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睡眠薬の依存性について医者は当然知っているはずです。
それにもかかわらず、漫然と何年も患者に睡眠薬や
安定剤を処方し、患者を依存症にした医者が傷害罪で
罰せられることがないのは何故なのでしょうか。

A 回答 (2件)

>漫然と何年も患者に



反省する面も含めてのアドバイスとなります。てんかんなどの場合、代替できる薬が少なく、使わないと症状が悪化することが繰り返されると、同じ薬を処方せざるをえない、現在の段階での限界に突き当たります。また、鬱状態などを持続させると、最悪の場合には自殺や自傷行為となりますので、それを避ける有効な代替手段が見つからないと、薬に頼る、医薬品により症状を悪化を防ぎ、少しでもQOLをよくしようという維持するのが限界という状況になります。生活の質、これの判断は個人により違うのでしょうが、多数の他人から見て、使わないよりは改善しているなら、使っているというレベルかも知れません。

処方すること、つまり、診断し、その判断として医薬品を許可されている範囲で使うことは医師に制限を解除された行為なのです。一般の人は使いたくても購入できない、診察してもらい、その判断で処方されないと手に入らないのが医薬品なのです。正常な人にそれを限度を超えて処方したり、意図的に必要が無いのに処方し、依存症などになれば、傷害罪が成立しても不思議ではありません。しかし、ボーダーラインの患者、これに関しては、使用した結果、その薬が無くなると症状が悪化したりするなら、処方しても傷害罪が成立しにくいのではないでしょうか。

アルコール依存症の人に、毎日、酒類を提供する酒屋が傷害罪に問えないのは酒の販売免許を持っていて、経済活動として販売しているからで、酒が限度を超したり、習慣性、依存性があるのを知っていても、仕事なので、販売しないと廃業することになります。同様にニコチン中毒の人にタバコを販売する人、場合によっては自動販売機を傷害罪で裁くことが難しい、できないでしょうとしか言えません。

中毒になるほど大量に与えていれば、これは問題でしょうが、添付文書に記載されている範囲で、実際に診察して経過を把握している患者に対しては、酒を販売している酒屋、タバコを販売している業者と似ているのかも知れません。

依存性というより、効果があるので止めるのが辛いものに、アトピーやアレルギーに対するステロイドがあります。軽いものなら、非ステロイド系のものもありますが、これも効くからということで使いすぎると依存したくなるみたいです。携帯依存症、インターネット依存症の人に携帯電話を販売する業者、インターネットできるパソコンや通信機器を販売する業者が訴えられないのも不思議といえば、私にとっては不思議です。

コーヒーや紅茶、チョコレート、緑茶、これらも依存性があるし、国や歴史的に昔、規制され、販売や生産、流通を取り締まられたこともあるのです。禁酒令ももちろん戦争の原因になるほどありましたし、贅沢品を規制したり、もうかるものに高額の税金や取締りをしているのは現在でもまだあります。これらは、お金を持っている人から国外などに利益を流出されないようにとの目的があったのですが、日本のブランド志向を見ると、ブランドにも依存性、習慣性があると思います。しかし、これらは、茶類やチョコ、酒、タバコよりは健康には害が少ないか無いという意味でちょっと違います。しかし、国の富国政策がある地域では、かなり問題視されるのです。

論点を戻すと、患者を依存症にした医者が傷害罪で罰せられることがないのは、国や他人に対し、害を与える状況を広げるより、医薬品である程度静かに平穏にしてもらっていたほうが利益があると判断できる可能性があるからと極論を言えるかも知れません。精神を病んだ患者を放置すると、その人がこどもを殺したり、他人に害を与えても、精神病だったから罪に問えない、むしろ、一般社会から隔離しろと唱える人が世の中にはかなり目立ちます。

すると、使わなくても済むかも知れないレベルの患者に薬を処方しないで、その人が他人に危害を与えたとき、しかも、その後、精神障害ということで刑法で犯罪を問えない状態などが問題になります。良心的な処方しなかった医師が過失ということ、誤診や診療拒否みたいに責任追及される、裁判で訴えられますので、それよりは処方するということで済ませるのではないでしょうか。もっとも、裁判で医師が処方していなくても重い刑罰を与えられない可能性も高いでしょう。しかし、裁判されるよりは、処方してしまう可能性が高いと思います。

交通事故を引き起こすのは、自動車を販売する会社がいけない、ガソリンを販売する店がいけない、だから、ガソリン販売店を経営する人を恨むのも理解できるのですが、多くの人には理解されないということも予想されます。

はぐらかす意図もなければ、自己弁護でもないのですが、かつては精神科医を目指したこともありますので、自分だったらどう考えるか、少し、違った角度でアドバイスという形で書いてみました。

この回答への補足

質問が漠然としていて、すみませんでした。

てんかんの患者さん等、投薬が必要な患者さん
に対する投薬治療は除外しての質問です。

すなわち、街中によくあるクリニックを受診する
人の大部分は、もともと危険な処方薬による投薬治療
が必要な程の精神疾患がなく、何らかのストレスで眠れなく
なったり、気分が不安定になったりしているだけです。
そういう人達に必要なのは、生活改善の指導やカウンセリング
なのであって、投薬治療は慎重であるべき(個人的には必要ない
と思っていますが)です。
しかし、精神医療の現場では安易に薬が処方されており、
(薬の依存性の危険性について事前にきちんと説明できている
医者は、ほとんどいないでしょう。)その結果、依存症等の
重大な障害を負わされている人達が大勢います。

それについて、薬を処方し続けた医者は何の責任も
負わないのかということです。
例えば、1年間、毎日睡眠薬を飲み続ければ依存症に
なります。この場合に薬から離脱することは極めて難しい
でしょう。このことは医者は知っているはずです。
しかし1年間ぐらい漫然と薬を処方する医者は、いくら
でもいます。

すなわち、健康な患者に薬物依存という重大な障害を
負わせることを認識していたにもかかわらず、処方を
続けた医者が、誰一人、傷害罪で処罰されていないのは
何故なのかが、わからないのです。

補足日時:2007/10/25 17:05
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この回答へのお礼

丁寧なご回答ありがとうございました。
興味深く読まさせていただきました。

ただ、少し納得しないことがあったので
失礼ですが、意見させていただきます。

医者は患者を治すために存在するのであって
患者が犯罪を犯した場合に責任追求されたくない
から投薬ということは納得いきません。
さらに、現実には最近の凶悪犯罪の犯人(どの事件かはいえませんが
調べれば、あの人もこの人もかというぐらいです)がかなりの割合で
精神科を受診していて何らかの投薬治療を受けているのです。
つまり、投薬治療のせいで犯罪者にまでさせられているのです。
もちろん、犯人が責任を負わなければならないのは当然です。
しかし、投薬者の責任も、これからは追及していってほしいです。

話がそれました。

ご回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2007/10/25 18:33

基本的なことですが、どんな医薬品にも必ず副作用はあります。


医師は治療効果と副作用の兼ね合いを考えてどうしようかを考えるわけです。
例えば抗がん剤の治療では頭が丸坊主になるほど髪の毛が抜けますが、髪がなくなっても命がなくなるよりはいいだろうということで使います。
安定剤や睡眠薬も依存症になるリスクがあっても、その人が不眠などでまともな生活が送れなくなってしまうのなら、依存しても使わざるを得ない状況はあります。

ただ、インフォームドコンセントと良い、患者の望む医療をするというのが最近の風潮です。
丸坊主になるなんて冗談じゃない、それなら美しく死にたいというのなら治療を打ち切るのも医師です。
安定剤を使わないよう、都会を離れて人里離れた山奥で生活すべきだと言っても、そんなことは出来ないと薬を飲み続けながらでも仕事を続ける人もいるでしょう。
医師は患者に治療リスクを説明する義務はありますが、その結果どうするのかは、医師ではなく患者が自ら決めることです。

そもそも犯罪には「犯意」と言って、犯罪を犯す意思がいなと犯罪ではありません。
よって、意思は依存症にしてやろうとしてやっているのではなく、治療の結果の副作用ですので、傷害罪には当たりません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

医者は薬を処方しなければ点数にならない(すなわち金儲けが
できない)そうです。その結果、多くのクリニックがカウセリング
軽視で、投薬に力を注いでいるようです。

依存症になって、せっせと通ってくれる患者は、
医者にとってありがたい客でしょう。
未必の故意をもって、投薬を続けている医者は
多いと思います。

お礼日時:2007/10/25 23:19

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