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 天皇が即位する証である三種の神器って大河ドラマで昔から知っていますが、確か平家が擁した安徳天皇が壇ノ浦戦いで海中に身投げしたと同時に海中に沈んだと聞きます。
 その後の後鳥羽天皇は『三種の神器のない天皇』といって嘆いていた(S54年放映、草燃えるで尾上辰之助さん配役)のを覚えていますが、神器はその後どのようになったのでしょうか?

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A 回答 (6件)

たしかに安徳天皇とともに海中に没しましたが、戦いのあと源氏が海女などを使って捜索しました。

その結果、剣と鏡は見つかりましたが、曲玉だけが見つからず、後の世に創り直したようです。
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安徳天皇が携えていた三種の神器が模造品であった、とされています。

(ただし、贋物ではない。)
もともと日本には、「分霊」という考え方があり、本物から御神霊を分けてもらえればその瞬間に本物と同じ神霊を持つ、という考えです。全国各地にある熊野神社、八幡神社などは同じ考え方に基づいています。
したがって、海中に沈んだものも本物、現在伝わる三種の神器も本物ということです。
つまり、本体は常に正規の場所にあり、必要になれば模造品を作り「分霊」という儀式を行い、継承していたと考えられます。
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剣:安徳天皇と共に失われる


→後に伊勢神宮の神庫に収められていた剣を充当
その剣の本体は熱田神宮の神体剣。
誰も見てはいけないとされるが、
江戸時代にひそかに見た人ありとの情報あり。

鏡:伊勢神宮の神体鏡と一体とされる鏡
→11世紀に火災で破損したので別の鏡を充当
なお伊勢神宮の本体の鏡は
そのまま伝えられるとされるが、
誰も見てはいけないので確認できない。

玉:そのまま伝わったとされる
ただし箱に入ったままで
天皇も含めて誰も確認できない。

以上、村上重良『日本宗教事典』より。
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後鳥羽天皇は安徳天皇が壇ノ浦に沈む前に即位しており、そのとき神器は平家が確保していたので、神器のないまま即位したものです。


神器は壇ノ浦で沈んだもののそのうちふたつは回収されて、なくなったものだけは新たに作られたように聞いた気がしますが確かではありません。
そのご、南北朝時代には後醍醐天皇が偽の神器を北朝側にわたしたりしていますので、レプリカみたいなものも作られていたのかもしれません。その後、両朝合一のときに南朝側の神器は北朝側に引き渡されましたが、嘉吉の変のときに南朝の遺臣に奪われたりもしています。
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諸説いろいろあるようですね。


現宮中にある三種の神器のほか、静岡県の草薙神社の御神体は「草薙の剣」である。という話も聞きます。
三種の神器が成立して以来、いくつかのレプリカが作られたらしい。という説もあります。
正面きって調査するのにも、いまだ「神聖冒すべからず」的な風潮があって難しいようです。
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 諸説あるようですが、壇ノ浦で海中に没した草薙剣は後にニセモノだったとして、現在伝わっているものが本物ということになっているそうです。


 ただ、鏡の方は世代交代している、との説もあるようですね。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%A8%AE% …
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