営されるからです。トランプ大統領から、日本は防衛予算を大幅に増やせと言われていますが、防衛予算がコメの生産の為に使われるなら、国民は防衛予算の増額に反対しないでしょう。

質問者からの補足コメント

  • 以下の事例を見れば、食料生産こそ、自衛隊の主要な任務である事が分かります。

    太平洋戦争(第二次世界大戦の太平洋戦線)における日本軍の戦死者のうち、「餓死(飢えや栄養失調による死)」が占める割合は、3割〜6割とも言われています。これは戦地や時期によって大きく異なります。

    詳しく説明すると:
    **インパール作戦(1944年)**などでは、戦闘よりも餓死や病死の方が圧倒的に多く、全滅に近い被害を出しました。

    **南方の島々(ガダルカナル、ラバウル、ニューギニアなど)**でも、補給路が断たれ、多くの兵士が飢えで命を落としました。

    数字の例:
    太平洋戦争における日本の軍人の戦死者は約230万人。

    そのうち、餓死・病死・事故死など「非戦闘死」が100万〜140万人程度とされています。

    つまり、全体の4割〜6割が餓死などによるものと考えられています。

      補足日時:2025/05/26 04:55
  • HAPPY

    自衛隊は防衛予算を使って、自衛隊周辺の農地を買い上げ、自分たちが食べる分くらいのコメは自分たちで作って、「自営」してこそ自衛隊ですよね?

      補足日時:2025/05/27 06:15
  • HAPPY

    自衛隊は入隊希望者が少なくて困っていますが、自衛隊に入れば農業が出来ると聞けば入隊希望者が増えるに違いありません。

    何故なら農業をやりたいと思って職安に行っても求人は無いですし、求人が有っても賃金は安いですが、自衛隊なら賃金が安定して支給されるからです。

      補足日時:2025/05/27 06:34
  • どう思う?

    自衛隊は防衛予算を使って、自衛隊周辺の農地を買い上げ、自分たちが食べる分くらいのコメは自分たちで作って、「自営」してこそ自衛隊ですよね?

    自衛隊は入隊希望者が少なくて困っていますが、自衛隊に入れば農業が出来ると聞けば入隊希望者が増えるに違いありませんよね?

    何故なら、せめてコメを食べたいから農業をやりたいと思って職安に行っても求人は無いですし、求人が有っても賃金は安いですが、自衛隊なら賃金が安定して支給されるからです。

      補足日時:2025/05/27 06:43

A 回答 (5件)

むかし、日本にも、屯田兵って制度がありましたねー。


信長以前は、兵隊と農民が兼業でしたし。
荒地を開拓して、農業用地にする作業なんかは、自衛隊担当でいいかも。
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この回答へのお礼

自衛隊員が農業を行うのは、日本古来からの伝統です。

「防人」という言葉が文献に初めて登場するのは、『万葉集』**8世紀後半(おおよそ西暦759年ごろ)**

万葉集に収められている歌は、飛鳥時代(7世紀)〜奈良時代(8世紀)初めの間に詠まれたものが中心です。
___________
防人は農業もしてましたか?


ChatGPT:
はい、「防人(さきもり)」は基本的には九州北部を外敵から守るために派遣された兵士ですが、農業も行っていたと考えられています。

以下の点からそのことが分かります:

元々は農民
 防人に選ばれる人たちは、主に東国(今の関東地方など)の農民でした。兵役に就く前は農業をしていた普通の人々です。

任期中も農作業
 防人の任期はおおよそ3年間でしたが、その間、完全な軍人生活だけでなく、自分たちの生活のために農業などの労働もしていたと考えられています。兵士としてだけでなく、現地での自給自足が必要だったのです。

防人の歌にも生活感が出ている
 『万葉集』には防人の歌がたくさんあり、そこには「家族と離れるつらさ」や「畑仕事ができなくなる悲しみ」なども詠まれています。

つまり、防人は軍人としての役割を持ちながらも、農民としての生活もしていたと見られています。

お礼日時:2025/05/27 03:39

防人ってせいぜい100年程度で廃止されていますので、日本古来からの伝統とは言い難いですよ。

屯田兵も似たようなもの。時の情勢に応じて作られた短期的・限定的な体制と考えた方がいいんじゃないですかね。
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この回答へのお礼

そんな事言うたら、自衛隊の歴史は百年も無い。

お礼日時:2025/05/27 21:30

それじゃまるで北の帝国。

あのレベルに落ちたいですか。
そもそも生産大隊って軍組織じゃないし、当の中国でも過去の遺物じゃないですか。
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この回答へのお礼

自衛隊員が農業を行うのは、日本古来からの伝統です。

「防人」という言葉が文献に初めて登場するのは、『万葉集』**8世紀後半(おおよそ西暦759年ごろ)**

万葉集に収められている歌は、飛鳥時代(7世紀)〜奈良時代(8世紀)初めの間に詠まれたものが中心です。
___________
防人は農業もしてましたか?


ChatGPT:
はい、「防人(さきもり)」は基本的には九州北部を外敵から守るために派遣された兵士ですが、農業も行っていたと考えられています。

以下の点からそのことが分かります:

元々は農民
 防人に選ばれる人たちは、主に東国(今の関東地方など)の農民でした。兵役に就く前は農業をしていた普通の人々です。

任期中も農作業
 防人の任期はおおよそ3年間でしたが、その間、完全な軍人生活だけでなく、自分たちの生活のために農業などの労働もしていたと考えられています。兵士としてだけでなく、現地での自給自足が必要だったのです。

防人の歌にも生活感が出ている
 『万葉集』には防人の歌がたくさんあり、そこには「家族と離れるつらさ」や「畑仕事ができなくなる悲しみ」なども詠まれています。

つまり、防人は軍人としての役割を持ちながらも、農民としての生活もしていたと見られています。

お礼日時:2025/05/27 03:40

それは良い考えですね。



思い俵60㎏を背負ったり、泥田を歩いたり、良い訓練になります。

まずは全国各地の耕作放棄地からスタートですね。
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安全保障は自衛隊だけの仕事ではありませんよ

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この回答へのお礼

あなたに会えてよかった

分かります。国民皆兵、徴兵制ですね。確かに戦争に成れば、総力戦に成ります。それはウクライナを見れば分かります。

お礼日時:2025/05/25 08:44

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