出産前後の痔にはご注意!

四十九日などの法事のときに、赤飯を食べますがどういういわれがあるのでしょうか。
 「死んでめでたくもないのに」と言う人もいます。

よろしくお願いします。

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A 回答 (6件)

#4です。


こう言う記述がありました。

葬式にも言えます。今度はひたすら別れ別れ、悲しみ悲しみとなってしまう。だけど、我々僧侶方が何で七条袈裟と普通いっております袈裟、金襴緞子を着けるのでしょうか。慶祝行事だからでしょう。晴れ着です。そういう晴れ着で、なぜ導師をして差し上げておるか。今でも真宗地帯、北陸辺りでは、通夜の席で赤飯を炊く家は決して少なくありません。それは確かに悲しい別れだけれども、仏(ほとけ)の道へ入っていかれる、成仏道へ入っていかれる晴れの門出でもある。この死というところで、先ほど何度か生き直すということを申しましたが、生き直しの最終段階で命は完成すると考えているわけです。その命の完成に向けて晴れの祈りで飾って差し上げている。これが仏教という以前に我々の父祖たちが込めた祈りです。

 確かに悲しいけれども、同時にお浄土へと晴れの旅立ちをなさるんだ。それを喜んで差し上げたい。我々の御和讃で、娑婆永劫の苦を捨ててと。この娑婆には悲しいことがいっぱいあった、苦しいことがいっぱいあった、ようやくそれから解放されていかれる。そして、悲しみのないお浄土へいかれる。

色々と見ますと、北陸、九州、北海道、東北など結構赤飯が法事に出される、お葬式にもってところが、日本には多いみたいですね。
私も、初めて知りましたけど、赤飯、法事、理由で検索するといろんな、説明が結構見られました。
お時間があれば、各サイトの訪問は一度いかがでしょうか?

この回答への補足

仏になる為の門出ですか、なるほど。
それならうなづけますね。
ありがとうございます。

補足日時:2002/11/25 17:29
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私の実家の方(茨城)では、仏事などにはお赤飯をお供え、


法事のお土産にすることがあります。
「めでたくないのに」と言われれば、「?」とも思いますが
特に祝っていると言うことで食べるものでも無い気がするんですが。
(私の実家の方の場合には)

または、長寿で亡くなられた方の場合は香典などのお返しに
紅白饅頭(または代わりの物で紅白のタオルなど)をつけたりもします。
逆に天寿をを全うして「おめでたい」と言うことですね。
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お赤飯について


なぜ祝い事や神事にはお赤飯がつきものなのでしょうか。神前に米を供えるのは日本の古くからの習慣ですが、古代(鎌倉時代ころまで)の米は赤かったのです。白い米を食するようになってからも神前には変わらずに赤い米をお供えするためにわざわざ小豆を使って赤くしていました。また、赤は陽力、霊力、生命力のあるものと信じられ、神事のあとには直会(なおらい)としてこれを炊いて、神と同じものを食べる、皆で分け合って食べることにより厄をはらい新たな生命力が宿ると考えられたのでした。これを〈共食信仰〉と呼びます。また、日本で米が穫れるようになった頃から、それまでのヒエやアワと同じように炊いて粥にして食べていました。これを弱飯(ヒメイイ)といいケの日(普段の日)の食事でした。のちに中国からコシキという蒸し器が伝わり、米をふかしても食べるようになる、これを強飯(コワイイ)といってハレの日(神事の日特別の日)の食事として分けていました。これが「おこわ」の語源です。
一般の祝いごとに赤飯を作って食べたり配ったりする風習は、江戸時代中期からです。小豆めしは白米中心の栄養摂取からくるカッケの予防にもなり、赤飯は喜ばれました。しかしここでも生きているのは〈共食信仰〉です。祝う人祝われる人が同じものを食べることの意義が重要視されています。お彼岸のおはぎにもいえることですが、このやり取りを繰り返すことに地縁や血縁の共存意識を培ってゆきます。
お赤飯の重箱にはよく南天の実を添える習慣があります。これは「難を転ずるように」ということで、こちらだけの内祝いですが先様にも幸多くという心遣いです。

ですが、法事に赤飯を食べるのは、富山とか高山とか北陸地方には多いみたいですね。
こんな記述も;
夕食は、豪勢ではないが高山名物が幾つか入り、持参の赤飯(法事の食事)とともに堪能した。

あまり、的を得た回答にはなってませんが。
それぞれの地方に伝わる慣習なんかによって、決まっているんですかね?
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私も、初めて聞きました。


今まで法事で赤飯が出たことは、ありません。

北海道でしたら『黒飯』が出ることもあるそうですが、
一般的には、普通の白いご飯だと思います。
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四十九日の法要では赤飯を食べるのかなぁ?



通常、年忌法要の区切りとなる50回忌には、故人が祖霊(神)になったというお祝いの意をこめて、食事の引き出物に赤飯や紅白の餅を出す場合があるのですが、四十九日は違うと思うのですが。

逆に、四十九日では「なるべく色がつかない和菓子」を出す(饅頭など)のだったと思います。
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何度か49日に出席したことがありますがお赤飯なんて食べたことありません。

どちらの地方でのお話なんでしょうか。多分どこでもってことはないと思うんですけど。

この回答への補足

お世話になります。
関東です。

補足日時:2002/11/25 17:23
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Q四十九日までの自宅での供養を教えてください

四十九日まで、初七日や逮夜以外の日に、家族はどのように供養すればよいか教えてください。

数日前、喪主として母の葬儀を終えました。
(ちなみに父はずいぶん昔に亡くなっています)
今のところわからないまま、家族で毎夜般若心経を3回唱えています。
(般若心経の本がたまたま家にあったので、なんとなく3回です)

宗教は、私自身は信仰はありません。
私の実家(母の婚家)は浄土真宗です。
亡くなった母の実家は真言宗です。
葬儀は音楽葬という形でお坊さんはお願いしませんでした。
引っ越しを期に(浄土真宗)の檀家ではなくなり、仏壇は置いていません。
お盆やお彼岸はお墓参りだけで、自宅で祀ることはしていません。

現在、遺骨はローボードの上で、写真とろうそく立て・線香立て・花入れを並べています。
これもわからないまま、なんとなくです。
(住宅事情で後飾り壇・中陰壇というものを設置できません。)
仏壇があった頃は平常、仏飯器と華瓶を仏壇に供えていました。
この時期も同じようにしてもよいのかどうか。
故人の好物などを供えてもよいのかもわかりません。

お参りに来られる方も呼ぶべき人もいませんので、対面を気にする必要はありません。
信仰している宗教はないのだから好きなようにしていいのじゃないかと思いつつ、腑に落ちないまま日が過ぎています。
最初に初七日・逮夜・四十九日といった言葉を使いましたが、法要や、お骨やお墓をどうするかもまだ考えていません。
十分に悲しんで母との別れを納得したいです。
含めて助言をいただけたらと思います。
よろしくお願いします。

四十九日まで、初七日や逮夜以外の日に、家族はどのように供養すればよいか教えてください。

数日前、喪主として母の葬儀を終えました。
(ちなみに父はずいぶん昔に亡くなっています)
今のところわからないまま、家族で毎夜般若心経を3回唱えています。
(般若心経の本がたまたま家にあったので、なんとなく3回です)

宗教は、私自身は信仰はありません。
私の実家(母の婚家)は浄土真宗です。
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Aベストアンサー

 お母様を亡くされてご愁傷様です。
 人間は死んだら物体になるだけと思っていますし、宗教はビジネスだと思っている者です。そんな人間の意見なので参考まで。
 
 三谷幸喜さんが若くして他界された、俳優の伊藤俊人さんの葬儀で、「人間は2回死にます。1回は肉体的な死。そして、もう1回は友人たちがその人のことを語らなくなった時です。僕たちは君のことを語り続けます」と言う内容の弔電を述べられました。
 また、居酒屋で知り合った男性は他界された奥様のことを今でも心から愛していると話されていました。奥様が他界される1週間前、病床で私は生まれ育った故郷の墓に入りたいと言われたので離婚届を提出され、奥様を故郷の菩提寺に供養されたそうです。お墓参りには中々、行けないけど、奥様と過ごした写真を部屋中に貼られているそうで毎日、行って来ます、ただいま、と声を掛けられ、、その日の出来事を奥様の写真に話しをされているそうです。
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 大体、多くの日本人はクリスマスを祝った1週間後に初詣に行き、春になったらお墓参りしているんです。質問者様がどうかわかりませんが、そんな宗教にいい加減な人が仏教の供養方法にこだわっても無意味だと思いませんか?

 お墓は、離婚をされていなければお父様のお墓に供養されればいいです。ただ、遠くてお参りできないのなら近所に建てるのも良い思います。質問者様がご結婚されていて息子さんがいらっしゃるのなら、外墓地を探されるのもよいし、未婚、あるいは息子さんがいらっしゃらないのであれば納骨堂での永代供養墓というのもあります。納骨堂は比較的、費用を安く抑えられると思います。
 お墓に納骨する時期ですが、一般的には四十九日前にされる方が多いですが、それを過ぎたらいつ納骨しても同じです。ただ、永代供養墓の場合、契約期間が、十三回忌までとか三十三回忌までとなっているので手元にお骨を置いて供養する期間が長ければ、お墓の使用期間が短くなります。納骨堂の場合、使用期間を過ぎると合祀墓に合祀されます。
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Qお盆の迎え方について(日蓮宗)

お盆に仏様にお膳を用意すると思うのですが
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私は菩提寺のご住職様が拝みに来られる日だけ用意していたのですが、周りの人に聞いてみるとお盆の3日間くらいの朝、昼、夜に用意すると聞きました。
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NO.2です。すみません、肝心のことを書き忘れました。

13日
夕:団子

14日
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昼:そうめん
夜:おむすび

15日
朝:なし
昼:ご飯+おかず(てんぷら)
夜:団子

ご飯はすべてその都度炊きます。

Q法要のときの茶菓のもてなしについて

法要のときの茶菓のもてなしについて教えてください。
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1.お菓子はお饅頭を出すのが普通だと思いますが、特に気をつける事などありますでしょうか?

2.住職にお茶を出すときは、茶托はもちろん、やはり蓋つきのお茶碗でないといけないでしょうか?
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3.お茶に限らず、コーヒー、ジュースを出して良いという人と、そんなのダメという人がいます。本当はどうでしょうか?

4.1にも関係しますが…、葬儀の時、ある親戚は「派手な饅頭はダメ、白の上用饅頭」と言うし、違う人は、「綺麗な(派手な色目)お饅頭を買ってきたから使ってくれ」と言うしで困ってしまいました。本当はどうなんでしょうか?

5.ある親戚では、せんべい、あられなども出してましたが、「おかしい」という人もいますが、どうなのでしょうか?

Aベストアンサー

amida3@西本願寺の坊さんです。
最初に、揚げ足取りのようで申し訳ありませんが、教団・宗派の名称としては、「浄土真宗本願寺派」(本山:通称・西本願寺)=略して「お西」ともといいます。
「本願寺派」といい「西本願寺派」とはいいません。「浄土真宗西本願寺派」という宗派名は存在しません。ご自身の属する宗派名ですので正しく覚えてください。念のため。
さて、ご質問についてですが、私も法要のために各家に出向いてのお参りをさせていただきますが、経験的には、地方色がありますので、地方ごとに常識が異なるので一般論はありません。
1.についても、お饅頭は都会でも関西以西とあとは農村地の田舎が多いと思います。関東の都会では饅頭はほとんどありません(ご出身が関西の方の一部くらいです。)。
広い意味では、お茶に対してのお茶請けとしてですから、和菓子が圧倒的に多いです。
2.のお茶は、茶托はほとんどの家でありますが、蓋までと言うのは旧家とか以外では1割~2割です。マンション等にお住まいの方はお若いせいもあり、蓋付きの茶器が無いと思われほとんどの家で蓋はありません。(気にしません。気にするかどうかはその人の問題です。模様付けもまったく関係がありません。鶴でも亀でもOKです。あとは色柄はセンスの問題です。)
3.のコーヒー、ジュースは、お茶が良いかコーヒーが良いかなど聞かれることはあります。また、来訪時はお茶、法要後の雑談時はコーヒー、ジュースと言うこともあります。夏などは最初から冷たいものということも多々あります。個人的には私はコーヒーが好きなので、そのことを知っている親しい門徒さん宅は最初からコーヒーです。
コーヒー、ジュースは好き嫌いがありますので、結局はその方の好み次第です。あまり神経質にならず普通の単なる友人やお客様程度に考えて判断すればよいです。僧侶だから特別と言うことはまったくありません。
4.の件は地方色です。最近は地方色もかなり消えてきていますが、「白の上用饅頭」などと言う点では関西のようですね。ただ字は、薯蕷(じょうよう)饅頭だと思います。
本当はなんでも良いのです。したがって、田舎からの都会に転居して来た方の場合などでは「うちの田舎ではこういうものを出すもので・・・」と一言付け加えたり、「○○に住んでいる親戚が持ってきたものですが・・」とか付け加えれば、まったく問題はありません。
5.にあるように、せんべいやあられという方もいます。別におかしくはありません。
No1回答者さんには申しわけございませんが、お供え物が必ず偶数という決まりはございません。
要は、あまり神経質に考えないことです。気にしすぎです。

amida3@西本願寺の坊さんです。
最初に、揚げ足取りのようで申し訳ありませんが、教団・宗派の名称としては、「浄土真宗本願寺派」(本山:通称・西本願寺)=略して「お西」ともといいます。
「本願寺派」といい「西本願寺派」とはいいません。「浄土真宗西本願寺派」という宗派名は存在しません。ご自身の属する宗派名ですので正しく覚えてください。念のため。
さて、ご質問についてですが、私も法要のために各家に出向いてのお参りをさせていただきますが、経験的には、地方色がありますので、地方ごとに...続きを読む

Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

Q仏壇のお供え餅はいくつですか?

仏壇のお供え餅はいくつですか?

法事の時に仏壇にお餅をお供えするのですが、1つの入れ物(高台というんですか?)にいくつ乗せればいいですか?
お正月の鏡餅みたいに2つ重ねるのでいいのでしょうか?
ちなみに浄土真宗です。

Aベストアンサー

お供えをする小餅の数は決まっていません。
お仏檀や仏具の大きさ、他のお供えなどと調和するような(見た目にバランスが取れている)数でよいのです。

ただ、日本の慣習としては、一つの容器に奇数個盛るのが良いかと思います。
なぜ奇数かということは、仏教の教えに関係がありませんので、説明を省略させて戴きます。

浄土真宗のお寺では、報恩講などの重要な法事の場合は、丸小餅を盛り上げ、赤や青色の彩色をしてお供えをします。
これを「おけそく(お華束)」といっています。
しかし、一般の在家では、普通の丸小餅で十分です。

小餅を一対(いっつい;二つで一組)の供筍(くげ;お供えを盛るもの)に盛って供えますが、供筍が無ければお盆でも差し支えはありません。
あなたの質問でいっている高台(おそらく「高杯(たかつき)」のことでしょう。)で十分です。

「盛る」と記しましたが、供筍が小さい場合、縦に積み重ねます。
また、お仏壇の大きさ等の関係で、一対では混み合って見苦しいようなら中央に一つでも良いでしょう。

小餅を盛り上げて供えるのは浄土真宗独特の形式で、親鸞聖人の後を継がれた如信上人が、関東のお同行が少しずつ持ってきた小餅をお供えしたことに始まるといわれており、大切な形式です。

あなたがお尋ねになっていないことにまで触れて、回答が冗長になってしまいました。
ご容赦下さい。

お供えをする小餅の数は決まっていません。
お仏檀や仏具の大きさ、他のお供えなどと調和するような(見た目にバランスが取れている)数でよいのです。

ただ、日本の慣習としては、一つの容器に奇数個盛るのが良いかと思います。
なぜ奇数かということは、仏教の教えに関係がありませんので、説明を省略させて戴きます。

浄土真宗のお寺では、報恩講などの重要な法事の場合は、丸小餅を盛り上げ、赤や青色の彩色をしてお供えをします。
これを「おけそく(お華束)」といっています。
しかし、一般の在家では、...続きを読む

Q仏壇にお供えする時の向きはどうしたらいいですか?

何て説明した良いんでしょうか?

ご本尊様とか、お位牌さんに見せる様に置くのか

こちら(私)が見える様に置くのか

うまく説明が出来ません。
意味を分かってもらえますか?

Aベストアンサー

 花でも食べ物でも自分に対して正面を向けます。なぜかというと、あなたは自分が仏様にお供えものをしたと思っているでしょう。しかし、その供物が自分の手に届くまでに、どれだけの人の苦労がかけられているか考えたことありますか? それを忘れて「私がお供えしました、受け取ってください」という気持ちでお供えしていませんか?
 修行僧は食事の前に、天皇陛下の弥栄と食事を与えてくださったすべての人々の幸福を祈り、さらに“この食事がどれだけの手間暇がかかって今目の前にあるか考えよ”、そして“それを受け取るにふさわしいだけの行いをしてきたかどうかを考えよ”などの意味のある一文をお唱えします。
 であれば、自分がお供えしているものをなぜ自分に向けるのか。それは神仏の加護によって、また目には見えないさまざまな人や自然や宇宙の働きによって、私たちに授けられているのだということを知るためです。お供え物は言葉こそ発していませんが、それによって仏が教えを説かれている「無言の説法」なのです。だから、お供え物は仏の方に向けるのでなく、私たちの方に向けられるのです。そして神仏から授けられた物ですから、粗略にするのでなく感謝して頂戴したり、独占せずに皆に分け与えるのです。

 花でも食べ物でも自分に対して正面を向けます。なぜかというと、あなたは自分が仏様にお供えものをしたと思っているでしょう。しかし、その供物が自分の手に届くまでに、どれだけの人の苦労がかけられているか考えたことありますか? それを忘れて「私がお供えしました、受け取ってください」という気持ちでお供えしていませんか?
 修行僧は食事の前に、天皇陛下の弥栄と食事を与えてくださったすべての人々の幸福を祈り、さらに“この食事がどれだけの手間暇がかかって今目の前にあるか考えよ”、そして“それ...続きを読む

Qお寺へお金を包む表書きを教えて下さい

法事などは、御布施と書いて半紙で中包みをして、奉書紙で上包みをしたいと考えています。御膳料や御塔婆供養料・御車代はその通り書いて良いものでしょうか?奉書紙は、水引見たいなものが無くて良いのでしょうか?書くのはやはり筆ですか?宜しくお願いします。

Aベストアンサー

御布施の包み方は、それで構わないと思います。基本的には毛筆で書くのが
正しいと言われていますが、どうしても毛筆は苦手だと言われるなら、毛筆
ではなく筆ペンでも構いません。慶事の場合は薄墨で書くのだと思われてい
る方が多いのですが、実際には薄墨ではなく濃い墨で書きます。
絶対に駄目なのは鉛筆、ボールペン、マジックペン、ゴム印です。どうして
も書けないと言われるなら、表書きが印刷された物でも構いません。

慶事の場合は熨斗はつけません。

水引ですが、半紙の中包みに御金を納め、奉書紙で慶事方法の折り方をし、
水引をかけません。市販の既に印刷された封筒や、通常の白い封筒でも別に
構いません。我家では御盆の読経の御礼に御布施を出しますが、白い封筒に
御布施と書いて御渡ししています。法事では正式な方法で御渡ししますが、
それ以外の際は封筒に御金を入れて御布施と書いて渡しています。

御布施の他に御渡しする物は、御車で御越し頂いた時は「御車代」、卒塔婆
供養をされた時は「卒塔婆代」と書きます。
御寺により会食を参列者と一緒にする場合と、辞退する場合があります。
会食を一緒にされた時は、御布施、御車代と引き出物を御渡しします。
もし一緒の会食を辞退された時は、御布施、御車代、引き出物の他に、御前
料も御渡しします。ただ既に会食をされるものだと思い、用意がされていた
時は、御寺さんが食される予定だった料理は、持ち帰りが出来るように別の
容器に入れて御渡しします。

御布施等をお渡しする時には、それなりの作法と言うか決まりがあります。
御布施等は直接手渡してはいけません。
法事で使用される袱紗(ふくさ)盆の上に袱紗を敷き、その上に御布施等を
包んだ封筒(必ず御寺さんが文字が読める向き)を置き、御寺さんの前に出
します。御寺さんが頂戴されてから盆を下げます。
要は絶対に手渡ししては駄目だと言う事です。
「本日は有難うございました。これは御礼ですので、どうか御納め下さい」
と言って盆を前に出します。手を引っ込めて御寺さんが納められたら盆を下
げます。御布施等を御渡しするのは、必ず喪主が行います。
御寺さんが御帰りなられる時は、必ず御車まで同行し、最後まで御見送りを
します。
御寺さんが持ち帰られる御膳や引き出物は、御寺さんが持参せず、喪主の方
が御車まで御持ちし、御車に乗られた時点で手渡します。
御車が自宅から見えなくなるまで御見送りは続けます。

御布施の包み方は、それで構わないと思います。基本的には毛筆で書くのが
正しいと言われていますが、どうしても毛筆は苦手だと言われるなら、毛筆
ではなく筆ペンでも構いません。慶事の場合は薄墨で書くのだと思われてい
る方が多いのですが、実際には薄墨ではなく濃い墨で書きます。
絶対に駄目なのは鉛筆、ボールペン、マジックペン、ゴム印です。どうして
も書けないと言われるなら、表書きが印刷された物でも構いません。

慶事の場合は熨斗はつけません。

水引ですが、半紙の中包みに御金を納め、奉書紙で...続きを読む

Qお線香の本数には決まりがあるのですか。

仏前やお墓にあげるお線香の本数には、何本が好ましいというような決まりがあるのですか?

49日までは、(49日まで用の)祭壇に毎日お線香を1本だけ(起きている時間)絶やさず着けていましたが、春の彼岸ということでお寺さんが来てお経を上げてもらった時は、お坊さんがお線香を2本同時に着けていました。

お墓参りの時は、10数本~1束まとめてお線香を着けていような記憶があります。

そこで質問なのですが、49日までは1本で、それ以降は2本(又は2本以上)といった決まりがあるのですか?

また、仏前とお墓の前とでは、お線香をあげる本数に違いがあるのですか?

ご存知の方、詳しい方、少しでも知っている方、
教えてくださいますようお願いします。

Aベストアンサー

詳しく書かさせていただきます。

私の家は浄土宗なので浄土宗のお話になりますが、
お線香は『仏・法・僧』の意味を込めてそれぞれ1本ずつ、計3本です。
仏は仏様、法はその宗派、僧は、仏様をあの世へと導いてくれた菩提寺の住職へ。という意味です。
ですからお坊さんが来たときには自分から自分へ。なんてことはしないので基本的に仏・法への1本ずつ計2本ということになります。

ですから49日までの飾り棚を見ていただければわかりますように、一人の仏様用です。それに宗派によってですが、ご本尊もそこには奉られていないはずです。
ですからこの場合、仏への1本。ということになります。さて、では49日を過ぎると、仏様はあの世へ到着し、本当に仏様となって、再びこの世に生を受けるための修行をなされます。
そうなると飾り棚ではなく仏壇を使用されますが、
そこからは、仏、法、僧の3本を焚いてください。また、僧を抜かして2本でも構いません。

コレはお焼香(抹香)でも同じです。
よく、通夜式(御通夜)なんかでは3回しますが、
翌日の葬儀式(告別式)では、ホールの方に、お焼香は一回で構いません。
といわれるケースが最近ありますが、通夜では、仏・法・僧の意味で、告別式では故人との別れとのことで
仏だけの1回ということになります。


また、お墓ですが、これまた49日までは一人1本ずつ。その後は特に決まりはありませんが、こういう基準を持つといいでしょう。
まず最低ラインである仏・法・僧の3本に、
そのお墓に入っていらっしゃる仏様の人数×1本ずつ
を一人一人が焚けば宜しいと思います。

ですからお墓に3人入っていらっしゃるのならば6本。5人なら8本ですね。

また、法事などでは一人3本ずつで構いません。が、法事をする対象の故人の人数が2人ならば+1本ずつ。としていけばいいでしょう。
法事のときに一人1本ずつは恥ずかしいですよ。

また、点けてしまってあまったお線香は施主か家族が全部線香受けに入れてあげてください。


ついでに言っておきますが、法事などのお墓参りには
事前に3ヶ月ほど前にお寺さんに出向き、1週間前に確認のため出向いたほうがいいです。その時、お寺ごとは2人で行くのが常識です。また、確認後はお墓へ行き、線香はいいので、お墓の掃除やお花を供えて、当日にやることがないようにしましょう。


ながながとすみません。

詳しく書かさせていただきます。

私の家は浄土宗なので浄土宗のお話になりますが、
お線香は『仏・法・僧』の意味を込めてそれぞれ1本ずつ、計3本です。
仏は仏様、法はその宗派、僧は、仏様をあの世へと導いてくれた菩提寺の住職へ。という意味です。
ですからお坊さんが来たときには自分から自分へ。なんてことはしないので基本的に仏・法への1本ずつ計2本ということになります。

ですから49日までの飾り棚を見ていただければわかりますように、一人の仏様用です。それに宗派によってですが、ご...続きを読む

Q浄土真宗の新盆の迎え方について

昨年秋、母が亡くなりました。
当然、今年は新盆を迎えるのですが、私の家は浄土真宗です。ネットなどで調べたところ、浄土真宗ではお盆に特別なことをしない(霊魂が帰ってくると言う考え方はない)ようですが、新盆にも当てはまるのでしょうか?
なぜこれで悩むかと言うと、私は早くに父を亡くし母と二人暮しでしたが、お盆には迎え火と送り火を焚きお飾りをし、という日本のごく普通のお盆の迎え方をしていました。ただ、菩提寺は現住所の他県にあって遠いため、お坊さんをお呼びしてお経を上げてもらったり、お墓参りはしていませんでした(数年に1度くらいは行ってましたが)。
父が亡くなったのは私が小学生のときでしたが、白いお盆ちょうちんを飾ったのは覚えてるんですが、それ以外の記憶はないんです。
母が亡くなったときは菩提寺がない状態でこちらにお墓を買っていたので、葬儀屋さんの紹介で葬儀の時にお世話になった住職さんに49日まではお世話になりました。実はその方から法要についての冊子をもらってあったんですが見つかりません。
お盆のときの作法はどうなのか、そもそもお坊さんには来てもらうのか、もう細かいところから全くわかりません。どなたか詳しい方がおられたら、教えていただけないでしょうか。
ちなみに、私の住所では7月にお盆を行うのが慣習のようですが、うちでは8月にやっていました。私の仕事の関係で、母の初盆も8月にしようと思っています。
よろしくお願いします。
また、文面中もし失礼なところがあったらご容赦ください。

昨年秋、母が亡くなりました。
当然、今年は新盆を迎えるのですが、私の家は浄土真宗です。ネットなどで調べたところ、浄土真宗ではお盆に特別なことをしない(霊魂が帰ってくると言う考え方はない)ようですが、新盆にも当てはまるのでしょうか?
なぜこれで悩むかと言うと、私は早くに父を亡くし母と二人暮しでしたが、お盆には迎え火と送り火を焚きお飾りをし、という日本のごく普通のお盆の迎え方をしていました。ただ、菩提寺は現住所の他県にあって遠いため、お坊さんをお呼びしてお経を上げてもらったり、...続きを読む

Aベストアンサー

自己紹介欄にあるように、浄土真宗の坊さんです(^○^)

>新盆にも当てはまるのでしょうか?

そのとおりです。お盆という行事は仏教のものではなく(他の仏教国にはそのような行事が無い)、中国経由で仏教が伝わる際に、シルクロードを通って伝わった他の宗教行事とミックスして、日本で独自に発展したもので、仏教の心を味わうには伝統的な意味で必要な行事でありますが、霊魂が帰ってくると言う考え方は仏教には無いので、浄土真宗ではそのような考え方につながるお盆での特別なことはいたしません。新盆でも同じことです。
なお、お盆の行事は、宗教行事というよりも地方独自の民族行事ともなっておりますので、日本全国一律の作法があるのではなく、地方ごとに、その土地の特産物などを取り入れた独自の飾りつけも残っています。その中には、浄土真宗では行わないことになっている提灯や灯籠等もありますが、迎え火や送り火は全国的に浄土真宗では行っていません。

なお、お母さまがご往生の際にご縁のお寺があるようですが、冊子等は、再度申し出ればすぐにいただけると思います。気にせずに「見つからないので・・・ください」と言えば良いのです。そのためのお寺です。

>そもそもお坊さんには来てもらうのか、
来てもらうか、来てもらわないかは、亡きお母様のご往生には関係がありません。したがって、亡きお母様にとって、どちらもプラスとかマイナスとかではないので、ご自身にとって、どのように新盆を迎えるのが良いかでご判断ください。自宅に呼ぶのも良し、よばないのも良し、本山や別院のお盆法要に参加するのでも良し・・・何でも良しです。
浄土真宗は、「ああしなければいけない」とか「高しなければダメ」ということは少ないです。ただ、他宗と比べると、「する必要が無いからやらない」ということが多いだけです。
合掌

自己紹介欄にあるように、浄土真宗の坊さんです(^○^)

>新盆にも当てはまるのでしょうか?

そのとおりです。お盆という行事は仏教のものではなく(他の仏教国にはそのような行事が無い)、中国経由で仏教が伝わる際に、シルクロードを通って伝わった他の宗教行事とミックスして、日本で独自に発展したもので、仏教の心を味わうには伝統的な意味で必要な行事でありますが、霊魂が帰ってくると言う考え方は仏教には無いので、浄土真宗ではそのような考え方につながるお盆での特別なことはいたしません。新盆でも...続きを読む

Q引出物はお寺さんにも渡すのでしょうか

もうすぐ義父の四十九日があります。ネットで検索したところ、「僧侶にも引出物を渡す」といった説明がありました。引出物は僧侶にも渡すものなのでしょうか。ちなみに、法要後僧侶は食事に列席されます。どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 忌明けの法要の「粗供養」ですね。

 お渡しされているのが多いですが、100%ではありません。

 法要終了後にお寺さんがすぐに帰られるときは、皆さんが持ってこられるお供えの「おさがり」をお分けしている時間がないので施主よりの粗供養だけお渡ししています。 
 今回は法宴までご一緒なら、おさがりも間に合いますからそれも入れられたらいいと思います。

 みなさん気づかれてないかと思いますが、法要だけでなく通夜・葬儀の時にも通夜供養・当日供養はお寺様にお出ししていることもありますよ。
 
 ただ、地域によって慣習は異なりますので、ご参考までに。


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