democracy を 「民主主義」 と訳したのはだれでしょうか。
『翻訳語成立事情』 (柳父章 岩波新書) を読んだり、検索をしてみたかぎりでは、わかりませんでした。福澤諭吉の 「文明論之概略」 にもでてきませんでした。
「民主」 は、中村正直の 「人民自主」 と関係がありそうな気がしますが、そちらのほうは、まあどうでもよいです。 -cracy を 「主義」 と訳したのは誤りだとする (それ自体としてはもっともな) 意見を目にすることがあるので、翻訳のいきさつを知りたいとおもいました。
この訳語の初出あるいは早い時期にあらわれる用例や、翻訳の事情について書かれた本またはウェブサイトをご紹介ください。
No.1
- 回答日時:
いつもshiremonoさんの鋭い回答を大変参考にさせていただいてます。
今回、直接の回答でないことをお許しください。私見です。ふつうに考えれば、民主主義は democratism の訳だと思いますが、大正時代頃に、「民本主義」や「民族主義」「民権主義」などと同列に使われ、リベラリズム、コミュニズムなどの隆盛とともに【日本語の文脈の中で】次第に概念の広がりを持って使われ始めたのではないでしょうか。
その【日本語として】(決して翻訳ではなく)広がった概念の中に、他国語の democracy に相当するものも含まれていた、ということなのだと思います。
今、UKを「イギリス」と翻訳したからといって首をかしげる人はほとんどいないと思います。もともとは、それが「イングランド(蘭語のエンゲレス)」というUK内の一王国由来の名前だとしても、日本語の文脈の中では UK全体のことをさすものだと誰もが知っているからです。また、そういう訳書の初出を調べたところで、そう価値があるとも思えません。
要するに日本語の「民主主義」は democracy という概念も含んだことばなんだなぁ、と理解していればいいだけの話ではないでしょうか。US=「合衆国」なんてのを今さら「おかしい」と論じたててもちょっと生硬ですよね。それと同類なのでは。そもそも -ism という接尾語自体がそう大した概念ではありません。 pinciple とか split くらいの意味なんですから、「主義」と「制」は違うものだという主張からして間違っているのかもしれません。
この回答への補足
「お礼」 の訂正 (意味がほとんど正反対になってしまいます)
【誤】"monocracy" ・・・ 独裁政治
【正】"nomocracy" ・・・ 法治政治
ご推察されたことでしょうが、 luune21 さんも回答された質問
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2611230.html
にたいするべつな方の回答が、この質問の直接のきっかけです。
luune21 さんご自身から回答がいただけるとはおもいませんでした。しかも、たいへんにかんがえさせられました。
調べてみると、 "democratism" こそあまり一般的なことばではありませんでしたが、 "democracy" 自体に 「思想的立場」 という意味での 「主義」 に通じる使われ方がありそうでした。たとえば、 "social democracy (社会民主主義)" は、 "political belief (政治信念・理念)" ないし "ideology (イデオロギー)" として定義されています。一方では、"capitalism (資本主義)" や "feudalism (封建主義)" のように、"-ism" という接尾語がついていながら、 "system (制度)" として定義されているものもあります。「法治主義」 のように、政治原則や制度を意味しながら、やはり 「主義」 と (ドイツ語から) 翻訳されたものもあります (1語の英単語としては "monocracy" がこれに対応するようです)。さらに、あらためて国語辞典をひいてみたところ、もともと "principle" の訳語である 「主義」 には、 「制度」 や 「体制」 という意味も、ちゃんと加えられていました。
翻訳のためにつくられたことばが定着するなかで独自の概念をもつ、というおかんがえからは、今回の質問にとどまらず、日本語のありかたについての大きなヒントと課題をいただいたようにおもいます。
深く感謝いたします。
No.2ベストアンサー
- 回答日時:
私のようなまったくの素人には、何から調べたらよいのかさえ分からない、調べ甲斐があるご質問ですね。
いろいろ調べましたが、結局分かりませんでした。
しかし、年末でもあるので、分かった範囲でまとめます。
まず、丸山真男氏・加藤周一氏共著『翻訳と日本の近代』岩波新書を読みましたが、「民主主義」は出てきません。
しかし、この本を読んだおかげで、日本近代思想大系『翻訳の思想』に詳しいということを知り、読みました。
でも、出てきません。
そこで、安易な手段ですが、角川の『外来語辞典』で「デモクラシー」を引いてみました。
すでに、お調べになっていることとは思いますが、次の例が示されています。
長束宗太郎氏編『主権論纂』1882年に、共和政治(デモクラシー)
福地源一郎氏著『新聞紙実歴』1894年に、民主政治(デモクラシー)
幸徳秋水氏著『社会主義神髄』1907年に、民主主義(デモクラシー)
文例は、もっと詳しく記載されています。
ついでに『国語辞典』で。
高山樗牛『文明批評家としての文学者』1901年に、「民主主義と社会主義・・」
などの例があります。
さて、デモクラシーを共和政治と解釈するというか、翻訳されているケースがありますが、明治6年(1873年)11月、大久保利通の「立憲政体に関する意見書」で、大久保は、政体を民主政治と君主政治に分けていますが、ここでの民主政治は「共和制」を指していますね。
以上は、私自身のためにまとめたものですが、これからも続けていこうと思っています。私は、技術史には興味がありますが、その他の歴史についてはまったくの素人です。
何かの参考になれば幸いです。
> すでに、お調べになっていることとは思いますが
・・・ 調べていなかった
> 文例は、もっと詳しく記載されています
・・・ ぜひ、くわしい文例が知りたい
というわけで、昨日ご回答を拝見してから、 『外来語辞典 (第2版)』 (あらかわ そおべえ 1977 角川書店) を手に入れました。この辞書のおもしろさを紹介しているウェブ記事があるほどなのですね。
高山樗牛の用例が出ていた 『国語辞典』 というのは、 『日本国語大辞典』 でしょうか。その第1版をもっている人に照会したところ、つぎの回答がえられました。
「ニーチェは更に論歩を進めて民主々義と社会主義とを一撃の下に破砕し」 (高山樗牛 『太陽』 明治34年1月号)
ここで否定的な文脈のなかでいわれる 「民主主義 (民主々義)」 とは、直接的には、政治制度でなく、政治思想をさすようです。 「民主主義」 ということばが政体の意味でも使われるようになったのは、それ以降のことなのかもしれませんね。
大久保利通の用例にみられる 「君主制 (君主政治)」 の対義語としての 「民主主義/民主制 (民主政治)」 という "democracy" の解釈も、興味深いところのようですね。というのは、自由民権運動においても、戦後の 「民主主義」 においても、 「君主制」 と 「民主主義」 はどうやら両立しているからです。
「民主主義革命」 ということばが敗戦後のGHQ占領下で一世を風靡したことがあったというのは、さきほど読みはじめた 『敗北を抱きしめて』 (J. Dower 1999 ジョン・ダワー 2001 岩波書店) で知りました。
その前に読んだのは 『文明開化』 (木村毅 1966 至文堂) で、たいへんおもしろかったのですが、「民主主義」 ということばについてはふれられていませんでした。
じつはわたしは、日本国が 「立憲君主制」 だということを昨日まで知らなかったほど、基本的な知識や教養に欠けるところがあります (つまり天皇が元首だとはおもっていなかったわけで、目下驚愕、当惑しています)。
さらに、おしえていただいた情報から図書館で原典にあたって調べるほどの根性もありません。
最低限のところで、福沢諭吉や中江兆民の代表作などをぽつぽつと読んだりしながら、日本の社会や日本語のことを理解したいとおもっているだけなのですが、そうする上で、たいへん参考になりました。
深く感謝いたします。
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