
戦前(昭和初期)、地方に在住していた富裕層の暮らしぶりを調べています。
・家の大きさ(庭はあるのか)
・牧場や土地をどの程度持っていたのか。
・使用人はいたのか。
・その家の子供はどのような習い事をやっていたのか。
(子供の習い事として、流行した楽器はどのようなものだったか。ピアノなどなのか)
・どのような職種/階級の人がいたか。
上記につきまして、いろいろなケースがあるとは思いますが、主流といいますか、一般的だったものについて知りたいと思っています。
お分かりになる方、教えてください。
また、参考になるサイトや文献等ありましたら、教えて頂けると幸いです。
よろしくお願いします。
よろしくお願い致します。
No.1ベストアンサー
- 回答日時:
単なる体験談で良いですか?
私の母は、昭和初期の生まれで、ある県の大地主の長女でした。戦後没落して、貧乏百姓のせがれの父(大卒で将来有望と思ったらしい)と結婚しました。その母が、語っていたことです。
・家の大きさ(庭はあるのか)
それほど広くはないです。母屋と離れ、分家の家と隠居所、使用人の長屋などを入れて、1町(110m)×2町(220m)くらいだと言っていました。庭は当然あって、蔵だとか馬小屋、納屋などもあったそうです。
特殊なのは、海が近かった(今は全然近くない)ため舟や漁具をしまっておく納屋が隣接した川沿いにあったのだそうです。
周囲は壁で、大きな門は3つ有ったそうです。表と裏と使用人や荷物が入る門。
・牧場や土地をどの程度持っていたのか。
家から1.5kmくらい離れた駅まで、他人の土地を通らずに行くことができた、と言っていました。そもそも駅を作るときに、自分の家の土地を寄付したのだそうです。今、そこは市になっていますが、中心街は全て母の家の土地だったそうです。ただし、その当時は何もなかったそうですが。
・使用人はいたのか。
家に付いた使用人としては、番頭さん、手代さん、帳場さんといった男性使用人と下働きが5人から6人。女中さんが5人くらいだったそうです。つまり全部で12,3人でしょうか。小作は別です。
戦後、女中さん達は結婚をして一家を構えたのですが、母が訪ねると「あね様」と言って下にもおかないもてなしでした。これは私も付いていって
体験しています。
・その家の子供はどのような習い事をやっていたのか。
(子供の習い事として、流行した楽器はどのようなものだったか。ピアノなどなのか)
母は、詩吟と書を習っていました。ピアノは弾けません。それが一般的なのかどうかまでは分かりません。女学校(新制高校に切り替わった?)を出て、大学に進学する時期がちょうど戦後の没落期で、大学に行けなかった母は、ずっとそのことを悔しがっていました。
・どのような職種/階級の人がいたか。
番頭さんは、家政全般を総括する人で、冠婚葬祭も家の人間に代わって出る資格があったそうです。また、地域のもめ事も、よほどのことがない限り、番頭さんが収めたそうで、家の紋所の入った提灯を持って出かける(正式に主人の代理で来ている、という意味)と、それだけで集落内の大抵のもめ事は、預かりになったそうです。
手代さんは、家の内向きの金銭や使用人の監督、物品の管理や購入などをします。女中頭と同格だそうで、男衆、女衆をそれぞれ預かります。母は子どもですから、手代さんと良く接していたそうです。
帳場さんは、外向きの会計を預かる仕事で、下に手伝いが2人いたそうです。小作の管理や、別に漁業(貝・海苔の採取と販売)もやっていたので、そちらを見るのも帳場さんの仕事だったそうです。こちらについては、母はあまりよく分からなかったと言っています。
まぁ、愚痴みたいな部分もあるので全部が全部本当かどうかまでは分かりません。
No.4
- 回答日時:
家の祖先が執事(大番頭?)を努めていた家は大地主でまた豪商(織物問屋)を兼ねていて地元では「殿様」とよばれていたそうです。
土地も郡を2つか3つくらい持っていたので相当な実入りはあったようです。自宅のあった場所は現在市の公園になっています。
子供の習い事は男子だったのですが月に1回くらいの割りでピアノを習っていたようです。地元の県庁所在地に産業振興のための銀行を持っていましたが、東京にもいくつかの金融機関や証券会社などを所有し、家も東京その他に何軒かもち、主に東京を本拠にしていました。別荘もあったようですがこれは詳しく知りません。
No.3
- 回答日時:
●ミツカングループ(
http://www.mizkan.co.jp/company/enkaku/index.html )を創業した中野又左衛門を始祖とする中野一族の旧宅は半田市内にあり国の重要文化財の指定を受けています。http://maskweb.jp/b_nakano_1_1.html
http://www.asanet.or.jp/~handa/history/nakano.html
●他の例としては"日本一の地主"と称される酒田の本間一族の旧宅で、本邸や美術館として公開されていますから、興味を持たれた折は現地に出向かれれば雰囲気は多分伝わるでしょう。
http://homepage2.nifty.com/hekisui/honmake.htm
http://www2.ocn.ne.jp/~hommake/
http://www.homma-museum.or.jp/
又、書籍形態としては(全てが地方とは限りませんが)"万真知子著の日本の旧家を旅する:世界文化社刊)がある模様です。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/ws …
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