否定疑問文への答え方について質問があります。

日本語で
「あなたはアメリカ人じゃないんですか?」
と訊かれ、自分が日本人である場合
「はい、私はアメリカ人じゃないです」
と答えますよね?
判りづらい人のためにもう一つ例を。
「昨日、学校行かなかったの?」
「うん、行かなかった」

しかし、英語では
"Aren't you American?"
と訊かれ、自分が日本人である場合
"No, I am not American."
と答えますよね?

これを私の周りの外国人に尋ねてみたのですが
みんな否定疑問文にはその国の"No"で答えるようです。
これは日本語だけなのでしょうか?
もしそうだとすれば、何故日本語だけなのでしょうか?

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A 回答 (3件)

ハングルは日本語と一緒ですね。

疑問文が肯定か否定かにかかわらず,相手の言っていることが真なら「ネー(はい)」,偽なら「アーニョ(いいえ)」。
ドイツ語では,否定疑問文に答える時,真ならば Nein.(ナイン)で英語のNoと同じですが,偽の時はDoch(ドッホ)という別の語を使います。(肯定疑問文に対するYesはJa.(ヤー)という)
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この回答へのお礼

やっぱり、ハングルは日本語の仲間なのですね。
自信がなかったので質問の中に書かなかったのですが、確か一部のネイティブ・アメリカンの人達も日本語と同じように返事する、と聞いたことがあるのですが…そうであれば彼らも仲間かな、と。

ドイツ語の場合はある程度納得です。
否定疑問文の場合、YesはYesでも意味が違って当然ですよね?
ドイツ人賢い!
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/11/04 04:56

直接の答えではありませんが、


私の場合:
一応専門会話が出来る程度なのですが(日常のダベリング迄は出来ません)、成人してから勉強したので他の言い方があるのかも知れませんが、韓国語(ハングル)の場合は日本と同じだと思います。

フランス語、イタリア語、ドイツ語も英語式ではないかと思います。 一応全部現地で必要性があり習ったのですが、下の様にしていました。

これは他の外国語を使う場合も同じで、頭の中で一回日本語で考えてから答える私の場合は、「ハイ」「イイエ」で答えずに、全文で答える様にして安全を期して「逃げていました(;^_^A」います。
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この回答へのお礼

返事が遅くなってすみません。
ハングルは日本語の仲間なのですね。
私も大体いつも全文で答えるのですが、人の愚痴を聞いているときなどはこの手が使えません(;_;)。日本語なら普通、「うん、うん、そう、そう」と頷いていれば済むのに、英語では時々、"I am not guilty, though!""Yes(you are not guilty)!""Yes?""No, I mean, no."なんてやってしまいます(^^ゞ。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/11/04 04:51

中国語の場合


質問者が語った内容が正しい場合(否定疑問文であっても肯定疑問文であっても)は
『対』で答えます。
これは、貴方の言ったことは正しい、の意味を持った対(はい)を意味します。
一方、事実としては『是』という返答もあります。これも日本語では『はい』と訳されますが、ニュアンスが異なってきますネ。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

返事が遅くなってすみません。
中国語もそうですか、お隣の国なのに。
彼らはその点では私達日本人より英語を覚えるのは有利でしょうね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2001/11/04 04:46

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Qallとanyの否定文の意味の違いについて

I don't want all sandwiches.
は「私はサンドイッチが全部欲しいというわけではない」と部分否定、
I don't want any sandwiches.
は「私はサンドイッチが全く欲しくない」と全体否定で訳しますが、
allとanyは肯定文ではさほど意味の違いを感じないのに否定文だと意味が全く違うのはなぜでしょうか?
allとanyそれぞれが持つニュアンスの違いによるもののようなんですが…
どなたか分かりやすく説明して下さいませんか?

Aベストアンサー

#2です。読み返してみると#2では御質問への回答になってなかったように思うので、#2の[A]~[C]の部分のみ次の[D]~[F]のように変更いたします。

[D] これは事実です。
anyは個々のものを1つずつ順に見ていって、「これも、あれも、それも、....、どれも」という意味です。心の中には常に1つのものしかありません。1度に1つずつ心に思い浮かべて、1番目から最後のものまで順に全部見ていって「どれも」と言う言い方です。

「どれも」のところにはこれの代わりに次の(ア)~(カ)のいずれかが入ります。
(ア)どれでも
(イ)どれも
(ウ)どれか
(エ)どんな~でも
(オ)どんな~も
(カ)どんなかの
(ア)~(ウ)は代名詞として用いた場合の意味であり、(エ)~(カ)は形容詞として用いた場合の意味です。

(ア)~(カ)のいずれが入っても、anyの中心となるイメージというか意味はいつも同じで、「心の中には常に1つのものしかない」、1言で言えば「どれも」という意味だ、ということです。

allは全体をまとめて「全部」という意味です。1度に全体を一括して心に思い浮かべます。

このような違いを「さほど意味の違いを感じない」と思うか「意味が全く違う」と思うかは人によって異なると思います。

[E]これは仮定です。
現実は別として空想の世界の話として考えれば、not anyとnot allはそれぞれ次の「(a)、(b)」又は「(c)、(d)」の2つの意味を表し得ます。
(1)not any
(a)「これも、あれも、それも、...、どれも」ということではない <部分否定>
(b)これもちがう、あれもちがう、それもちがう、...、どれも違う <全否定>

(2)not all
(c)全部・という訳ではない <部分否定>
(d)全部・ない <全否定>

[F]これは、空想、妄想です。
おそらくは、日常生活においては(a)のような意味を言い表したい場面が極めて少ないこと、(1)が(a)と(b)の両方を意味するとすると(1)を用いる度に(a)と(b)のどちらの意味であるかを考えなければならないので日常生活において不便であること、(a)と(c)が類似した意味であり(a)と(c)の両方を使い分ける必要性が低いこと、の3点から、まず(a)の意味での用い方が廃れたのではないでしょうか。

次に、もしnot allが(d)の意味を持っているということにすると全否定を表す言い方がnot any((b))とnot all((d))の2つあることになりますが社会生活では全く同じ意味を表す言い方は2つは必要ないこと、(d)の意味での用い方をやめるとnot allの意味が1つだけになってnot allの意味が分かりやすくなること、全否定を表す言い方は少なくとも1つは必要不可欠であること、の3点から((b)が残って)(d)の意味で用いる用い方が廃れたのではないでしょうか。

以上が、#2の[A]~[C]の変更結果です。

なお
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa5465485.html
の#5の(4)、(5)の(b)に誤りがあったので、(4)、(5)を次のように変更させていただきます。

(4)I don’t have any money.
(a)どんな金も持ってない。
(b)どんな金でも持っているというわけではない。

(5)There aren’t any whales in the zoo.
(a)どんなクジラもいない。
(b)どんなクジラでもいるという訳ではない。

#2です。読み返してみると#2では御質問への回答になってなかったように思うので、#2の[A]~[C]の部分のみ次の[D]~[F]のように変更いたします。

[D] これは事実です。
anyは個々のものを1つずつ順に見ていって、「これも、あれも、それも、....、どれも」という意味です。心の中には常に1つのものしかありません。1度に1つずつ心に思い浮かべて、1番目から最後のものまで順に全部見ていって「どれも」と言う言い方です。

「どれも」のところにはこれの代わりに次の(ア)~(カ)のいずれかが入ります。
(ア)...続きを読む

Q否定の答えについて

いつもお世話になっております。早速質問させていただきます。

王さんと李さんは友達です。李さんは日本語科の学生です。以下は王さんと李さんの会話です。

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肯定:李さん:「はい、毎日あります。」
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否定の答えは二つありますが、どちらが正しいでしょうか

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Aベストアンサー

No.1の方の回答補足になりますが、

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日本語のあいまいなところですね。質問自体が「毎日あるかどうか」と、「授業があるのか無いのか」という意味を兼ねているので、答えも一通りではなくなってしまっています。ただ、Aの回答は、日常の日本語ではあまり使われません。No.1の回答にもあるように、Aの場合、普通は「まったくありません」というように形を変えて表現されることが多いと思います。

そういう見方をすると、どちらかというと自然なのはBです。が、本当に「毎日授業をやっていない」という答えが実情である場合は、Aをもう少し言いやすく変形して、「いいえ、一度も今までありませんでした」というような表現にすると思います。

QUNINITIATEDの接頭語UNは、否定の意味を持たないのでしょうか

UNINITIATEDの接頭語UNは、否定の意味を持たないのでしょうか。

素朴な疑問です。
INITIATEは「始める・開始する」「初期の」という意味ですよね。
なのでその接頭にUNがつくと反対の意味になるのかなと思ってしまうのですが
UNINITIATEDの意味は「初心者」。
このUNは何を意味しているのでしょうか。

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正しい語源はわかりませんが、
UNINITIATED=「未経験者・初心者」なので、始めていないから未経験者なので、"un"は否定の意味だと思います。

Q過去の助動詞を使って質問されたときの、否定する答え方

「食べましたか?」などの質問に対し、
肯定して、「食べた」と答えるときは、
食べるの連用形+過去の助動詞(た)の終止形ですよね。

それに対して、

否定して、「食べてない」とか、「食べてません」と答えた場合、
文中に過去の助動詞(た)が使われてない気がするのですが、、、
否定するときは、
答え方に、過去の意を含んで無くてもいいってことなんでしょうか?

英語だと、過去の質問に対しては
肯定も否定も過去形で答えますよね?
そこらへんがよく分からないのです。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<それに対して、否定して>

「食べた」の否定形は「食べなかった」になります。「食べてない」ではありません。


ご質問2:
<「食べてない」とか、「食べてません」と答えた場合、文中に過去の助動詞(た)が使われてない気がするのですが>

おっしゃる通り過去の助動詞は使われていません。肯定文にも使われていないからです。

1.この否定形の肯定形は「食べてる」になります。これは「食べている」の「い」が省略された口語体です。

2.その否定形が「食べていない」となります。「食べてない」は「い」が省略された口語体です。

3.この「~ている」「~していない」は過去を表す用法ではありません。これらは「動詞の連用形」を受けて以下のような意味を表します。

(1)動作結果の現存を表す。(存続)
例:
「窓が開いている」

(2)動作・作用・状態の進行・継続を表す。(進行・継続)
例:
「勉強をしている」

(3)動作を経た意を表す。(完了)
例:
「日は高く上っている」

英語で習った、「現在完了」の用法に近いものです。なお、英語の現在完了も「完了」「結果」「継続」などを表しますが、時制は「過去」ではなく「現在時制」なのです。

4.文法的に解釈すると、「~ていない」の「て」は古語で完了の助動詞『つ』の転用である『た』の連用形『て』と言われています。それに「いる」とう動詞を連合させて、上記のような「存続・継続・完了」を表す用法になったものです。


ご質問2:
<答え方に、過去の意を含んで無くてもいいってことなんでしょうか?>

実は含んでいるのです。

1.「~ている」の「て」には、古語の「完了」の助動詞「つ」の流れを汲みますから、「過去」のニュアンスも含んでいるのです。

2.「存続・継続・完了」は過去のある一点から、現在までの時間の幅について言及したものです。つまり、「過去も、過去から現在までの時間も、現在も」含んだ時制なのです。

3.従って、ご質問文の「食べていない」は、過去のある一点から今までという、一定時間の間食べていない、という「存続」の用法になっているのです。


ご質問3:
<英語だと、過去の質問に対しては肯定も否定も過去形で答えますよね?>

英語では過去形で問われたら、通常は過去形で答えます。しかし、英語には過去のことを言及しながら同時に現在のことにも言及する「現在完了」という時制があります。

ご質問文の例は国語では「存続」ですが、英語の「現在完了」では「結果」にあたる用例です。

1.英語の現在完了も上記の説明と同じく、過去のある一点から今までという時間幅について言及する時制です。

2.過去の出来事が現在に影響を及ぼしていることについて言及するので、時制は「現在形」に分類されるのです。

3.ご質問文を英語にすれば
I have not eaten
「食べてない」
となります。

これは、文脈や使われる副詞によって
I have not eaten since yesterday.
「昨日から食べてない」(継続)=国語の「存続」に相当
I have not eaten yet.
「まだ食べてない」(完了・結果)=国語の「完了」「存続」に相当

と用法が変わることもあります。

以上ご参考までに。

はじめまして。

ご質問1:
<それに対して、否定して>

「食べた」の否定形は「食べなかった」になります。「食べてない」ではありません。


ご質問2:
<「食べてない」とか、「食べてません」と答えた場合、文中に過去の助動詞(た)が使われてない気がするのですが>

おっしゃる通り過去の助動詞は使われていません。肯定文にも使われていないからです。

1.この否定形の肯定形は「食べてる」になります。これは「食べている」の「い」が省略された口語体です。

2.その否定形が「食べ...続きを読む

Qtoo + to do 構文は必ず否定の意味か

例えば,インターネットで検索してみると,次のような解説が見つかります.

  It is too cold to swim today.
  今日は泳ぐには寒すぎます。 ← とても寒いので泳ぐことができない
  重要なのは、〈too ~ to ...〉の構文には否定語を含みませんが、否定の意味を含むということです。

この例文で考えると,
歯をガチガチと鳴らして寒さに耐えながらどうにかこうにか泳いでいたら,
泳ぐことができないわけではないので,「too cold to swim」とは言えませんか?

Aベストアンサー

確かに too to の本来の意味は「~するには~すぎる」であって、
否定の意味があるわけではありません。

しかし、この too はただ日本語で「すぎる」というのとは違います。
すなわち、日本語では「美しすぎる~」のような言い方をするように、
very 的でさらに強めたような意味合いになることも多いです。

でも、英語の too は「限度を超えている」という意味合いがあります。
だから、too cold to swim というと、「泳げないくらい」寒いのです。

だから、おっしゃるような場面では普通には too は使えません。

非常にいい質問だと思います。
私はこの表現を教える時、
「日本人は疲れすぎてもがんばるって言う、でも英語で
too tired to walk というと、疲れていて歩けないんだ」
そんなこと言っても言いたいことがわかることは少ないです。

ただ、#2 の方がおっしゃるような表現もあり、
too で very のような意味になることもあります。
特に only too という場合です。

Q否定疑問の形 「~ませんか」について

勧誘表現の「~ませんか」はその行為をするかどうかについての聞き手の意向を尊重する表現であると、文法書に書いてありますが、理解できません。否定疑問の形がどうしてそう言えるのか教えてください。

Aベストアンサー

 ほかの皆さんの回答を拝見しないで書きます。ダブっていたらごめんなさい、です。

A、 ○○して頂けますか?
B、 ○○していただけませんか?

 2つの表現を比べると、
 Aは押しつけがましく、「○○するよ」という返事を期待している感じを強く受けます。「形は質問だけど、当然やるよね、やるべきだよね」という感じを持たされます。こういう質問をされて、なお「いやだね」と返事をするのには、かなり勇気が必要です。勇気と言う言葉が不適切なら、そういう返事をしたら後ろめたい感じをもたされると言えばいいのかな。

 それに対して、Bは、「○○していただけない」可能性を、質問する人が念頭において質問しているように感じられます。「いやだと返事をされることもあるのは承知しておりますが、してもらえるとうれしいな」という感じ。こういう質問に対して「○○するよ」と返事をするのは、返事をした人にとっては「名誉」です。恩恵を施してあげたということで誇れます。「いやだね」という返事をしても、それは、想定内の返事のはずだから、事情はわかってくれるよね、ということで、後ろめたい感じを持たずに済みます。

 ゆえに、Bのほうが相手の意向を尊重したことになるのです。

    わかっていただけましたよね?      なんちって (^^;

 ほかの皆さんの回答を拝見しないで書きます。ダブっていたらごめんなさい、です。

A、 ○○して頂けますか?
B、 ○○していただけませんか?

 2つの表現を比べると、
 Aは押しつけがましく、「○○するよ」という返事を期待している感じを強く受けます。「形は質問だけど、当然やるよね、やるべきだよね」という感じを持たされます。こういう質問をされて、なお「いやだね」と返事をするのには、かなり勇気が必要です。勇気と言う言葉が不適切なら、そういう返事をしたら後ろめたい感じをもたされると言え...続きを読む

Qnotを使った否定文と、否定の意味が入っている一般動詞や形容詞の違いについて

以下、一部例文を上げて質問させていただきます
I don't like it! / I dislike it!
I don't agree with you. / I disagree with you.
It is not necessary for you. / It is unnecessary for you.
It is not convenient for you. / It is inconvenient for you.

他にもあると思いますが、意味合いとしてどういった使い分けをすればいいでしょうか
単語1つ1つで使い分けが変わっていきますでしょうか。

例えば、
・notを使う場合は相手(聞き手)にとって新情報。
・否定の意味を含む単語は相手にとっても既知の情報。
もしくは
・notを使う場合は相手(聞き手)に感情を込めて(主観的な感じ)訴えてる
・否定の意味を含む単語は相手に無機質で客観的な事実を言っている?
だったりするのでしょうか。

アドバイス頂けるとうれしいです。

Aベストアンサー

一般に言えるのは肯定の意味の動詞や形容詞に not で否定にする方が穏やかになります。

That's wrong. と言わずに
That wouldn't be correct. と言うのです。

Q小学四年生の国語の教科書の分からないところ(否定疑問という構造)

 小学四年生の国語の教科書を読んでいます。否定疑問という構造の使い方が良く分からなくて、質問します。

1。「みなさんの中で、駅の自動券売機の表面に、小さな点のうき出たテープがはってあるのに気付いた人はいませんか。よく注意してみると、郵便局や、市役所などの中でも見つかるかもしれません。それは、点字といって、わたしたち目の不自由な者が、指でさぐって読む文字なのです。」

 最初の一文の中で、「いませんか」を使う理由は何でしょうか。読者を非難する意味に取られますか。「いますか」と比べると、どちらが弱いのでしょうか。

2。『この文章を読んで、どんな感想を持ちましたか。もっと知りたいと思ったこと、自分でしてみようと思ったことはありませんか。思ったことに、実際に取り組んでみましょう。そして調べたり体験したりしたことを発表して、みんなで「伝え合い」を考える会を開きましょう。』

 これは練習問題の中の文章です。最初の一文の中で、「ありませんか」を使う理由も良く分かりません。「ありますか」を使ったら、ニュアンスはどこが違うのでしょうか。

 1と2は「~ではありませんか」という文型と関係もあるのでしょうか。「~ではありませんか」はとてもきつい言い方ですね。

あなたは同意したではありませんか。
私たちはちゃんと約束したではありませんか。
これはあなた自身が言ったことではありませんか。

 もしかして、私は動詞自体の否定疑問と「~ではありませんか」といっしょくたにしたかもしれません。どなたかアドバイスをいただけないでしょうか。

 日本語を何年間も勉強していますが、まだまだ文章がうまく書けません。質問文の中で不自然な表現がありましたら、それも併せて指摘していただければ助かります。宜しくお願いします。

 小学四年生の国語の教科書を読んでいます。否定疑問という構造の使い方が良く分からなくて、質問します。

1。「みなさんの中で、駅の自動券売機の表面に、小さな点のうき出たテープがはってあるのに気付いた人はいませんか。よく注意してみると、郵便局や、市役所などの中でも見つかるかもしれません。それは、点字といって、わたしたち目の不自由な者が、指でさぐって読む文字なのです。」

 最初の一文の中で、「いませんか」を使う理由は何でしょうか。読者を非難する意味に取られますか。「いますか...続きを読む

Aベストアンサー

 これは、日本語ネイティヴにしてみると、「虚を衝かれた」というようなご質問と言えるかも知れません。非常にお答えし難い点だと思います。
 お答えし難いので、当方も言っていることのまとまりがなくなるかも知れませんが、書いてみます。
 先ず、「ありませんか」「いませんか」という否定疑問文が「語調を和らげる」「遠回しにする」という点は確かです。ただ、ご質問者の方の例文を拝見していて気がついたのですが、これは「反語」ですね。
「気付いた人はいませんか」には、その後に「いるでしょう?」というニュアンスが隠されています。「思ったことはありませんか」には「あるでしょう?」というニュアンスが。こうやって否定疑問文にすると「いますか」「ありますか」よりその誘導のニュアンスが強いように思います。

 同様に、
「同意したではありませんか」は「同意したでしょう?」です。
「ちゃんと約束したではありませんか」は「ちゃんと約束したでしょう?」です。

 というわけで、「きつい言い方」と言うより、“否定”疑問文にすることで逆に聞き手を“肯定”の答えへ誘導する(“yes”と言わせる)ニュアンス、と考えられると思います。


>>質問文の中で不自然な表現がありましたら、それも併せて指摘していただければ助かります。

 今回ほとんどありません。ただ、ご質問者の方は、いつも拝見していると判るようにとても日本語が堪能でいらっしゃるので、普通の日本語の非ネイティヴの方だったら特に指摘しない点(ネイティヴの間でも賛否両論あるかも知れない点含む)を敢えて指摘させて戴きますね。

>> 最初の一文の中で、

「一」は要らないと思います。

>>読者を非難する意味に取られますか。

「~意味に取れますか」でしょう。

>>「ありますか」を使ったら、ニュアンスはどこが違うのでしょうか。

「『ありますか』を使った場合と、ニュアンスはどう違うでしょうか」がいいでしょう。

>>「~ではありませんか」はとてもきつい言い方ですね。

 うーん、くだけた口語ですと「言い方ですよね」とでもしたいところですね。でもこういう掲示板ですから、「とてもきつい言い方だと思うのですが」としてみては如何でしょうか。

 これは、日本語ネイティヴにしてみると、「虚を衝かれた」というようなご質問と言えるかも知れません。非常にお答えし難い点だと思います。
 お答えし難いので、当方も言っていることのまとまりがなくなるかも知れませんが、書いてみます。
 先ず、「ありませんか」「いませんか」という否定疑問文が「語調を和らげる」「遠回しにする」という点は確かです。ただ、ご質問者の方の例文を拝見していて気がついたのですが、これは「反語」ですね。
「気付いた人はいませんか」には、その後に「いるでしょう?...続きを読む

Q国語カテ。「批判」と、「否定」って意味どう違いますか?

何か、私はこの2つの単語の意味の違いがよくわからないのですが、

職員さんに聞いたら、「批判ってのは悪い言葉だと、バカ、とかクソですよね?何も相手と向き合ってない、無責任な「単語」ですね。。でも、否定は、「あなたのそこはちょっと、違う気がする。。でも、ここをこうすればよくなるよ」って、そこまで、言えば、「アドバイス」になるよね?
要は、無責任か、「相手と向き合った上での発言か」って事だと、思います」


って言われましたが、そういう事ですか?

お願いしますww

Aベストアンサー

批判とは、「批評し判定すること」「価値・能力正当性などを評価すること」ですよね。
否定とは、「(価値などを)認めないこと」です。
ですから、批判と否定とは勿論違います。
ですが、問題は「批判」は、否定的内容のものをいう場合が多いのです。この点で混同してしまうかもしれませんが。
批判という言葉自体、悪い言葉ではありません。相手と向き合っていないわけでもないでしょう。
ただ、「批評し判定すること」「価値・能力正当性などを評価すること」においては客観的な判断が必要ですし、この点において相手と向き合っていないと思われたのかもしれませんね。

Q肯定の疑問文の否定の否定?

以下のような言い回しをしたいとき、よく混乱します。
このなかで本文に続けるのに正しいものを教えてください。
間違っているものは、できればその理由もお教えください。
ちなみに、検索するとどのフレーズもヒットします。

 もし機長が海側ルートを選んでいれば、あのような惨事は
 まぬがれたのでは……

(1)ないでしょうか。
(2)ないのでしょうか。
(3)ないのではないでしょうか。
(4)ないのではないのでしょうか。
(5)ないのではないのではないでしょうか。
(6)ないのではないのではないのでしょうか
(7)ないのではなかったでしょうか
(8)ないのではなかったのではないでしょうか
(9)なかったのでしょうか。
(10)なかったのではないでしょうか。
(11)なかったのではないのでしょうか。
(12)なかったのではなかったでしょうか。
(13)なかったのではなかったのでしょうか。
(14)なかったのではなかったのではないでしょうか。
(15)なかったのではなかったのではないのでしょうか。

Aベストアンサー

わかりにくいという問題はありますが、決定的にまちがっているものはないと思います。ただ、言い方によって、その前につく言葉が限定されるかもしれません。

最後の部分の「ないでしょうか」は反語表現で、その前の部分を肯定しています(つまり、「ありえる」と言っているわけです)。したがって、最後の部分を含めて、「ない」が奇数個なら肯定、偶数個なら否定を表わします。

私も検索してみましたが、明らかにまちがって使っているもの(「ない」が1つ余分)もありました。

ただ、「ない」が3個以上あると、一種のジョーク、あるいは人を煙に巻くような感じに受けとられるかもしれません。


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